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120話
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ウィルフレッドなりに何とか甘えたつもりでもあったが、結局しばらくするとまだ眠るような時間でもないというのに寝かされた。抱き上げられベッドまで運ばれた時はつい変な期待をしてしまいそうになったがキルトを掛けられポンポンと布団の上からされた時点でそんな期待は淡過ぎる夢だと思い知った。その後レッドはまだ仕事が残っていると部屋を出て行ってしまった。
いっそ嫌われているのなら分かりやすい上に諦めもつきやすいだろうに、なまじレッドの忠誠心が強いせいでまるでとても大切にされているような錯覚を抱いてしまい、どうしてもウィルフレッドは無意識の域で勝手に期待してしまうようだ。
主として大事にされているのだけは間違いないと分かる。それが嬉しくて嬉しくない。
翌日、むしゃくしゃしていたのもあって、もう好きに噂などを立てるがいいとばかりに自らクライドの住みかへウィルフレッドは向かった。
「実験結果は出たのか」
「……昨日の今日だぞ」
「貴様ほどの術者ならむしろ当日に出せ」
「用はそれだけか」
早くも追い出そうという心意気が隠れることなく見えて、ウィルフレッドはじろりとクライドを見上げた。
「この俺の貴重な血を採らせてやったのだぞ。歓迎し倒しても足りんくらいだろうが」
「お前が来ることでその結果を出すのも遅れるのだが? まあいい。聞きたいこともあった」
諦めたようにため息を吐くと、クライドはウィルフレッドに椅子を勧めてきた。仕方なしといった風にボトルとグラスも魔法で出してきたが、どう見ても酒なのでウィルフレッドは目礼しただけで手をつけなかった。するとクライドは「ああ、そうだったな」と指を鳴らし、ウィルフレッドのグラスに注がれた中身を白い色に変える。
「……何だこれは」
「山羊のミルクだが」
これは魔王だったことを思い出した子どもの頃のように物を投げたりして久しぶりに暴れてもいいやつではないだろうかとウィルフレッドは思った。だが懸命にも堪える。
「馬鹿にする余裕があるのなら聞きたいこととやらをとっとと言え」
「馬鹿に? 別にしてないが。それに美味いぞ」
「煩い」
ムッとしながらウィルフレッドはひったくるようにしてグラスを手にした。そして中身を一気に飲み干す。正直美味しかった。
「聞きたいことだが。お前、魔王の頃に血を奪っていったという例の女のことを覚えているのか?」
「……そうだな、確か胸はデカかったな」
「そんなことはどうでもいい」
「他の違いなどよく分からんかったのでな」
「……その人間の国がどこかは知っていたのか?」
聞きたいことが何かは今の質問で把握した。だが答えようにもはっきり言って知らない。
「知らん。当時どうでもいいことだったしな」
「特徴などはあったか」
「女にか? 人間など当時は大抵どれも同じように見えていたからな。肌の色は今の俺とかと変わらなかったように思う」
そう言いながらもウィルフレッドは遥か昔のことを何とか思い出そうとした。実際どこの国かなどと気にも留めていなかったが、辛うじて交わした会話などのやり取りなどをせめて思い出そうと試みる。
「……確か……戦争をよく起こしていた国だったように思う」
するとクライドがため息を吐いてきた。
「今じゃどこもだいたい平和だが、昔はどの国も戦争は多かったぞ」
「っち。あれだ。いくつもの国を巻き込んだ戦争もあった」
「それだっていくつもの国が考えられる。このケルエイダ王国とて例外ではなかった」
「人間はどれだけ戦争が好きなのだ。あと貴様ほんっと一体いくつなのだ。いつから生きてんだよ」
「争いがなくなることはまあ、ないのだろうな。あと私がいくつかなどお前に関係ないだろう」
確かに関係はないが気にはなる。魔王だった当時の人間界をよく知っている時点で何百年前なのだという話だ。腕のいい術者の中には人間としては考えられないほど長く生きる者も少なくないだろうにしても限度があるのではないだろうか。
とはいえ無理強いしてまで聞きたい訳でもない。
「戦争だが、そういえばかなり大きな戦争だった。当時俺に捕まっている場合ではないと女が言っていた。なら魔王退治などしている場合でもないのではと言えば、あろうことかこのファリィオ・ロード様をどうにか倒し利用してやろうと考えていたようだな。考えが甘すぎて笑い話にすらならん戯言だった」
「確かに甘いな。利用などと小賢しいことは考えず、私に協力を仰ぎ完全に封じるという目標を持っていたケルエイダ王国第二王子であったルイス・スヴィルクはまさに勇者だったと言えよう」
「それはどうでもいいし勇者の名前など聞きたくもない」
ただでさえ現第一王子のルイがそのルイスそっくりの顔をしているためちっとも過去のこととして存在を忘れ去ることは出来ないというのにとウィルフレッドはクライドを睨んだ。クライドはだが一向に気にする様子もなく、続けてきた。
「かなり大きな戦争……だが、まず浮かぶのはロックロードの魔女戦争が有名だな」
「ロックロード……クエンティ王国、イント王国、フィート王国の三国か。魔女はだが違う。魔法絡みではなかった。そうではなくて……そうだ。継承戦争だ」
魔界でも後継者を巡っての争いはあるが、人間の争いはなんてつまらないんだと思った記憶がある。やり方が陰鬱というのだろうか。
「継承……」
「そうだ。後継者を巡って他の国も巻き込んだ」
ウィルフレッドの話に「それなら──」とクライドは心当たりがあるように頷いた。
いっそ嫌われているのなら分かりやすい上に諦めもつきやすいだろうに、なまじレッドの忠誠心が強いせいでまるでとても大切にされているような錯覚を抱いてしまい、どうしてもウィルフレッドは無意識の域で勝手に期待してしまうようだ。
主として大事にされているのだけは間違いないと分かる。それが嬉しくて嬉しくない。
翌日、むしゃくしゃしていたのもあって、もう好きに噂などを立てるがいいとばかりに自らクライドの住みかへウィルフレッドは向かった。
「実験結果は出たのか」
「……昨日の今日だぞ」
「貴様ほどの術者ならむしろ当日に出せ」
「用はそれだけか」
早くも追い出そうという心意気が隠れることなく見えて、ウィルフレッドはじろりとクライドを見上げた。
「この俺の貴重な血を採らせてやったのだぞ。歓迎し倒しても足りんくらいだろうが」
「お前が来ることでその結果を出すのも遅れるのだが? まあいい。聞きたいこともあった」
諦めたようにため息を吐くと、クライドはウィルフレッドに椅子を勧めてきた。仕方なしといった風にボトルとグラスも魔法で出してきたが、どう見ても酒なのでウィルフレッドは目礼しただけで手をつけなかった。するとクライドは「ああ、そうだったな」と指を鳴らし、ウィルフレッドのグラスに注がれた中身を白い色に変える。
「……何だこれは」
「山羊のミルクだが」
これは魔王だったことを思い出した子どもの頃のように物を投げたりして久しぶりに暴れてもいいやつではないだろうかとウィルフレッドは思った。だが懸命にも堪える。
「馬鹿にする余裕があるのなら聞きたいこととやらをとっとと言え」
「馬鹿に? 別にしてないが。それに美味いぞ」
「煩い」
ムッとしながらウィルフレッドはひったくるようにしてグラスを手にした。そして中身を一気に飲み干す。正直美味しかった。
「聞きたいことだが。お前、魔王の頃に血を奪っていったという例の女のことを覚えているのか?」
「……そうだな、確か胸はデカかったな」
「そんなことはどうでもいい」
「他の違いなどよく分からんかったのでな」
「……その人間の国がどこかは知っていたのか?」
聞きたいことが何かは今の質問で把握した。だが答えようにもはっきり言って知らない。
「知らん。当時どうでもいいことだったしな」
「特徴などはあったか」
「女にか? 人間など当時は大抵どれも同じように見えていたからな。肌の色は今の俺とかと変わらなかったように思う」
そう言いながらもウィルフレッドは遥か昔のことを何とか思い出そうとした。実際どこの国かなどと気にも留めていなかったが、辛うじて交わした会話などのやり取りなどをせめて思い出そうと試みる。
「……確か……戦争をよく起こしていた国だったように思う」
するとクライドがため息を吐いてきた。
「今じゃどこもだいたい平和だが、昔はどの国も戦争は多かったぞ」
「っち。あれだ。いくつもの国を巻き込んだ戦争もあった」
「それだっていくつもの国が考えられる。このケルエイダ王国とて例外ではなかった」
「人間はどれだけ戦争が好きなのだ。あと貴様ほんっと一体いくつなのだ。いつから生きてんだよ」
「争いがなくなることはまあ、ないのだろうな。あと私がいくつかなどお前に関係ないだろう」
確かに関係はないが気にはなる。魔王だった当時の人間界をよく知っている時点で何百年前なのだという話だ。腕のいい術者の中には人間としては考えられないほど長く生きる者も少なくないだろうにしても限度があるのではないだろうか。
とはいえ無理強いしてまで聞きたい訳でもない。
「戦争だが、そういえばかなり大きな戦争だった。当時俺に捕まっている場合ではないと女が言っていた。なら魔王退治などしている場合でもないのではと言えば、あろうことかこのファリィオ・ロード様をどうにか倒し利用してやろうと考えていたようだな。考えが甘すぎて笑い話にすらならん戯言だった」
「確かに甘いな。利用などと小賢しいことは考えず、私に協力を仰ぎ完全に封じるという目標を持っていたケルエイダ王国第二王子であったルイス・スヴィルクはまさに勇者だったと言えよう」
「それはどうでもいいし勇者の名前など聞きたくもない」
ただでさえ現第一王子のルイがそのルイスそっくりの顔をしているためちっとも過去のこととして存在を忘れ去ることは出来ないというのにとウィルフレッドはクライドを睨んだ。クライドはだが一向に気にする様子もなく、続けてきた。
「かなり大きな戦争……だが、まず浮かぶのはロックロードの魔女戦争が有名だな」
「ロックロード……クエンティ王国、イント王国、フィート王国の三国か。魔女はだが違う。魔法絡みではなかった。そうではなくて……そうだ。継承戦争だ」
魔界でも後継者を巡っての争いはあるが、人間の争いはなんてつまらないんだと思った記憶がある。やり方が陰鬱というのだろうか。
「継承……」
「そうだ。後継者を巡って他の国も巻き込んだ」
ウィルフレッドの話に「それなら──」とクライドは心当たりがあるように頷いた。
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