不機嫌な子猫

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96話

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「外出する口実ではあったけど、君と出かけてみたかったのも本当だよ」

 ゆっくりと走る馬車の中で、同じくゆっくりとした様子でクリードはウィルフレッドに笑いかけてきた。
 馬車は今、町の外れを走っているようだ。賑わっていた雰囲気からクリードに気を取られていたせいか、気づけばゆったりとした牧歌的な雰囲気に変わっていた。見れば牛や馬、羊が広々とした丘で放牧されている。
 状況が分からないとウィルフレッドが言えば「僕も実はあまり分かっていないんだけど……」とクリードは話をしてくれていた。
 昨日、アレクシアが大臣の一人と話しているところを見かけたのだという。立ち聞きするつもりはなかったが、大臣の声が大きいため否応なしに聞こえてきたらしい。ちょうど大臣が調子に乗ったのか言い含められたのか、オートマタの技術をアレクシアに見せてもいいと言おうとしているところだった。

「魔力を使ったオートマタの技術は伝統ある我が国のものでね。仕掛けなどを、例え婚約者であっても他国の人に気軽に見せるものではないんだ」

 アレクシアだからクリードとしては正直構わないのだが、もし他の者がそれを知ればよく思わない可能性がどうしてもあるし、万が一何かあった時に疑われたりするのはアレクシアだ。それはクリードとしても嬉しくない。
 とにかくその場からアレクシアを多少強引かもしれないが連れ出した。そして話を聞こうとしたが、今のウィルフレッドのように惚けるような様子や警戒するような態度を取られたのだという。

「結局誤解だと分かってもらえたけど……少しショックだったな。僕はまだアレクシアにとってその程度の男らしい」

 いや、状況や貴様の持つ能力のせいと後はアレクシアの性格だろ。

 心の中で突っ込んだ後にウィルフレッドは聞いた。

「では何故今日はアレクシアを研究室へ残した。嘘を吐いてまで」
「アレクシアに頼まれたからだよ。しばらく僕と話しているとようやく肩の力を抜いてくれて。それからざっとだけど話してくれた。ケルエイダを襲った者がいるんだってね」

 アレクシアは私情をこういったものに挟むタイプではない。その上ウィルフレッドほどではないかもしれないがおそらくは多少クリードのことも考慮対象に入れていたはずだ。一体どんなやり取りをして納得したのかその話とやらを教えて欲しいが、万が一恋人としてのやり取りが絡むような話なら聞きたくないし、何より今は優先事項でもないしなとウィルフレッドは先を促した。

「話を進めてくれ」
「僕はまだ君に疑われているのかな」
「俺は貴様の婚約者でもないしな。俺の信頼が欲しければ、いっそもっと俺を懐柔するつもりで話を聞かせてくれよ」

 クリードをじっと見上げながらニヤリと笑いかけると隣でずっと黙っているレッドからため息が聞こえてきた気がした。だがレッドを見る前にクリードが苦笑してくる。

「さすがはアレクシアの弟さんと言うか」
「何の話だ」
「僕はでもアレクシア一筋だから」
「だから何の話だよ」
「……王子。話が逸れます」

 珍しくレッドが口を挟んできたが、それもそうだなとウィルフレッドは頷いた。

「まあいい。とにかく続けろ」
「えーと、どこまで話したかな。……ああ、そう。ケルエイダでの出来事を簡単に話してくれ、赤い石について教えてくれたよ。是非実物を見たいと言えばケルエイダに何か用件があり訪問することがあるのならと言ってくれた。とにかく、少なくとも僕は知らない出来事だし、もしこのリストリアの人間が関わっているというのなら僕としても捨て置けない。そう言うと、とりあえずオートマタを研究しているところが見たいと言われたんだ。もしかして僕はまだ試されているのだろうか?」
「それはない。まだ疑っていたのならアレクシアは貴様に我が国のことを簡単に話さない」
「そうだよね、僕もそう思うけど思いたいだけなのかなって少し考えてしまって。そう言ってくれてありがとう、ウィルフレッド」

 嬉しそうに微笑むクリードにはやはり悪意の欠片すら感じられない。ただ、ルイやアレクシアが少々それに近いのだが、悪意を持たずして恐ろしいことをしでかす者も存在しないとは言えない。

「天界の生き物なんかはそういうやつわりといるしな……むしろ一番ヤバイタイプだ」
「何か言った? ウィルフレッド」
「何も。で、俺は誤魔化す口実にこうして連れて来られたって訳か。アレクシアは俺が貴様と出かけているのを知っているのか?」
「もちろん。昨日は結局夜も君と話すタイミングがなかったようでね、今朝、アレクシア自身が君に説明したそうだったけど僕がそれはちゃんと説明するからとそのまま調べるよう言ったんだ」

 ちゃんと説明、な。焦らされたけどな。

 ウィルフレッドが内心微妙に思っているとクリードが続けてきた。

「先ほども言ったけど、確かに口実ではあるけど君とも出かけたいなあって思っていたんだ。僕の妹とも仲良くしてくれているし、どんな人なのかゆっくり話してみたかった」
「き、さまの妹はちょっと置いておけ」
「ええ? でも可愛い子だろう?」
「っち。ああ、可愛い。それは間違いない。俺にとっては妹のように、な」

 舌打ちをした後に言えばクリードは少し残念そうな顔をしてきた。

「妹かあ」
「十四の子どもに対して他にどんな感情を抱けと」
「君とは二歳しか離れてないよ」
「歳の差とか──って、話が逸れている! もとに戻せ」

 イライラと言ったウィルフレッドの横で小さくレッドがため息を漏らしているのが感じられ、少々落ち着かなくなる。だが気を取り直しウィルフレッドはクリードを見た。

「とりあえず埒が明かん。アレク……姉上を含めて俺は話がしたい。今夜にでも時間を作ってくれ」
「そうだね、分かった。場所は──」
「俺の部屋でいいだろう」
「分かった。じゃあ今は観光を続けようか」

 クリードが微笑んだ。何だろう。天然なのだろうかと呆れつつもウィルフレッドはとりあえず今一番気になることだけ聞いておこうと思った。

「貴様、先ほど妙な気を出しただろう。あれはなんだ」
「妙な? え、何だろう」
「俺が聞いてるんだ」
「うーん……。ああ、場所かなあ」
「場所?」
「今はほのぼのとした田園風景だけどさっき賑わったところを出る前に少しだけ治安のあまりよくない場所を通ったんだ。裏通りとも違う、一人歩きは推進出来ない、ね。お恥ずかしながらそういう場所もやっぱりあるんだ。だから少し気を引き締めはしたかも。いつだったかな。えっと……ああ、忘れ物をぶら下げる話をしていた時? いや違うか。そうそう、ちょうどオートマタのことを切り出そうとしていた時だっけかな」

 やはり天然なのかもしれない。
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