不機嫌な子猫

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91話

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 夜、ようやくアリーセから解放されたとばかりにウィルフレッドが思い切りベッドに転がり寛いでいるとノックの後に「私です。今いいかしら」とアレクシアの声がした。

「どうぞ」

 体を起こし、ベッドから立ち上がるとウィルフレッドはドアに近づいていく。その途中でアレクシアが中に入ってきた。

「こんばんは、ウィル。ご機嫌いかが」
「こんばんは姉上。至って普通です」
「まあ。そこはよいと言って欲しいわ」

 どのみち普通というよりはアリーセにつきまとわれるおかげでどちらかと言うとよくはない。

「それよりもこんな時間にどうされたんですか」
「そうね……。ウィルは私が今回ここへ来た本当の目的を多少は把握しているのかしら」
「まぁ、おそらく多少は。赤い石の絡みでしょうか」
「さすがは私のウィル。大好きよ」
「……その目的がこの時間の訪問にどう関わるのです」

 ウィルフレッドがふい、と少し顔を逸らしながら聞けばアレクシアは「可愛いことね。座っても?」と微笑んできた。

「っ、失礼しました。どうぞ」

 二人で応接セットへ向かい、アレクシアが腰かけたところで一旦ウィルフレッドも向かい合わせのソファーに座った。

「お茶は……」
「いえ、……ううん。そうね、頂こうかしら。レッドに淹れてもらって頂戴」

 要はレッドもこの場にいるといいということだろうとウィルフレッドは頷いた。

「今のところ私たち三人だけの話なのですが」

 レッドが茶を淹れ終えウィルフレッドの後ろへ下がるとアレクシアが切り出した。

「ちなみにこの部屋は誰かに聞かれる心配はなくてよ。レッドが既に確認しています」

 俺の知らない間に何やってんだという顔でウィルフレッドは後ろをちらりと振り返ったが、レッドは無表情のままだ。

「今回は城の中でも少し踏み込んだ場所にも案内して頂きました。ですけど特に怪しいところはなさそうでした。あの赤い石にあったような力が少しでも匂いそうなところも。もちろん、そんなものがもしあるのなら堂々と出してくる訳がないけど、私の魔法を使っても感じられなかったのよ」

 アレクシアは水魔法の上位が使える。その関係で、アレクシア独特の力かもしれないが水気のあるところならある程度探ったりすることも出来るようだ。ただ結構力が必要らしく、頻繁には使用しない。

「とはいえ立ち入ることが出来ない場所も当然あります。そういったところは魔法防御壁が張られていることもあるでしょう。結局のところ何とも言えないといったところでしょうか。ウィル。あなたは赤い石についてどう思って?」
「どう、と言われましても……俺は城からほぼ出たこともなく本の知識くらいしかないので国際情勢には長けてません。ああいった赤い石の力がよくある力でないかどうかも何とも言えないくらいです」

 少なくとも魔王だった頃の自分なら石だろうが人形だろうが食べ物だろうが何だろうが自由に媒体にして魔法を使うことも簡単だった。人間には使えない闇魔法それも上位の力を持っていた魔王にとっては欠伸をしながらでも使いこなせただろう。むしろ水や風といった精霊の力に頼る魔法のほうが御し難かった。そんな苦手意識が残っているから今のウィルフレッドとなってからも無意識に自分の属性である風魔法も微々たる力しか使えないのかもしれないとさえ思っていた。それに関しては一から十までクライドのせいだと十何年生きてきて初めて知ったが。

「ああ、確かに……」
「姉上はこの国の誰かがあの石を使ったと多少なりとも考えているのですか?」
「分からない、が正直なところです。が、その可能性は低くないとも考えています」
「……ご自分の婚約者の国だというのにですか」
「ええ、クリードの国であっても」

 アレクシアは顔色を変えることなく頷いてきた。改めて強い人だなとウィルフレッドは思う。魔王時代にも人間を垣間見することはあった。肉体的にならまだしも精神的にも弱い生き物だと思っていた。尊敬など出来るはずもなく、暇つぶしにそれを利用してたぶらかし、堕としては部下の玩具や食料、奴隷などにしたこともある。人間たちは魔王や魔族から助かろうと仲間であっても売ろうとする者も少なくなかった。
 アレクシアやルイ、ラルフはそういった場であっても戦うことを選ぶのだろう。どのみち戦う実力も備わっている。そういった力が先か、精神が先か。それは分からないが分かることはある。
 さすがは当時のウィルフレッド、要は魔王であったファリィオ・ロードを倒した勇者、ルイス・スヴィルクの子孫だということだ。
 別に感心などしていない。尊敬など出来る訳がない。忌々しい、そう思っている。
 忌々しい、がしかし悪くはない。ウィルフレッドはムッとした顔でそっと思った。

「明日はこの国の術者のところにも案内してもらいます。もちろん我が国でもそうですけど手の内をいくら親交を深めている国であっても晒すことはないでしょう。術者は大切な存在ですからね。それでも何か分かることもあるかもしれない。とにかく私の今の状況や考えをあなたに説明しておきたかったんです、ウィル。もちろん賢いあなたはある程度察しているようだったけど」
「姉上、危ないことは」
「もちろん致しません。私は王女ですからね」

 うふふ、とアレクシアは笑った。その笑顔は妙にルイと被る。
 まあ大丈夫だろうなと微妙な顔で思った後に、ウィルフレッドは「それでも」と口にした。

「お気をつけください」
「ええ、もちろん。ありがとうウィル」
「俺に出来ることは?」
「そういえばあなたはアリーセと仲良くしているようね。それで十分です。いつもならアリーは私にとてもくっついてきてくださるの。とても可愛いし嬉しいけど調べるにはちょっと、ですので」

 まさか本当にそのために連れてきたのではないだろうな、とウィルフレッドは微妙な顔をアレクシアに向けた。アレクシアはにっこりと微笑む。

「アリーのこと、気に入った?」
「は? やめてください。まだ子どもですよ彼女は」
「あら、あと二年もすれば成人ですよ。それに本当にとても可愛い人。私はいいと思いますけど──」
「姉上」
「それともやっぱりレッドがいい?」
「……、……は、はぁ? な、何故そこにレッドが出てくるんです?」

 動揺、いや違う、単に驚いただけだ。にしてもアレクシアは何を言い出すんだふざけんな……!

 思い切り飲みかけていたティーカップをカチャリと音を鳴らしてソーサーに打ち付けてしまい、ウィルフレッドは一旦カップをテーブルにあえて静かに置くとアレクシアを睨みつけた。

「うふふ。可愛い。レッドもそんな動揺した顔をしないで」

 ニコニコとしているアレクシアの言葉に、ウィルフレッドは音速の勢いで後ろを振り返る。だがレッドは淡々とした様子のままだ。

「こ、こいつのどこが動揺して」
「していましたよ。まあいいわ。さて。あまり遅い時間にこうして一緒にいるのはいくら姉弟でも不作法ですし、私はもう部屋に帰りますね」

 アレクシアが立ち上がる。ウィルフレッドも慌てて立ち上がり、アレクシアに手を貸しに近づこうとした。その際にレッドがボソリと「王子がお気に召しているのはクライド殿だが……」みたいなことを言ったように聞こえ、驚愕の表情でまた振り向いたがやはりレッドは無表情のままだった。動揺、いや驚いての単なる気のせいだったのだろうとウィルフレッドは気を取り直し、アレクシアに手を差し出した。
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