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59話
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広げられた歪には結局レッドがまず入った。今のところ問題ないという動作を確認し、次にエメリーが入ろうとしたのを押し退けてウィルフレッドは顔をその中へ入れて覗き込む。先ほど村を見て感じた灰色とは違う、実際に灰色をした空間といった様子を見渡していると下のほうから「王子」と呼ぶ声がした。見ればそれなりに下を感じさせる位置にどうやら地面らしきものがあるようでレッドが見上げている。
何だよこの高さ、とウィルフレッドが内心引きつっているとレッドが「下りられるのでしたら俺の方に飛び込んでください」と両手を少し広げるようにして上げてきた。
いや何言ってんだよ無理に決まっているだろうが。せめてロープ下ろしてそれ使って下りるもんだろが普通の人間なら。
元魔王としては少々屈辱的な考えではあるが致し方がない。例え魔王の記憶があっても体が全くついていかないという現実を嫌というほど自ら実感してきている。
ウィルフレッドが微妙な顔でそんなことを思っているとエメリーが「ロープをそこの岩にくくりつけて下ろしましょう」と言ってきた。ルイも「そうだな、そうしよう。では待て。この岩だと心許無い。俺の土魔法で繋ぎやすい岩に変えよう」と早速手を岩にかざしている。
とりあえずよく言ったエメリー。
「ふん、頭のいいエメリーが言うなら仕方がないな。その方法で下りてやろう」
「……ウィルフレッド様を受け止めるのがルイ様でないなどと」
「何だ? エメリー、何か言ったか?」
「ロープで繋いていたほうが帰りも安心かと申しました」
「ああ、なるほど」
確かにそうだなとウィルフレッドが頷いていると抱いたままのフェルが「クフン」と鳴いた。
「何だフェル。安心しろ。俺が貴様を懐に入れて下りてやる」
『……。いえ、我が主からのありがたいお言葉ですが私は大丈夫です』
するりとウィルフレッドの腕から抜けたフェルは小さな体のまま歪に飛び込んでしまった。慌てて中を覗き込むとフェルは軽々と下に着地していた。エメリーが眼鏡を押し上げながら「犬だと高いところから下りられないはずですが、なるほど……そういえば魔獣でしたね」と変に納得している。
主人を置いて行くなどと、生意気なしもべめとウィルフレッドは睨みながら下を見る。とはいえさすがにあの小さな体のままではウィルフレッドを乗せて下りる訳にはいかないだろうし、体を大きくするとまず歪の中に入られないだろう。
ルイが形を変え、結びやすくした岩にロープを繋ぐと、とりあえずウィルフレッドは恐る恐る足から下ろしていった。一応しっかりとロープを持った状態で何とか体全体でロープにしがみつけたものの、今更ながらに「そういえばロープで下りたことなど魔王の時代でもなかった」と気づく。それはそうだろう。高い魔力に素晴らしい身体能力のあった魔王はそんな必要に駆られることなどなかった。
ここからどうやって下りていけばいいのだ……。
頭では分かるというのに実際体はどう動けばいいのか把握出来ていない。必死になってロープにしがみついてはいるが、次第に手が痛くなってきた。よく考えなくとも自らの体を支える腕の力など持ち合わせてもいないし足はあまり器用に動かせない。
上ではルイの心配そうな声が聞こえてくる。そして下からは「そのまま手を離しても大丈夫です。俺が受け止めます。俺を信じて」というレッドの声が聞こえてきた。
分かっている。受け止めると言えばレッドは必ず受け止めてくれるだろう。城のキープで子どもの頃からいつもそう言われていて、そしてウィルフレッドは屈辱を感じながらもいつもレッドを信じて飛び込んでいた。だがキープの高さなど目ではない程度にはここから下までは高い。いくらレッドが強靭な体を持ち、器用で俊敏な動きをしていると言っても上から落ちる大人一人を支えられるものなのか。
とはいえそろそろ手が痛くて痺れて堪らない。内心焦りに焦ってきたウィルフレッドはだが下をそっと窺ってハッとなった。
フェルがいるではないか、と気づく。歪に入るには大きすぎる体でもこの中に入ってしまえば問題ない。レッドに首輪を取ってもらい体を大きくしてもらえばクッションになるのではないか。
……いや違う、駄目だ。首輪は俺や兄上たちしか取れない。
宮中でよもやないとは思うがという前提の元、それでも万が一魔獣であるフェルをよからぬ考えで開放させようとする者がいてはならないからとのむしろ側近たちや重臣たちの意見により、首輪には王族しか取ることの出来ない魔法がかけられていた。例えレッドやエメリーのような側近であっても取ることは出来ない。ちなみにその首輪は一応誰でもつけることができるが、その際フェルが苦しそうに見えてウィルフレッドはあまりつけたくない。
万事休すではないかと、手のひらに何とか力を込めようとしているとロープが変に揺れ出した。慌てて上を見るも、上ではルイがひたすら「もう無理だ。見ていられない。俺がウィルを支える」と真っ青になって飛び込もうとしているのをエメリーが「非常に分かりますがそれでもあなたは残って頂かないとならないのです」と相変わらず冷静そうな勢いで留めている。その光景で幾ばくかは気持ちが冷めたものの、今にも手のひらが滑りそうで完全に冷静になどなれそうもない。とりあえず今度は何とか下を窺うと、あろうことかフェルがロープを口に咥え、揺らしているのが見えた。レッドはウィルフレッドから目を離さないようにしているためか、フェルの行動に気づいていない。
「き、貴様……!」
何を、と言いかけたところでとうとう堪えられず、辛うじて手のひらだけでロープをつかんだ状態でウィルフレッドの体は宙ぶらりんとなった。何も考えられなくなったウィルフレッドの耳に、レッドの声が届いた。
「王子……! 手を離してください。俺が絶対支えます!」
途端、ウィルフレッドは手を離していた。下りようとして飛び込んだ訳ではない体は完全にバランスが崩れたまま落下する。だが何かを考える暇もなく、次の瞬間には既にウィルフレッドはレッドの腕の中にいた。
何だよこの高さ、とウィルフレッドが内心引きつっているとレッドが「下りられるのでしたら俺の方に飛び込んでください」と両手を少し広げるようにして上げてきた。
いや何言ってんだよ無理に決まっているだろうが。せめてロープ下ろしてそれ使って下りるもんだろが普通の人間なら。
元魔王としては少々屈辱的な考えではあるが致し方がない。例え魔王の記憶があっても体が全くついていかないという現実を嫌というほど自ら実感してきている。
ウィルフレッドが微妙な顔でそんなことを思っているとエメリーが「ロープをそこの岩にくくりつけて下ろしましょう」と言ってきた。ルイも「そうだな、そうしよう。では待て。この岩だと心許無い。俺の土魔法で繋ぎやすい岩に変えよう」と早速手を岩にかざしている。
とりあえずよく言ったエメリー。
「ふん、頭のいいエメリーが言うなら仕方がないな。その方法で下りてやろう」
「……ウィルフレッド様を受け止めるのがルイ様でないなどと」
「何だ? エメリー、何か言ったか?」
「ロープで繋いていたほうが帰りも安心かと申しました」
「ああ、なるほど」
確かにそうだなとウィルフレッドが頷いていると抱いたままのフェルが「クフン」と鳴いた。
「何だフェル。安心しろ。俺が貴様を懐に入れて下りてやる」
『……。いえ、我が主からのありがたいお言葉ですが私は大丈夫です』
するりとウィルフレッドの腕から抜けたフェルは小さな体のまま歪に飛び込んでしまった。慌てて中を覗き込むとフェルは軽々と下に着地していた。エメリーが眼鏡を押し上げながら「犬だと高いところから下りられないはずですが、なるほど……そういえば魔獣でしたね」と変に納得している。
主人を置いて行くなどと、生意気なしもべめとウィルフレッドは睨みながら下を見る。とはいえさすがにあの小さな体のままではウィルフレッドを乗せて下りる訳にはいかないだろうし、体を大きくするとまず歪の中に入られないだろう。
ルイが形を変え、結びやすくした岩にロープを繋ぐと、とりあえずウィルフレッドは恐る恐る足から下ろしていった。一応しっかりとロープを持った状態で何とか体全体でロープにしがみつけたものの、今更ながらに「そういえばロープで下りたことなど魔王の時代でもなかった」と気づく。それはそうだろう。高い魔力に素晴らしい身体能力のあった魔王はそんな必要に駆られることなどなかった。
ここからどうやって下りていけばいいのだ……。
頭では分かるというのに実際体はどう動けばいいのか把握出来ていない。必死になってロープにしがみついてはいるが、次第に手が痛くなってきた。よく考えなくとも自らの体を支える腕の力など持ち合わせてもいないし足はあまり器用に動かせない。
上ではルイの心配そうな声が聞こえてくる。そして下からは「そのまま手を離しても大丈夫です。俺が受け止めます。俺を信じて」というレッドの声が聞こえてきた。
分かっている。受け止めると言えばレッドは必ず受け止めてくれるだろう。城のキープで子どもの頃からいつもそう言われていて、そしてウィルフレッドは屈辱を感じながらもいつもレッドを信じて飛び込んでいた。だがキープの高さなど目ではない程度にはここから下までは高い。いくらレッドが強靭な体を持ち、器用で俊敏な動きをしていると言っても上から落ちる大人一人を支えられるものなのか。
とはいえそろそろ手が痛くて痺れて堪らない。内心焦りに焦ってきたウィルフレッドはだが下をそっと窺ってハッとなった。
フェルがいるではないか、と気づく。歪に入るには大きすぎる体でもこの中に入ってしまえば問題ない。レッドに首輪を取ってもらい体を大きくしてもらえばクッションになるのではないか。
……いや違う、駄目だ。首輪は俺や兄上たちしか取れない。
宮中でよもやないとは思うがという前提の元、それでも万が一魔獣であるフェルをよからぬ考えで開放させようとする者がいてはならないからとのむしろ側近たちや重臣たちの意見により、首輪には王族しか取ることの出来ない魔法がかけられていた。例えレッドやエメリーのような側近であっても取ることは出来ない。ちなみにその首輪は一応誰でもつけることができるが、その際フェルが苦しそうに見えてウィルフレッドはあまりつけたくない。
万事休すではないかと、手のひらに何とか力を込めようとしているとロープが変に揺れ出した。慌てて上を見るも、上ではルイがひたすら「もう無理だ。見ていられない。俺がウィルを支える」と真っ青になって飛び込もうとしているのをエメリーが「非常に分かりますがそれでもあなたは残って頂かないとならないのです」と相変わらず冷静そうな勢いで留めている。その光景で幾ばくかは気持ちが冷めたものの、今にも手のひらが滑りそうで完全に冷静になどなれそうもない。とりあえず今度は何とか下を窺うと、あろうことかフェルがロープを口に咥え、揺らしているのが見えた。レッドはウィルフレッドから目を離さないようにしているためか、フェルの行動に気づいていない。
「き、貴様……!」
何を、と言いかけたところでとうとう堪えられず、辛うじて手のひらだけでロープをつかんだ状態でウィルフレッドの体は宙ぶらりんとなった。何も考えられなくなったウィルフレッドの耳に、レッドの声が届いた。
「王子……! 手を離してください。俺が絶対支えます!」
途端、ウィルフレッドは手を離していた。下りようとして飛び込んだ訳ではない体は完全にバランスが崩れたまま落下する。だが何かを考える暇もなく、次の瞬間には既にウィルフレッドはレッドの腕の中にいた。
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