不機嫌な子猫

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54話

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 警備と聞いて勇み足になりかねないウィルフレッドを、レッドは「落ち着いてください」と呆れたように窘めてきた。

「俺は落ち着いている」

 ムッとして言い返すも無言でのため息を返された。改めて失礼極まりない側近だとウィルフレッドは思う。とはいえ実際何かミスがあれば誰かの、ひいては自分の命取りになりかねない。ウィルフレッドはゆっくりと呼吸を整えて気を引き締めた。
 実際嬉しさとわくわくした気持ちはあった。十六年間生きてきて今まで一度たりともこういったことはさせてもらえなかったのだ。小さな子ども時代は仕方ないにしても、それなりの年齢になっても何か外で問題が起きて王の命令や自らの判断で動くのは上の兄や姉たちだけだった。ウィルフレッドが名乗り出ても「危ないから」などと言われ何もさせてもらえなかった。せいぜい「では無事を祈ってて欲しい」だった。そんな腹も膨らまない目に見えないものをどうしろと、と忌々しく思っていた。そもそも元魔王が祈るなどと、もし力が備わったままだったらむしろ祝福ではなくただの呪いになっていたことだろう。
 当たり前のように頼られ、動き、成果を上げる兄や姉が羨ましくて仕方がなかった。苛立たしくて忌々しくて仕方がなかった。
 この感情は、自分の前世が魔王だったと思い出さなければ知ることのなかった感情なのだろうか。記憶が戻る前の、一人だけ平凡であり関心を持たれることもなかったと思い込んでそれに甘受していた自分をウィルフレッドはぼんやり思い浮かべる。

「こんなにウィルが感情表現豊かだったなんて、最初は驚いたけど俺は嬉しいよ。それにウィルが愛しくてならないね」

 そしてある時ルイに言われたことを思い出す。先ほどルイからもらってつけている指輪をウィルフレッドはジッと見た。

 ……は。元魔王だったと思い出さなかったままの自分など。

 今の、この劣等感だらけでイライラとした自分は決して間違った自分じゃない、とウィルフレッドは鼻を鳴らしながら自分に納得させた。
 ちなみに指輪だが、以前ルイから既にもらってはいた。どうやら魔力のあまりに低いウィルフレッドを憐れんでか「お守りだからつけてね」と渡してきたのだ。忌々しくてその場で投げ捨てようと思ったが、ニコニコと嬉しそうにしているルイを見て、断ってしつこく嘆かれては面倒だしな、と自分に言い訳しつつ渋々受け取っていた。だがウィルフレッドの手が小さいのもあり、薬指に付けるよう言われたがブカブカとして中指ですら大きかった。それがさらに忌々しかったので結局「ちゃんと肌身離さず持ちますから」と言って身に付けてはいるが指にはつけていない状態だった。
 先ほど警備に向かおうとしたウィルフレッドに「ちょっと待って」と引き留めたルイは手袋を外し、自分が右手の人差し指につけていた指輪を外した。そして何やら呟き念を込めだした。何をしているのだろうとウィルフレッドが思っていると「お守りだよ」とまた指輪を差し出してきたのだ。

「以前頂いたものを持ってますよ」
「あれより今のほうがもっと俺の力を込めたよ。そうだ。丁度いい。今、その指輪持ってる?」
「はい」

 ハンカチに包んで持っていた指輪を差し出すと、ルイはニコニコとそれを手にして自分の右手の薬指につけた。

「これは俺がお守りにもらうよ。ずっとウィルが持ってくれていた指輪なんて最高だね」
「……はぁ」

 怪訝な顔をしていたら「つけて」と言われた。だが今回の指輪はさらに大きい気がした。じっと見ていると「右手の親指につけてごらん」と言われる。渋々つけるとピッタリ合った。ルイが人差し指につけていたというのにとやはり忌々しい。ルイの手を見ても別にやたら指が太いとか大きいようには見えない。むしろすらりとしているようだというのに納得がいかない。憮然としているとそのウィルフレッドの様子を見ていたルイが頷いてきた。

「うん、お守り。ああ、そういえば右手の親指につけるとね、困難に打ち勝つ強い心を持てるそうだよ」
「俺は既に強い心を持っています」
「あはは。そうか。うん、じゃあ左手の親指につけよう」
「左手は何なんです」
「意志を貫き目標を実現させる、と言われてるよ」

 そう聞いてウィルフレッドはいそいそと指輪を左手につけかえた。そして左手の親指にある指輪を満足げに見る。その様子をルイはにっこりと見ていた。

『神には祈らないけどおまじないは信じるんですか』

 警備として辺りを見回しつつ歩いていたウィルフレッドがその指輪をまた見ていると、鎖に繋がれつつ一緒に歩いていたフェルからそんな声が聞こえてくる。声に出してではなく頭に直接届いてきた。

「余計なお世話だ」
「は? 何の話です」

 すぐそばにいたレッドが怪訝そうな顔を向けてくる。

「な、何でもない」
『ウィルフレッド様、私に伝えるつもりで心の中で話してみてください』
『こ、こうか』
『はい、さすがウィルフレッド様』
「当然だ」
「……王子?」
「な、何でもない。何でもないぞ。気にするな」

 心の中で話すのは案外簡単ではあったが、つい普段の癖で声に出してしまう。だがこれ以上レッドから呆れられないためには気を付けないと、とウィルフレッドは顔をそっと引きつらせた。フェルが「クフン」と鳴いた。

『貴様、今小馬鹿にしたのではあるまいな』
『とんでもございません。ただ小動物らしく振舞っただけです』

 もう一度「ワフ」と鳴きながらフェルが涼しげに答えてきた。
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