不機嫌な子猫

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53話

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 ケルエイダ王国は広く、そして森や湖がちょくちょくありながらも緑豊かな平地も多い。普段は城のいつものお気に入りの場所から見下ろすことくらいだったウィルフレッドは初めて遠出をしながら感嘆していた。一年のほとんどが冬ではないのかと思いたくなるような気候であり、ほぼ雪に覆われているイメージがあったが、改めて緑の多い国だと自国ながら実感した。元魔王だというのに平和な雰囲気を堪能してしまいそうだ。
 移動中、他の者たちも賑やかだった。ヴァイキングの血でも騒ぐのか、戦いに赴くことになるかもしれないとは思えない。確実に進み、そして休む時は大いに休息した。
 短い夏が終わったせいで、朝晩は少々冷える。安全のためもあってか一緒のテントで眠るようルイに言われたレッドと、そしてフェルにこれ幸いと暖を取るためにくっつきながらウィルフレッドもベッドでなくとも案外ぐっすりと眠れた。ちなみに馬での移動中もウィルフレッドがフェルを懐に入れ移動しているため暖かい。小さくなってくれていてこれ幸いだと初めて思った。
 ところで反面、レッドは襲われた村が心配なのかあまり眠れていなさそうだ。

「貴様、あまり眠れていないのではないのか」

 ただでさえ極悪そうな顔だというのに、少々目のすわったレッドに言えば「寝ていますよ」と返ってくる。

「しかし」
「問題ありません」
「なら構わんが」

 そろそろ村が近くなってくる頃には、あれほど騒がしかった者たちの顔も引き締まってきた。とある休憩中、ウィルフレッドはルイに呼ばれた。

「ウィル、村は恐らく厳しいことになっていると思う」
「そりゃ魔物に襲われたなら、そうでしょうね」
「お前に見せたくない光景もあるかもしれない」
「大丈夫です」

 むしろ魔王時代にあらゆることを見てきているしな、と心の中で付け加える。霊的なものは許し難いが、魔物や人間といった生物ならどういった状況でも問題ないはずだ。

「ならよかった。……はぁ。悲しいことだよね。ただ報告が入った時点でもう、おそらくどうしようもない状態だったとは思う。我々に出来るのは様子を確認し、まだ生きている人間がいれば助け、そしてまだ魔物が潜んでいるのなら退治をすること、そして今後どうするかを現地調査をしながら対策すること」
「はい」
「危険である可能性は低くないんだ。とはいえ俺は俺の仕事がある」
「はい」
「レッドがいるから安心はしているけど、それでも本当に気を付けて欲しいんだ」
「……分かっています」

 屈辱を感じるが、仕方がない。実際にウィルフレッドには反論できるものが何一つない。

「そして正直半信半疑なんだけどね……お前があまりに熱心に言うから折れたんだけど……、とにかく、フェルが魔物のことで何か役に立つというなら、是非がんばって欲しいと思う」
「分かりました」

 果たして報告のあった村は、実際ほぼ崩壊していると言ってよかった。ただ幸いなことに、逃げおおせた村民は結構いて、今は少し離れたところにある大きな町に避難していると現地に着いて分かった。そしてその町は今のところ魔物に襲われるといった様子はないようだ。先に近辺を探って安全確認を行った上で、ルイは用意してきた物資をその町へ届けさせる。そして鳩を使って改めて物資を送るよう連絡させた。多少時間はかかるかもしれないが、今度は馬車で一度に運ばれてくるだろうと思われる。
 騎士たちもその町で一旦休息を取らせてもらった。食事よりも何よりも、ベッドと熱い湯に皆大喜びしていた。

「……魔法壁は故意的に壊されてるかもしれない」

 何人かを連れ、村を調べていたルイが呟く。一緒にいたウィルフレッドがルイを見た。

「俺は魔力に疎いので残念ながら分からないんですが……故意ということは魔物ではなく人の手という可能性があるということですか」
「うん。しまったな。クライドも連れてくれば良かった。彼ならすぐに判断出来たかもしれない。魔物対応だしと思って頼まなかったんだけどね」

 何であんな男を頼らなければならないのかとウィルフレッドは内心舌打ちをする。自分は何度も頼み込んでようやく連れてきてもらったというのにだ。

「エメリー。とりあえず俺が調べ終えてからだけど、部下の中でも魔力の強い者を集めてここの魔法壁の修復にかかって欲しい。村を再建するにもここがまず安全じゃないとね」

 緩い魔法壁とはいえ、張る時にはそれなりに力がいる。

「かしこまりました」
「あと俺が調べている間は注意がここに集中するし、警備の者を申し訳ないけどこの周辺に少し増やしてもらえないかな」
「俺は、兄上、俺はその警備の中に入っていいのですか?」

 ルイの側近であるエメリーとの会話に割って入る形になるため、ウィルフレッドはルイの袖を少し引っ張りながら聞いた。

「……嫌だと言いたいんだけどね。レッドと一緒なら……仕方ない、ね……本当に気を付けるんだよ」
「はい。ありがとうございます、兄上」
「ああもう、可愛いなあ。こんな調べものも、お前のおかげで捗りそうだ」

 嬉しそうにルイがぎゅっとウィルフレッドを抱きしめてきた。抱き上げられないだけマシだと、ウィルフレッドは渋々甘んじて受け入れる。

「……ぐ」

 一瞬エメリーの喉から変な音が出た気がした。ルイも怪訝そうにエメリーを見ている。

「エメリー?」
「失礼いたしました。とりあえずここの警備を固めます。その後で魔力の強い者をあらかじめ選別致します」

 無言だったエメリーが眼鏡をくい、と指で押し上げながらきびきびと話す。

「頼んだよ、エメリー」
「は」
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