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52話
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振り向くとレッドがいる。
それは別に目新しいことでもなんでもないし、むしろ日常の光景ではある。
だが、またもや怖い。
ウィルフレッドは引いたような顔をしてレッドを見上げた。相変わらず無表情そうではあるのだが、漂う雰囲気がどこか怖い。
元魔王が情けないとは思う。だが最近こう思うようにはしている。
元魔王とはいえ今世は人間として生まれ、そして育ってきている。しかもほぼ四六時中一緒にいたのはレッドだ。小さい頃に叱られたこともある。だから怖く思えても仕方のないことなのだ、と。
とはいえウィルフレッドの無駄に高いプライド的には認めたくないため、何でもないふりをして睨みつけた。
「いつも言っているがいきなり現れるな」
「あなたの側にいるのが俺の仕事です」
「煩い」
「で、何が可愛いんですか」
「それはモ──」
モヴィだと答えようとしたところで本人が「も、申し訳ありません、申し訳ありません! あの、し、失礼致します!」といきなりその場で土下座したかと思うと立ち上がってこの場を去ろうとした。
「待て」
「待て」
基本的に気が合わないと思っているのだが、珍しくウィルフレッドとレッドの声が重なった。二人から「待て」と言われたモヴィは喉から変な音を出しながらもその場に固まった。
「おい、貴様は何故モヴィを呼び止めたのだ」
「俺の部下です。呼び止めるのはおかしいですか?」
別におかしくはないが、今醸し出している貴様の様子がおかしいのだ、とウィルフレッドは微妙な気持ちで内心答える。
「王子は何故です? 何かモヴィに用がありましたか」
「俺の相手をしてもらおうとしていたのだ。呼び止めておかしくはないだろうが」
「何の相手です」
つまらなさ、退屈を紛らわせる話相手だ、と答える気はさらさらない。そんな弱そうなこと、言いたくない。
「俺の勝手だろうが。何もすることがないのだ。だから楽しむ相手をだな」
そう言うと、何故かレッドはますます何とも言えない表情でため息を吐いてきたし、モヴィは真っ青になってますます固まっている。
「王子……本当にあなたという人は……」
「も、申し訳、申し訳……」
モヴィは息絶え絶えといった様子になっている。かわいそうながらに少し面白いとは思いつつ、ウィルフレッドが一体何なのだと唖然としていると、レッドが幾分和らいだ表情をしてモヴィを見た。
「お前は被害者のようなものだ。いい。あちらで食事をとって体を休ませろ」
「っは、は!」
モヴィは右足を引き腰を屈めてお辞儀をすると「失礼致します」とこの場を立ち去って行った。
「俺の許可なく勝手なことをするな」
「彼は私の部下です」
「貴様の部下なら俺の部下も同然だろう」
「そんな子どもみたいなことを言わないでください」
「だれが子どもか!」
モヴィとウィルフレッドとのやり取りを同情と羨望をないまぜにしたような様子で窺っていた周りは、レッドとウィルフレッドの和やかでないやり取りが始まると巻き添えだけはごめんだとばかりにじわじわとこの場から離れていった。
「あなたですよ、王子。全く……そうまでしてモヴィと寝たいのですか」
「は?」
何の話だとウィルフレッドが怪訝な顔で見上げるも、レッドは呆れたように続けてくる。
「俺はてっきり……あなたはクライド殿に興味を持たれていると思っていましたが……」
「はぁ? 貴様、一体何の話だ」
「俺の立場からしましても、モヴィは賛成致しません。いえ、本気ではなく、遊び相手だとおっしゃるにしても、あいつは生真面目なやつですので──」
「だから何の話だ!」
思い切り声を張り上げたらしい。気づけば周りには人はいなくなっていたものの、さすがにウィルフレッドも咳払いをして気を取り直した。
「貴様の言っていることが何一つ分からん」
「……モヴィのことがお好きなのでは」
「はぁ? 何故そうなる。確かにこの俺に対して従順だから可愛いやつだとは思うが、何故この俺があやつを個人的に好きにならねばならん」
「……」
とてつもなく怪訝な顔をして言えば、レッドが妙な顔を一瞬してきた。
「では火遊びの相手ですか」
「どこからそうなった!」
「しかし……セックスの相手として誘っておられたのでは」
「は? 話し相手だ! いくら俺でもこのような状況でそんなことせんからなっ?」
「……」
レッドがまた妙な顔をした。ウィルフレッドも黙っていると少し顔を逸らしながら「……真に申し訳……ございません」とレッドが謝ってきた。
「さっきからちっとも意味が分からないが……とにかく貴様はこの俺がこの状況で見境なく盛っていると思ったということだな?」
「いえ、そこまでは……いや、しかし、いや、ああ、その……、……申し訳ございません」
「……」
今までウィルフレッドとして十六年ほど生きてきて──いや、レッドと出会ってからだともう少し短くはなるが──このように動揺したレッドを見たのは初めてではないだろうかとウィルフレッドは唖然としながら思った。
怖い、というよりこれは……少し楽しいし可愛いな。
ククク、とはたから見ればあまりにろくでもない笑いを漏らすと、ウィルフレッドは楽しげにレッドを見上げた。
「貴様が何故そこまで動揺するのか分からんが……まあ貴様の主人である俺を気遣ってのことであろう。構わん、許す」
「……ありがとうございます」
「それに退屈だったが思いがけず面白いものを見たしな。クク。貴様がこんなに動揺するとは。ククク。これで後はクライドが俺にひれ伏せば中々に思い残すことはないな」
「そんな規模の低いことでよいのですか……」
既にもう平常心を取り戻してしまったらしいレッドがまた呆れたように聞いてくる。それを見て舌打ちをしながらウィルフレッドはレッドを睨み上げた。
「もういつもの貴様か。つまらん。それに今のは冗談に決まっているだろう」
クライドがウィルフレッドにひれ伏すところが見られたら最高に気持ちがいいだろうが、もちろん思い残すことだらけだ。何よりこの国を奪えていない。
「ふん。興が削がれた。レッド、俺の寝床へ案内しろ」
「御意」
それは別に目新しいことでもなんでもないし、むしろ日常の光景ではある。
だが、またもや怖い。
ウィルフレッドは引いたような顔をしてレッドを見上げた。相変わらず無表情そうではあるのだが、漂う雰囲気がどこか怖い。
元魔王が情けないとは思う。だが最近こう思うようにはしている。
元魔王とはいえ今世は人間として生まれ、そして育ってきている。しかもほぼ四六時中一緒にいたのはレッドだ。小さい頃に叱られたこともある。だから怖く思えても仕方のないことなのだ、と。
とはいえウィルフレッドの無駄に高いプライド的には認めたくないため、何でもないふりをして睨みつけた。
「いつも言っているがいきなり現れるな」
「あなたの側にいるのが俺の仕事です」
「煩い」
「で、何が可愛いんですか」
「それはモ──」
モヴィだと答えようとしたところで本人が「も、申し訳ありません、申し訳ありません! あの、し、失礼致します!」といきなりその場で土下座したかと思うと立ち上がってこの場を去ろうとした。
「待て」
「待て」
基本的に気が合わないと思っているのだが、珍しくウィルフレッドとレッドの声が重なった。二人から「待て」と言われたモヴィは喉から変な音を出しながらもその場に固まった。
「おい、貴様は何故モヴィを呼び止めたのだ」
「俺の部下です。呼び止めるのはおかしいですか?」
別におかしくはないが、今醸し出している貴様の様子がおかしいのだ、とウィルフレッドは微妙な気持ちで内心答える。
「王子は何故です? 何かモヴィに用がありましたか」
「俺の相手をしてもらおうとしていたのだ。呼び止めておかしくはないだろうが」
「何の相手です」
つまらなさ、退屈を紛らわせる話相手だ、と答える気はさらさらない。そんな弱そうなこと、言いたくない。
「俺の勝手だろうが。何もすることがないのだ。だから楽しむ相手をだな」
そう言うと、何故かレッドはますます何とも言えない表情でため息を吐いてきたし、モヴィは真っ青になってますます固まっている。
「王子……本当にあなたという人は……」
「も、申し訳、申し訳……」
モヴィは息絶え絶えといった様子になっている。かわいそうながらに少し面白いとは思いつつ、ウィルフレッドが一体何なのだと唖然としていると、レッドが幾分和らいだ表情をしてモヴィを見た。
「お前は被害者のようなものだ。いい。あちらで食事をとって体を休ませろ」
「っは、は!」
モヴィは右足を引き腰を屈めてお辞儀をすると「失礼致します」とこの場を立ち去って行った。
「俺の許可なく勝手なことをするな」
「彼は私の部下です」
「貴様の部下なら俺の部下も同然だろう」
「そんな子どもみたいなことを言わないでください」
「だれが子どもか!」
モヴィとウィルフレッドとのやり取りを同情と羨望をないまぜにしたような様子で窺っていた周りは、レッドとウィルフレッドの和やかでないやり取りが始まると巻き添えだけはごめんだとばかりにじわじわとこの場から離れていった。
「あなたですよ、王子。全く……そうまでしてモヴィと寝たいのですか」
「は?」
何の話だとウィルフレッドが怪訝な顔で見上げるも、レッドは呆れたように続けてくる。
「俺はてっきり……あなたはクライド殿に興味を持たれていると思っていましたが……」
「はぁ? 貴様、一体何の話だ」
「俺の立場からしましても、モヴィは賛成致しません。いえ、本気ではなく、遊び相手だとおっしゃるにしても、あいつは生真面目なやつですので──」
「だから何の話だ!」
思い切り声を張り上げたらしい。気づけば周りには人はいなくなっていたものの、さすがにウィルフレッドも咳払いをして気を取り直した。
「貴様の言っていることが何一つ分からん」
「……モヴィのことがお好きなのでは」
「はぁ? 何故そうなる。確かにこの俺に対して従順だから可愛いやつだとは思うが、何故この俺があやつを個人的に好きにならねばならん」
「……」
とてつもなく怪訝な顔をして言えば、レッドが妙な顔を一瞬してきた。
「では火遊びの相手ですか」
「どこからそうなった!」
「しかし……セックスの相手として誘っておられたのでは」
「は? 話し相手だ! いくら俺でもこのような状況でそんなことせんからなっ?」
「……」
レッドがまた妙な顔をした。ウィルフレッドも黙っていると少し顔を逸らしながら「……真に申し訳……ございません」とレッドが謝ってきた。
「さっきからちっとも意味が分からないが……とにかく貴様はこの俺がこの状況で見境なく盛っていると思ったということだな?」
「いえ、そこまでは……いや、しかし、いや、ああ、その……、……申し訳ございません」
「……」
今までウィルフレッドとして十六年ほど生きてきて──いや、レッドと出会ってからだともう少し短くはなるが──このように動揺したレッドを見たのは初めてではないだろうかとウィルフレッドは唖然としながら思った。
怖い、というよりこれは……少し楽しいし可愛いな。
ククク、とはたから見ればあまりにろくでもない笑いを漏らすと、ウィルフレッドは楽しげにレッドを見上げた。
「貴様が何故そこまで動揺するのか分からんが……まあ貴様の主人である俺を気遣ってのことであろう。構わん、許す」
「……ありがとうございます」
「それに退屈だったが思いがけず面白いものを見たしな。クク。貴様がこんなに動揺するとは。ククク。これで後はクライドが俺にひれ伏せば中々に思い残すことはないな」
「そんな規模の低いことでよいのですか……」
既にもう平常心を取り戻してしまったらしいレッドがまた呆れたように聞いてくる。それを見て舌打ちをしながらウィルフレッドはレッドを睨み上げた。
「もういつもの貴様か。つまらん。それに今のは冗談に決まっているだろう」
クライドがウィルフレッドにひれ伏すところが見られたら最高に気持ちがいいだろうが、もちろん思い残すことだらけだ。何よりこの国を奪えていない。
「ふん。興が削がれた。レッド、俺の寝床へ案内しろ」
「御意」
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