不機嫌な子猫

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28話

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 いつものように回ってくる書類に目を通し、必要なものにサインしていると、何となく不可解な気持ちになる報告書がウィルフレッドの目に留まった。
 それは一見なんの変哲もない収支報告書の一つだった。表題も要旨も明確にされている。ただ詳細もしっかり書かれているのだがどうにも感じる違和感に、ウィルフレッドはその書類を別途しっかり見ることにした。

「……別におかしなところはない、か……?」

 何に違和感を覚えたのだろうかと首を傾げつつ一つ一つ項目を見ていくと、ふと気づいたことがある。
 夏になるこの時期、ケルエイダ王国や隣国ではザリガニを食べる習慣がある。習慣というか、ある意味祭りだろうか。あらゆるところでザリガニのパーティーが開かれ、食される。
 この報告書は貴族の中でも外交関連の仕事を勤めている者からのものだ。この間執り行われた、王が出席した他国の使者を交えてのパーティーでの食材仕入れの報告書である。普段はパーティーでも宮廷料理人たちが料理を考え仕入れをしているが、外交絡みでの企画となると別の者が仕入れをすることもあるため、これ自体は別に珍しいものでもない。
 ただ、とウィルフレッドは別のファイルを取り出した。どこにどの報告書や連絡書などが入っているかは全て把握している。

「……うむ、やはりな」

 一ヶ月ほど前に、別のところから今年はザリガニが大量発生しており、物価調整をするにあたり凍らせて保存するための場所と魔力を確保したいといった内容の依頼があった。大した案件ではないものの、交易などを考慮してこの内容を知り得るのは一部の担当した者だけであるし、実際に対応するのはウィルフレッドではないが、依頼書には全て目を通しているので把握していた。
 それもあって調整はされているもののザリガニの価格は国産の高級ザリガニであっても、今年は例年と異なり全て低めとなっている。ただしこういった理由を知らなければ購入の際、たまたまだと思うだろう。
 だというのに仕入れ報告書での国産高級ザリガニは例年の値段のままだ。ザリガニと言えども高級品である上に仕入れ量を考えると、結構な差額になるだろう。そしてこの報告書だけでは普通なら気づかれないまま流れるところだったのだろう。

「この俺がチェックしているというのに水増し請求とはいい度胸だな虫けらめ」

 ウィルフレッドに、俄然やる気が出てきた。国王の身内として、国の損失になることは現ウィルフレッド的には許しがたいが、元魔王としては楽しくてならない。

「レッド、いるのだろう」
「はい」

 格好をつけたようにニヤリと笑みを浮かべながら言ってみると、あまりにも自然にレッドが姿を現した。

「……本当にいやがった」
「は?」
「っ何でもない。おい、こいつを呼び出せ。この執務室ではなく、俺の部屋の隣にある書斎にだ」
「御意」
「仕事の話になる。貴様は立ち入るな。立ち聞きも禁止だからな」
「俺はいつもそんなことしてませんよ」
「はぁ? 貴様この俺に嘘を吐くつもりか。では何故今のように呼べばすぐに現れるのだ」
「王子が俺を呼ぶ声は聞こえるよう訓練済みです」
「そんな訳あるか!」

 無口なくせにああ言えばこう言う、と既にいなくなったレッドにぶつぶつと文句を連ねながらウィルフレッドも指定した書斎へ移動した。

「何かございましたか……?」

 呼び出した貴族はおずおずといった様子でノック後入ってくると、机で書き物をしているウィルフレッドを少し離れたところから見ている。

 ……おぅおぅ、小狡そうな顔しやがって。

 ようやく頭を上げたウィルフレッドは内心ニヤリと笑った。昔取った杵柄とはこういうことを言うのだろうか。身内に囲まれていると全く気づかなかったが、ろくでもないことを犯したり考えたりしている人間のことは手に取るように分かるような気がした。

「貴様、何故この俺に呼ばれたかは分かるか?」
「……い、いえ。何故かは……」
「この間のパーティーでのザリガニも美味かった」
「……それはようございました……」
「うむ。美味いザリガニだった。いいものを仕入れてくれたようだな」
「……あ、ありがたき御言葉です」
「ところでそのザリガニ、また食べたくてな。自分で個人的に買いたい。店を教えてくれないか」
「い、いつものところですが」
「ほう? 今、そこでは今年のザリガニの値段はだいたいこうなっているようだ。しかし貴様の仕入れたザリガニはずいぶん高級なようだ。別物ではないのか?」
「そ、それはたまたまではないか、と……」
「ほう。そう言い張るのだな」

 ニヤリと凄みを効かせて笑みを浮かべたつもりではあるが、威力のほどは大したものではないだろう。今のウィルフレッドも目付きは虹彩も瞳孔も小さい分、悪くは見えるがこの平凡な顔に凄みなどはない。かつて魔王だった頃はやり尽くしたほどの悪事に加えて、相当の美形だったからこその凄みだった。
 しかしそれでもただの貴族である相手には十分だったようだ。まだ少しは粘るかとも思ったが、案外素直に吐いてきた。実際に調べればすぐに分かることというのもあるだろう。

「も、申し訳ございません……! ほんの出来事で……」
「ほう。ほんの出来事なら何をしてもよいと?」
「と、とんでもない! あの、水増し分はウィルフレッド様へ全てお渡ししたします。そ、それに……そうだ、我が娘は私に似ず、それはそれは美人でして……しかもまだ誰とも付き合ったこともなかったか、と……しかし喜んでウィルフレッド様へ勤めさせましょう」

 我がの娘すら自分の地位保持のためなら差し出すか、とウィルフレッドは心の中で楽しんだ。

 これだよ。弱い人間はこうでなくては。

 むしろすぐに吐いてきたことといいこんなことを言ってくることといい、恐らく目の前の小物は他にも今までやらかしているのだろう。
 正直、水増し分などといったはした金に興味はない。女にしても遊ぶのならむしろ経験豊富なやつのほうが楽しめるだろうし、そもそも元魔王にとってそういった娯楽はもう飽き飽きしている。ウィルフレッドの体は童貞ではあるが、別にそんなことは瑣末なことだ。
 だが、楽しい。
 ウィルフレッドはまたニヤリと笑い、口を開いた。
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