20 / 150
20話
しおりを挟む
雨か、とレッドは窓から身を乗りだし空を見上げた。
雨ならウィルフレッドは術者クライドのところへは出向かない。何故ならただでさえ建物の雰囲気がウィルフレッドにとっては苦手だというのに雨のせいでさらにそれが増すらしいからだ。もちろん本人は絶対にそう口にしないがレッドでもそれくらいは分かる。
そのウィルフレッドは先ほどまで専用の執務室で王璽尚書として指令文書や嘆願文書といった書類のチェックを行っていた。仕事が終わって雨に気づけばそのまま自室へ戻るか図書室へ向かうことだろう。
小さい頃から筋力も体力も魔力も普通か普通以下のウィルフレッドだが、未だに諦めることなく日々鍛練している。それがいつか結びつけばいいなと思いながらレッドはその鍛練に付き合っている。ただ知能だけは昔から高い。とはいえ性格が性格なので第二王子であるラルフが行っているような参謀的な仕事はウィルフレッドには向いていない。同じ理由で王女アレクシアが受け持っている外交的な仕事も向いていない。どちらも大変なことになるのがレッドの目に浮かぶようだ。
うろうろするのが好きなようだが、それでも読書家でもあるウィルフレッドは文章を読み込み取り入れる能力はかなり高い。よって最近成人してから正式に受け持つようになった王璽尚書という仕事はウィルフレッドにぴったりだとレッドは思っている。それに重要書類を取り扱える者はかなり限られているため、その辺がウィルフレッドの何かをくすぐるようだ。前にそっと覗くとニヤニヤしていた。
どうやらこの国を我が物にするという野望をこっそり持っているようで──ちなみにそんな考えもレッドには駄々漏れである──そのために諦めず体を鍛えたりしているようなのだが、我が物にしようと悪巧みのように考えてはいても潰したいとは全く考えていないようだ。よって重要書類や印鑑を悪用しようとは頭の片隅にも浮かばないのだろう。
そういうところなんだよな。
レッドは無表情のまま心の中で微笑む。
ダルタス家は昔から王族に貢献するために存在していると言っても過言ではない家系だった。よって生まれた時からレッドは年齢的にも王子に仕えることになるだろうと言われていた。第一王子ではないことは同じく年齢的に明らかだったのもあり、周りからは第二王子につくのだろうと言われていた。
だがレッドが四歳の時にウィルフレッドが生まれ、祝いに駆けつけた席で見たそのあまりに小さな存在にとても心を奪われたレッドは、自ら父親に「この王子をお守りしたい」と告げていた。
早産で母子共に危ないと言われていたらしい。だが奇跡でも起きたのか、母子共に無事、乗り切ったのだとレッドが少し大きくなってから聞いた。
ウィルフレッドが五歳の時に、レッドは再会と同時に側近となった。赤子の時も少しの刺激でも壊れそうなほど小さかったウィルフレッドは、幼児となっても小さかった。頭はいいらしいが、何をしても秀でるものもなく、見るからにひ弱そうだった。いつもあまり誰とも付き合わず、部屋に引きこもっていた。それでもレッドにとっては守るべき小さな大切な王子だった。
レッドには年の離れた兄がいる。王の重鎮として働いている兄とはほぼ会うことはなく、兄の子どもともめったに顔を合わせる機会はない。そんなレッドの身近な兄弟と言えば何人かいる姉たちなのだが、皆恐ろしく気も力も強い。レッドが家にいた頃はどれほど顎で使われ、いじめられ、遊ばれたか分からない。そんなレッドにとって、冴えない顔立ちだろうが貧相だろうがウィルフレッドは可愛くて仕方のない存在だった。
ウィルフレッドがほぼ部屋に引きこもって寝ているか本を読んでいるのをいいことに、レッドは余る時間を全てさらなる鍛練に当てた。それもこれもずっとウィルフレッドのそばにいて守るためだと思うとキツい内容も苦ではなかった。
素早い動きや格闘技といったものはお陰でかなり得意ではあるが、残念ながら魔力はあまりない。ただ珍しいことに無属性であるので苦手な属性もない。頭脳面では恐らくウィルフレッドに敵いそうにないが、日常生活を送る上での頭は残念ながらウィルフレッドはあまりいいとも言いがたい。とりあえず側にいて守ることに困ったことはなさそうだった。
最初の頃はあからさまに怯えられていたように思う。レッドもまだ九歳かそこらだったが今よりさらに無口だったかもしれないので尚更だろう。
だが一年くらい経ったある日、昼間にどうやら怖い本をうっかり読んでしまったらしい。いつもなら夜、レッドが挨拶をして部屋から去る時もおずおずと「おやすみ」くらいしか言わないウィルフレッドが咄嗟にレッドの服をつかんできた。
「どうされました」
「……あしがないものが……やねうらをあるくこと、あるって……」
どうやって、と言いかけて「ああ、幽霊って意味か」と気づいた。
「大丈夫、この部屋の上は屋根じゃありませんよ」
「でもてんじょうのうらに、すきま、あるかも……き、きにならない?」
ただでさえ小さな瞳孔をむしろさらに小さくしながら、ウィルフレッドはますますレッドの服をぎゅっと握ってくる。
王妃である母親の体調が長らく優れなかったのもあり、ウィルフレッドは早くから一人で眠っているらしい。乳母はいたが、その役目が不要になってからは完全に一人で眠っていると聞いた。
……甘え方もあまり分からないのかもしれない。
「王子、では俺が一緒のベッドに眠っても?」
雨ならウィルフレッドは術者クライドのところへは出向かない。何故ならただでさえ建物の雰囲気がウィルフレッドにとっては苦手だというのに雨のせいでさらにそれが増すらしいからだ。もちろん本人は絶対にそう口にしないがレッドでもそれくらいは分かる。
そのウィルフレッドは先ほどまで専用の執務室で王璽尚書として指令文書や嘆願文書といった書類のチェックを行っていた。仕事が終わって雨に気づけばそのまま自室へ戻るか図書室へ向かうことだろう。
小さい頃から筋力も体力も魔力も普通か普通以下のウィルフレッドだが、未だに諦めることなく日々鍛練している。それがいつか結びつけばいいなと思いながらレッドはその鍛練に付き合っている。ただ知能だけは昔から高い。とはいえ性格が性格なので第二王子であるラルフが行っているような参謀的な仕事はウィルフレッドには向いていない。同じ理由で王女アレクシアが受け持っている外交的な仕事も向いていない。どちらも大変なことになるのがレッドの目に浮かぶようだ。
うろうろするのが好きなようだが、それでも読書家でもあるウィルフレッドは文章を読み込み取り入れる能力はかなり高い。よって最近成人してから正式に受け持つようになった王璽尚書という仕事はウィルフレッドにぴったりだとレッドは思っている。それに重要書類を取り扱える者はかなり限られているため、その辺がウィルフレッドの何かをくすぐるようだ。前にそっと覗くとニヤニヤしていた。
どうやらこの国を我が物にするという野望をこっそり持っているようで──ちなみにそんな考えもレッドには駄々漏れである──そのために諦めず体を鍛えたりしているようなのだが、我が物にしようと悪巧みのように考えてはいても潰したいとは全く考えていないようだ。よって重要書類や印鑑を悪用しようとは頭の片隅にも浮かばないのだろう。
そういうところなんだよな。
レッドは無表情のまま心の中で微笑む。
ダルタス家は昔から王族に貢献するために存在していると言っても過言ではない家系だった。よって生まれた時からレッドは年齢的にも王子に仕えることになるだろうと言われていた。第一王子ではないことは同じく年齢的に明らかだったのもあり、周りからは第二王子につくのだろうと言われていた。
だがレッドが四歳の時にウィルフレッドが生まれ、祝いに駆けつけた席で見たそのあまりに小さな存在にとても心を奪われたレッドは、自ら父親に「この王子をお守りしたい」と告げていた。
早産で母子共に危ないと言われていたらしい。だが奇跡でも起きたのか、母子共に無事、乗り切ったのだとレッドが少し大きくなってから聞いた。
ウィルフレッドが五歳の時に、レッドは再会と同時に側近となった。赤子の時も少しの刺激でも壊れそうなほど小さかったウィルフレッドは、幼児となっても小さかった。頭はいいらしいが、何をしても秀でるものもなく、見るからにひ弱そうだった。いつもあまり誰とも付き合わず、部屋に引きこもっていた。それでもレッドにとっては守るべき小さな大切な王子だった。
レッドには年の離れた兄がいる。王の重鎮として働いている兄とはほぼ会うことはなく、兄の子どもともめったに顔を合わせる機会はない。そんなレッドの身近な兄弟と言えば何人かいる姉たちなのだが、皆恐ろしく気も力も強い。レッドが家にいた頃はどれほど顎で使われ、いじめられ、遊ばれたか分からない。そんなレッドにとって、冴えない顔立ちだろうが貧相だろうがウィルフレッドは可愛くて仕方のない存在だった。
ウィルフレッドがほぼ部屋に引きこもって寝ているか本を読んでいるのをいいことに、レッドは余る時間を全てさらなる鍛練に当てた。それもこれもずっとウィルフレッドのそばにいて守るためだと思うとキツい内容も苦ではなかった。
素早い動きや格闘技といったものはお陰でかなり得意ではあるが、残念ながら魔力はあまりない。ただ珍しいことに無属性であるので苦手な属性もない。頭脳面では恐らくウィルフレッドに敵いそうにないが、日常生活を送る上での頭は残念ながらウィルフレッドはあまりいいとも言いがたい。とりあえず側にいて守ることに困ったことはなさそうだった。
最初の頃はあからさまに怯えられていたように思う。レッドもまだ九歳かそこらだったが今よりさらに無口だったかもしれないので尚更だろう。
だが一年くらい経ったある日、昼間にどうやら怖い本をうっかり読んでしまったらしい。いつもなら夜、レッドが挨拶をして部屋から去る時もおずおずと「おやすみ」くらいしか言わないウィルフレッドが咄嗟にレッドの服をつかんできた。
「どうされました」
「……あしがないものが……やねうらをあるくこと、あるって……」
どうやって、と言いかけて「ああ、幽霊って意味か」と気づいた。
「大丈夫、この部屋の上は屋根じゃありませんよ」
「でもてんじょうのうらに、すきま、あるかも……き、きにならない?」
ただでさえ小さな瞳孔をむしろさらに小さくしながら、ウィルフレッドはますますレッドの服をぎゅっと握ってくる。
王妃である母親の体調が長らく優れなかったのもあり、ウィルフレッドは早くから一人で眠っているらしい。乳母はいたが、その役目が不要になってからは完全に一人で眠っていると聞いた。
……甘え方もあまり分からないのかもしれない。
「王子、では俺が一緒のベッドに眠っても?」
0
お気に入りに追加
718
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19
【完結】気づいたら6人の子持ちで旦那がいました。え、今7人目がお腹にいる?なにそれ聞いてません!
愛早さくら
BL
はたと気づいた時、俺の周りには6人の子供がいて、かつ隣にはイケメンの旦那がいた。その上大きく膨らんだお腹の中には7人目がいるのだという。
否、子供は6人ではないし、お腹にいるのも7人目ではない?え?
いったい何がどうなっているのか、そもそも俺は誰であなたは誰?と、言うか、男だよね?子供とか産めなくない?
突如、記憶喪失に陥った主人公レシアが現状に戸惑いながらも押し流されなんとかかんとかそれらを受け入れていく話。になる予定です。
・某ほかの話と同世界設定でリンクもしてるある意味未来編ですが、多分それらは読んでなくても大丈夫、なはず。(詳しくは近況ボード「突発短編」の追記&コメント欄をどうぞ
・男女関係なく子供が産める、魔法とかある異世界が舞台です
・冒頭に*がついてるのは割と容赦なくR18シーンです。他もあやしくはあるんですけど、最中の描写がばっちりあるのにだけ*付けました。前戯は含みます。
・ハッピーエンドは保証しません。むしろある意味メリバかも?
・とはいえ別にレイプ輪姦暴力表現等が出てくる予定もありませんのでそういう意味ではご安心ください
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる