不機嫌な子猫

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20話

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 雨か、とレッドは窓から身を乗りだし空を見上げた。
 雨ならウィルフレッドは術者クライドのところへは出向かない。何故ならただでさえ建物の雰囲気がウィルフレッドにとっては苦手だというのに雨のせいでさらにそれが増すらしいからだ。もちろん本人は絶対にそう口にしないがレッドでもそれくらいは分かる。
 そのウィルフレッドは先ほどまで専用の執務室で王璽尚書として指令文書や嘆願文書といった書類のチェックを行っていた。仕事が終わって雨に気づけばそのまま自室へ戻るか図書室へ向かうことだろう。
 小さい頃から筋力も体力も魔力も普通か普通以下のウィルフレッドだが、未だに諦めることなく日々鍛練している。それがいつか結びつけばいいなと思いながらレッドはその鍛練に付き合っている。ただ知能だけは昔から高い。とはいえ性格が性格なので第二王子であるラルフが行っているような参謀的な仕事はウィルフレッドには向いていない。同じ理由で王女アレクシアが受け持っている外交的な仕事も向いていない。どちらも大変なことになるのがレッドの目に浮かぶようだ。
 うろうろするのが好きなようだが、それでも読書家でもあるウィルフレッドは文章を読み込み取り入れる能力はかなり高い。よって最近成人してから正式に受け持つようになった王璽尚書という仕事はウィルフレッドにぴったりだとレッドは思っている。それに重要書類を取り扱える者はかなり限られているため、その辺がウィルフレッドの何かをくすぐるようだ。前にそっと覗くとニヤニヤしていた。
 どうやらこの国を我が物にするという野望をこっそり持っているようで──ちなみにそんな考えもレッドには駄々漏れである──そのために諦めず体を鍛えたりしているようなのだが、我が物にしようと悪巧みのように考えてはいても潰したいとは全く考えていないようだ。よって重要書類や印鑑を悪用しようとは頭の片隅にも浮かばないのだろう。

 そういうところなんだよな。

 レッドは無表情のまま心の中で微笑む。
 ダルタス家は昔から王族に貢献するために存在していると言っても過言ではない家系だった。よって生まれた時からレッドは年齢的にも王子に仕えることになるだろうと言われていた。第一王子ではないことは同じく年齢的に明らかだったのもあり、周りからは第二王子につくのだろうと言われていた。
 だがレッドが四歳の時にウィルフレッドが生まれ、祝いに駆けつけた席で見たそのあまりに小さな存在にとても心を奪われたレッドは、自ら父親に「この王子をお守りしたい」と告げていた。
 早産で母子共に危ないと言われていたらしい。だが奇跡でも起きたのか、母子共に無事、乗り切ったのだとレッドが少し大きくなってから聞いた。
 ウィルフレッドが五歳の時に、レッドは再会と同時に側近となった。赤子の時も少しの刺激でも壊れそうなほど小さかったウィルフレッドは、幼児となっても小さかった。頭はいいらしいが、何をしても秀でるものもなく、見るからにひ弱そうだった。いつもあまり誰とも付き合わず、部屋に引きこもっていた。それでもレッドにとっては守るべき小さな大切な王子だった。
 レッドには年の離れた兄がいる。王の重鎮として働いている兄とはほぼ会うことはなく、兄の子どもともめったに顔を合わせる機会はない。そんなレッドの身近な兄弟と言えば何人かいる姉たちなのだが、皆恐ろしく気も力も強い。レッドが家にいた頃はどれほど顎で使われ、いじめられ、遊ばれたか分からない。そんなレッドにとって、冴えない顔立ちだろうが貧相だろうがウィルフレッドは可愛くて仕方のない存在だった。
 ウィルフレッドがほぼ部屋に引きこもって寝ているか本を読んでいるのをいいことに、レッドは余る時間を全てさらなる鍛練に当てた。それもこれもずっとウィルフレッドのそばにいて守るためだと思うとキツい内容も苦ではなかった。
 素早い動きや格闘技といったものはお陰でかなり得意ではあるが、残念ながら魔力はあまりない。ただ珍しいことに無属性であるので苦手な属性もない。頭脳面では恐らくウィルフレッドに敵いそうにないが、日常生活を送る上での頭は残念ながらウィルフレッドはあまりいいとも言いがたい。とりあえず側にいて守ることに困ったことはなさそうだった。
 最初の頃はあからさまに怯えられていたように思う。レッドもまだ九歳かそこらだったが今よりさらに無口だったかもしれないので尚更だろう。
 だが一年くらい経ったある日、昼間にどうやら怖い本をうっかり読んでしまったらしい。いつもなら夜、レッドが挨拶をして部屋から去る時もおずおずと「おやすみ」くらいしか言わないウィルフレッドが咄嗟にレッドの服をつかんできた。

「どうされました」
「……あしがないものが……やねうらをあるくこと、あるって……」

 どうやって、と言いかけて「ああ、幽霊って意味か」と気づいた。

「大丈夫、この部屋の上は屋根じゃありませんよ」
「でもてんじょうのうらに、すきま、あるかも……き、きにならない?」

 ただでさえ小さな瞳孔をむしろさらに小さくしながら、ウィルフレッドはますますレッドの服をぎゅっと握ってくる。
 王妃である母親の体調が長らく優れなかったのもあり、ウィルフレッドは早くから一人で眠っているらしい。乳母はいたが、その役目が不要になってからは完全に一人で眠っていると聞いた。
 ……甘え方もあまり分からないのかもしれない。

「王子、では俺が一緒のベッドに眠っても?」
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