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19話
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仕事を終えたところでふと窓の外を見ると、雨が降っていた。
雨ならクライドのところへは行きたくない。別に雨でいっそう建物全体がおどろおどろしくなるからではない、とウィルフレッドは自分に言い聞かせる。
そう、雨だというのにわざわざ離れた場所まで出向くのが面倒だからだ。それだけだ。
うんうんと頷きつつ、確認し終えた書類をまとめた。
ウィルフレッドは成人するとともに王璽尚書という職務を執り行うようになった。もちろん成人する以前から、元々その業務を行っていた身内にしっかり仕込まれている。
最初は不満しかなかった。魔王という魔界の頂点に立っていたこの自分が、ただの秘書的な業務だと、と納得いくものではなかった。とはいえ今の自分が魔王だった頃の自分と似ても似つかないことは十二分に承知している。それに兄姉のような仕事を今の自分がさらに上手くこなせるかというと、間違いなくこなせないことも、むしろ頂点を牛耳っていた魔王だったからこそ分かっている。よって尚更忌々しいのではあるが。
魔界は実力社会だったし実力が伴っていないやつが豪語するのは嫌いだった。そして魔王であったウィルフレッドはそれを豪語出来るだけの何もかもを兼ね備えていた。
忌々しさに書類全てを燃やしてやろうかとほんのり思ったりもしたが、この仕事を行うことに対してレッドがぼそりと「重要書類を扱えるのは限られた人だけですね」と口にしてきた言葉で考えはころりと変わった。
そうだ。王しか見ることの出来ないような最重要書類ですら、この自分だからこそ取り扱える。しかも国を動かすことも可能な国家の象徴である国璽、いわゆる印章を扱えるのも今では王以外では自分だけだ。それを思うたびにニヤニヤとしてしまう。この国を手中にするのに、何も分かりやすい方法でなくてはならない、などといったことはない。これはこれで権力がないと出来ない仕事ではないかと思えたし、実際手掛けてみると中々どうして、自分に合っているようにも思えた。
窓の外を見ていたウィルフレッドは、自室へ戻るより今日は図書室にでも行くかと、止みそうもない空を見上げた後で窓から離れて執務室を出た。そのまま歩きだす。
「王子」
すると背後から聞き覚えしかない声が聞こえてくる。ただ、いつもなら声などかけてこずに、いるかいないか全く分からない状況のはずだ。珍しいなと思いつつも「また貴様か」という気持ちを隠すことなく振り返った。
「図書室ですか」
「そうだ」
「では俺も一緒に」
いつもある意味一緒だろと思い、ウィルフレッドは微妙な顔をする。気づけば背後にいるのだ。
だが姿を見せてきて、あえて「一緒に」と言われると何だか妙に落ち着かなく感じた。もちろん気づけば背後にいるのも大変落ち着かないし正直怖いと思うが、わりとそれは慣れてきたのと、何より今のこの落ち着かない感覚とはまた違う。
とはいえ、多分これも慣れない状況だから落ち着かないのだろう。
自己解決させたところでウィルフレッドはレッドを見上げた。
「貴様が本を読むのか?」
もちろん何に関しても優秀であるレッドを馬鹿だと思ったことはない。むしろこちらが馬鹿だと思われている節さえある。それでもレッドが本を読んでいるところはどうにも想像出来そうにない。
「はい、少し飼育について調べたくて」
「ふーん……」
どうでもよさげに頷いた後「飼育……?」とウィルフレッドは怪訝に思った。レッドはペットを飼っていない。確かとても犬が好きだったのは知っているが、飼ってはいなかったはずだ。前に「犬が好きなら飼えばいいではないか」と言えば「俺は王子のお側にいますので犬を飼う余地など」と訳の分からない言葉が返ってきたのを覚えている。
「お前……飼育って別に」
何も飼っていないだろうと言いかけて、ウィルフレッドは固まった。
待て。まさかこの俺を飼育しているつもりではないだろうな……? 犬を飼う余裕がないのも、この俺を飼育しているからというのでは……?
そういえばたまに犬を扱う感覚で接してきているのではと思うことがあった。
「お、俺は貴様などに飼育されるいわれはないぞ!」
咄嗟に口から出ていた言葉に、レッドが珍しくもかなりポカンとした顔をしている。
「何だその顔は!」
「側近の俺が王子を飼育? それはまた……何故そんな発想に」
違うのか……!
「い、言ってみただけだ。深い意味はない」
「希望されるのであれば善処しますが」
「希望される訳がないだろう……! では何故飼育について調べたいのだ」
「ああ、それは俺の知り合いが犬を飼うと言うので……俺もそいつの犬に興味ありますし」
そんなことかよ……!
またもや微妙な顔をウィルフレッドがしていると「あ、いたいたー」という声が聞こえてきた。見れば第二王子のラルフがニコニコと駆け足で近づいてくる。
「……何か御用ですか」
面倒そうだという気持ちを隠すことなく言えば「相変わらず素っ気ないなぁ」とむしろ楽しげにニコニコ笑ってきた。
「雨だしさ」
「はい」
「地下牢探険しよ」
「……っしませんし、雨だしに繋がる言葉じゃないでしょう、文法間違えてるんじゃないですか?」
「ないないー。いーでしょ、きっと楽しいよ? 怖かったら俺にくっついてイチャイチャしてきていいからね?」
「ますますしません! 何言ってんだ……」
「大丈夫、どうせレッドが堂々とかこっそりかついて来るんだからやらしーことまではしないよ」
あははーと笑うラルフに、今まで黙って控えていたレッドが冷たい視線を送る。
「ラルフ様……王子の教育に悪いのでそういうことは口にされないで頂きたい。ついでに思っても頂きたくないですね」
「兄上も兄上だがレッド……貴様も教育とかな、成人している俺をなんだと思っているいるのだ……!」
雨ならクライドのところへは行きたくない。別に雨でいっそう建物全体がおどろおどろしくなるからではない、とウィルフレッドは自分に言い聞かせる。
そう、雨だというのにわざわざ離れた場所まで出向くのが面倒だからだ。それだけだ。
うんうんと頷きつつ、確認し終えた書類をまとめた。
ウィルフレッドは成人するとともに王璽尚書という職務を執り行うようになった。もちろん成人する以前から、元々その業務を行っていた身内にしっかり仕込まれている。
最初は不満しかなかった。魔王という魔界の頂点に立っていたこの自分が、ただの秘書的な業務だと、と納得いくものではなかった。とはいえ今の自分が魔王だった頃の自分と似ても似つかないことは十二分に承知している。それに兄姉のような仕事を今の自分がさらに上手くこなせるかというと、間違いなくこなせないことも、むしろ頂点を牛耳っていた魔王だったからこそ分かっている。よって尚更忌々しいのではあるが。
魔界は実力社会だったし実力が伴っていないやつが豪語するのは嫌いだった。そして魔王であったウィルフレッドはそれを豪語出来るだけの何もかもを兼ね備えていた。
忌々しさに書類全てを燃やしてやろうかとほんのり思ったりもしたが、この仕事を行うことに対してレッドがぼそりと「重要書類を扱えるのは限られた人だけですね」と口にしてきた言葉で考えはころりと変わった。
そうだ。王しか見ることの出来ないような最重要書類ですら、この自分だからこそ取り扱える。しかも国を動かすことも可能な国家の象徴である国璽、いわゆる印章を扱えるのも今では王以外では自分だけだ。それを思うたびにニヤニヤとしてしまう。この国を手中にするのに、何も分かりやすい方法でなくてはならない、などといったことはない。これはこれで権力がないと出来ない仕事ではないかと思えたし、実際手掛けてみると中々どうして、自分に合っているようにも思えた。
窓の外を見ていたウィルフレッドは、自室へ戻るより今日は図書室にでも行くかと、止みそうもない空を見上げた後で窓から離れて執務室を出た。そのまま歩きだす。
「王子」
すると背後から聞き覚えしかない声が聞こえてくる。ただ、いつもなら声などかけてこずに、いるかいないか全く分からない状況のはずだ。珍しいなと思いつつも「また貴様か」という気持ちを隠すことなく振り返った。
「図書室ですか」
「そうだ」
「では俺も一緒に」
いつもある意味一緒だろと思い、ウィルフレッドは微妙な顔をする。気づけば背後にいるのだ。
だが姿を見せてきて、あえて「一緒に」と言われると何だか妙に落ち着かなく感じた。もちろん気づけば背後にいるのも大変落ち着かないし正直怖いと思うが、わりとそれは慣れてきたのと、何より今のこの落ち着かない感覚とはまた違う。
とはいえ、多分これも慣れない状況だから落ち着かないのだろう。
自己解決させたところでウィルフレッドはレッドを見上げた。
「貴様が本を読むのか?」
もちろん何に関しても優秀であるレッドを馬鹿だと思ったことはない。むしろこちらが馬鹿だと思われている節さえある。それでもレッドが本を読んでいるところはどうにも想像出来そうにない。
「はい、少し飼育について調べたくて」
「ふーん……」
どうでもよさげに頷いた後「飼育……?」とウィルフレッドは怪訝に思った。レッドはペットを飼っていない。確かとても犬が好きだったのは知っているが、飼ってはいなかったはずだ。前に「犬が好きなら飼えばいいではないか」と言えば「俺は王子のお側にいますので犬を飼う余地など」と訳の分からない言葉が返ってきたのを覚えている。
「お前……飼育って別に」
何も飼っていないだろうと言いかけて、ウィルフレッドは固まった。
待て。まさかこの俺を飼育しているつもりではないだろうな……? 犬を飼う余裕がないのも、この俺を飼育しているからというのでは……?
そういえばたまに犬を扱う感覚で接してきているのではと思うことがあった。
「お、俺は貴様などに飼育されるいわれはないぞ!」
咄嗟に口から出ていた言葉に、レッドが珍しくもかなりポカンとした顔をしている。
「何だその顔は!」
「側近の俺が王子を飼育? それはまた……何故そんな発想に」
違うのか……!
「い、言ってみただけだ。深い意味はない」
「希望されるのであれば善処しますが」
「希望される訳がないだろう……! では何故飼育について調べたいのだ」
「ああ、それは俺の知り合いが犬を飼うと言うので……俺もそいつの犬に興味ありますし」
そんなことかよ……!
またもや微妙な顔をウィルフレッドがしていると「あ、いたいたー」という声が聞こえてきた。見れば第二王子のラルフがニコニコと駆け足で近づいてくる。
「……何か御用ですか」
面倒そうだという気持ちを隠すことなく言えば「相変わらず素っ気ないなぁ」とむしろ楽しげにニコニコ笑ってきた。
「雨だしさ」
「はい」
「地下牢探険しよ」
「……っしませんし、雨だしに繋がる言葉じゃないでしょう、文法間違えてるんじゃないですか?」
「ないないー。いーでしょ、きっと楽しいよ? 怖かったら俺にくっついてイチャイチャしてきていいからね?」
「ますますしません! 何言ってんだ……」
「大丈夫、どうせレッドが堂々とかこっそりかついて来るんだからやらしーことまではしないよ」
あははーと笑うラルフに、今まで黙って控えていたレッドが冷たい視線を送る。
「ラルフ様……王子の教育に悪いのでそういうことは口にされないで頂きたい。ついでに思っても頂きたくないですね」
「兄上も兄上だがレッド……貴様も教育とかな、成人している俺をなんだと思っているいるのだ……!」
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