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10話
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見つけようと思わなければ、案外見つかるものらしい。ある日、ウィルフレッドはたまたま、本当にたまたま、どこを探しても見つけられなかったクライドを見つけた。
中々一人では城の外に出られず、ならこの城の中全てを把握し制覇してやるとあらゆる場所を回っていた。ちょくちょく誰かに「ウィルフレッド王子、冒険ごっこですか」「探険ですか」と気の抜けた顔で気の抜けたことを言われ、その度に「やはり舐められている」と実感しつつ歩き回っていたら見たことのない場所へ来ていた。敷地内ではあるはずだが、ずいぶん奥まったところにある建物に人気はなく、一瞬入るのを躊躇われた。
……は。馬鹿な。魔界ですら多分いないのだ、こんな平和ボケしたところに存在するはずがないだろ。
自虐的な笑みを浮かべ、ウィルフレッドはそっと深呼吸をすると中へ足を踏み入れる。
そう。因果律だ。原因なくして生じるはずもない。
中は薄暗く、やけにカツンと足音だけが響く。あまりに高い天井は見渡すことが出来ないからウィルフレッドは好きでない。何か見えるはずのないものを見てしまったらどうするのだ。よって上を見ることはなく、ひたすら前や横を見て歩いた。厚い壁に小さな窓。庭に面した通りは半円アーチのデザインだ。石造りの天井を支える分厚い石の壁は、ウィルフレッドたちが普段生活している装飾性の高い建築様式とは異なった雰囲気を漂わせていた。質実剛健とでもいうのだろうか。
怖さよりも好奇心が打ち勝ち、更に中へ入って行った。どこもかしこも石で出来た飾り気のない中はひんやりとした雰囲気がある。だがとある一角は両方の壁一面が書棚となっていてぎっしりとあらゆる本が詰まっていた。天井もそこだけはまるで大理石のように明るく滑らかな風貌をしている。妙にホッとしてそれらを眺めて歩いていると「何の用だ」と声をかけられた。
「……っ?」
血の気が引くとはこのことだ。突然聞こえてきた声に、ウィルフレッドはそれこそ声も出せずにその場に固まった。
「何の用だと聞いている」
落ち着け。因果律だ。落ち着け。
自分に必死になって言い聞かせ、恐る恐る声のした方を見た。
「き、貴様はクライド……っ」
そこには無表情で佇む術者がいた。
憤りしかないはずだというのに、あろうことか少なくとも生きた存在に、一気に安心感が湧き起こる。
「そうだが……。何だ、わざわざこんなところまで来ておきながら私に用があったのではないのか」
別に貴様などに用はない、と言いかけて気づく。そもそも最初の頃はどこにも見当たらないクライドを探していた。今回こんな離れまで来ていたのは既に探すのは諦めて探索のためではあったが。少なくとも自分の住まう建物にある書庫など目ではないこのスペースに目を奪われるために来たのではない。
「貴様は何故こんなところにいるのだ」
「……? 私の生活する場所だからだが?」
「こ、こんな離れた場所にある冷たそうな建物でか? 貴様、気は確かか」
「何しに来たんだお前……」
思わず唖然としながら言えば、呆れた様子で見られた。確かに、と自分でも思ってしまい、ウィルフレッドは微妙な顔になる。
「用がないのなら帰れ。子どもの相手などする気はない」
「煩い。術者のくせに王子の俺に指図するな」
「私はかしずくつもりなどない」
どうでもよさそうに言うと、クライドは興味をなくしたように方向を変え、歩き始めた。
「ま、待て。待てっつってんだろ! おい、無視をするな!」
それでもクライドは気にすることもなく立ち去ろうとしている。いや、立ち去るというよりはこの一帯の本に用があったようだ。とある場所まで来ると指をかざし、いとも簡単に天井近くの本を取り出し浮かすと自分の元へゆっくりと飛ばしている。
何て便利な能力だろうとウィルフレッドは心から思った。もちろん魔王だった頃なら目を瞑ってでも使えたであろう簡単な魔法だ。しかし今の自分にはそれすら使えない。
今の能力が使えたら、普段高いところのものを取るのに主にレッドに対して「お願い」というくそ食らえなことをしなくとも取ることができるのだ。
「おいクライド。貴様、術者なら今の魔法を俺に使えるようにしろ」
自分を封じ込めた呪わしい相手に何を言っているのだと頭の片隅で忌々しく思うが、背に腹は代えられない。もしかしたら発想自体未熟なものなのだとしたら、現在十歳でしかないため、いくら中身が元魔王でも体がついていかないのと同じく脳も追いついていないのかもしれない。
クライドはといえば、ちらりとウィルフレッドを見た後に小さく鼻で笑うとまた無視を決め込もうとしてきた。
「貴様! こ、子どもの相手はしていられなくともな! 王族に貴様の魔力を以て仕えるのが仕事だろうが!」
自ら子どもと口にするのは屈辱だったが、それ以上に腹を立てていた。それに対しクライドはすっと目を細めるようにウィルフレッドを見ると小さくため息を吐いてきた。
「……お前のその微々たる魔力ではその辺の綿埃を舞い上がらせることすら難しい」
分かっている。
自分の唯一使える風魔法すらほんのそよ風よりも微々たるものなのだ。分かっている。
だがあまりにも悔しく、思わずウィルフレッドの目に涙が溜まった。せめてそれをこぼさないよう、瞬きすら堪えていると「……術者殿。いまの発言はあまりにウィルフレッド様に対して失礼では」と背後から心当たりしかない声がする。
「ま、またレッド貴様! 勝手に俺の後を!」
やはりという気持ちもどこかにあり、そろそろウィルフレッドとしてもレッドは絶対自分の背後のどこかにいるものだという考えが染み付いてきているのかもしれない。
振り返った瞬間、油断もあり目から涙がこぼれてしまった。屈辱でしかない。
だがレッドは何故かそれを見て怒ったような顔でクライドを睨み付ける。
相当整った顔をしているくせに元々あまり目付きは良くないレッドのそんな顔は、出来ればこんな薄暗い建物の中では見たくないなとウィルフレッドはそっと思った。だがクライドからすればレッドもまた子どもなのらしい。
「事実を告げたまでだ。変に嘘を吐いてどうする。あと、いい加減帰ってくれ」
ただ単にどうでもよさそうにため息を吐かれた。
中々一人では城の外に出られず、ならこの城の中全てを把握し制覇してやるとあらゆる場所を回っていた。ちょくちょく誰かに「ウィルフレッド王子、冒険ごっこですか」「探険ですか」と気の抜けた顔で気の抜けたことを言われ、その度に「やはり舐められている」と実感しつつ歩き回っていたら見たことのない場所へ来ていた。敷地内ではあるはずだが、ずいぶん奥まったところにある建物に人気はなく、一瞬入るのを躊躇われた。
……は。馬鹿な。魔界ですら多分いないのだ、こんな平和ボケしたところに存在するはずがないだろ。
自虐的な笑みを浮かべ、ウィルフレッドはそっと深呼吸をすると中へ足を踏み入れる。
そう。因果律だ。原因なくして生じるはずもない。
中は薄暗く、やけにカツンと足音だけが響く。あまりに高い天井は見渡すことが出来ないからウィルフレッドは好きでない。何か見えるはずのないものを見てしまったらどうするのだ。よって上を見ることはなく、ひたすら前や横を見て歩いた。厚い壁に小さな窓。庭に面した通りは半円アーチのデザインだ。石造りの天井を支える分厚い石の壁は、ウィルフレッドたちが普段生活している装飾性の高い建築様式とは異なった雰囲気を漂わせていた。質実剛健とでもいうのだろうか。
怖さよりも好奇心が打ち勝ち、更に中へ入って行った。どこもかしこも石で出来た飾り気のない中はひんやりとした雰囲気がある。だがとある一角は両方の壁一面が書棚となっていてぎっしりとあらゆる本が詰まっていた。天井もそこだけはまるで大理石のように明るく滑らかな風貌をしている。妙にホッとしてそれらを眺めて歩いていると「何の用だ」と声をかけられた。
「……っ?」
血の気が引くとはこのことだ。突然聞こえてきた声に、ウィルフレッドはそれこそ声も出せずにその場に固まった。
「何の用だと聞いている」
落ち着け。因果律だ。落ち着け。
自分に必死になって言い聞かせ、恐る恐る声のした方を見た。
「き、貴様はクライド……っ」
そこには無表情で佇む術者がいた。
憤りしかないはずだというのに、あろうことか少なくとも生きた存在に、一気に安心感が湧き起こる。
「そうだが……。何だ、わざわざこんなところまで来ておきながら私に用があったのではないのか」
別に貴様などに用はない、と言いかけて気づく。そもそも最初の頃はどこにも見当たらないクライドを探していた。今回こんな離れまで来ていたのは既に探すのは諦めて探索のためではあったが。少なくとも自分の住まう建物にある書庫など目ではないこのスペースに目を奪われるために来たのではない。
「貴様は何故こんなところにいるのだ」
「……? 私の生活する場所だからだが?」
「こ、こんな離れた場所にある冷たそうな建物でか? 貴様、気は確かか」
「何しに来たんだお前……」
思わず唖然としながら言えば、呆れた様子で見られた。確かに、と自分でも思ってしまい、ウィルフレッドは微妙な顔になる。
「用がないのなら帰れ。子どもの相手などする気はない」
「煩い。術者のくせに王子の俺に指図するな」
「私はかしずくつもりなどない」
どうでもよさそうに言うと、クライドは興味をなくしたように方向を変え、歩き始めた。
「ま、待て。待てっつってんだろ! おい、無視をするな!」
それでもクライドは気にすることもなく立ち去ろうとしている。いや、立ち去るというよりはこの一帯の本に用があったようだ。とある場所まで来ると指をかざし、いとも簡単に天井近くの本を取り出し浮かすと自分の元へゆっくりと飛ばしている。
何て便利な能力だろうとウィルフレッドは心から思った。もちろん魔王だった頃なら目を瞑ってでも使えたであろう簡単な魔法だ。しかし今の自分にはそれすら使えない。
今の能力が使えたら、普段高いところのものを取るのに主にレッドに対して「お願い」というくそ食らえなことをしなくとも取ることができるのだ。
「おいクライド。貴様、術者なら今の魔法を俺に使えるようにしろ」
自分を封じ込めた呪わしい相手に何を言っているのだと頭の片隅で忌々しく思うが、背に腹は代えられない。もしかしたら発想自体未熟なものなのだとしたら、現在十歳でしかないため、いくら中身が元魔王でも体がついていかないのと同じく脳も追いついていないのかもしれない。
クライドはといえば、ちらりとウィルフレッドを見た後に小さく鼻で笑うとまた無視を決め込もうとしてきた。
「貴様! こ、子どもの相手はしていられなくともな! 王族に貴様の魔力を以て仕えるのが仕事だろうが!」
自ら子どもと口にするのは屈辱だったが、それ以上に腹を立てていた。それに対しクライドはすっと目を細めるようにウィルフレッドを見ると小さくため息を吐いてきた。
「……お前のその微々たる魔力ではその辺の綿埃を舞い上がらせることすら難しい」
分かっている。
自分の唯一使える風魔法すらほんのそよ風よりも微々たるものなのだ。分かっている。
だがあまりにも悔しく、思わずウィルフレッドの目に涙が溜まった。せめてそれをこぼさないよう、瞬きすら堪えていると「……術者殿。いまの発言はあまりにウィルフレッド様に対して失礼では」と背後から心当たりしかない声がする。
「ま、またレッド貴様! 勝手に俺の後を!」
やはりという気持ちもどこかにあり、そろそろウィルフレッドとしてもレッドは絶対自分の背後のどこかにいるものだという考えが染み付いてきているのかもしれない。
振り返った瞬間、油断もあり目から涙がこぼれてしまった。屈辱でしかない。
だがレッドは何故かそれを見て怒ったような顔でクライドを睨み付ける。
相当整った顔をしているくせに元々あまり目付きは良くないレッドのそんな顔は、出来ればこんな薄暗い建物の中では見たくないなとウィルフレッドはそっと思った。だがクライドからすればレッドもまた子どもなのらしい。
「事実を告げたまでだ。変に嘘を吐いてどうする。あと、いい加減帰ってくれ」
ただ単にどうでもよさそうにため息を吐かれた。
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