上 下
18 / 20

18話

しおりを挟む
 好きだと思った相手に答えてもらえた。
 これは思っていた以上にテンションが上がることで、大典は仕事中にもし今足を滑らせても飛べるかもしれないなどと思えてくる。ただ周りからすれば集中力の欠けた危なっかしい腑抜けにしか見えないようで、先輩方からは「朝妻てめ、いい加減にしやがれ」「事故る気か馬鹿野郎」などと何度か叱られた。

「タカさん。でも俺、多分今落ちても飛べると思うんで」
「おい、誰かこいつを医者に連れてってくれ。すでに頭打ってやがる」

 そんな扱いを受けても大典は心広く大らかな気持ちでいられた。もはや自分が天使か何かになったかもしれないとまで思えてくる。

「飛べるしめちゃくちゃ寛大だしよ。そう思うだろお前も」
「マジ先輩半端ないっすねえー。いいからここの踏板固定しっかりやってください」
「おう」

 ふわふわとした気持ちだし多分飛べるが、それとこれとは別だ。仕事である組み立ては絶対に疎かにしない。大典は緩みのないよう完全にしっかりと固定するとまた続けた。

「でも待てよ。俺が天使だとしたらそれもう死んでるってことじゃないか? 駄目だろ死んだら」
「そっすね。ちょっとそこのレンチ忘れないでくださいよ」
「おう……持った。でもよ、死んだら駄目だけど俺、死んだかもしんねえって気持ちにはマジなったっつーかよ。天にも昇る気持ちってやつ。あんだろ、そーゆー表現。それだわ。やっぱ天使かもしんねえ」
「ほんとマジ先輩半端ないっすねえー。次のとこやってきますよ」
「おう」

 仕事を終えるとドキドキしながら「俺のこの筋肉美でお前を喜ばせようと思っているんだが」と悟に声をかけたら軽く吹かれた後に「ではそれはまた今度。今日は俺、予定あるんで」と断られてしまった。

「なあどう思うよきっちゃん」
「だからいちいち俺に言うな」

 すぱっと切られるように断られた後、大吉の店で顔を覆いながら泣き言を口にしていると大いに微妙な顔で言われた。

「冷てぇな。俺ときっちゃんの仲だろ」
「どんな仲だよ。あと俺の仕事場ってこと忘れんなよ。邪魔すんな」
「してねーし。きっちゃんは喋りながらもよそ見してでもキャベツの千切りができる男だって俺知ってんだからな。あと時間早すぎてまだ他に客いねーだろ」
「はぁ……。つか悠賀くんだっけ? よくお前と付き合う気になってくれたな」
「どういう意味だよ」
「どういう意味もクソも、確かあの子も男同士に興味ないんじゃなかったっけ」
「俺の魅力に負けたんだろ」
「お前のその無駄なほどの自信はどこからくるんだよ」
「……顔?」
「ああ、自覚はあったんだな、顔だけはいいけど自分が馬鹿でめんどくせー感じなとことかは」
「そこまで言ってねえしそう思ってんのかよ……! きっちゃんひでぇ」
「どうでもいいけどもう飲むのやめろ。せっかくの顔まで無駄にする気か。ったく油断すると泣き上戸になるとこどうにかしろよな」
「泣いてねえし、あと油断はきっちゃんだからこそできんだからな」

 言い返しながらぞんざいにティッシュボックスを差し出してきた大吉の腕をつかむ。大吉は「離せ」と言いながら微妙な様子だったがその顔が、出入り口が開いたのを見て「あ」っと一言発してから少し引きつったような顔になる。

「マジ先輩半端ないっすねえー。そのきったない顔をどうにかしねーと営業妨害でしょ」
「……悟? お前予定あんじゃねえのかよ」
「もう済ませました。行きますよ」

 ニコニコと笑みを浮かべる悟が軽々と大典の両脇あたりに手を置いて立たせてきた。大吉の腕を持ったままだったため、微妙な顔の大吉まで少し引っ張られている。

「おい……早く手を離せ」
「きっちゃん」
「いいから早く。俺を巻き込むな」
「あ? 巻き込むって──」
「永谷さんでしたっけ。すいませんっす。邪魔にならないよう、先輩は連れて帰りますんで」
「あ、ああ。うん、そうしてくれ。あと俺、こいつの腐れ縁なだけなんで」
「腐れ縁ってなんだよきっちゃん! 昔からずっと一緒の幼馴染で」
「いいから帰れ」
「そうっすよ。帰りますよ先輩」

 嫌だと拗ねるほどのことは悟にされていない。ただ単にドキドキしながら誘ったのを、刃物で切るかのごとくすぱっと断られただけだ。

「……わかったよ帰るから離せ」
「外出たら離しますよ。ほら」

 大典は悟によって、愛情を持って愛しく抱き寄せるというよりは囚人を連れていくかのように店から連れ出された。そして言われた通り、店を出ると手を離してくる。

「なあ、悟」
「何すか」
「お前さ、優しい人っぽいけど実は結構冷たいよな」
「嫌いになりました?」
「ならねえっつってんだろ。しつけーな。なんで今さらそんなことで嫌いになんだよ。そーじゃなくてもうちょっとだな、ほら、付き合ってくれるっつーならな、その、俺に対して愛を表現してくれてもいいんじゃねえかなってだな」

 ムッとして言い返していると少しポカンとした後に悟は楽しそうに笑みを浮かべて大典を見てきた。こういう時の笑顔は何だか妙に大典の心臓に直撃してくる。

「外で騒ぐとか馬鹿ですか。ほら、行きますよ」
「流すなよぉ。つか行くってどこだよ……俺んち?」
「明日も仕事っすしね。でもあんたさえよければ俺の家へ来ますか?」
「行く! 行くに決まってんだろ行きます」

 即答すると吹き出された。その後歩きながら「俺、結構愛情表現してるんっすよ」と正面を向きながら言われたが、どこで見せてくれたのかちょっと思いつかないのは酒のせいなのだろうかと大典は首を傾げた。
 結局あのあと悟の家に連れていかれ、そのままなし崩しに──と言いたいところだが、そんなことはなかった。

「……愛とは」
「何気持ち悪いこと言ってんすか。マジ先輩半端ないっすねえー。固定終わりました?」
「おう」

 それについても数日悶々していた大典だったが、あまり考え事に向いている性格ではないため、何だかんだでいつも通りではある。
 いくつか棟のある大きなマンションだが、そろそろここの仕事も終わりそうだ。悟との仲が深まった記念の場所として大典の中でずっと心に残る場所となるだろう。

「そう思わないか」
「やべえこと言ってねえで次の箇所やりますよ。そのクランプ取ってください」
「おう。……つかマジでさ、お前俺と付き合うのって何で? 好奇心? まぁそれでも最初は仕方ねえけどよ」
「俺は好奇心なんかで誰かと付き合うなんてできねーっすよ」
「じゃあ何だよ」
「結構愛情表現してるって言いませんでした?」
「だって見かけたことねえぞ」
「おかしいっすね。あと黙ってやらねーとミスりますよ」
「……おう」

 大典は仕方なく黙った。そのまま仕事が終わるまでその日はおとなしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される

月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。 ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

元寵姫、淫乱だけど降嫁する

深山恐竜
BL
「かわいらしい子だ。お前のすべては余のものだ」  初めて会ったときに、王さまはこう言った。王さまは強く、賢明で、それでいて性豪だった。麗しい城、呆れるほどの金銀財宝に、傅く奴婢たち。僕はあっという間に身も心も王さまのものになった。  しかし王さまの寵愛はあっという間に移ろい、僕は後宮の片隅で暮らすようになった。僕は王さまの寵愛を取り戻そうとして、王さまの近衛である秀鴈さまに近づいたのだが、秀鴈さまはあやしく笑って僕の乳首をひねりあげた。 「うずいているんでしょう?」秀鴈さまの言葉に、王さまに躾けられた僕の尻穴がうずきだす——。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...