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5話
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何を言えば響くのか。
どう誘えば乗ってきてくれるのか。
大典は頭を捻る。今まであまり相手に困ったことが特になかったのもあり、改めて考えるとわからなくなってくる。とはいえ実際付き合ったり関係を持ったりしてきた相手は女だ。男もいけると断言できるのは、好みの相手を見た時に性的にいいなと思うことからもわかるのだが、そういえば実際付き合ったことはなかった。
「そういや付き合ったことなかったな、男とは」
大吉に言えば「そういえば、ってふと気づくようなことなのか」と呆れられた。
「だって別に男だ女だと特に意識してなかったし。どっちも好みならそれで十分だろ」
「あー……」
言い返すとやっぱそーゆーのはわかんねーわ、と大吉は笑っていた。
「どうだ? 夜にこういう場所で星を見ながらすんのは」
仕事の作業中、悟に言えばいつものように「マジ先輩半端ないっすねえー」と返ってきた。他の奴に言えば「適当に流されてる」だの言われるが、少なくともあからさまな敵意を向けてきたり無視してこないだけでもいい奴なのではと大典は思っている。
「夜の狼になるのも燃えるよな」
作業をしながらなのでちょくちょく聞こえにくくなる中、大典はニコニコと悟を見た。
「先輩の頭半端ないっすねえー、狼というより図体デカイだけの子犬なのに」
「図体? え? なんて」
「いえ、ラチェット取ってください」
「おぅ。……もしかして俺のこの整った肉体のこと言った? なんなら二人きりでゆっくり見せてやるよ」
「マジ半端ないっすねえー」
「今日辺りどうだ」
「ほんと泣かせますよ」
「え?」
「どんどん組んできますよっつってんすよ」
「おぅ」
本当に、何て言えば乗ってくれるのか。
またタオルを巻いた頭を捻りながら、大典は作業に集中した。
今日はまだ手をつけていない棟の足場を組む担当になった。ちなみに足場で現在主流なのがビケ足場という、ハンマーがあれば立てられる足場だ。足場を組む際はまず足場組立図面通りにアンダーベースを各所に設置する。これが足場を支える部品となる。ジャッキベースとアンダーベースを組み合わせ、足場の土台を作っていく。
これらを合わせたら支柱を差し込む。次に手摺を各ジャッキベースとつなぎ合わせる。この支柱と手摺をつなぎ合わせる際、支柱には穴がついていてそこへ先が直角に曲がっている手摺をはめ込むようになっている。それをはめ込んで上からハンマーで叩けば簡単に足場を組み立てていける。これがビケ足場の特徴でもある。
支柱と手摺をセットすると次に踏板を合わせる。大典たちが作業する板だ。これをしっかりと固定してから筋交いという鉄の棒を、足場を補強するために支柱と支柱の間に斜めに取り付ける。
足場が完成すると養生ネットを、風で飛ばされないよう支柱に紐でくくり付けかけていく。
大典たちとび職の者は行わないが、一戸建ての足場だとできるのも早いだろう。だが階数のある大きなマンションだと区分けしてやっていっても、どうしたってすぐにはさすがに終わらない。高層になっていくとそれだけ動きも多少は慎重になるため余計だ。
ちなみにとび職と言ってもこういった足場鳶の他に重量鳶や橋梁鳶、鉄骨鳶や機械鳶などあらゆる仕事がある。大典はどうしても出張の多い橋梁の仕事はあまりやっていないが、他はその時受け持つ内容によっては行っている。なのでとび技能士などの資格の他にクレーン・デリック運転士免許や玉掛けの資格も持っていたりする。これらも昔からの友人からすれば「マジかよ」らしい。皆で飲んでる時にたまたま話題に出た時は何故か奢らされそうになった。
「無免で原付乗って調子こいてたやつがな」
「いつの話してんだよ」
「いやいや、まあじゃあここは資格の鬼、朝妻におごってもらおうぜ。ビールおかわり」
「あ、俺焼酎ロック」
「肉じゃが追加」
「何でだよ!」
その後はいつものようにぐだぐだの飲み会になって結局は皆で出し合ったのだが微妙に納得がいかなかった。
悟のことを考えつつもとりあえずテキパキと今日の仕事を予定通り終えた。終業後はまた皆で車に乗って一旦は会社へ戻る。その後解散となる。
「悟、この後はどうするんだ?」
大典が聞けば至極当たり前だといった様子で「帰りますよ」と断言された。
「俺と過ごさないのか?」
「ほんと先輩半端ないっすねえ」
「……よくそう返されてる気が今したんだけど」
「今ようやくですか」
「え?」
「で?」
「あ、えぇと。そう、よくそう返されてる気がしたんだが、あの、例えば今はどういう意味で言ったんだ?」
「そのまんまっすよ。半端ねぇなって」
何が?
大典が首を傾げると悟はニッコリと笑いかけてきた。
「じゃあ逆に聞きますけど」
「うん」
「例えば今、俺はあんたと具体的にどう過ごすんっすか」
「えっ、いや、それはほら、何かこう、ほら、な?」
改めて聞かれると少し動揺する。何と言えばいいのか。今からセックスしようぜ、などとあまりに直接的に言えば、いくらいい奴の悟でも「はぁ? しねぇわ」と即答されそうな気がする。
「わかりませんよそれじゃあ」
「……その、もうちょっと仲よくなりたい、的な」
「ぶは。何すかそれ」
笑われた。本当に何と言えば響いてくれるのか。
「いいすよ、もうちょっと仲よくなっても」
だが少しの間の後でそんな言葉が返ってきた。
「え、マジで」
「その代わり先輩、俺にお願いしてくださいよ。真剣に乞うような感じでさ。仲よくさせてくださいって。あんたにできるかな?」
何て?
「え、っと。何か作業中の騒音がまだ耳に残ってんのかな。俺に願いを乞えって言われたような感じしたけど、正しくは何て言った?」
「合ってるよ先輩」
悟はニッコリと微笑んだ。
どう誘えば乗ってきてくれるのか。
大典は頭を捻る。今まであまり相手に困ったことが特になかったのもあり、改めて考えるとわからなくなってくる。とはいえ実際付き合ったり関係を持ったりしてきた相手は女だ。男もいけると断言できるのは、好みの相手を見た時に性的にいいなと思うことからもわかるのだが、そういえば実際付き合ったことはなかった。
「そういや付き合ったことなかったな、男とは」
大吉に言えば「そういえば、ってふと気づくようなことなのか」と呆れられた。
「だって別に男だ女だと特に意識してなかったし。どっちも好みならそれで十分だろ」
「あー……」
言い返すとやっぱそーゆーのはわかんねーわ、と大吉は笑っていた。
「どうだ? 夜にこういう場所で星を見ながらすんのは」
仕事の作業中、悟に言えばいつものように「マジ先輩半端ないっすねえー」と返ってきた。他の奴に言えば「適当に流されてる」だの言われるが、少なくともあからさまな敵意を向けてきたり無視してこないだけでもいい奴なのではと大典は思っている。
「夜の狼になるのも燃えるよな」
作業をしながらなのでちょくちょく聞こえにくくなる中、大典はニコニコと悟を見た。
「先輩の頭半端ないっすねえー、狼というより図体デカイだけの子犬なのに」
「図体? え? なんて」
「いえ、ラチェット取ってください」
「おぅ。……もしかして俺のこの整った肉体のこと言った? なんなら二人きりでゆっくり見せてやるよ」
「マジ半端ないっすねえー」
「今日辺りどうだ」
「ほんと泣かせますよ」
「え?」
「どんどん組んできますよっつってんすよ」
「おぅ」
本当に、何て言えば乗ってくれるのか。
またタオルを巻いた頭を捻りながら、大典は作業に集中した。
今日はまだ手をつけていない棟の足場を組む担当になった。ちなみに足場で現在主流なのがビケ足場という、ハンマーがあれば立てられる足場だ。足場を組む際はまず足場組立図面通りにアンダーベースを各所に設置する。これが足場を支える部品となる。ジャッキベースとアンダーベースを組み合わせ、足場の土台を作っていく。
これらを合わせたら支柱を差し込む。次に手摺を各ジャッキベースとつなぎ合わせる。この支柱と手摺をつなぎ合わせる際、支柱には穴がついていてそこへ先が直角に曲がっている手摺をはめ込むようになっている。それをはめ込んで上からハンマーで叩けば簡単に足場を組み立てていける。これがビケ足場の特徴でもある。
支柱と手摺をセットすると次に踏板を合わせる。大典たちが作業する板だ。これをしっかりと固定してから筋交いという鉄の棒を、足場を補強するために支柱と支柱の間に斜めに取り付ける。
足場が完成すると養生ネットを、風で飛ばされないよう支柱に紐でくくり付けかけていく。
大典たちとび職の者は行わないが、一戸建ての足場だとできるのも早いだろう。だが階数のある大きなマンションだと区分けしてやっていっても、どうしたってすぐにはさすがに終わらない。高層になっていくとそれだけ動きも多少は慎重になるため余計だ。
ちなみにとび職と言ってもこういった足場鳶の他に重量鳶や橋梁鳶、鉄骨鳶や機械鳶などあらゆる仕事がある。大典はどうしても出張の多い橋梁の仕事はあまりやっていないが、他はその時受け持つ内容によっては行っている。なのでとび技能士などの資格の他にクレーン・デリック運転士免許や玉掛けの資格も持っていたりする。これらも昔からの友人からすれば「マジかよ」らしい。皆で飲んでる時にたまたま話題に出た時は何故か奢らされそうになった。
「無免で原付乗って調子こいてたやつがな」
「いつの話してんだよ」
「いやいや、まあじゃあここは資格の鬼、朝妻におごってもらおうぜ。ビールおかわり」
「あ、俺焼酎ロック」
「肉じゃが追加」
「何でだよ!」
その後はいつものようにぐだぐだの飲み会になって結局は皆で出し合ったのだが微妙に納得がいかなかった。
悟のことを考えつつもとりあえずテキパキと今日の仕事を予定通り終えた。終業後はまた皆で車に乗って一旦は会社へ戻る。その後解散となる。
「悟、この後はどうするんだ?」
大典が聞けば至極当たり前だといった様子で「帰りますよ」と断言された。
「俺と過ごさないのか?」
「ほんと先輩半端ないっすねえ」
「……よくそう返されてる気が今したんだけど」
「今ようやくですか」
「え?」
「で?」
「あ、えぇと。そう、よくそう返されてる気がしたんだが、あの、例えば今はどういう意味で言ったんだ?」
「そのまんまっすよ。半端ねぇなって」
何が?
大典が首を傾げると悟はニッコリと笑いかけてきた。
「じゃあ逆に聞きますけど」
「うん」
「例えば今、俺はあんたと具体的にどう過ごすんっすか」
「えっ、いや、それはほら、何かこう、ほら、な?」
改めて聞かれると少し動揺する。何と言えばいいのか。今からセックスしようぜ、などとあまりに直接的に言えば、いくらいい奴の悟でも「はぁ? しねぇわ」と即答されそうな気がする。
「わかりませんよそれじゃあ」
「……その、もうちょっと仲よくなりたい、的な」
「ぶは。何すかそれ」
笑われた。本当に何と言えば響いてくれるのか。
「いいすよ、もうちょっと仲よくなっても」
だが少しの間の後でそんな言葉が返ってきた。
「え、マジで」
「その代わり先輩、俺にお願いしてくださいよ。真剣に乞うような感じでさ。仲よくさせてくださいって。あんたにできるかな?」
何て?
「え、っと。何か作業中の騒音がまだ耳に残ってんのかな。俺に願いを乞えって言われたような感じしたけど、正しくは何て言った?」
「合ってるよ先輩」
悟はニッコリと微笑んだ。
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