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118話
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次に食事を持ってきた時も、男は邦一が食べているところを黙って見てきた。一体何だというのかと思いながらも聞くのも何となく憚られるというか、ろくなことにならなさそうな気がして聞けなかった。
だが更に次に食事を持ってきた時、男から口を開いてきた。
「不味そうに食べるのだな」
「……まぁ」
「同じもの使ってそんなに味は変わるものなのか?」
「まぁ」
「……ふむ。そんなお前を見ていて試してみたいことが浮かんでね」
男が穏やかな笑みで静かに話す。だというのに不穏さしか感じられない。続きを聞きたくないため、邦一は無視をして残りを食べ続けた。
邦一の反応に対し、男は特に気分を害したようでもなく、また黙って邦一を見てくる。食べ終えたくないと思うが、目のいい魔物に対して誤魔化しようがなく、邦一は渋々食べ終えた。その食器を一旦ドアのそばまで運んでから床へ置くと、男がまた邦一に近づいてきた。
「何故睨む?」
「……何をする気なのかと思って」
静かに聞いてくる男に答えると、薄ら笑いをされた。
「ああ。味の違いを堪能してみたくなってね」
絶対ろくでもない。
味の違い? 血の、か。
……、……味の違い……だと?
黙ったまま考えていた邦一は嫌なことに思い当たり、立ち上がって逃げようとした。もちろん、逃げられるはずもない。
「今さら、何だ?」
本気で抵抗しようとした邦一を片手で抑えてきた男が、おかしげに聞く。
激痛だろうが、我慢して吸わせてやる。
そう言いたかったが、やめた。余計なことを言っても男を面白がらせるだけだ。逃げようとしたことも間違いだった。現に男はどこか楽しそうだ。手にしている灯りのせいで、猫が鼠を追い詰めるかのような表情が見てとれる。
……ていうか、半分猫だっけか?
相変わらず目が人間のそれではないのが落ち着かない。
正直逃げたい。
邦一は少し顔を逸らしながら思った。秋星相手ですら、最初にされた頃はかなり抵抗があった。さすがに秋星に対して不快感はなかったが、できればあの感覚は味わいたくないと思っていた。
男の伸ばしてきた手が邦一の首筋に触れる。びくりと体を震わせないようにするのが精一杯だった。
「お前相手に変な気にはなれないが……」
男が囁く。
「お前の味にはとても興味がある」
いつもはいきなり牙を食い込ませ、血を吸ってきていた。そのせいで言葉を絶する激痛に邦一は歯を食いしばって耐えていた。
……その激痛のほうが……ましだ……!
男の舌が首筋につたう。ねっとりと舐められて気持ちの悪さに吐き気がしつつも、抗いようのない感覚が邦一の中に生まれる。激痛に耐えたように、邦一はその感覚にも歯を食いしばって耐えようとした。
「堪えているのか」
どこか楽しんでいるかのような声が耳に届く。舌打ちをしたかったが、代わりにどうしようもない吐息が漏れてしまいそうで、邦一は黙っていた。
男の牙が次に食い込んできた。予想通り、今回は激痛がない。代わりに表現し難い快楽が邦一の中に流れ込んでくる。
最悪だ……!
邦一は更に歯を食いしばった。絶対にあの感覚だけはこの男に感じたくない。そう思いつつも、今にも声を漏らしたくなる。
近々、絶対に、逃げる。
何があっても、逃げる。
捕らえられたと分かった時や激痛に耐えていた時すら、ここまで必死に思わなかった。
「甘いな」
男が楽しげに囁く。
「やはり痛みと快楽では味が違う」
今度は唇を同じ場所に這わせてから、また吸い付かれた。吸われる度に耐え難い快楽が邦一に襲いかかってくる。
「お前を捕らえた相手に対して抗えない快楽を感じ、甘い血を供給してくれるなんて、笑えるな……?」
死ねばいい。
口を開くと漏らしたくない音が漏れそうで、ひたすら歯を食いしばりながら邦一は思った。
痛みを与えられているほうがまだましだった。こんな自分の中身を蹂躙されるような思い、秋星以外のどんな相手すら許さない。
もし俺が魔物だったら、刺し違えても今こいつを殺していた。
人間だからとはいえ、あまりに非力な自分が情けなかった。殺せるなら殺したい。苦しめたい。そう思った時、とあることを思い出した。だが上着は脱いで隅に置いている。結局、男が満足するまで大人しく快楽に耐えるしかなかった。
飲み終えた男は相変わらず楽しげで、いつもなら直ぐに去っていくというのに少し離れたところに立ち、上から邦一を見下ろしている。
「快楽に耐える姿は悪くない」
つい秋星や秋穂、柳が浮かび、ヴァンパイアは皆、加虐的な性質を持ち合わせてるのだろうかと内心微妙に思う。
「……寒い」
「血を失って冷えたか?」
「……上着を着ていいか……?」
「もちろん、構わない」
低姿勢な邦一に、男は少し機嫌の良さそうな様子で頷いた。邦一はのろのろと隅へ移動し、置いていた上着を着た。着心地を整える振りをしながら、ポケットに手を入れる。
……あった。
無意識に嫌な感じでも覚えたのか、拐ってきた際に男はポケットの袋を点検してはいなかったようだ。入っていたことにホッとしてそれを手に取ると、今度は男に近づいて行った。
──秋薔薇は強く香らない。その代わり持続性がある。そして、色味が濃い。
「春薔薇は即効性があるが、秋薔薇はお守りとして持つのもいい。いいから持って帰って観賞した後は乾燥させ、花びらを袋にでも入れて持っているといい」
「そいつも言うてたやろ。御守りにしたらえぇねん」
あの庭での男性の言葉と秋星の言葉が浮かぶ。邦一は小さな袋から花びらを取り出し、男に投げつけた。
だが更に次に食事を持ってきた時、男から口を開いてきた。
「不味そうに食べるのだな」
「……まぁ」
「同じもの使ってそんなに味は変わるものなのか?」
「まぁ」
「……ふむ。そんなお前を見ていて試してみたいことが浮かんでね」
男が穏やかな笑みで静かに話す。だというのに不穏さしか感じられない。続きを聞きたくないため、邦一は無視をして残りを食べ続けた。
邦一の反応に対し、男は特に気分を害したようでもなく、また黙って邦一を見てくる。食べ終えたくないと思うが、目のいい魔物に対して誤魔化しようがなく、邦一は渋々食べ終えた。その食器を一旦ドアのそばまで運んでから床へ置くと、男がまた邦一に近づいてきた。
「何故睨む?」
「……何をする気なのかと思って」
静かに聞いてくる男に答えると、薄ら笑いをされた。
「ああ。味の違いを堪能してみたくなってね」
絶対ろくでもない。
味の違い? 血の、か。
……、……味の違い……だと?
黙ったまま考えていた邦一は嫌なことに思い当たり、立ち上がって逃げようとした。もちろん、逃げられるはずもない。
「今さら、何だ?」
本気で抵抗しようとした邦一を片手で抑えてきた男が、おかしげに聞く。
激痛だろうが、我慢して吸わせてやる。
そう言いたかったが、やめた。余計なことを言っても男を面白がらせるだけだ。逃げようとしたことも間違いだった。現に男はどこか楽しそうだ。手にしている灯りのせいで、猫が鼠を追い詰めるかのような表情が見てとれる。
……ていうか、半分猫だっけか?
相変わらず目が人間のそれではないのが落ち着かない。
正直逃げたい。
邦一は少し顔を逸らしながら思った。秋星相手ですら、最初にされた頃はかなり抵抗があった。さすがに秋星に対して不快感はなかったが、できればあの感覚は味わいたくないと思っていた。
男の伸ばしてきた手が邦一の首筋に触れる。びくりと体を震わせないようにするのが精一杯だった。
「お前相手に変な気にはなれないが……」
男が囁く。
「お前の味にはとても興味がある」
いつもはいきなり牙を食い込ませ、血を吸ってきていた。そのせいで言葉を絶する激痛に邦一は歯を食いしばって耐えていた。
……その激痛のほうが……ましだ……!
男の舌が首筋につたう。ねっとりと舐められて気持ちの悪さに吐き気がしつつも、抗いようのない感覚が邦一の中に生まれる。激痛に耐えたように、邦一はその感覚にも歯を食いしばって耐えようとした。
「堪えているのか」
どこか楽しんでいるかのような声が耳に届く。舌打ちをしたかったが、代わりにどうしようもない吐息が漏れてしまいそうで、邦一は黙っていた。
男の牙が次に食い込んできた。予想通り、今回は激痛がない。代わりに表現し難い快楽が邦一の中に流れ込んでくる。
最悪だ……!
邦一は更に歯を食いしばった。絶対にあの感覚だけはこの男に感じたくない。そう思いつつも、今にも声を漏らしたくなる。
近々、絶対に、逃げる。
何があっても、逃げる。
捕らえられたと分かった時や激痛に耐えていた時すら、ここまで必死に思わなかった。
「甘いな」
男が楽しげに囁く。
「やはり痛みと快楽では味が違う」
今度は唇を同じ場所に這わせてから、また吸い付かれた。吸われる度に耐え難い快楽が邦一に襲いかかってくる。
「お前を捕らえた相手に対して抗えない快楽を感じ、甘い血を供給してくれるなんて、笑えるな……?」
死ねばいい。
口を開くと漏らしたくない音が漏れそうで、ひたすら歯を食いしばりながら邦一は思った。
痛みを与えられているほうがまだましだった。こんな自分の中身を蹂躙されるような思い、秋星以外のどんな相手すら許さない。
もし俺が魔物だったら、刺し違えても今こいつを殺していた。
人間だからとはいえ、あまりに非力な自分が情けなかった。殺せるなら殺したい。苦しめたい。そう思った時、とあることを思い出した。だが上着は脱いで隅に置いている。結局、男が満足するまで大人しく快楽に耐えるしかなかった。
飲み終えた男は相変わらず楽しげで、いつもなら直ぐに去っていくというのに少し離れたところに立ち、上から邦一を見下ろしている。
「快楽に耐える姿は悪くない」
つい秋星や秋穂、柳が浮かび、ヴァンパイアは皆、加虐的な性質を持ち合わせてるのだろうかと内心微妙に思う。
「……寒い」
「血を失って冷えたか?」
「……上着を着ていいか……?」
「もちろん、構わない」
低姿勢な邦一に、男は少し機嫌の良さそうな様子で頷いた。邦一はのろのろと隅へ移動し、置いていた上着を着た。着心地を整える振りをしながら、ポケットに手を入れる。
……あった。
無意識に嫌な感じでも覚えたのか、拐ってきた際に男はポケットの袋を点検してはいなかったようだ。入っていたことにホッとしてそれを手に取ると、今度は男に近づいて行った。
──秋薔薇は強く香らない。その代わり持続性がある。そして、色味が濃い。
「春薔薇は即効性があるが、秋薔薇はお守りとして持つのもいい。いいから持って帰って観賞した後は乾燥させ、花びらを袋にでも入れて持っているといい」
「そいつも言うてたやろ。御守りにしたらえぇねん」
あの庭での男性の言葉と秋星の言葉が浮かぶ。邦一は小さな袋から花びらを取り出し、男に投げつけた。
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