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112話
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「お前……そうだ、お前にだって奥様ができて──」
「できへん」
「え?」
「……できへん。俺のパートナーは……お前だけや」
──秋星……。
パートナーは俺だけなのだとしたら、俺がいなくなった後はどうするんだ……?
『そんなもん知らんわ』
知らんって、他人事過ぎるだろ。
『だってクニはいなくなれへん』
そりゃ自分の意思ではならないよ。でも……いずれ俺は……死ぬよ。
『……何で口に出すんや……聞きたないのに……だいたい今は死なんやろ』
そりゃ寿命は先だろうけど……病気や事故だって……。
『やから俺がいつも心配してんねやろ! ずっとそばにおって欲しいから心配してんのにお前はいつも俺の心配なんかよそに──』
ふと邦一は目を開けた。夢を見ていたらしい。前に風呂か何かでやり取りをした続きを勝手に捏造したような夢だった。
……心配……。
リアルの秋星は夢のようにはっきりは言ってこないだろうが、やはり邦一がいずれいなくなることを考えたりしているのだろうか。少し胸が締めつけられるような感じがする。
秋星を思って心を痛めているのだろうと他人事のようにしんみり思った後で邦一は自分の状況をようやく省みた。
手が動かない。いや、動かないんじゃない。手が後ろ手に縛られた上でさらに体を縛られている。そのせいで胸元辺りが締めつけられているのだと気づく。ついでに足首も縛られているようだ。
どういうことだ。
そして思い出す。
花を届けていたはずだった。
……はず、じゃないな。ちゃんと花は届けた。
ゆっくりと思い出そうとするのだが、何故か妙に気持ちが落ち着かない。意味がわからないまま縛られた状態で転がっているのだから落ち着かないのも道理なのだが、それとはまた別の不安を覚える。よくわからないが縛られている状態そのものがやたら不安で妙に怖い。
……クソ。それよりもとりあえず状況把握だろ……。
落ち着かないのを何とか集中しようと試みた。
花は届けた。
行きは特に気にならなかったが、既に暗くなってしまった帰り道に田んぼの畦道を歩いていることをふと意識した。別に意識するような場所でもないのだがと怪訝に思った後に気づいた。
猫だ。暗いがわかる。黒猫がいる。
黒猫に気をつけろと言われたところだったのもあるが、妙な存在感にギクリとした。だがそれだけではない。
ああ、そういえば前に事件があった付近の畦道でも黒猫を見たっけと思い出す。
彼岸花を食べようとしていた。そして彼岸花を差し出してきた黒猫──
そう考えた後の記憶がない。気づけば今だった。思い出そうが無駄だった。肝心なことは何も分からない。
……あの黒猫……。
やはりあの猫がそうなのだろうか。忠告を受けようが気をつけようがどうしようもないではないかと微妙に思う。
一人で使いに出たことが無用心と言うなら、邦一は何もできない。学校からすら帰宅できないことになる。
それにしてもあの黒猫がそうなのだとしたら、何故彼岸花をくれた時に狙ってこなかったのか。いや、先ほどの黒猫と彼岸花の黒猫が同じという保証も証拠もないのだが、邦一には同じに思えた。
……もしくはあの時にむしろ目をつけられたのだとしたら?
もしそうなのだとしたら、やはり自分の無用心さが原因とも言える。顔を突っ込んであの場所まで出向かなければ目をつけられることもなかったということになる。
……ああ……。秋星に叱られるな。
縛られ寝転がったままそんなことを思う。
……秋星にまた会えたら、だけど……。
……。
いや、そんな風に考えるには早すぎる。
まだ何もわかっていないままなのだ。そして逃げようという努力もまだしていない。何か助けになるようなものはないかと邦一は見渡せる範囲で周りを見た。縛られ横たわっているが、部屋はあまり広くないようでさほど苦労もなく窺うことができた。ただし暗い。窓もないようだ。一応目が暗さに慣れているようで何となくは見えるが、何もない。
この寒い時期、辛うじてエアコンは効いているのか寒さはあまり感じないが、それでも毛布すら掛けられていないことを思えば、少なくとも自分はあまり大事にはしてもらえなさそうだ。
ここへ邦一を連れてきた者があの黒猫で、そして例の野良ヴァンパイアなのだとしたら、同じ建物のどこかに行方不明の人もいるのだろうか。
そして今は何時なのだろう。どのくらい、自分は意識を失っていたのだろう。
とりあえず周りを確認したところで動いても問題はなさそうだと判断し、邦一はもぞもぞと体を動かす。手が後ろ手に、そして足首も縛られているせいでバランスが取りにくかったが、日々体を鍛えている邦一にとってはあまり大したことではない。体を起こして座ると改めて周りを見たが、やはり特になにもない。
……縛られてるやつ、何とかするか。
体を鍛えるというのは何も筋肉を鍛えて強くなるばかりではない。現に邦一の体は昔から鍛えている割にはそこまで筋肉質とは言えない。
深呼吸をしてから、邦一は後ろに回されている腕を尻へと移動させる。そのまま縄跳びをするかのように足をくぐらせた。足も縛られている為、正直やりにくかったが、体は柔らかいので何とか腕を前に持ってこられた。
足の指と一緒に縛られてなくて良かった。
そう思いながら、歯を使って縛られている部分を緩めにかかった。
もちろん、都合良くガラスの破片など落ちているはずもなく。せめてなにか家具なり何なりあれば摩擦させてロープを切ることも考えられたかもしれないが、仕方がない。
……流石に歯を鍛えたりはしてないし難しいな。
それでも何とか緩んだ、と思ったところでドアノブの回る音が聞こえた。
ハッとなり、急いで片手をロープから抜くと、なに食わぬふりをして両手をまた後ろに回した。
「できへん」
「え?」
「……できへん。俺のパートナーは……お前だけや」
──秋星……。
パートナーは俺だけなのだとしたら、俺がいなくなった後はどうするんだ……?
『そんなもん知らんわ』
知らんって、他人事過ぎるだろ。
『だってクニはいなくなれへん』
そりゃ自分の意思ではならないよ。でも……いずれ俺は……死ぬよ。
『……何で口に出すんや……聞きたないのに……だいたい今は死なんやろ』
そりゃ寿命は先だろうけど……病気や事故だって……。
『やから俺がいつも心配してんねやろ! ずっとそばにおって欲しいから心配してんのにお前はいつも俺の心配なんかよそに──』
ふと邦一は目を開けた。夢を見ていたらしい。前に風呂か何かでやり取りをした続きを勝手に捏造したような夢だった。
……心配……。
リアルの秋星は夢のようにはっきりは言ってこないだろうが、やはり邦一がいずれいなくなることを考えたりしているのだろうか。少し胸が締めつけられるような感じがする。
秋星を思って心を痛めているのだろうと他人事のようにしんみり思った後で邦一は自分の状況をようやく省みた。
手が動かない。いや、動かないんじゃない。手が後ろ手に縛られた上でさらに体を縛られている。そのせいで胸元辺りが締めつけられているのだと気づく。ついでに足首も縛られているようだ。
どういうことだ。
そして思い出す。
花を届けていたはずだった。
……はず、じゃないな。ちゃんと花は届けた。
ゆっくりと思い出そうとするのだが、何故か妙に気持ちが落ち着かない。意味がわからないまま縛られた状態で転がっているのだから落ち着かないのも道理なのだが、それとはまた別の不安を覚える。よくわからないが縛られている状態そのものがやたら不安で妙に怖い。
……クソ。それよりもとりあえず状況把握だろ……。
落ち着かないのを何とか集中しようと試みた。
花は届けた。
行きは特に気にならなかったが、既に暗くなってしまった帰り道に田んぼの畦道を歩いていることをふと意識した。別に意識するような場所でもないのだがと怪訝に思った後に気づいた。
猫だ。暗いがわかる。黒猫がいる。
黒猫に気をつけろと言われたところだったのもあるが、妙な存在感にギクリとした。だがそれだけではない。
ああ、そういえば前に事件があった付近の畦道でも黒猫を見たっけと思い出す。
彼岸花を食べようとしていた。そして彼岸花を差し出してきた黒猫──
そう考えた後の記憶がない。気づけば今だった。思い出そうが無駄だった。肝心なことは何も分からない。
……あの黒猫……。
やはりあの猫がそうなのだろうか。忠告を受けようが気をつけようがどうしようもないではないかと微妙に思う。
一人で使いに出たことが無用心と言うなら、邦一は何もできない。学校からすら帰宅できないことになる。
それにしてもあの黒猫がそうなのだとしたら、何故彼岸花をくれた時に狙ってこなかったのか。いや、先ほどの黒猫と彼岸花の黒猫が同じという保証も証拠もないのだが、邦一には同じに思えた。
……もしくはあの時にむしろ目をつけられたのだとしたら?
もしそうなのだとしたら、やはり自分の無用心さが原因とも言える。顔を突っ込んであの場所まで出向かなければ目をつけられることもなかったということになる。
……ああ……。秋星に叱られるな。
縛られ寝転がったままそんなことを思う。
……秋星にまた会えたら、だけど……。
……。
いや、そんな風に考えるには早すぎる。
まだ何もわかっていないままなのだ。そして逃げようという努力もまだしていない。何か助けになるようなものはないかと邦一は見渡せる範囲で周りを見た。縛られ横たわっているが、部屋はあまり広くないようでさほど苦労もなく窺うことができた。ただし暗い。窓もないようだ。一応目が暗さに慣れているようで何となくは見えるが、何もない。
この寒い時期、辛うじてエアコンは効いているのか寒さはあまり感じないが、それでも毛布すら掛けられていないことを思えば、少なくとも自分はあまり大事にはしてもらえなさそうだ。
ここへ邦一を連れてきた者があの黒猫で、そして例の野良ヴァンパイアなのだとしたら、同じ建物のどこかに行方不明の人もいるのだろうか。
そして今は何時なのだろう。どのくらい、自分は意識を失っていたのだろう。
とりあえず周りを確認したところで動いても問題はなさそうだと判断し、邦一はもぞもぞと体を動かす。手が後ろ手に、そして足首も縛られているせいでバランスが取りにくかったが、日々体を鍛えている邦一にとってはあまり大したことではない。体を起こして座ると改めて周りを見たが、やはり特になにもない。
……縛られてるやつ、何とかするか。
体を鍛えるというのは何も筋肉を鍛えて強くなるばかりではない。現に邦一の体は昔から鍛えている割にはそこまで筋肉質とは言えない。
深呼吸をしてから、邦一は後ろに回されている腕を尻へと移動させる。そのまま縄跳びをするかのように足をくぐらせた。足も縛られている為、正直やりにくかったが、体は柔らかいので何とか腕を前に持ってこられた。
足の指と一緒に縛られてなくて良かった。
そう思いながら、歯を使って縛られている部分を緩めにかかった。
もちろん、都合良くガラスの破片など落ちているはずもなく。せめてなにか家具なり何なりあれば摩擦させてロープを切ることも考えられたかもしれないが、仕方がない。
……流石に歯を鍛えたりはしてないし難しいな。
それでも何とか緩んだ、と思ったところでドアノブの回る音が聞こえた。
ハッとなり、急いで片手をロープから抜くと、なに食わぬふりをして両手をまた後ろに回した。
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