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92話
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秋星の父親からは何も詳しい話を聞かされていなかったらしく、邦一が秋星と実家へ向かうと両親は固い表情で迎え入れてきた。どうやら邦一が何かやらかしたと思ったらしい。
「何で俺が」
居間に通されて当たり前のようにこたつに入る邦一を、秋星は少々不思議なものを見るような目で見てくる。初めて見た訳でもないというのに、いつ見ても秋星からすれば他の人間もそうなのだろうが違和感があるのだろう。
「他に仕事中に呼び出されて家へ帰れなどと言われる理由が浮かばんだろ。お前が怪我でも、とも思ったがそれについては先に否定されたしな」
先に否定するほど、旦那様からすれば俺は怪我をする可能性が浮かぶようなやつだと思われてるのか。
思わず何とも言えない気持ちになったが秋星の「そんなことはどぉでもえぇねん」という言葉でハッとなった。やはり自分から言うべきだなと、とりあえず「あの……」と呼びかけようとしたが、その前に秋星が「邦一を俺のパートナーにしてもえぇですか」と両親を見ながらはっきり口にしてきた。
「え?」
「秋星様が……?」
「うちの邦一を……?」
「パートナーに……?」
親は二人揃ってポカンとしている。それはそうだろうと邦一はそっとため息を吐いた。いくら橘家への忠誠が強かろうがヴァンパイアへの理解が深かろうが、従事しているそれも男の邦一が主人であるそれも男の秋星とパートナーになるとは一瞬でも浮かんだことはないだろう。
……俺が女だったらまた別だったかも……いや、ダンピールの話を思えば、まぁそれもないな。だいたい玉の輿とか考えるような人たちではないし。
「あの……何かのご冗談ですか」
父親がおずおずと聞いてきた。
「……ごめんな、冗談やないねん。俺は本気やねん。邦一にはもう許可もろてる。もちろん邦一は最後まで人間であるあなたたちの息子のままやから、それは安心して……」
ぼかしたような言い方をするのは邦一がいるからだろうか。いつもはっきりものを言う秋星がはっきり「魔物にするつもりはない」と言わないことで、むしろ間違いなく魔物にできるが邦一の耳に入れるつもりはない、と言っているようなものだ。
とりあえずそれでも両親は察したようだ。
「それは……ありがとうございます……」
「でもそれだと意味はあるんですか」
「あるよ。邦一の一生は全部まるごと俺のもんやっていう」
パートナーでなくとも仕える者としても一生を秋星に捧げるつもりだった。だというのに今の言葉が邦一の心に染み入る。
結局邦一が口を挟む余地がないまま、また席を外させられた。何となく理由は察しているので苛立ちはないが、情けなさや寂しさはある。
その後「親子で話したいこともあるやろ」と秋星は先に帰って行った。
「俺除け者にして何話してたの」
邦一が聞くと、丁度お茶を淹れなおそうとしていた母親が湯飲みを倒してきた。
「危ない……大丈夫?」
「ごめんなさい、手が滑っちゃって」
母親が笑う。
ああ、そういえば俺が嘘吐くの下手なのって、母さんに似てた。
父親には昔からちょくちょく嘘を吐かれている。いや、嘘というか話すのが上手いのだろう。子どもの頃に聞いた、仕えるヴァンパイアから血を飲まれることだって上手く流された記憶しかない。
ふと、前にもこんな光景を見た気がした。それほど昔ではない。割りと最近に。あれは……そう、母親に怪我の話をした時だったか。
「今後のことよ」
「え?」
「お前から聞いておきながら、え、じゃないだろう。母さんはとりあえず念のため手を冷やしておいで」
「そ、うね」
父親に言われてホッとしたように母親は台所へ向かって行った。
「跡継ぎとかな、そういう話をしていただけだ」
「……跡継ぎ? 秋星のか」
「いや、うちの」
また上手く誤魔化しているんだろうなと思いつつも流せないことを言われて、邦一が聞き返すと予想外の言葉が返ってきた。
「は?」
「は、じゃないぞ。お前がちっとも彼女とかに興味を示さないから見合いすら考えてたくらいだ」
「……は?」
「山井家が続かなくなると橘家へ仕える者がいなくなる」
「……えっと、駄目なの?」
そこまで必要なものなのだろうかと邦一は怪訝に思った。もちろん生まれた時から刷り込まれているお陰で邦一も橘家にずっと仕えることに疑問を抱いたことはないが、それでもさすがに跡継ぎのことに関しては疑問に思う。
「お前のじいさんの遺言なんだ」
「どういう遺言なんだ……」
「未来永劫、橘家に従事」
これから先、無限に長い年月にわたり仕えろということだ。何でそこまで、とやはり微妙になる。
「一体何でまた」
「命を救ってもらった、としか俺は聞いてない。だが考えてみろ。親父が死んでいたら俺は生まれてないし、そうなるとお前も生まれない。お前が子どもをつくることはなくなったが、本来ならお前が生まれてなければ山井家の未来もなかった。すべて親父の命があってのことだろ」
そう言われればそうなのだが、と邦一はまだ少々戸惑う。
「例えお前がその……秋星様とパートナーになっていなくても秋星様に何かあれば命をかえてでもと思っていただろ?」
「それは……そうだな」
生まれた時からそういう風に育てられているのもあるが、と邦一はそっと思う。
「多分親父もそうだった。親父の場合は刷り込みじゃなくて心からそうしたいと思う理由があったんだろ」
刷り込みだと今はっきり言ったよな。父さんわかってやってたってことだよな。
とてつもなく微妙な気持ちになりながらも、何となくは把握した。
「で、その跡継ぎの話はどうなったんだよ。父さんはその……俺たちのこと、反対ってこと?」
反対されても邦一は秋星とともにと思ってはいるが、それでもできるのならば両親にも認めてもらいたい。
「いや。秋星様に反対する気はない。だからまぁ、その、なんだ。いずれお前に弟か妹ができるだけだな」
「……は?」
この歳で弟か妹。
理由がわかっていても、心の底から微妙になる。
「……邦一」
微妙な顔を隠そうともしていない邦一に、父親は改まったように呼びかけてきた。
「……何」
「反対はしない。だから今後、お前はお前の思う通りにすればいい」
どういう意味かは、その時の邦一にはわからなかった。ただ、とりあえず受け入れてもらえたのだろうと少し嬉しくなった。
「何で俺が」
居間に通されて当たり前のようにこたつに入る邦一を、秋星は少々不思議なものを見るような目で見てくる。初めて見た訳でもないというのに、いつ見ても秋星からすれば他の人間もそうなのだろうが違和感があるのだろう。
「他に仕事中に呼び出されて家へ帰れなどと言われる理由が浮かばんだろ。お前が怪我でも、とも思ったがそれについては先に否定されたしな」
先に否定するほど、旦那様からすれば俺は怪我をする可能性が浮かぶようなやつだと思われてるのか。
思わず何とも言えない気持ちになったが秋星の「そんなことはどぉでもえぇねん」という言葉でハッとなった。やはり自分から言うべきだなと、とりあえず「あの……」と呼びかけようとしたが、その前に秋星が「邦一を俺のパートナーにしてもえぇですか」と両親を見ながらはっきり口にしてきた。
「え?」
「秋星様が……?」
「うちの邦一を……?」
「パートナーに……?」
親は二人揃ってポカンとしている。それはそうだろうと邦一はそっとため息を吐いた。いくら橘家への忠誠が強かろうがヴァンパイアへの理解が深かろうが、従事しているそれも男の邦一が主人であるそれも男の秋星とパートナーになるとは一瞬でも浮かんだことはないだろう。
……俺が女だったらまた別だったかも……いや、ダンピールの話を思えば、まぁそれもないな。だいたい玉の輿とか考えるような人たちではないし。
「あの……何かのご冗談ですか」
父親がおずおずと聞いてきた。
「……ごめんな、冗談やないねん。俺は本気やねん。邦一にはもう許可もろてる。もちろん邦一は最後まで人間であるあなたたちの息子のままやから、それは安心して……」
ぼかしたような言い方をするのは邦一がいるからだろうか。いつもはっきりものを言う秋星がはっきり「魔物にするつもりはない」と言わないことで、むしろ間違いなく魔物にできるが邦一の耳に入れるつもりはない、と言っているようなものだ。
とりあえずそれでも両親は察したようだ。
「それは……ありがとうございます……」
「でもそれだと意味はあるんですか」
「あるよ。邦一の一生は全部まるごと俺のもんやっていう」
パートナーでなくとも仕える者としても一生を秋星に捧げるつもりだった。だというのに今の言葉が邦一の心に染み入る。
結局邦一が口を挟む余地がないまま、また席を外させられた。何となく理由は察しているので苛立ちはないが、情けなさや寂しさはある。
その後「親子で話したいこともあるやろ」と秋星は先に帰って行った。
「俺除け者にして何話してたの」
邦一が聞くと、丁度お茶を淹れなおそうとしていた母親が湯飲みを倒してきた。
「危ない……大丈夫?」
「ごめんなさい、手が滑っちゃって」
母親が笑う。
ああ、そういえば俺が嘘吐くの下手なのって、母さんに似てた。
父親には昔からちょくちょく嘘を吐かれている。いや、嘘というか話すのが上手いのだろう。子どもの頃に聞いた、仕えるヴァンパイアから血を飲まれることだって上手く流された記憶しかない。
ふと、前にもこんな光景を見た気がした。それほど昔ではない。割りと最近に。あれは……そう、母親に怪我の話をした時だったか。
「今後のことよ」
「え?」
「お前から聞いておきながら、え、じゃないだろう。母さんはとりあえず念のため手を冷やしておいで」
「そ、うね」
父親に言われてホッとしたように母親は台所へ向かって行った。
「跡継ぎとかな、そういう話をしていただけだ」
「……跡継ぎ? 秋星のか」
「いや、うちの」
また上手く誤魔化しているんだろうなと思いつつも流せないことを言われて、邦一が聞き返すと予想外の言葉が返ってきた。
「は?」
「は、じゃないぞ。お前がちっとも彼女とかに興味を示さないから見合いすら考えてたくらいだ」
「……は?」
「山井家が続かなくなると橘家へ仕える者がいなくなる」
「……えっと、駄目なの?」
そこまで必要なものなのだろうかと邦一は怪訝に思った。もちろん生まれた時から刷り込まれているお陰で邦一も橘家にずっと仕えることに疑問を抱いたことはないが、それでもさすがに跡継ぎのことに関しては疑問に思う。
「お前のじいさんの遺言なんだ」
「どういう遺言なんだ……」
「未来永劫、橘家に従事」
これから先、無限に長い年月にわたり仕えろということだ。何でそこまで、とやはり微妙になる。
「一体何でまた」
「命を救ってもらった、としか俺は聞いてない。だが考えてみろ。親父が死んでいたら俺は生まれてないし、そうなるとお前も生まれない。お前が子どもをつくることはなくなったが、本来ならお前が生まれてなければ山井家の未来もなかった。すべて親父の命があってのことだろ」
そう言われればそうなのだが、と邦一はまだ少々戸惑う。
「例えお前がその……秋星様とパートナーになっていなくても秋星様に何かあれば命をかえてでもと思っていただろ?」
「それは……そうだな」
生まれた時からそういう風に育てられているのもあるが、と邦一はそっと思う。
「多分親父もそうだった。親父の場合は刷り込みじゃなくて心からそうしたいと思う理由があったんだろ」
刷り込みだと今はっきり言ったよな。父さんわかってやってたってことだよな。
とてつもなく微妙な気持ちになりながらも、何となくは把握した。
「で、その跡継ぎの話はどうなったんだよ。父さんはその……俺たちのこと、反対ってこと?」
反対されても邦一は秋星とともにと思ってはいるが、それでもできるのならば両親にも認めてもらいたい。
「いや。秋星様に反対する気はない。だからまぁ、その、なんだ。いずれお前に弟か妹ができるだけだな」
「……は?」
この歳で弟か妹。
理由がわかっていても、心の底から微妙になる。
「……邦一」
微妙な顔を隠そうともしていない邦一に、父親は改まったように呼びかけてきた。
「……何」
「反対はしない。だから今後、お前はお前の思う通りにすればいい」
どういう意味かは、その時の邦一にはわからなかった。ただ、とりあえず受け入れてもらえたのだろうと少し嬉しくなった。
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