76 / 145
76話
しおりを挟む
「秋星、いいから飲め!」
「いらん、言うてるやろ……」
「飲め!」
「嫌や!」
抱きしめたままの邦一を秋星は引き離した。まだ力もちゃんとある。まだ大丈夫だ。そう思っていると邦一が秋星をつかんできた。そして布団の上に倒してくる。
力ずくなら例え血を渇望していても負ける訳がない。まだ弱りきるところまではいっていない。ムッとしながら秋星が邦一を退かせようとする前に、邦一は何故か秋星が着ている着物の帯を解いてきた。
「クニ?」
怪訝に思い呼び掛けるも、邦一は少し怒ったような表情のまま帯を解くと、今度は着物をはだけさせた。
自分の裸体を見られようが今更気にもならないが、この状況が分からなさ過ぎて戸惑いを隠せない。何のつもりだと言いかけたところでのし掛かられてキスをされた。
「な、ん、っぅ?」
合わさった唇の間から舌が差し込まれる。ぬるりとした感触に、訳がわからないままだというのに秋星は自然と受け入れ自ら絡め取った。
今まで血を飲むためも含め何度も口付けをしているが、邦一が主導権を取ったことはない。そのためかそろそろ慣れてきているはずのキスがとてもぎこちないのだが、むしろそれが秋星にとって愛しさを増す。血を渇望してはいても昨日はまだ冷静にできていたキスを、今はできそうになかった。
夢中になってぎこちないキスを受け、そして返す。唾液のやり取りに満たされ、興奮する。すると邦一の手が秋星の体を探るかのように滑ってきた。手の動きがまたぎこちないのだが、節くれだった指が愛しくて色んな気持ちが秋星の中の小部屋から湧水のように溢れ出てくる気がした。さざ波のようにじわじわと湧き起こる情欲と、涙ぐみたくなるような愛しさに胸が押し潰されそうになる。ふ、ふ……、と堪えきれない吐息が漏れる。
感覚を研ぎ澄ませたくて、邦一の指が辿る筋をあえて見ずに脳内で追った。だがその指が秋星の下肢へとじわじわ進んで行くのに気づくとまた思い出したように戸惑った。
「な、なぁ、なぁって!」
「……何」
「っ、ん……、どーゆーつもりやねん、何なん……、っちょおっ」
どういうつもりだと言っている間も邦一の手は止まらずゆっくりと動いていく。秋星ならその手を止めることは容易い。だが止めたくない。
だが、訳がわからない。
涙を飲むかのように勿体なく思う気持ちをグッと堪え、秋星は邦一の手首をつかんでジロリと睨んだ。
「クニにされるなんてな、希少価値高過ぎて止めたないけど、意味わからんままいいように体弄ばれんのは性に合わんねん」
今ほど自分のプライドなどへし折れてしまえばいいのにと思ったことはない。だが仕方がない。
邦一はというと、小さくため息を吐いて囁くように呟いてきた。
「お前が飲みたくなるように」
言葉の続きを待ったが、どうやら続きはないようだ。
飲みたくなるように。
血のことだ。
飲みたい。
飲みたい。
飲み、たい。
プツリと優しく皮膚を裂いてプクリと溢れ出るものへ舌を這わせたい。
秋星はフルリと首を振った。
「……何やそれ」
「何やって、そのままだけど」
「お前いつも飲まれるんそんな歓迎してへんやん。やのに俺がいらん、言うたら飲めって、ツンデレか」
「……は? ツン……? 何言ってんのかわからんけど、いつもはやたらと飲みたがるだろ。なのに……、……俺は倒れないから……頼むから飲んでくれよ」
最後は少し掠れるような声で懇願してきた。その様子に秋星の胸が軋む。自分を心配してくれているのだろうか。そう思うと胸が甘くて痛い。
だが秋星は邦一が心配だった。
いや、違う。
邦一は大丈夫だと言っているのに必要以上に怯え杞憂している自分の勝手な押し付け感情だ。それこそいつも勝手に好きに血を奪っていたくせに。
「……俺はワガママで勝手やねん」
「そんなの知ってる」
「そこは俺に仕えてんのやったら否定したるとこちゃうんか」
「お前みたいな勝手な主人、俺も好きに対応するに決まってるだろ。いいから飲め」
「……怖いねん」
「……だから俺は」
「お前が倒れるかもしれんだけが怖いんちゃう……」
そう、そうだった。
邦一が倒れるのが怖い。
邦一が死んでしまうのが怖い。
実際血を飲むことだけではそんなことにならないと頭でわかっているのに怖いのはトラウマ的な感情のせいだと思っていた。
それもある。
だがそれだけじゃなかった。
「お前が……俺に対して怯えてしまうんも……怖い……」
あの怯えた目。
誘拐されたあの日、秋星の本当の姿を見た邦一のあの怯えた目。
俺はほんまに自分勝手や……。
邦一に事件のことを思い出させる必要はないと思っているのは邦一のためだ。それは嘘じゃない。心から思っている。
だがそれとともに、思い出した邦一が秋星をどんな目で見るのかと思うと怖くて堪らない。
だから今も怖いのだ。ヴァンパイアの正体くらい、今の邦一なら怯える訳がないとわかっているが、あの時を思い出した邦一がどう思うかはわからない。秋星ですら未だに邦一の死を恐れているのだ。潜在的なことで意識を失った邦一が当時を思い出してどんな目で秋星を見るかなんて秋星にわかるはずがなかった。
倒れてしまったことで邦一の死を身近に感じて怖いだけでなく、あの事件のせいで潜在的にトラウマとなっているのであろう邦一が吸血行為にまた倒れ、それをきっかけに思い出してしまったら──
「何で俺が今さらお前に対して怯えるんだよ」
邦一が戸惑ったように秋星を見ている。
「秋星に初めて餌的な対象として見られた時に俺がちょっと怖がったからか?」
「餌……」
「間違ってないだろ。あと、得体の知れん雰囲気に怯えたくらい仕方がないって思ってくれよ。まだまだ子どもだったんだぞ。別に今はお前のこと、これっぽっちも怖くない」
「……」
「さんざん好き勝手しておきながら」
邦一はため息を吐きながら、秋星にまた軽くだがキスをしてきた。そのまま秋星のものをそっとつかみ、ゆるゆると扱いてくる。
「ク、」
クニ、と言いかけた秋星の唇にまたキスをしながら邦一は少し微笑んできた。
「お前が怖かったらこんなこと、できないだろうな」
「いらん、言うてるやろ……」
「飲め!」
「嫌や!」
抱きしめたままの邦一を秋星は引き離した。まだ力もちゃんとある。まだ大丈夫だ。そう思っていると邦一が秋星をつかんできた。そして布団の上に倒してくる。
力ずくなら例え血を渇望していても負ける訳がない。まだ弱りきるところまではいっていない。ムッとしながら秋星が邦一を退かせようとする前に、邦一は何故か秋星が着ている着物の帯を解いてきた。
「クニ?」
怪訝に思い呼び掛けるも、邦一は少し怒ったような表情のまま帯を解くと、今度は着物をはだけさせた。
自分の裸体を見られようが今更気にもならないが、この状況が分からなさ過ぎて戸惑いを隠せない。何のつもりだと言いかけたところでのし掛かられてキスをされた。
「な、ん、っぅ?」
合わさった唇の間から舌が差し込まれる。ぬるりとした感触に、訳がわからないままだというのに秋星は自然と受け入れ自ら絡め取った。
今まで血を飲むためも含め何度も口付けをしているが、邦一が主導権を取ったことはない。そのためかそろそろ慣れてきているはずのキスがとてもぎこちないのだが、むしろそれが秋星にとって愛しさを増す。血を渇望してはいても昨日はまだ冷静にできていたキスを、今はできそうになかった。
夢中になってぎこちないキスを受け、そして返す。唾液のやり取りに満たされ、興奮する。すると邦一の手が秋星の体を探るかのように滑ってきた。手の動きがまたぎこちないのだが、節くれだった指が愛しくて色んな気持ちが秋星の中の小部屋から湧水のように溢れ出てくる気がした。さざ波のようにじわじわと湧き起こる情欲と、涙ぐみたくなるような愛しさに胸が押し潰されそうになる。ふ、ふ……、と堪えきれない吐息が漏れる。
感覚を研ぎ澄ませたくて、邦一の指が辿る筋をあえて見ずに脳内で追った。だがその指が秋星の下肢へとじわじわ進んで行くのに気づくとまた思い出したように戸惑った。
「な、なぁ、なぁって!」
「……何」
「っ、ん……、どーゆーつもりやねん、何なん……、っちょおっ」
どういうつもりだと言っている間も邦一の手は止まらずゆっくりと動いていく。秋星ならその手を止めることは容易い。だが止めたくない。
だが、訳がわからない。
涙を飲むかのように勿体なく思う気持ちをグッと堪え、秋星は邦一の手首をつかんでジロリと睨んだ。
「クニにされるなんてな、希少価値高過ぎて止めたないけど、意味わからんままいいように体弄ばれんのは性に合わんねん」
今ほど自分のプライドなどへし折れてしまえばいいのにと思ったことはない。だが仕方がない。
邦一はというと、小さくため息を吐いて囁くように呟いてきた。
「お前が飲みたくなるように」
言葉の続きを待ったが、どうやら続きはないようだ。
飲みたくなるように。
血のことだ。
飲みたい。
飲みたい。
飲み、たい。
プツリと優しく皮膚を裂いてプクリと溢れ出るものへ舌を這わせたい。
秋星はフルリと首を振った。
「……何やそれ」
「何やって、そのままだけど」
「お前いつも飲まれるんそんな歓迎してへんやん。やのに俺がいらん、言うたら飲めって、ツンデレか」
「……は? ツン……? 何言ってんのかわからんけど、いつもはやたらと飲みたがるだろ。なのに……、……俺は倒れないから……頼むから飲んでくれよ」
最後は少し掠れるような声で懇願してきた。その様子に秋星の胸が軋む。自分を心配してくれているのだろうか。そう思うと胸が甘くて痛い。
だが秋星は邦一が心配だった。
いや、違う。
邦一は大丈夫だと言っているのに必要以上に怯え杞憂している自分の勝手な押し付け感情だ。それこそいつも勝手に好きに血を奪っていたくせに。
「……俺はワガママで勝手やねん」
「そんなの知ってる」
「そこは俺に仕えてんのやったら否定したるとこちゃうんか」
「お前みたいな勝手な主人、俺も好きに対応するに決まってるだろ。いいから飲め」
「……怖いねん」
「……だから俺は」
「お前が倒れるかもしれんだけが怖いんちゃう……」
そう、そうだった。
邦一が倒れるのが怖い。
邦一が死んでしまうのが怖い。
実際血を飲むことだけではそんなことにならないと頭でわかっているのに怖いのはトラウマ的な感情のせいだと思っていた。
それもある。
だがそれだけじゃなかった。
「お前が……俺に対して怯えてしまうんも……怖い……」
あの怯えた目。
誘拐されたあの日、秋星の本当の姿を見た邦一のあの怯えた目。
俺はほんまに自分勝手や……。
邦一に事件のことを思い出させる必要はないと思っているのは邦一のためだ。それは嘘じゃない。心から思っている。
だがそれとともに、思い出した邦一が秋星をどんな目で見るのかと思うと怖くて堪らない。
だから今も怖いのだ。ヴァンパイアの正体くらい、今の邦一なら怯える訳がないとわかっているが、あの時を思い出した邦一がどう思うかはわからない。秋星ですら未だに邦一の死を恐れているのだ。潜在的なことで意識を失った邦一が当時を思い出してどんな目で秋星を見るかなんて秋星にわかるはずがなかった。
倒れてしまったことで邦一の死を身近に感じて怖いだけでなく、あの事件のせいで潜在的にトラウマとなっているのであろう邦一が吸血行為にまた倒れ、それをきっかけに思い出してしまったら──
「何で俺が今さらお前に対して怯えるんだよ」
邦一が戸惑ったように秋星を見ている。
「秋星に初めて餌的な対象として見られた時に俺がちょっと怖がったからか?」
「餌……」
「間違ってないだろ。あと、得体の知れん雰囲気に怯えたくらい仕方がないって思ってくれよ。まだまだ子どもだったんだぞ。別に今はお前のこと、これっぽっちも怖くない」
「……」
「さんざん好き勝手しておきながら」
邦一はため息を吐きながら、秋星にまた軽くだがキスをしてきた。そのまま秋星のものをそっとつかみ、ゆるゆると扱いてくる。
「ク、」
クニ、と言いかけた秋星の唇にまたキスをしながら邦一は少し微笑んできた。
「お前が怖かったらこんなこと、できないだろうな」
1
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる