56 / 145
56話
しおりを挟む
とりあえずそのことを考えるのは忌々しいとばかりに別のことを考えようとして、秋星は目が覚めた時に見ていた夢を思う。
邦一の傷は実際目立たない。あえてじっと見つめてようやく違和感を覚えるくらいではないだろうか。だからこそ今まで邦一も全く気づいていなかったし、高校へ行くようになっても特に水泳などを禁止しようとは秋星も思っていなかった。関東へ戻ってきた当初の邦一は淡々とした風になってはいたが、それでも今の邦一よりはまだ可愛げが残っていた。水泳は禁止と告げたとしても「何でだよ」位は言ってきたかもしれないが、大人しく従っていただろう。当時は学校へ行けるだけでも嬉しそうだった。高校二年生という響きすら嬉しそうだったし、鍛えていた邦一は十分強くなっていたのもあり、秋星としても学校へ行くことにしてよかったとさえ思っていた。自分は正直全く興味がなかったし今もない。
とりあえず邦一と同じ二年生になれないことに秋星はムッとしていた。人間界での実年齢はどうしようもないとわかってはいるが、多分この時点で既に秋星は邦一よりも成長はしていたと思われる。今もそうだが、邦一のほうが一つ上ではありながらも見た目は秋星のほうが上に見える。学校でも「年上みたい」「大学生っぽい」などと言われたこともある。ただ、邦一が「じゃあ俺が留年したことにして一年生になる」と言い出した為、そんなことはしていらないとばかりに秋星はむしろ大人しくなった。
「にしても水泳……禁止してたら良かったわ」
秋星は布団の中に潜りながらぼそりと呟いた。エアコンが効いているので特に暑くはない。
禁止にしていればと思ったのは邦一が傷に気づいたからではない。それに関しては別にいくらでも誤魔化しようがある。そうではなく、あの傷に気づく者がいたということがひたすら気にくわない。どういう目線であれ、少なくとも邦一の背中を凝視していた筈だ。普通だとあの傷に気づく訳がない。邦一の体を凝視する者がいるということが甚だしく気にくわない。
人間は魔物よりも性別を確か気にする筈だ。凝視していた者は後で邦一に聞いたら男だと言っていた。邪な気持ちではなかったのかもしれない。それでも邦一の体に見惚れる位はしてたであろう。どのみち気にくわない。
とはいえそれを邦一に言っても「は?」と微妙な顔をするだけだろう。目に見えている。
「あー、やっぱりクニのアホ」
「な、何だよ……」
イライラと叫ぶと邦一の困ったような声が聞こえた。秋星は布団の中で固まった。急激に自分が邦一にしたことを思い出す。
別に人間でも女でもないので、秋星にとってあの行為自体には恥ずかしさや照れなどない。だが邦一を思うと妙な羞恥心と腹立たしさが連なるようにじわじわと湧いてくる。
布団の中に潜ったままでいると足音がすぐ傍まで近づいてくるのがわかった。そしてそのままその場に座ったようだ。
何しに来たん、と言いそうになって秋星は口をむしろ閉じた。邦一がここに居ないことにも腹を立てていたくせにその台詞は陳腐過ぎると自分に呆れる。
「秋星……? 起きたんだよな? 具合、悪いのか……?」
聞こえてくる声は本当に心配しているようだった。
そういえば、と秋星はふと考える。身長などの体躯ばかり成長し、中身は全然成長していないと思っていたが、可愛げがなくなっただけでなく、ずいぶんと話し方や態度も男らしくなった。ずっと傍にいるとピンとこないが、夢で見ていた昔と比べるとそれなりに違う気がする。
そう思うと秋星の中の小部屋がキュッと縮こまったり水気を含んで膨らんだかのようになる。
「秋星?」
「……煩い」
別に煩くはないのだが、それくらいしか言えなかった。
「そんな言い方するくらいなら大丈夫なんだな?」
「……」
確認だけしてまた部屋から出ていく気かと秋星が思っていると少しの間の後で邦一が続けてきた。
「おい、聞いてる?」
「……」
聞いてるわ。ただ、何か喋りたないだけや。
心の中で言い返していると邦一が布団の上に手を置いてきた。それだけでピクリ、と反応しそうになる。
「黙ったままだとわからないだろ。おまけに布団の中だと余計」
「……」
それでも黙っていると、ため息が聞こえた。
だいたい、ため息多いねん。俺に対してほんま失礼なやつやで……。
ただ、そんなところも昔の邦一からは考えられない部分だなと思った。
「秋星。わからんって言ってるだろ」
そう言いながら、邦一は布団を剥がしてきた。
「な、にすんねん」
「……秋星……顔、赤い」
様子を見る為だったのか、邦一がじっと秋星を見てきた。
「赤ないわ」
「赤いよ。まだ具合、悪いんじゃないのか? それとも……どこか痛む?」
痛むかと聞いてきた時に、少しだけばつの悪そうな顔をしてきた。秋星こそ、ため息を吐きたくなる。心配してくれるのはいいが、真意を汲んでくれるほうがこちらとしてはありがたいのだが。
「……悪ないし痛ない」
「でも……お前、あれ……もしかして初めてじゃないのか?」
「クニこそ童貞やろ」
「言い返す意味がわからんけど、そうだな、童貞だったよ」
堂々と認めつつもさりげに過去形で言われて、秋星は何となく落ち着かない気持ちになった。
「……なぁ、秋星。何であんなこと、したんだ」
やはりわかっていない。
そうだろうなとは思っていたが、安定過ぎて少々情けない気分になった。
「ほ……」
「お前……俺のこと、好きなの?」
邦一の傷は実際目立たない。あえてじっと見つめてようやく違和感を覚えるくらいではないだろうか。だからこそ今まで邦一も全く気づいていなかったし、高校へ行くようになっても特に水泳などを禁止しようとは秋星も思っていなかった。関東へ戻ってきた当初の邦一は淡々とした風になってはいたが、それでも今の邦一よりはまだ可愛げが残っていた。水泳は禁止と告げたとしても「何でだよ」位は言ってきたかもしれないが、大人しく従っていただろう。当時は学校へ行けるだけでも嬉しそうだった。高校二年生という響きすら嬉しそうだったし、鍛えていた邦一は十分強くなっていたのもあり、秋星としても学校へ行くことにしてよかったとさえ思っていた。自分は正直全く興味がなかったし今もない。
とりあえず邦一と同じ二年生になれないことに秋星はムッとしていた。人間界での実年齢はどうしようもないとわかってはいるが、多分この時点で既に秋星は邦一よりも成長はしていたと思われる。今もそうだが、邦一のほうが一つ上ではありながらも見た目は秋星のほうが上に見える。学校でも「年上みたい」「大学生っぽい」などと言われたこともある。ただ、邦一が「じゃあ俺が留年したことにして一年生になる」と言い出した為、そんなことはしていらないとばかりに秋星はむしろ大人しくなった。
「にしても水泳……禁止してたら良かったわ」
秋星は布団の中に潜りながらぼそりと呟いた。エアコンが効いているので特に暑くはない。
禁止にしていればと思ったのは邦一が傷に気づいたからではない。それに関しては別にいくらでも誤魔化しようがある。そうではなく、あの傷に気づく者がいたということがひたすら気にくわない。どういう目線であれ、少なくとも邦一の背中を凝視していた筈だ。普通だとあの傷に気づく訳がない。邦一の体を凝視する者がいるということが甚だしく気にくわない。
人間は魔物よりも性別を確か気にする筈だ。凝視していた者は後で邦一に聞いたら男だと言っていた。邪な気持ちではなかったのかもしれない。それでも邦一の体に見惚れる位はしてたであろう。どのみち気にくわない。
とはいえそれを邦一に言っても「は?」と微妙な顔をするだけだろう。目に見えている。
「あー、やっぱりクニのアホ」
「な、何だよ……」
イライラと叫ぶと邦一の困ったような声が聞こえた。秋星は布団の中で固まった。急激に自分が邦一にしたことを思い出す。
別に人間でも女でもないので、秋星にとってあの行為自体には恥ずかしさや照れなどない。だが邦一を思うと妙な羞恥心と腹立たしさが連なるようにじわじわと湧いてくる。
布団の中に潜ったままでいると足音がすぐ傍まで近づいてくるのがわかった。そしてそのままその場に座ったようだ。
何しに来たん、と言いそうになって秋星は口をむしろ閉じた。邦一がここに居ないことにも腹を立てていたくせにその台詞は陳腐過ぎると自分に呆れる。
「秋星……? 起きたんだよな? 具合、悪いのか……?」
聞こえてくる声は本当に心配しているようだった。
そういえば、と秋星はふと考える。身長などの体躯ばかり成長し、中身は全然成長していないと思っていたが、可愛げがなくなっただけでなく、ずいぶんと話し方や態度も男らしくなった。ずっと傍にいるとピンとこないが、夢で見ていた昔と比べるとそれなりに違う気がする。
そう思うと秋星の中の小部屋がキュッと縮こまったり水気を含んで膨らんだかのようになる。
「秋星?」
「……煩い」
別に煩くはないのだが、それくらいしか言えなかった。
「そんな言い方するくらいなら大丈夫なんだな?」
「……」
確認だけしてまた部屋から出ていく気かと秋星が思っていると少しの間の後で邦一が続けてきた。
「おい、聞いてる?」
「……」
聞いてるわ。ただ、何か喋りたないだけや。
心の中で言い返していると邦一が布団の上に手を置いてきた。それだけでピクリ、と反応しそうになる。
「黙ったままだとわからないだろ。おまけに布団の中だと余計」
「……」
それでも黙っていると、ため息が聞こえた。
だいたい、ため息多いねん。俺に対してほんま失礼なやつやで……。
ただ、そんなところも昔の邦一からは考えられない部分だなと思った。
「秋星。わからんって言ってるだろ」
そう言いながら、邦一は布団を剥がしてきた。
「な、にすんねん」
「……秋星……顔、赤い」
様子を見る為だったのか、邦一がじっと秋星を見てきた。
「赤ないわ」
「赤いよ。まだ具合、悪いんじゃないのか? それとも……どこか痛む?」
痛むかと聞いてきた時に、少しだけばつの悪そうな顔をしてきた。秋星こそ、ため息を吐きたくなる。心配してくれるのはいいが、真意を汲んでくれるほうがこちらとしてはありがたいのだが。
「……悪ないし痛ない」
「でも……お前、あれ……もしかして初めてじゃないのか?」
「クニこそ童貞やろ」
「言い返す意味がわからんけど、そうだな、童貞だったよ」
堂々と認めつつもさりげに過去形で言われて、秋星は何となく落ち着かない気持ちになった。
「……なぁ、秋星。何であんなこと、したんだ」
やはりわかっていない。
そうだろうなとは思っていたが、安定過ぎて少々情けない気分になった。
「ほ……」
「お前……俺のこと、好きなの?」
1
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる