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2話
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朝、顔を洗う時に知るけっこうな水の冷たさに、瑠衣はそろそろ秋というより冬に近い季節を感じていた。外へ出ると深い水色の空が澄んでいると同時に草木が末枯れているのが目に入る。
どことなく感じる寂しい雰囲気に、大胡なら「そろそろ彼女がそばにいないとまずい時期だ」などと言うのだろうなと瑠衣は少し口元を綻ばせた。瑠衣なら浮かぶのは冬休みの部活スケジュールだろうか。そろそろ副主将である同じクラスの一堂 碧(いちどう へきる)と話して決めておきたいなと思う。
休み時間に瑠衣は碧の元へ向かった。
「冬休みの予定、考えておきたいと思って」
「あ、俺もそれ思ってた。早めに俺自身の予定も決めておきたいしね」
「もしかして部活ってより彼女のためだろそれ」
ニヤリと言えば碧は照れたように笑う。年上の彼女と付き合っていて、瑠衣はたまに彼女の話を聞いていた。前に携帯で顔を見せてもらったが写真では年上っぽく見えないかわいい人だった。その後一度大胡たっての願いで行われた合コンで直接会ったが、実際は写真より大人っぽく見えたものの穏やかそうで、優しい碧に似合っていた。とはいえ相手が年上だからか、一見おっとりしてそうな碧の意外性なのか、二人はやることは存分にやっているようだ。多分冬休みもどこか旅行へ行く予定を立てたいと思っているのだろうなと瑠衣は苦笑する。
顧問にはある程度予定を決めてから話をし、最終的なスケジュール調整をして決定する流れなので、とりあえず二人でああだこうだと話していた。すると廊下でまた七瀬を見かける。しょっちゅう見かけるほどではないが、あの髪色もあって気づけば目に入ってくる。今日はまた違う女子と一緒だった。その子は七瀬の腕をぎゅっと持ち、密着するようにして歩いている。そして相変わらず素っ気なさそうな様子の七瀬に楽しそうに話しかけていた。それに対して七瀬は笑顔を作ることすらしない。
以前、別の男子から「五十島取り合って女子が喧嘩することもあるらしい」と聞かされたこともある。
……あいつ、いつか愛憎劇どろどろ繰り広げられて刺されそう。
大胡ではないが瑠衣もそんな風に思った。
「どうかした? 瑠衣」
「え? ああ、いや。何でも」
「んー?」
慌てて碧に視線を戻したが、碧は座ってた椅子から少し身を乗り出して廊下を見た。
「ああ、五十島くん。えっと、黒王子だっけ」
「お前も知ってんの? その微妙な二つ名」
「二つ名って。あはは。うん、女子からそう呼ばれてるみたいだね。でも結構似合ってるかも、黒王子」
「そうかぁ?」
似合っていると言われても多分七瀬は喜ばないだろう。少なくとも瑠衣ならできればそんな風に呼ばれたくないし光王子もやめていただきたい。
「で、瑠衣が光王子」
「やめよう」
ちょうどやめていただきたいと思った時に言われ、瑠衣は手で顔を覆った。
「あはは。でも仕方ないよ、瑠衣の周りってキラキラした何か出てる気が俺もするし」
「人間からはそんなもの、出ないんだよ」
「確かに俺からは出ないけどお前からは出てる感じする」
「気のせいだしもし見えるなら眼医者行ったほうがいいからな。そんなことより、一日の練習時間だけど──」
決めた内容を昼休みに顧問のところへ持っていき、教室へ戻る時に瑠衣は七瀬の教室の前を通った。ちらりと覗いてみたが、派手な髪色は見えなかった。そろそろ昼休みは終わるものの、長い休み時間に教室でぼんやりいるわけがないかと納得しつつそのまま歩いた。多分また違う女子とどこかで一緒にいるのだろう。
そう思っていると廊下の向こうからその派手色が見えた。ちらりと見かけることはあっても、面と向かってすれ違うことは高校生になってからはなかった。つい勝手に身がこわばりながらもそのまま歩き続けていると、七瀬はあっという間に瑠衣の横を通り過ぎてしまった。すれ違った後に「今の、光王子じゃん。五十島くんほどじゃないけどやっぱカッコいーね。つかかわいいかも。爽やかぁ」などと七瀬にしがみつくようにして歩いていた女子が言っているのが聞こえた。それに対して七瀬はスルーしたのか何も聞こえてこなかったが、瑠衣は七瀬とすれ違って気まずい思いをすればいいのか、恥ずかしいことを耳にして気まずくなればいいのか少々混乱した。
くそ……ほんとに光王子なんて呼ばれてんのか俺……。じゃなくて、五十島、俺のこと知らないやつってくらいの感じだったな……。
中学生の頃に散々わかっていたことだったが、久しぶりに落ち込んだ。中学二年以来、タイミングを完全に逃し、話す機会すら全くなくなった。高校に入ってからの七瀬はいつ見ても誰か女子と一緒にいて余計に話しかけ辛くなった。それに昔とずいぶん変わってしまった七瀬に、どう話しかければいいのかもわからなくなっていた。
そうなるきっかけを作ったのは俺だ。
瑠衣はため息をついた。胸がツキンと痛んだ。
放課後、部活へ向かおうとしたら別のクラスの女子だろうか「あの、生駒くん……ちょっと、いい、かな」と呼び止めてきた。
「部活があるから、少しなら」
「ありがとう」
先に行っててと碧に目線で伝えようとするとその前にニッコリと笑われた。多分わかっていての笑顔だろう。瑠衣も何故呼ばれたのかは何となくわかったが、無視するわけにもいかず、その女子と一緒に人気のない廊下を歩いていった。
どことなく感じる寂しい雰囲気に、大胡なら「そろそろ彼女がそばにいないとまずい時期だ」などと言うのだろうなと瑠衣は少し口元を綻ばせた。瑠衣なら浮かぶのは冬休みの部活スケジュールだろうか。そろそろ副主将である同じクラスの一堂 碧(いちどう へきる)と話して決めておきたいなと思う。
休み時間に瑠衣は碧の元へ向かった。
「冬休みの予定、考えておきたいと思って」
「あ、俺もそれ思ってた。早めに俺自身の予定も決めておきたいしね」
「もしかして部活ってより彼女のためだろそれ」
ニヤリと言えば碧は照れたように笑う。年上の彼女と付き合っていて、瑠衣はたまに彼女の話を聞いていた。前に携帯で顔を見せてもらったが写真では年上っぽく見えないかわいい人だった。その後一度大胡たっての願いで行われた合コンで直接会ったが、実際は写真より大人っぽく見えたものの穏やかそうで、優しい碧に似合っていた。とはいえ相手が年上だからか、一見おっとりしてそうな碧の意外性なのか、二人はやることは存分にやっているようだ。多分冬休みもどこか旅行へ行く予定を立てたいと思っているのだろうなと瑠衣は苦笑する。
顧問にはある程度予定を決めてから話をし、最終的なスケジュール調整をして決定する流れなので、とりあえず二人でああだこうだと話していた。すると廊下でまた七瀬を見かける。しょっちゅう見かけるほどではないが、あの髪色もあって気づけば目に入ってくる。今日はまた違う女子と一緒だった。その子は七瀬の腕をぎゅっと持ち、密着するようにして歩いている。そして相変わらず素っ気なさそうな様子の七瀬に楽しそうに話しかけていた。それに対して七瀬は笑顔を作ることすらしない。
以前、別の男子から「五十島取り合って女子が喧嘩することもあるらしい」と聞かされたこともある。
……あいつ、いつか愛憎劇どろどろ繰り広げられて刺されそう。
大胡ではないが瑠衣もそんな風に思った。
「どうかした? 瑠衣」
「え? ああ、いや。何でも」
「んー?」
慌てて碧に視線を戻したが、碧は座ってた椅子から少し身を乗り出して廊下を見た。
「ああ、五十島くん。えっと、黒王子だっけ」
「お前も知ってんの? その微妙な二つ名」
「二つ名って。あはは。うん、女子からそう呼ばれてるみたいだね。でも結構似合ってるかも、黒王子」
「そうかぁ?」
似合っていると言われても多分七瀬は喜ばないだろう。少なくとも瑠衣ならできればそんな風に呼ばれたくないし光王子もやめていただきたい。
「で、瑠衣が光王子」
「やめよう」
ちょうどやめていただきたいと思った時に言われ、瑠衣は手で顔を覆った。
「あはは。でも仕方ないよ、瑠衣の周りってキラキラした何か出てる気が俺もするし」
「人間からはそんなもの、出ないんだよ」
「確かに俺からは出ないけどお前からは出てる感じする」
「気のせいだしもし見えるなら眼医者行ったほうがいいからな。そんなことより、一日の練習時間だけど──」
決めた内容を昼休みに顧問のところへ持っていき、教室へ戻る時に瑠衣は七瀬の教室の前を通った。ちらりと覗いてみたが、派手な髪色は見えなかった。そろそろ昼休みは終わるものの、長い休み時間に教室でぼんやりいるわけがないかと納得しつつそのまま歩いた。多分また違う女子とどこかで一緒にいるのだろう。
そう思っていると廊下の向こうからその派手色が見えた。ちらりと見かけることはあっても、面と向かってすれ違うことは高校生になってからはなかった。つい勝手に身がこわばりながらもそのまま歩き続けていると、七瀬はあっという間に瑠衣の横を通り過ぎてしまった。すれ違った後に「今の、光王子じゃん。五十島くんほどじゃないけどやっぱカッコいーね。つかかわいいかも。爽やかぁ」などと七瀬にしがみつくようにして歩いていた女子が言っているのが聞こえた。それに対して七瀬はスルーしたのか何も聞こえてこなかったが、瑠衣は七瀬とすれ違って気まずい思いをすればいいのか、恥ずかしいことを耳にして気まずくなればいいのか少々混乱した。
くそ……ほんとに光王子なんて呼ばれてんのか俺……。じゃなくて、五十島、俺のこと知らないやつってくらいの感じだったな……。
中学生の頃に散々わかっていたことだったが、久しぶりに落ち込んだ。中学二年以来、タイミングを完全に逃し、話す機会すら全くなくなった。高校に入ってからの七瀬はいつ見ても誰か女子と一緒にいて余計に話しかけ辛くなった。それに昔とずいぶん変わってしまった七瀬に、どう話しかければいいのかもわからなくなっていた。
そうなるきっかけを作ったのは俺だ。
瑠衣はため息をついた。胸がツキンと痛んだ。
放課後、部活へ向かおうとしたら別のクラスの女子だろうか「あの、生駒くん……ちょっと、いい、かな」と呼び止めてきた。
「部活があるから、少しなら」
「ありがとう」
先に行っててと碧に目線で伝えようとするとその前にニッコリと笑われた。多分わかっていての笑顔だろう。瑠衣も何故呼ばれたのかは何となくわかったが、無視するわけにもいかず、その女子と一緒に人気のない廊下を歩いていった。
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