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1話
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「冗談だろ?」
ふと聞こえてきた言葉に瑠衣はハッとなり振り返った。見ればいかにも親しげな男子生徒二人が何やらふざけながら廊下を歩いていた。瑠衣は吸い込んだままだった息を深く吐く。
「どうかしたのか」
「いや、何でもないよ。それより大胡、今日の二年対一年の練習試合さ、俺ら主に平行陣でいかないか」
「おう。いいよ」
生駒 瑠衣(いこま るい)は中学の頃から高校生の今に至るまでずっと部活はテニスを続けている。先日三年が引退したのを機に主将にもなった。副主将と協力し合い、春にある全国選抜高校テニス大会に向けて気合いを入れている。目指すはインターハイ優勝、とますます部活に打ち込んでいた。
放課後、ある程度体を温めてから始めた二年対一年の練習試合で難なく対戦相手の一年生ダブルスからあっという間に4ポイント先取した瑠衣は、ベンチの上で軽くストレッチしながらスポーツドリンクを飲んでいた。するとフェンスの向こう側を通る派手な髪色が目に入ってくる。
「あいつ、たまにここ通ってっけどいつも違う女子連れてんよなー」
「あ、ああ」
金色のような髪色はとても目立つ。普通なら浮いてみえたり下品に見えそうな派手色だというのに、五十島 七瀬(いかじま ななせ)がするとまるで生まれつきそんな色だったかのように違和感なく似合っていた。彫りが深いわけではないのだが涼しげな切れ長の目に目力があるからだろうか。それとも怖そうに見えつつも色白で全体的に色素が薄そうな雰囲気だからだろうか。それとも結局のところ美形だからだろうか。もしくは単に眉も髪と同じような色だからかもしれない。
とはいえ七瀬が生まれつきその色でないことは瑠衣だけでなく今隣にいる阿茶野 大胡(あさの だいご)も知っている。二人とも七瀬と中学が同じで、そして七瀬は中学二年まで黒髪だった。大胡は「よくある中二病ってやつか?」などと当時言っていたが、多分そうではないことを瑠衣は知っている。自分のせいなのだろうとさえ思っている。
「とっかえひっかえして遊んでるらしいな」
「……」
「えるしってるか。黒王子はかたっぱしからたべる」
「俺は瑠衣だ」
「ガチで返すなよ、そこは乗るか流そう。いやでもマジで入れ食いらしいぞ。すげーなあいつ。にしてはいつ見てもつまらなさそうな顔してっけどな。何なら俺と変わって欲しい、是非」
「……。っていうか黒王子って何」
呆れながら話を終わらせようとした瑠衣はふと怪訝に思って大胡を見た。
「え、知らないのか? 五十島って黒王子って呼ばれてるらしいぞ」
「誰から」
「女子とかだろ。クールで冷たい雰囲気からって聞いたわ、隣の大里から」
「誰だよ大里」
「俺の隣の席の女子。ちょっとうるせーけど胸がでかい」
「……」
「あ、違うぞ? 俺の本当の好みは美乳であって、でかさに魅かれてるわけじゃ……」
「とてつもなくどうでもいいけどな。……にしても黒王子って。嫌がらせ? 冷たい雰囲気って、怖がられてるとかそういう?」
「だとしたら女子たちそこまで寄りつかないだろ。そうじゃなくてクールで冷たそうだけどそこがいい、カッコいい素敵、ってやつじゃないのか。王子って付くわけだし」
「あー……」
恥ずかしい二つ名付けられてるぞ五十島……。
同じ高校とはいえ一年の頃からずっと一言も話していない七瀬に対して瑠衣は心の中で同情した。
「ちなみにお前は光王子な」
「へえ。……、……はい?」
「優しそうな表情と実際優しい性格が素敵、らしい」
「勘弁して欲しい……」
俺にもついてた、と瑠衣はそっと顔を覆った。
黒王子はどうかと思いつつ、確かに七瀬は冷たい雰囲気を漂わせている。笑うことなどないのではないかというくらい、いつ見ても大胡が言うようにつまらなさそうな、どうでもよさそうな表情をしていた。男子と楽しげに親しくしているところは見かけない。とはいえ見かけるたびにいつも誰か女子が周りにいるせいか一匹狼といった感じでもなく、やはり派手に遊んでいる風に見えた。
「にしても一緒の中学から来てる二人がおモテになるってのに俺だけ何か切ないわ」
「この間彼女できそうって言ってなかった?」
「あれ、お前狙いだった」
「……それはごめん」
「まあお前が人気あるのはわかるとして、何で五十島もモテんだろな。いやそりゃ背は高いし何より顔がいいんだろけど、見るからに派手だし素っ気ないし愛想ないし、今の五十島からは遊ぶだけ遊んで捨てられそうな図しかうかばないぞ」
そろそろ俺らも次の試合だな、と立ち上がりながら大胡がため息をついている。
「……」
「昔はそういうやつじゃなかったのにな。明るくて人懐こかった記憶」
「……坂田たちもうそろそろ終わりそうだぞ。少し間が空いたし、ちょっと体動かすぞ」
「お? おう」
大胡の記憶に間違いはない。実際、七瀬は明るかった。瑠衣は大胡と小学生の頃から親しくしているが、七瀬とは保育園の頃からの幼馴染だった。七瀬は人懐こくて誰からも好かれるようなタイプだった。
いつから変わったかって、やっぱり中学二年の頃から、だな。
ラケットを持ちながら瑠衣はそっと目を瞑った。
ふと聞こえてきた言葉に瑠衣はハッとなり振り返った。見ればいかにも親しげな男子生徒二人が何やらふざけながら廊下を歩いていた。瑠衣は吸い込んだままだった息を深く吐く。
「どうかしたのか」
「いや、何でもないよ。それより大胡、今日の二年対一年の練習試合さ、俺ら主に平行陣でいかないか」
「おう。いいよ」
生駒 瑠衣(いこま るい)は中学の頃から高校生の今に至るまでずっと部活はテニスを続けている。先日三年が引退したのを機に主将にもなった。副主将と協力し合い、春にある全国選抜高校テニス大会に向けて気合いを入れている。目指すはインターハイ優勝、とますます部活に打ち込んでいた。
放課後、ある程度体を温めてから始めた二年対一年の練習試合で難なく対戦相手の一年生ダブルスからあっという間に4ポイント先取した瑠衣は、ベンチの上で軽くストレッチしながらスポーツドリンクを飲んでいた。するとフェンスの向こう側を通る派手な髪色が目に入ってくる。
「あいつ、たまにここ通ってっけどいつも違う女子連れてんよなー」
「あ、ああ」
金色のような髪色はとても目立つ。普通なら浮いてみえたり下品に見えそうな派手色だというのに、五十島 七瀬(いかじま ななせ)がするとまるで生まれつきそんな色だったかのように違和感なく似合っていた。彫りが深いわけではないのだが涼しげな切れ長の目に目力があるからだろうか。それとも怖そうに見えつつも色白で全体的に色素が薄そうな雰囲気だからだろうか。それとも結局のところ美形だからだろうか。もしくは単に眉も髪と同じような色だからかもしれない。
とはいえ七瀬が生まれつきその色でないことは瑠衣だけでなく今隣にいる阿茶野 大胡(あさの だいご)も知っている。二人とも七瀬と中学が同じで、そして七瀬は中学二年まで黒髪だった。大胡は「よくある中二病ってやつか?」などと当時言っていたが、多分そうではないことを瑠衣は知っている。自分のせいなのだろうとさえ思っている。
「とっかえひっかえして遊んでるらしいな」
「……」
「えるしってるか。黒王子はかたっぱしからたべる」
「俺は瑠衣だ」
「ガチで返すなよ、そこは乗るか流そう。いやでもマジで入れ食いらしいぞ。すげーなあいつ。にしてはいつ見てもつまらなさそうな顔してっけどな。何なら俺と変わって欲しい、是非」
「……。っていうか黒王子って何」
呆れながら話を終わらせようとした瑠衣はふと怪訝に思って大胡を見た。
「え、知らないのか? 五十島って黒王子って呼ばれてるらしいぞ」
「誰から」
「女子とかだろ。クールで冷たい雰囲気からって聞いたわ、隣の大里から」
「誰だよ大里」
「俺の隣の席の女子。ちょっとうるせーけど胸がでかい」
「……」
「あ、違うぞ? 俺の本当の好みは美乳であって、でかさに魅かれてるわけじゃ……」
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「だとしたら女子たちそこまで寄りつかないだろ。そうじゃなくてクールで冷たそうだけどそこがいい、カッコいい素敵、ってやつじゃないのか。王子って付くわけだし」
「あー……」
恥ずかしい二つ名付けられてるぞ五十島……。
同じ高校とはいえ一年の頃からずっと一言も話していない七瀬に対して瑠衣は心の中で同情した。
「ちなみにお前は光王子な」
「へえ。……、……はい?」
「優しそうな表情と実際優しい性格が素敵、らしい」
「勘弁して欲しい……」
俺にもついてた、と瑠衣はそっと顔を覆った。
黒王子はどうかと思いつつ、確かに七瀬は冷たい雰囲気を漂わせている。笑うことなどないのではないかというくらい、いつ見ても大胡が言うようにつまらなさそうな、どうでもよさそうな表情をしていた。男子と楽しげに親しくしているところは見かけない。とはいえ見かけるたびにいつも誰か女子が周りにいるせいか一匹狼といった感じでもなく、やはり派手に遊んでいる風に見えた。
「にしても一緒の中学から来てる二人がおモテになるってのに俺だけ何か切ないわ」
「この間彼女できそうって言ってなかった?」
「あれ、お前狙いだった」
「……それはごめん」
「まあお前が人気あるのはわかるとして、何で五十島もモテんだろな。いやそりゃ背は高いし何より顔がいいんだろけど、見るからに派手だし素っ気ないし愛想ないし、今の五十島からは遊ぶだけ遊んで捨てられそうな図しかうかばないぞ」
そろそろ俺らも次の試合だな、と立ち上がりながら大胡がため息をついている。
「……」
「昔はそういうやつじゃなかったのにな。明るくて人懐こかった記憶」
「……坂田たちもうそろそろ終わりそうだぞ。少し間が空いたし、ちょっと体動かすぞ」
「お? おう」
大胡の記憶に間違いはない。実際、七瀬は明るかった。瑠衣は大胡と小学生の頃から親しくしているが、七瀬とは保育園の頃からの幼馴染だった。七瀬は人懐こくて誰からも好かれるようなタイプだった。
いつから変わったかって、やっぱり中学二年の頃から、だな。
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