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145話
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そもそも今のデニスと接することで、もう大丈夫だと確信したはずだっただろうとエルヴィンはとりあえず自分に言い聞かせた。
ただ、まさかラヴィニアとも接することになるとは思っていなかったし、遡る前を忘れられなくて恐れていたはずが思った以上に拍子抜けする流れだったせいで、どうにも落ち着かない。
でも……確かに本当にこれで大丈夫なのだろうな……。
デニスは明らかに変わった。あの恐るべしラヴィニアとて変わったのかもしれない。それにもし根本が変わっていなくとも、とりあえず今のエルヴィンやラウラたちにとって脅威となる状況ではないと、さすがにエルヴィンも思えた。
「エルヴィン? ほら、息吸って?」
ふとリックの声で自分がどうやら考えながら息をつめていたらしいとエルヴィンはようやく気づいた。思いきり息を吸う。そしてその吸った息を吐きだすと自分の体がようやくリラックスしてくるのが感じられた。
「さて、じゃあそろそろ」
「はい、仕事ですね」
にこやかに立ち上がろうとして、エルヴィンはリックに笑われた。
「違うよ。ほんとお堅いんだからエルヴィンは」
「少なくとも休憩を取っていただけただけでまだお互い職務中でしたので」
「残念、エルヴィン。俺と話している間に拘束時間は過ぎてるよ」
「えっ?」
リックの言葉にエルヴィンは唖然とした。確認すると確かに過ぎている。
「大丈夫だって、エルヴィン。そんな青ざめなくてもちゃんと君の直属上司には、俺についてもらってそのまま退勤だと話をしているから」
「……それは、どうも」
「あまり、どうもって顔じゃないねえ。何? 君は俺より仕事が好きなの?」
「おかしな質問やめてください」
ため息をつくとリックが笑いながら「とりあえずお茶にしようよ」とベルを鳴らした。
「お茶は今も飲んでいましたが」
「口を湿らせるためのお茶とゆったりとする休息のお茶を一緒にしないで欲しいな。エルヴィンは時折ニルスみたいだよねえ」
苦笑しつつ今度はリックがため息をついてくる。
「そのニルスが見当たりませんが、また買い物へ走らせてるんですか」
エルヴィンとの話のため、その必要は全くないながらもあえてニルスを下がらせていたのだろうかと何となく思っていたが、ベルによってティーセットを運んできたのはニルスではなくリックの執事だった。
「人聞きが悪いなあ、走らせてるなんて。あと買い物じゃないよ、仕事だよちゃんと」
ということはたまに行かせている買い物は仕事らしくないという認識は少なくともあるということだろう。
何の仕事ですとうっかり聞きそうになったが、王子と補佐の仕事に口を挟む権限などないエルヴィンが聞いていいことではないだろう。
「安心して、ちゃんともうすぐ戻ってくるから」
「何の安心ですか」
「はは。……ん、このフルーツはどうしたの?」
お茶を淹れ終えた執事が置いてきた焼き菓子や果物が乗ったトレーを見て、リックが執事を見上げた。
「こちらのことでしたら、ノルデルハウゼン卿がお土産にとお持ちになられたものです。せっかくですのでお出しいたしました」
「エルヴィンが?」
リックがエルヴィンを見てきたので頷いた。ニルスと町を散策していた時にいくつかの果物を買ったが、皮が堅そうだったので持って帰ることにしたザイフォンクプアスという果物だ。結局ニルスと食べるタイミングがないまま帰国した翌日だったのもあり、ちょうどいいと持って来ていた。
「ゼノガルトの市場で見つけた果物なんですけど、見たことなくてどんなのか気になってたんですよ。ニルスもここにいるかなと思ったんですけど。とりあえず食べてみませんか」
エルヴィンが執事に渡した時に「ザイフォンクプアスっていう果物なんだけど」と言えば「聞いたことないですし見たこともないですが……ザイフォン特有の果物なんでしょうか」と執事も首を傾げていた。だが今テーブルにセットし終えてから「コックに言えばザイフォンクプアスは知らないようですが、ただのクプアスなら知っているらしく、一応そのコックが知っている果物として扱ったようです」と説明してくれた。
普通のクプアスは栄養価が高く神秘的で刺激的な香りのする果物らしい。柑橘類とはまた違う酸味とほんのりとした甘みのある、ねっとりとした質感が特徴なのだという。
「ただ、このザイフォンクプアスは少々発酵しているように思えるとのことで、もしかしたらアルコールみを感じられるかもしれないそうです。現にほんの少しだけ味見をしてみたコックは少々酔ったような気分になると申し上げておりました。そのあと少々気分が優れないと言っていたようですが、リック様もノルデルハウゼン卿もお酒にお強いのは私もよく存じ上げておりますし、むしろお好きかもですね」
「……はは」
第二王子の執事に、どうも変なことを存じ上げられてしまっているようだとエルヴィンは苦笑した。
トレーの上のザイフォンクプアスは白っぽい果肉が綺麗にカットされ、その上にきらきらとした蜂蜜がかけられていた。何とも美味しそうに見える。
ただ、まさかラヴィニアとも接することになるとは思っていなかったし、遡る前を忘れられなくて恐れていたはずが思った以上に拍子抜けする流れだったせいで、どうにも落ち着かない。
でも……確かに本当にこれで大丈夫なのだろうな……。
デニスは明らかに変わった。あの恐るべしラヴィニアとて変わったのかもしれない。それにもし根本が変わっていなくとも、とりあえず今のエルヴィンやラウラたちにとって脅威となる状況ではないと、さすがにエルヴィンも思えた。
「エルヴィン? ほら、息吸って?」
ふとリックの声で自分がどうやら考えながら息をつめていたらしいとエルヴィンはようやく気づいた。思いきり息を吸う。そしてその吸った息を吐きだすと自分の体がようやくリラックスしてくるのが感じられた。
「さて、じゃあそろそろ」
「はい、仕事ですね」
にこやかに立ち上がろうとして、エルヴィンはリックに笑われた。
「違うよ。ほんとお堅いんだからエルヴィンは」
「少なくとも休憩を取っていただけただけでまだお互い職務中でしたので」
「残念、エルヴィン。俺と話している間に拘束時間は過ぎてるよ」
「えっ?」
リックの言葉にエルヴィンは唖然とした。確認すると確かに過ぎている。
「大丈夫だって、エルヴィン。そんな青ざめなくてもちゃんと君の直属上司には、俺についてもらってそのまま退勤だと話をしているから」
「……それは、どうも」
「あまり、どうもって顔じゃないねえ。何? 君は俺より仕事が好きなの?」
「おかしな質問やめてください」
ため息をつくとリックが笑いながら「とりあえずお茶にしようよ」とベルを鳴らした。
「お茶は今も飲んでいましたが」
「口を湿らせるためのお茶とゆったりとする休息のお茶を一緒にしないで欲しいな。エルヴィンは時折ニルスみたいだよねえ」
苦笑しつつ今度はリックがため息をついてくる。
「そのニルスが見当たりませんが、また買い物へ走らせてるんですか」
エルヴィンとの話のため、その必要は全くないながらもあえてニルスを下がらせていたのだろうかと何となく思っていたが、ベルによってティーセットを運んできたのはニルスではなくリックの執事だった。
「人聞きが悪いなあ、走らせてるなんて。あと買い物じゃないよ、仕事だよちゃんと」
ということはたまに行かせている買い物は仕事らしくないという認識は少なくともあるということだろう。
何の仕事ですとうっかり聞きそうになったが、王子と補佐の仕事に口を挟む権限などないエルヴィンが聞いていいことではないだろう。
「安心して、ちゃんともうすぐ戻ってくるから」
「何の安心ですか」
「はは。……ん、このフルーツはどうしたの?」
お茶を淹れ終えた執事が置いてきた焼き菓子や果物が乗ったトレーを見て、リックが執事を見上げた。
「こちらのことでしたら、ノルデルハウゼン卿がお土産にとお持ちになられたものです。せっかくですのでお出しいたしました」
「エルヴィンが?」
リックがエルヴィンを見てきたので頷いた。ニルスと町を散策していた時にいくつかの果物を買ったが、皮が堅そうだったので持って帰ることにしたザイフォンクプアスという果物だ。結局ニルスと食べるタイミングがないまま帰国した翌日だったのもあり、ちょうどいいと持って来ていた。
「ゼノガルトの市場で見つけた果物なんですけど、見たことなくてどんなのか気になってたんですよ。ニルスもここにいるかなと思ったんですけど。とりあえず食べてみませんか」
エルヴィンが執事に渡した時に「ザイフォンクプアスっていう果物なんだけど」と言えば「聞いたことないですし見たこともないですが……ザイフォン特有の果物なんでしょうか」と執事も首を傾げていた。だが今テーブルにセットし終えてから「コックに言えばザイフォンクプアスは知らないようですが、ただのクプアスなら知っているらしく、一応そのコックが知っている果物として扱ったようです」と説明してくれた。
普通のクプアスは栄養価が高く神秘的で刺激的な香りのする果物らしい。柑橘類とはまた違う酸味とほんのりとした甘みのある、ねっとりとした質感が特徴なのだという。
「ただ、このザイフォンクプアスは少々発酵しているように思えるとのことで、もしかしたらアルコールみを感じられるかもしれないそうです。現にほんの少しだけ味見をしてみたコックは少々酔ったような気分になると申し上げておりました。そのあと少々気分が優れないと言っていたようですが、リック様もノルデルハウゼン卿もお酒にお強いのは私もよく存じ上げておりますし、むしろお好きかもですね」
「……はは」
第二王子の執事に、どうも変なことを存じ上げられてしまっているようだとエルヴィンは苦笑した。
トレーの上のザイフォンクプアスは白っぽい果肉が綺麗にカットされ、その上にきらきらとした蜂蜜がかけられていた。何とも美味しそうに見える。
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