彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
134 / 193

134話

しおりを挟む
 店を出ると男は黙ったまま一人歩き出した。ラヴィニアも仕方なくあとに続く。身長差もあるし重い生地のドレスだけにさくさく歩く男に歩幅を合わせるのは少々きつい。仕事の話だと言うし、ラヴィニアに対して親切にする必要も甘やかす必要もないのはわかるが、もう少し丁寧にというか気遣ってもばちは当たらないのではと内心思う。

 というか別に私だってそんな気遣いいらないじゃない。こっちは話を聞いてやる側なんだからね。

「ちょっと。私と一緒に歩いてるとこ見られたくないってんならそもそも話振ってこないで」
「……。……悪かった。もう少しゆっくり歩こう」

 男は振り向いてじろりとラヴィニアを見た後、存外申し訳なさそうに謝ってきた。そして実際ゆっくりと歩き出す。ただラヴィニアの手を取ろうとはしてこない。

「君にしてもらいたい仕事が仕事だけにね、申し訳ないがエスコートはできない。あまり目立ちたくないしね」
「身分の違いで目立つってこと?」
「それもないとは言わないが、君は目立つ女性だ。自分でもわかってるんだろう?」

 ええ、もちろん。

 とはいえそれが理由ではないだろう。だが言う気はないということかとラヴィニアは男の背中をじろりと見た。
 そのままどこへ向かうのだろうと思っていたが、ここだと示されたのは味も素っ気もない宿だった。

「ちょっと。私は誰とでも寝るような女じゃないんだけど」
「私もそうだよ、レディ。誰にも聞かれず話すのに酒場やこんな通りでは難しいのでね」

 淡々と返してくる男の顔は嘘を言っているようには見えなかった。少なくとも大抵の男がラヴィニアに見せてくる欲望の漏れは感じられない。
 とった部屋に入ると、少し後に横の部屋にも誰かが入るのが音でわかった。

「ずいぶん壁が薄そうだけど、内緒話は大丈夫なの?」
「壁に耳を押しつけでもしない限り私たちが何の話をしているかまでわからないだろうし、まず人目につかないので問題ない」
「ふーん? じゃあ早速聞かせてもらおうじゃない」

 こういう相手に愛想を振りまく気はない。

「飲み物は何かいるかい?」
「結構よ」
「いいだろう。まず君にまとまった金を渡そう。それは報酬ではない。その金で君は自分を着飾るといい。もちろん着飾るための衣装やアクセサリーはそのまま君にあげるよ。君なら何が自分に似合うかよくわかっているだろうし、自分で選ぶほうがいいだろう? そしてその後私の姪ということで一緒にマヴァリージへ来てもらう」
「何のために?」
「第一王子と接して親しくなってもらうためかな」
「どういうことなの? 第一私はマヴァリージの大抵の貴族に顔、知られてると思うんだけど。いくら落ちぶれて逃げるように国を出ていても、そこまで皆さんの記憶は悪くないでしょうよ。あなたの姪なんて無理がありすぎるんじゃない?」
「別に君を本当に私の姪として紹介してまわる気はないよ。あといくら一部で有名だった君だろうが、おそらく第一王子は君の顔なんて知らないだろう。君はただ、私を介して上手く王子と接してもらえばいい。仲よくなってくれればいい。幸い私は王子たちと接する機会もあるのでね。君はもちろん王子と面識などないだろうが、君なら親しくなるなんてわけないだろう?」

 仲よく、親しく。その言葉には「誘惑し取り入り、関係をもつ」という意味が含まれているような気がして仕方がない。だが普通に考えて、一介の平民女を第一王子に偽りの身分で紹介し親しくさせるだけというのはあり得なさすぎる。あと、実際関係を運よく持てたとしてもラヴィニアはこの男の姪として公にはできない。ということは自分の身内として王子の何番目かの妃にといったことを企むこともできないだろう。あまりにお粗末すぎる。

 何かしら。どうにも私は見下されてる気がしてならないし、腹立たしいわね。

「第一王子はもう結婚したはずだけど」
「そうだが、まさか君はそんなことを気にする女性だったかな」

 気にしない。本来なら気にしないし、チャンスがあるならばもちろんつかんで離さない。ずっと接触したかった王子と接触できるのならば喜んでその機会を逃さないし、結婚してようがどうだろうが誘惑する自信もある。
 少なくともこの男はラヴィニアの外見だけでなく、そういった性格を把握している。からこそ、他の本当に姪だと誤魔化せそうな女ではなくラヴィニアにわざわざ声をかけてきたのだろう。

「……それに、何故そんなことをしようとしてるのか聞いていいかしら」
「それは君には関係ないことだ。君はただ、綺麗なドレスやアクセサリーを手にできるだけじゃなく、誘惑できるできない関わらず報酬ももらえ、あわよくば第一王子のいい人になれる。私とて、王子に姪と紹介した分利益があるわけだが、君に負担はないだろう? こんないい話、袖にする方がおかしいと思わないか?」

 確かにそうなのかもしれない。

 このチャンスはもろ手を挙げて喜ぶところ、なんでしょうけど……。

 だが気に食わない。男のあからさまにこちらを見下しているような態度も気に食わないが、何より間違いなく裏しかないであろう内容を、男はまともに説明する気がないままラヴィニアを使おうとしているところが何より気に食わない。
 馬鹿にしているのだろう。落ちぶれたラヴィニアを見て、ないものねだりの胸ばかり大きな馬鹿女とでも思っているのだろう。

 私がうさんくささに気づかないとでも思ってるの? それともうさんくさかろうが美味しい話には飛びつくものだとでも思ってるの?

 少し考えればおかしなところしかない怪しげな提案に、いい話とばかりに飛びつく愚かな女と絶対に間違いなく見下されているようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】

ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。 ※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※ エロのみで構成されているためストーリー性はありません。 ゆっくり更新となります。 【注意点】 こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。 本編と矛盾が生じる場合があります。 ※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※ ※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※ 番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。 ※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※ ※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※ ★ナストが作者のおもちゃにされています★ ★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★ ※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※ ※頭おかしいキャラが複数います※ ※主人公貞操観念皆無※ 【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します) ・リング ・医者 ・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め) ・ヴァルア 【以下登場性癖】(随時更新します) ・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー ・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト ・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス ・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P) ・【ナストとヴァルア】公開オナニー

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

クマ族最強の騎士は皇太子に抱かれるお仕事をしています。

セイヂ・カグラ
BL
旧題:王子の剣術担当→閨担当?! 最強の騎士と呼ばれたクマ族ボロルフ。戦争が終わり平和が訪れた国で彼は、王家兎族のレオンハルト皇太子の剣術担当とし王宮で働いていた。穏やかで優しいレオンハルトは、いつも皆に優しく微笑みかける。けれど、ボロルフには一度も笑いかけてくれたことがない。きっと嫌われてしまっているのだと悩む、そんな最中、何故かレオンハルトの閨相手としてボロルフが選ばれてしまう。それもレオンハルト直々の命だと聞いてボロルフは混乱する。 【両片想い】 兎族の王子×クマ族の騎士 【攻め】レオンハルト・バニー:兎族の皇太子、白い髪、立ち耳、176㌢、穏やか、細身、魔法が使える。ヤンデレ、執着気質。 【受け】ボロルフ・ベアルド:クマ族、最強の騎士、焦げ茶髪、丸く短い耳、198㌢、仏頂面、男らしい、ガタイ良し。他人にも自分にも鈍感。

できそこないの幸せ

さくら/黒桜
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され *** 現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。 父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。 ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。 音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。 ★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★ 高校3年生の物語を収録しています。 ▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻 (kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。 冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。 ※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です 視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです ※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

黒い春 本編完結 (BL)

Oj
BL
幼馴染BLです。 ハッピーエンドですがそこまでがとても暗いです。受けが不憫です。 DVやネグレクトなど出てきますので、苦手な方はご注意下さい。 幼い頃からずっと一緒の二人が社会人になるまでをそれぞれの視点で追っていきます。 ※暴力表現がありますが攻めから受けへの暴力はないです。攻めから他者への暴力や、ややグロテスクなシーンがあります。 執着攻め✕臆病受け 藤野佳奈多…フジノカナタ。 受け。 怖がりで臆病な性格。大人しくて自己主張が少ない。 学校でいじめられないよう、幼い頃から仲の良い大翔を頼り、そのせいで大翔からの好意を強く拒否できないでいる。 母が父からDV受けている。 松本(佐藤)大翔…マツモト(サトウ)ヒロト。 攻め。 母子家庭だったが幼い頃に母を亡くす。身寄りがなくなり銀行頭取の父に引き取られる。しかし母は愛人であったため、住居と金銭を与えられて愛情を受けずに育つ。 母を失った恐怖から、大切な人を失いたくないと佳奈多に執着している。 追記 誕生日と身長はこんなイメージです。 高校生時点で 佳奈多 誕生日4/12  身長158センチ  大翔  誕生日9/22 身長185センチ  佳奈多は小学生の頃から平均−10センチ、大翔は平均+5〜10センチくらいの身長で推移しています。 社会人になったら+2〜3センチです。 幼稚園児時代は佳奈多のほうが少し身長が高いです。

裏の権力者達は表の権力者達の性奴隷にされ調教されてます

匿名希望ショタ
BL
ある日裏世界の主要人物が集まる会議をしていた時、王宮の衛兵が入ってきて捕らえられた。話を聞くと国王がうちの者に一目惚れしたからだった。そこで全員が表世界の主要人物に各々気に入られ脅されて無理矢理、性奴隷の契約をすることになる。 他の作品と並行してやるため文字数少なめ&投稿頻度不定期です。あらすじ書くの苦手です

処理中です...