彼は最後に微笑んだ

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133話

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 ただ、ニルスは相変わらず不愛想だし無口だった。

 無駄口叩きすぎる男よりよっぽどいいけどね。

 ニルスの性格は令嬢だった時に多少は把握している。なので素っ気ない様子だろうがラヴィニアは気にしなかった。

「ねえ、侯爵様。よかったらこの後……」

 時間作らない? せっかく他国にいらしたんですもの、私がこの町のお勧めを案内してあげる。

 そんな風に続けるつもりだったが、それを遮るかのように連れの一人が「申し訳ないが……」と席から立ち上がろうとしてきた。
 何か商談の途中だったのだろうか。そんな雰囲気ではなかったようだけれどもとラヴィニアがそちらへ目を向けるとまたさらに他の連れが「おい、何だお前その顔色は」と言いながら席を立ち、ラヴィニアを遮ろうとしてきた男の前で何か言っている。

 顔色?

 見れば確かにその男の顔色はよくなさそうだった。ついでにその男もニルスとは違ったタイプながらに美しい顔立ちをしていると、改めてちゃんと目の当たりにしてラヴィニアは思った。

 何この男たち。他のやつらもほんと綺麗な顔立ちだし上品そうだし。まあカイセルヘルム侯爵の連れなら少なくとも公爵か侯爵、格が落ちても伯爵程度の身分ではありそう。もしくはその息子ってとこかしら?

 いくら身分が高いとはいえ、見た目まで整っている保証は当然ない。だというのにここにいる男たちは皆見た目も上質だ。

 類は友を呼ぶっていうやつ? イケメンばかりでここへただ遊びに来たの?

 もしくは仕事絡みでここへ来たのだろうか。とはいえニルスは第二王子の補佐だ。そんな仕事をしているニルスが、王子から離れてまでする他の仕事などあるのだろうか。

 待って。じゃあもしかしたらここにいる誰かは第二王子のリック殿下って可能性、ない……?

 ハッとなったものの、残念ながらマヴァリージの王子たちの顔をラヴィニアはちゃんと知らない。

 でも……確か王子たちは金髪碧眼じゃなかったっけ?

 金髪は一瞥しただけでわかるが、よく見ればここにいるうちの二人が金髪碧眼だった。金髪と碧眼の組み合わせは全くないとは言わないが少数派ではある。

 え……ちょっと……。

 まさか、とラヴィニアは唖然とした。証拠はないし明確なことはわからない。おまけにこの男たちは誰一人名前などで呼び合わないので判断すらできない。結局何も言えないまま、男たちが出ていくのを眺めているだけしかできなかった。

 もし王子だったら? 私はとても大きな魚を逃がしてしまったということ?

 しかも可能性のある男は二人いた。ラヴィニアが考えつく可能性としては三通りある。ニルスが補佐をしている第二王子とその影武者という可能性、第二王子のリックだけでなく第一王子のデニスもいたという可能性、そしてどちらも思い過ごしだという可能性。
 ただ、マヴァリージの王子は二人だけだ。その二人がそろって出かけることなど普通に考えてあり得ない。万が一のことがあって二人とも死んでしまったらどうするのか。あと一人王女であるアリアネがいるが、当時他の貴族から聞いた話だと国を継ぐ意志は全くないという。
 さすがに王もそんな娘だけ残して息子二人を送り出すなんてするわけない、か。
 雰囲気は似ていたし、だとしたらリックのために用意された影武者だろうか。とはいえいくら周りに顔をあまり知られていなくとも本人と影武者を一緒にさせて行動するのも変な話だ。影武者の意味を成していない。

 だったらやっぱり私の考えすぎかしら? どのみち確か第二王子は頭がよすぎたから私でも手に余りそうだけど……。

 翌日、昼下がりの一旦店を閉めた状態でラヴィニアは帰ることもなく椅子に座りながらまだそのことを考えていた。店主は引っ込んでいるが、バーテンダーの男がグラスを磨いていて時折どうでもいい世間話をしてくる。それに対して適当に相手しつつ考えていた折、誰かが店に入ってくるのに気づいた。

「お客さん、今はクローズだよ。あと二時間してから来ておくれ」

 バーテンダーが声をかけるも、入ってきた男は気に留めることもなくラヴィニアに近づいてきた。ラヴィニアはため息をついた。だが見上げるとかなり身なりのいい様子をしている。邪険にするより優しく出たほうがいいだろう。

「お客さん? 聞こえたでしょ。あと二時間後に来てくれたらサービスしたげるから」

 にっこり微笑むも、男はにこりともしない。だが「仕事の話がある」とラヴィニアに向かってぼそりと呟いてきた。どうやらいい客になりそうな金づるというわけではなさそうだ。

「……仕事? あいにくだけど私、ここで働いてるの。すでに」
「君の見た目ならいい金になるが?」
「……私の見た目がいいのは私も知ってる。いい体してるってこともね。でもね、こう見えて私、娼婦になる気はさらさらないのよ。いくら私が平民だからって侮辱する気なら……」
「そんなくだらないことで私が出向くはずもなかろう。私は貴族だぞ」

 知ってるわよ、そんな恰好の平民なんていやしないのよ馬鹿野郎。

「だったら何よ」
「……ミス・ヒュープナー。いや、レディ・ラヴィニア……君をそんな扱いするはずなどないだろう。だが本当にいい金になる。運が向けば王子のいい人になれるかもしれんのだが?」

 小声で話す男の顔に、これ以上はここで話せないと出ている。

「ラヴィニア? 大丈夫か? 助けがいるなら……」

 変に絡まれているように見えたのだろう。カウンターからバーテンダーの男が声をかけてきた。

「大丈夫よ、ヨハン。この人、私の知り合い。ちょっと出てくるわ。どうせ休憩中だし」
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ」
「わかった。なら行っておいで」
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