彼は最後に微笑んだ

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94話

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 もしまた熱でも出すようなら連れて帰って看病しなければとニルスが思っていると、エルヴィンが呆れたように言ってきた。

「ニルス……その、確かにニルスの前で俺は何度か具合悪くなったけど、思い出して。子どもの頃の俺、ニルスやリックよりも元気溌剌だっただろ?」

 そういえばそうだったなと少し懐かしく思う。ニルスやリックが病気になってもエルヴィンはいつも元気そうだった。そしてそんなエルヴィンを見るのも好きだったのだと思う。

「思い返したし確かにそうだが、大人になるにつれて体質が変わったのかもしれない」

 ニルスが言えばエルヴィンは一瞬怪訝な顔をしたものの「変わってないぞ。今だって普段俺は風邪もひかないしいたって健康だから。あの時はたまたまなんだ」と苦笑してきた。
 本当にそうなのかもしれない。だが実際エルヴィンが倒れたり高熱を出したりしているところを立て続けに目の当たりにしたのもあり、心から安心などできない。

「……それでも心配なんだ」

 一応頷いた後に呟くように言う。つい俯き加減になってしまったため、まるで心配のせいで気持ちが落ち込み気味になったのではなく、たまたまエルヴィンを見るために俯いたのだと言うかの如くニルスはエルヴィンを見つめた。

「そ、それはありがとう」

 それでもエルヴィンは少々引いたように答えてきた気がする。両思いで付き合っていても軽率に見つめてはいけないのかもしれない。もしくはニルスの情けなさがさらりとバレたかだ。
 ただ、エルヴィンはその後胸元の辺りを押さえだした。

「エルヴィン?」
「……ちょっと心臓の動悸が……」

 何てことだ。俺は心配ばかり無駄にするくせにいつもエルヴィンのこと、ちゃんと見えていない。具合が悪いあまり倒れたりしてしまうエルヴィンをいつもちっとも守れてない。無駄に心配しているだけだ。

「……っいますぐ医師を」
「あーっ、待って違う、そうだけど違うんだ! 何でもない。大丈夫、俺は何でもないから」
「本当に?」
「ああ、本当に。……あの、もし時間まだ大丈夫なら少し休憩室へ行かないか? っあ、具合は悪くないよ? ただ俺はそろそろ休憩しようかなと思っていて」

 本当に具合、悪くないのだろうか……それならよかった……、……、……いや、えっと、今、何て? ……休憩室へ行かないかと言われたのか俺は。具合は悪くないけど休憩室へ行かないか、というのはもうデートの誘いで間違いないのでは?

「少しの時間なら問題ない」

 頭の中で思いきり言葉が押し寄せていたものの、実際は多分ほぼ即答だったと思う。あと、余計なことを考えるくらいなら何故もっと気の利いた言葉を考えた上で口に出せないのかとも心の底から思った。
 いくつかある休憩室は自由に使っていいことになっている。施錠できるため、中には恋人との濃密な時間を過ごすために使う者もいると聞いたことがある。
 ニルスとしては体を休めるための部屋でむしろ激しい行為をすることに結構な時間を使うなど全く意味を成していない上に、いくらいくつか部屋があるとはいえ他に休憩のために利用したい者からすれば困るのではと思ったりした。だがリックに言うと苦笑された。

「別に普通に休憩したい人はその辺のベンチやテラス、食堂などでするんじゃない? 具合悪いなら医務室もある」
「そう言われるとそうだが……」
「あの部屋さ、元々は舞踏会の時にゆったり休憩したり衣装を直したりするために作られたらしいよ。特別室、だね。それ以外は使われてなかったんだってさ。でも使用できる部屋なのに眠らせる必要はないと現王が解放したんだって。衣装を直したりにも使われてたからどの部屋も施錠できるし、無駄に豪華だし広々としてるし、さすがにベッドはないもののゆったり寛げるソファーが用意されてるんだ」
「なるほど」
「そんな部屋だからさ、別にちょっとした休憩で使う人なんてさ、そんなにいないだろうね。以前エルヴィンが使った時みたいに近くで具合が悪くなったりとか、恋人たちがいちゃつくためだとか、大抵そんな用途じゃないかなあ」
「そういうものなのか」

 以前リックとそんな会話をしたことを思い出し、エルヴィンと休憩室に入ったニルスは何だか妙にそわそわ、ふわふわとした気持ちになってしまった。
 もちろんエルヴィンは濃密な時間を過ごすためにニルスを誘ったわけではないだろう。少なくともそんな目論見があればニルスなら動揺しまくるか欲望をむき出しにしてしまうかして、エルヴィンのように爽やかな様子で誘うなど到底できない。
 エルヴィンは男同士であることに罪悪感か何かを抱いているところがあるように何となく見えることがあるため、今回も人目を避けつつ少しゆっくり過ごすためといったところだろうか。
 それでもニルスからすれば施錠できる部屋に二人きりで過ごすことに違いはない。どうしたってそわそわとしてしまう。

 落ち着け。

 ニルスはそっと自分に言い聞かせた。
 昔からずっとずっと好きだった相手だ。できるのならば二人でいる時はとても近づきたいし、抱きしめたい。だがエルヴィンが嫌がることは何よりしたくないし、エルヴィンが男同士に何らかの抵抗があるのならば、ニルスを好きだと思ってくれていてもちょっとした触れ合いすら抵抗があるかもしれないし心の準備がとてつもなく必要だったりするかもしれない。

 だから落ち着け。

 エルヴィンにわからないよう、ニルスはそっと深く深呼吸した。
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