彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
88 / 193

88話

しおりを挟む
 久し振りに町をゆっくり散策している気がする、とエルヴィンは思った。
 ちなみに迎えの馬車を用意すると言っていたので、てっきりニルスとは町にある馬車を待機させたり乗り換えたりする宿駅で待ち合わせるものとばかり思っていた。しかし迎えに来た馬車にはニルスも乗っていた。

「わざわざ来てくれなくてもいいのに」
「いや……」

 いや、と言った後は続かず、つい心を読みたくなる。だがそうなる自分がわかっているため、ブローチはあえて外していた。
 馬車を降りた後、二人で町中を歩いて回った。貴族が馬車に乗らず歩くことは通常あまりないため、二人とも上質ではあるものの庶民向けの服を着てはいる。

「そういえばこの城下町でニルスやリックと出会ったんだよな」

 遡る前は投獄されてからだったが、今回は幸運にも早々に出会えた。初めて顔を合わせた時は、本人たちではと期待しつつも「まさか本人たちのわけがない」と思っていた。しかしこれまた幸運にも茶会に招待され、改めて知り合うことができた。

 今さらだけどほんと幸運だったよな。まるで幸運の女神が味方してくれたみたいに。

 ついしみじみしてしまう。大人の足でこうして歩いていても、町は広い。こんな広い、それもお互い面識のない状態でよく出会えたなと思う。

「ああ」

 ニルスの返事は相変わらずだったが、実際三人が出会った場所を覚えていたらしく、その場までエルヴィンをエスコートするように歩いて連れてきてくれた。そして気のせいかもしれないが懐かしそうに口元を緩めたような気がする。

「そういえばこの辺だった。よく覚えてるな。俺はわりとうろ覚えだったかも。少し歩いたところにかわいい感じの雑貨を売っている店があるのは覚えてるんだけど」

 そこでラウラがテレーゼにプレゼントするものを買っていた。ついでに家族皆へのプレゼントも買ってくれていた。ちなみにエルヴィンには羽ペンで、もったいなくて今でも使わずにペン立ての花形スターとしてそこに飾られている。

「よく覚えている」
「そ、そうなんだ」

 またふとヴィリーが言っていたことを思い出す。ニルスが子どもの頃からエルヴィンに対しそういった感情を向けていたという話だ。

 やっぱりそうなのかな? だからこの場所もいまだに覚えていてくれているのかな。

「……エルヴィン」
「は、はい?」
「……顔が少し赤い気がする。もしかして歩き慣れない石畳を歩いて疲れたか?」

 優しい。けど本当に皆、エルヴィンがどれだけひ弱だと思っているのだろうかと微妙にも思う。

 あと赤くなるところに気づき過ぎない?

「疲れてないよ」
「本当?」
「ああ。というかな、ニルスを筆頭に皆、俺のことどんだけ弱っちいやつだと思ってんの? そりゃこないだはちょっと体調崩して熱まで出しちゃったけど、たまたまというか、いつもは風邪すらめったに引かないんだけど」
「そうか」

 そうか。
 そうか、だけ。

 本当にニルスらしいし、ニルスそのものだし、物足りなさを通り越して格好よささえ感じてしまうが「で? 俺の言いたいことわかった?」とはさすがに思ってしまう。

「そうか、じゃないよニルス。わかったの?」
「何がだ」
「俺は弱くない。むしろ風邪すらめったに引かない頑丈なタイプだから、そうやって心配しなくていいって言っているんだけど」
「ああ」
「……本当にわかってる?」
「わかった。だが心配はする」
「何で」
「……お前が大事だからだ」
「っひゅっ?」
「……っ何だ今の音は……もしかして呼吸困難に……?」

 慌ててエルヴィンを抱えようとしてくるニルスに、エルヴィンは片手で顔を覆いつつ「いらない」とばかりに何度も手を横に振った。
 顔が熱い。だが赤くなっているところを見たらまたニルスは「やはり具合が」と言いそうでしかない。

 お前が俺を赤くさせてきてんだけどな! あとお互い気持ち通じてるってのに何でそこで、照れてるとかじゃなくて「具合が悪い」になるのかな!

 とにかく、無口で本当に口数が少ないくせに、よくさらりと心臓に悪いことを言ってくれると思う。もちろん、堪らなく嬉しいし堪らなく愛しいが、ただでさえ見目がいい上に今ではエルヴィンが気持ちを寄せている相手でもある。心臓がいくらあっても足りないかもしれない。
 こっそりと深呼吸してから、少しおろおろとしているニルスに「本当に何でもないから」と念押しして、エルヴィンは歩き出した。その際につい歩くのを促すためニルスの手を取っていたことに、数歩後に気づく。

 手、握ってしまった。

 さすがにこんな町中でそんなことをされてドン引きしているかと振り向くと、ニルスは無言のまま繋がれた手を凝視している。

 今、どういう感情なんだろう。引いてる? それとも例の言語化できない状況になってたりする?

「悪い、無意識に手をつかんでた」

 ブローチを外していて気が緩んだのか、本当に無意識だった。エルヴィンは苦笑しながら手を離そうとすると、むしろぎゅっと握られる。

「ニルス?」
「このままでいい」
「え、でもこんな町中で?」
「構わない」

 実際気にすることもなく、というか今もちらちらと繋がれた手を見ているので違う意味では気にしていないことはないだろうが、とにかく人の目は気にすることもなくニルスは歩き出した。
 付き合って早々に恋人と手を繋ぎながら歩けるとは。しかも、同性の相手と。
 とりあえず手を繋いで歩くことに関しては嫌悪感どころか高揚感しかないとわかった。エルヴィンも笑みを浮かべて一緒に歩きながらニルスを見上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】

ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。 ※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※ エロのみで構成されているためストーリー性はありません。 ゆっくり更新となります。 【注意点】 こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。 本編と矛盾が生じる場合があります。 ※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※ ※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※ 番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。 ※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※ ※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※ ★ナストが作者のおもちゃにされています★ ★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★ ※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※ ※頭おかしいキャラが複数います※ ※主人公貞操観念皆無※ 【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します) ・リング ・医者 ・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め) ・ヴァルア 【以下登場性癖】(随時更新します) ・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー ・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト ・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス ・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P) ・【ナストとヴァルア】公開オナニー

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

できそこないの幸せ

さくら/黒桜
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され *** 現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。 父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。 ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。 音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。 ★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★ 高校3年生の物語を収録しています。 ▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻 (kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。 冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。 ※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です 視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです ※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

黒い春 本編完結 (BL)

Oj
BL
幼馴染BLです。 ハッピーエンドですがそこまでがとても暗いです。受けが不憫です。 DVやネグレクトなど出てきますので、苦手な方はご注意下さい。 幼い頃からずっと一緒の二人が社会人になるまでをそれぞれの視点で追っていきます。 ※暴力表現がありますが攻めから受けへの暴力はないです。攻めから他者への暴力や、ややグロテスクなシーンがあります。 執着攻め✕臆病受け 藤野佳奈多…フジノカナタ。 受け。 怖がりで臆病な性格。大人しくて自己主張が少ない。 学校でいじめられないよう、幼い頃から仲の良い大翔を頼り、そのせいで大翔からの好意を強く拒否できないでいる。 母が父からDV受けている。 松本(佐藤)大翔…マツモト(サトウ)ヒロト。 攻め。 母子家庭だったが幼い頃に母を亡くす。身寄りがなくなり銀行頭取の父に引き取られる。しかし母は愛人であったため、住居と金銭を与えられて愛情を受けずに育つ。 母を失った恐怖から、大切な人を失いたくないと佳奈多に執着している。 追記 誕生日と身長はこんなイメージです。 高校生時点で 佳奈多 誕生日4/12  身長158センチ  大翔  誕生日9/22 身長185センチ  佳奈多は小学生の頃から平均−10センチ、大翔は平均+5〜10センチくらいの身長で推移しています。 社会人になったら+2〜3センチです。 幼稚園児時代は佳奈多のほうが少し身長が高いです。

裏の権力者達は表の権力者達の性奴隷にされ調教されてます

匿名希望ショタ
BL
ある日裏世界の主要人物が集まる会議をしていた時、王宮の衛兵が入ってきて捕らえられた。話を聞くと国王がうちの者に一目惚れしたからだった。そこで全員が表世界の主要人物に各々気に入られ脅されて無理矢理、性奴隷の契約をすることになる。 他の作品と並行してやるため文字数少なめ&投稿頻度不定期です。あらすじ書くの苦手です

処理中です...