彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
77 / 193

77話

しおりを挟む
 ニルスが差し出してくれた手を、本当ならばエルヴィンはいそいそと取る気でいた。
 自覚したのだ、正直手を握るだけでなく触れるだけでも嬉しい。好きならば、機会があればすかさず逃さずひたすら触れたいはずだ。少なくともエルヴィンはそうだ。というか男なら大抵そうではないだろうか。
 触れたいし、あわよくばもっと何やらしたい。いや、その何やらを詳しく考えるのはまだ少し怖い気もするが。
 だがうっかりするところだった。いくらニルスから差し出してくれても、触れに行くのはエルヴィンだ。ニルスの感情を読んでしまう。かといっていそいそと上着を脱いでベンチに置いてからニルスの手を取ったら間違いなく怪訝な顔をされるだろう。

 やはりブローチはリックに返さないと……。

 立ち上がり、一緒に大広間へ向かいながら思った。

「ということでその、ブローチはお返ししたいんです。せっかく頂いたというのに失礼な話ですが」
「もう一度話を整理させてくれる?」

 数日後、ようやくリックと接する機会を得たエルヴィンはリックの執務室で、リックが座っている机の前に立っていた。許可を得て部屋に入った時に「座って」とソファーを手で示されたが「いえ、話があるので」と、机に向かっていたリックのそばまで来たのはエルヴィンだ。
 会う約束をようやく取り付けたはいいが、ここにニルスがいれば話しにくいなと思っていたものの、幸いニルスは別の仕事で今はいないらしい。リックが「ちょっとお使いに行ってもらってるんだ。護衛はそもそも他にもいるから問題ないよ」と入ってきたエルヴィンに教えてくれていた。

「えっと、俺がもう一度最初から話せば……?」

 にこにこと言ってきたリックに聞けば、相変わらずにこにこしているリックがそのまま首を振ってきた。

「ううん。俺が整理するよ。かいつまんで言えば、ニルスに触れたいからブローチは邪魔、そういうことでいいんだよね?」
「っちょ、ちょっと俺そういう風に言った覚えは……」

 親友であるニルスについ触れてしまう機会が案外少なくないが、エルヴィンとしてはうっかりだろうがわかってだろうがニルスに触れてしまう度に心を勝手に読んでしまうのは心苦しい。かといってあえて外していたらせっかく素晴らしい価値があるであろうブローチは宝の持ち腐れでしかない。
 それはあまりにも申し訳ないから、それなら失礼を承知でお返ししたいとエルヴィンは話したはずだ。
 それが何故そうなったんだ……実際正直な話リックがかいつまんだ内容そのものではあるけど。
 いや、さすがに邪魔とは思っていない。わざわざ結構な魔力を消費しただろうにお守りとして作ってくれたリックには今でも感謝しているし、エルヴィンとしてもお守りとしてなら持っていたいと思っている。
 ただ、好きな相手に気兼ねなく触れたい。好きな相手だからこそ、つい欲望に負けて心を読もうとしてしまう可能性が高すぎて、だが好きな相手だからこそなおさら勝手に読むなんてしたくない。
 とはいえ幼馴染であり親友である同性の人を好きになったという話を、例え同じ幼馴染で僭越ながら親友だと思っているリックにすら気軽に話せるものではない。
 以前ニアキスが「流行っている」と言っていたものの、エルヴィンとしてはいまだに同性同士の恋愛が流行っているのかどうか実感したことはない。城内や町中のいたるところで同性カップルを目の当たりにしていればさすがに実感できるのかもしれないが、見かけたことがない。
 そもそも実はカップルだったとしても少なくともエルヴィンにはカップルなのか友人なのか見分け方がわからないせいもあるのだろう。友人同士でも肩を組んだり抱きしめたりすることだってある。むしろ友人だから近しい接し方をするしされる気もする。それよりもっとあからさまにイチャイチャしていればさすがにわかるが、異性カップルでもそんなあからさまな付き合いをしている人たちをエルヴィンは知らない。
 とにかく、同性を好きになることはあり得ないことでもないのだろう程度に思ってはいるが、元々異性愛者だけにやはり公にしづらいと言うのだろうか。その上ニルスはリックの補佐をしているそれこそエルヴィンよりも古い付き合いの幼馴染だ。余計に言いづらい。

「そう? でも俺にはそう聞こえたなあ」
「わざと飛躍した捉え方をしたでしょう」
「そんなことないよ。何のために俺がわざとそう捉える? それに何か利点でも?」

 そう言われてしまうと確かにそうではある。ただ、リックは読めない人だし、何でも好きに捉えて楽しみそうな人でもある。

「……ご自分が楽しいから?」
「はは。確かに楽しいことは好きだけど、何で俺の幼馴染たちが相手に触れたいから俺が心を込めて作ったブローチが邪魔だと考えて楽しいなって考えると思うの?」
「ぅ」

 答えに窮していると、じっと見てきたリックが楽しげに笑ってきた。

「ごめんごめん。いじめる気はないんだよ」
「……本当ですか?」
「そりゃそうだよ。いくら幼馴染でも君は俺より年上なんだよ? 目上の人をそんな風にからかうとでも?」

 呼吸をするようにからかえるとしか思えない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

黒い春 本編完結 (BL)

Oj
BL
幼馴染BLです。 ハッピーエンドですがそこまでがとても暗いです。受けが不憫です。 DVやネグレクトなど出てきますので、苦手な方はご注意下さい。 幼い頃からずっと一緒の二人が社会人になるまでをそれぞれの視点で追っていきます。 ※暴力表現がありますが攻めから受けへの暴力はないです。攻めから他者への暴力や、ややグロテスクなシーンがあります。 執着攻め✕臆病受け 藤野佳奈多…フジノカナタ。 受け。 怖がりで臆病な性格。大人しくて自己主張が少ない。 学校でいじめられないよう、幼い頃から仲の良い大翔を頼り、そのせいで大翔からの好意を強く拒否できないでいる。 母が父からDV受けている。 松本(佐藤)大翔…マツモト(サトウ)ヒロト。 攻め。 母子家庭だったが幼い頃に母を亡くす。身寄りがなくなり銀行頭取の父に引き取られる。しかし母は愛人であったため、住居と金銭を与えられて愛情を受けずに育つ。 母を失った恐怖から、大切な人を失いたくないと佳奈多に執着している。 追記 誕生日と身長はこんなイメージです。 高校生時点で 佳奈多 誕生日4/12  身長158センチ  大翔  誕生日9/22 身長185センチ  佳奈多は小学生の頃から平均−10センチ、大翔は平均+5〜10センチくらいの身長で推移しています。 社会人になったら+2〜3センチです。 幼稚園児時代は佳奈多のほうが少し身長が高いです。

裏の権力者達は表の権力者達の性奴隷にされ調教されてます

匿名希望ショタ
BL
ある日裏世界の主要人物が集まる会議をしていた時、王宮の衛兵が入ってきて捕らえられた。話を聞くと国王がうちの者に一目惚れしたからだった。そこで全員が表世界の主要人物に各々気に入られ脅されて無理矢理、性奴隷の契約をすることになる。 他の作品と並行してやるため文字数少なめ&投稿頻度不定期です。あらすじ書くの苦手です

リアルBL!不安な俺の恋愛ハードルート

Kinon
BL
転校生をきっかけに。幼馴染みへの思いを自覚した高2腐男子の早瀬將悟は、自分の性指向がわからない。男とセックス出来るか不安で、試し……ついに本命と結ばれる。 ※※※※※※ 地雷確認願います! ※※※※※※ ◆セックス描写は詳細です(R18話に★つけます) ◆偽装彼女とのセックス描写あり(【注:NL】入れます) ◆本命以外と試すセックス描写あり(【注:本命以外と】入れます) ◆女子高生も登場します ◆試しは主人公が攻め受け未定のため、リバ要素(攻め)あり。本命とは受けで固定 ◆エロワードはオブラートに包みません

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...