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62話
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手当てに手慣れた感じは間違いなく、遡る前の記憶があるからではないだろうか。
ということはもしかしたらエルヴィンも、リックやニルスを探してくれていたかもしれないと何となく思う。だが「じゃあ、俺もどるので」と言われてしまい、さすがにリックも焦った。ニルスも礼すらちゃんと言えていないからだろうか、少し焦っているように見える。
「待って」
リックはエルヴィンを引き留めようとした。
「え?」
「本当にありがとう。ちゃんとお礼がしたいんだけど。えっと名前を聞いても……」
「ああ。エルヴィンです。エルヴィン・アルスラン。お礼はいいですよ。大したことしてないし。じゃあ!」
エルヴィンは笑顔で会釈するとそのまま立ち去ってしまった。向こうから名前さえ聞いてもらえなかった。
探してくれてはいないのかな? それともちゃんと顔を覚えられてない、とか? さすがに記憶がない、なんてことはないだろう。多分。
まあ俺もニルスも今は子どもだしなあ、面影はあるとは思うけど。
ふと見ればニルスはエルヴィンが立ち去ったほうをまだ見ている。リックはにっこりと笑みを向けた。
「何? ニルスってばもしかしてかなり気に入ったとか?」
「……何故そうなる。単に多少気になっただけだ」
それが気に入ってるってことだと思うんだけどねえ。
ニルスは関心のない相手には基本無関心だ。それは今のニルスも変わらない。
「ふーん? でもまあちゃんとお礼したいしね。それに俺は気に入ったよ、エルヴィンのこと」
気に入ったと言えば、ニルスが少し複雑そうな顔をしてきた。とはいってもそれに気づけるのはリックかニルスの兄であるユルゲンくらいだろう。
ちなみにオッフェンブルク大公爵の跡を継ぐべく立派にやっている現在十五歳のユルゲンはとても弟であるニルスをかわいがっている。ニルスもそんなユルゲンを慕っているし、いい兄弟だと以前から思っていた。
「だからお礼も兼ねて招待しようかな。アルスランってことはウーヴェ騎士団長の息子さんだろうね」
「……ああ」
ニルスはただ頷くだけだった。だが気にしているのは、やはり手に取るようにわかる。
リックとしてもせっかくだから今この場でエルヴィンと親しくなりたかったが、無理にことを進めるわけにもいかない。だが怪我をしたリックを助けてくれたという口実ができた。それに名乗ってもらえたので、エルヴィンがどこの誰かリックが把握していてもおかしくはなくなった。
どのみち城を抜け出したことはばれるだろうし、ついでにエルヴィンのことを話して本当に招待してもらおう。
招待を受けてくれたエルヴィンは母親であるネスリン・アルスランだけでなくニアキス・バウムを伴っていた。それに気づいたニルスが、またもや気にしていることが手に取るようにわかる様子でそわそわしている。
「普通に友だちでしょ。他にどういう関係があるというの」
苦笑しながら言えば微妙な顔が返ってくる。
「……リック。お前は魔力が高すぎてまさか人の考えが読める能力を身につけたんじゃないだろうな……」
「まさか。たかだが八歳のいたいけな少年がそんなことできると思う? にしても考えが読める……か。面白いね」
心が読める魔術なら使えないこともない。リックにとってはわかりやす過ぎるほどわかりやすいニルスだが、他から見ればひたすら無口無表情で何を考えているかわからないようだ。それは多分エルヴィンにも当てはまるだろう。
上手くエルヴィンと親しくなれたら、そういった魔術具を作ってみてもいいかもしれないなあ。
きっと楽し……いや、ニルスにとっても有意義なことになるのではないだろうか。気持ちが伝わりやすいだろうし、もしかしたら早々に二人は上手くいくかもしれない。
ニルスの心の中全部を見せるわけではない。強い感情だけにすればいい。例え全部見られてもニルスなら絶対嫌われる要素はないと思うが、さすがに最低限のプライバシーは必要だろう。多分。
微妙な顔で見てくるニルスに、リックは笑顔を向けた。
「多分あれはバウム家のご長男だよ」
だから少なくともどこかの馬の骨じゃないよとにこにこすれば、ニルスはただ頷いてきた。
しばらくの間はエルヴィンにもなじんでもらおうと、リックは少し離れたところから様子を窺っていた。
エルヴィンは時折何やら考えているように見える。
やっぱり記憶、あるんじゃないかなあ。ここへ来た時なんてかなり緊張していたし、多分俺の兄上がいないかどうか気にしていたのかもしれないね。
今も緊張はしているのかもしれない。だが親しくなるチャンスを逃すつもりはないため、リックはそのまま話しかけに行った。ニルスは無言のままついて来る。
「もしかして具合でも悪いのかな? だとしたらそんな日に誘ってしまって申し訳ないんだけど」
「殿下、とんでもない。誘ってもらって嬉しいですし、具合も悪くありません。多分少々緊張してしまったんだと思います」
笑顔で返してくれたが、明らかに今も硬くなっているのがわかる。単に普通の子どもではなく、以前の記憶を持っているからこそ余計、こういった場が緊張するのだろう。
「緊張はいらないよ。公的な場ではないからね。どうか気楽にして俺とも接して欲しいな」
「しかし……」
エルヴィンが困惑した様子を見せてきた。ニルスがため息をつきながら「リック……いい加減にしろ」とたしなめてくる。
たしなめられるのは不満だが、エルヴィンをとても気にしている様子のニルスを見れば不満もさっと消える。
ということはもしかしたらエルヴィンも、リックやニルスを探してくれていたかもしれないと何となく思う。だが「じゃあ、俺もどるので」と言われてしまい、さすがにリックも焦った。ニルスも礼すらちゃんと言えていないからだろうか、少し焦っているように見える。
「待って」
リックはエルヴィンを引き留めようとした。
「え?」
「本当にありがとう。ちゃんとお礼がしたいんだけど。えっと名前を聞いても……」
「ああ。エルヴィンです。エルヴィン・アルスラン。お礼はいいですよ。大したことしてないし。じゃあ!」
エルヴィンは笑顔で会釈するとそのまま立ち去ってしまった。向こうから名前さえ聞いてもらえなかった。
探してくれてはいないのかな? それともちゃんと顔を覚えられてない、とか? さすがに記憶がない、なんてことはないだろう。多分。
まあ俺もニルスも今は子どもだしなあ、面影はあるとは思うけど。
ふと見ればニルスはエルヴィンが立ち去ったほうをまだ見ている。リックはにっこりと笑みを向けた。
「何? ニルスってばもしかしてかなり気に入ったとか?」
「……何故そうなる。単に多少気になっただけだ」
それが気に入ってるってことだと思うんだけどねえ。
ニルスは関心のない相手には基本無関心だ。それは今のニルスも変わらない。
「ふーん? でもまあちゃんとお礼したいしね。それに俺は気に入ったよ、エルヴィンのこと」
気に入ったと言えば、ニルスが少し複雑そうな顔をしてきた。とはいってもそれに気づけるのはリックかニルスの兄であるユルゲンくらいだろう。
ちなみにオッフェンブルク大公爵の跡を継ぐべく立派にやっている現在十五歳のユルゲンはとても弟であるニルスをかわいがっている。ニルスもそんなユルゲンを慕っているし、いい兄弟だと以前から思っていた。
「だからお礼も兼ねて招待しようかな。アルスランってことはウーヴェ騎士団長の息子さんだろうね」
「……ああ」
ニルスはただ頷くだけだった。だが気にしているのは、やはり手に取るようにわかる。
リックとしてもせっかくだから今この場でエルヴィンと親しくなりたかったが、無理にことを進めるわけにもいかない。だが怪我をしたリックを助けてくれたという口実ができた。それに名乗ってもらえたので、エルヴィンがどこの誰かリックが把握していてもおかしくはなくなった。
どのみち城を抜け出したことはばれるだろうし、ついでにエルヴィンのことを話して本当に招待してもらおう。
招待を受けてくれたエルヴィンは母親であるネスリン・アルスランだけでなくニアキス・バウムを伴っていた。それに気づいたニルスが、またもや気にしていることが手に取るようにわかる様子でそわそわしている。
「普通に友だちでしょ。他にどういう関係があるというの」
苦笑しながら言えば微妙な顔が返ってくる。
「……リック。お前は魔力が高すぎてまさか人の考えが読める能力を身につけたんじゃないだろうな……」
「まさか。たかだが八歳のいたいけな少年がそんなことできると思う? にしても考えが読める……か。面白いね」
心が読める魔術なら使えないこともない。リックにとってはわかりやす過ぎるほどわかりやすいニルスだが、他から見ればひたすら無口無表情で何を考えているかわからないようだ。それは多分エルヴィンにも当てはまるだろう。
上手くエルヴィンと親しくなれたら、そういった魔術具を作ってみてもいいかもしれないなあ。
きっと楽し……いや、ニルスにとっても有意義なことになるのではないだろうか。気持ちが伝わりやすいだろうし、もしかしたら早々に二人は上手くいくかもしれない。
ニルスの心の中全部を見せるわけではない。強い感情だけにすればいい。例え全部見られてもニルスなら絶対嫌われる要素はないと思うが、さすがに最低限のプライバシーは必要だろう。多分。
微妙な顔で見てくるニルスに、リックは笑顔を向けた。
「多分あれはバウム家のご長男だよ」
だから少なくともどこかの馬の骨じゃないよとにこにこすれば、ニルスはただ頷いてきた。
しばらくの間はエルヴィンにもなじんでもらおうと、リックは少し離れたところから様子を窺っていた。
エルヴィンは時折何やら考えているように見える。
やっぱり記憶、あるんじゃないかなあ。ここへ来た時なんてかなり緊張していたし、多分俺の兄上がいないかどうか気にしていたのかもしれないね。
今も緊張はしているのかもしれない。だが親しくなるチャンスを逃すつもりはないため、リックはそのまま話しかけに行った。ニルスは無言のままついて来る。
「もしかして具合でも悪いのかな? だとしたらそんな日に誘ってしまって申し訳ないんだけど」
「殿下、とんでもない。誘ってもらって嬉しいですし、具合も悪くありません。多分少々緊張してしまったんだと思います」
笑顔で返してくれたが、明らかに今も硬くなっているのがわかる。単に普通の子どもではなく、以前の記憶を持っているからこそ余計、こういった場が緊張するのだろう。
「緊張はいらないよ。公的な場ではないからね。どうか気楽にして俺とも接して欲しいな」
「しかし……」
エルヴィンが困惑した様子を見せてきた。ニルスがため息をつきながら「リック……いい加減にしろ」とたしなめてくる。
たしなめられるのは不満だが、エルヴィンをとても気にしている様子のニルスを見れば不満もさっと消える。
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