彼は最後に微笑んだ

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59話

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 何度も何度もアメーリアに頼み込み、ようやく教えてもらえた。その後さらに何度も魔力を鍛えさせられ、訓練させられた。
 はやく使いたくてもどかしかったが、これもなるべく失敗しないためとリックは一旦終えていたはずの修行よりさらに厳しい修行をこなしていった。

「アメーリア。お世話になりました」
「がんばるんだよ」

 いつも何を考えているかわかりにくいアメーリアが優しく微笑み、抱きしめてくれた。アメーリアは一見とても若々しく見える。また、神秘的過ぎて美人だとか綺麗だとかいった俗っぽい言葉さえ似合わない人だ。だがあまりに高位の魔術師は外見年齢を変えられるためはっきりわからないが、多分とても長く生きてきた人だとリックは思っている。

「あなたに出会えてよかった」

 抱きしめられ、とてつもなく安心感を覚えながらリックは呟いた。

「私もだよリック。お前に教えられてよかった。上手く遡ることができてもお前の能力はそのままだろう。私が教えることなどもうない。それでもまた私に会いに来てくれるかい?」
「もちろんです。アメーリア、あなたとまた過去で出会える日を楽しみにしています」
「縁が繋がれば、どの時の流れに生まれても、どのような形であれ必ず出会えるものだよ。本当に気をつけてリック。では、また過去で」

 別れを告げた後、リックは一人で誰もいない森の中まで移動した。相当な魔力を使っての強力な魔法だけに、万が一誰かを巻き込んでしまうと魔法が失敗するだけでなく巻き込んだ人まで時の狭間をさまよい続けることになる。
 さすがにいざ使う時は怖かった。

「二十五歳にもなって怖がりかな、俺は」

 自嘲気味に呟いた後で首を振る。

 怖がりだ。怖いことだらけだ。家族がおかしなことになり国はどんどん傾いており、アルスラン家はめちゃくちゃになった。怖くて泣けてきそうでさえある。
 だからこそ、この魔法は失敗するわけにはいかない。

 キッと空を見据え、リックは古語である呪文を一語一句違えることなく正確に詠唱しながら力を解放していった。ゆっくり周りが光り出す。
 とりあえずの詠唱が終わる頃には空間が展開されていき、リックは歪んだ異次元の中にいた。自分の体ごと歪みそうで気持ちが悪い。頭蓋骨に守られているはずの脳みそすら誰かに絞られているかのようだ。しかし意識を手放すわけにはいかない。連れて行かれる身ではなく、連れていく身だ。
 ゆっくりじわりと潰されそうになる自分の脳をほんのり思いつつ、リックは必死にエルヴィンへ意識を集中した。
 自分だけでなくエルヴィンまでをも同時に遡らせようと思ったのは、投獄され絶望の淵で苦しんでいてもなお、悔しがりつつ家族を思って悲しむエルヴィンを目の当たりにしたからだ。最後まで残っていたエルヴィンはきっと遡ったとわかれば無気力になるどころか、未来を変えようと心から努力するに違いない。恨みにとらわれ仕返しをすることしか頭になくなるのではなく、きっとよりよい未来へ向けて努力するであろう姿が浮かぶ。
 ただそれならウーヴェでもよかったはずだ。家族を愛し守り抜こうとする気持ちはウーヴェも強かった。

 ……でもきっと一番乗り越えそうなのはやっぱりエルヴィンだ。多分、だけど……。

 それに、今度は幸せそうにしているエルヴィンを見てみたかったのもある。
 エルヴィンの時間もリックと同時に戻す際にすべての記憶をそのままにしておこうとしていたが、一つだけ消すことにした。
 シュテファンの死だ。
 最後の最後に何日も毒で苦しんだ挙句の、ずっと気にかけていた大切な甥の死は、エルヴィンにとってあまりに衝撃的でつらすぎる出来事だっただろう。
 身を引き裂かれるような思いで、だが正直に報告へ向かったニルスもかなりショックだっただろう。まさかエルヴィンが目の前で死にいこうとしているとは、と。エルヴィンの死と、そしてそんな状況だというのに追い討ちをかけるようなことをしてしまった自分というつらさを、ニルスはあの後ずっと味わっていた。
 せめてそれだけは消してあげたい。百パーセント成功する保証はなくとも、そうしたかった。
 リックは最後に残りの呪文を詠唱した。ぐにゃりと歪んだ状態で漂っている感覚が、一気にとてつもないスピードで運ばれているような感覚に変わる。
 これらの出来事は実際時間にすればほんの一瞬のことなのだろう。だがあまりに気持ちが悪くて慣れなくて、とても長い時間を過ごした気にさえなる。

 エルヴィン……君を救えるのなら救いたい。

 このまま留まるならばリックはデニスを倒した上での王となるしかなかっただろう。
 基本的に王となり国を治めるには犠牲だって必要かもしれない。だが不要でしかない犠牲の上で立つ王になど、なりたくない。



「っぅ、え」

 ふと気づけばベッドの上だった。止まっていた心臓がまるで動き始めたかのような感覚に、リックは息を切らせながら横たえていた体を起こし、何度も深呼吸した。
 ようやく息が整うと、ベッドから降りて鏡を見る。

 ──成功した……!

 明らかに子どもの姿になっている自分を目の当たりにし、リックは飛び跳ねて喜びたくなった。だが実際は力が抜けてその場でへたり込む羽目になった。
 とりあえず普通に過ごしてみて、自分が七歳になる年に戻ったのだと理解する。誕生日はまだ来ていないから現在は六歳だ。
 起きて顔を洗い、着替えと朝食を済ませたところでやって来たニルスも当たり前だが幼い姿に戻っていた。

「やあ、おはようニルス。ちっちゃくなったねえ」
「……昨日から変わっていないけど」
「あはは」

 少し話したところで、ニルスには時間を遡る前の記憶は一切ないことを実感した。当たり前ではあるが、少し残念な気もする。

 いや……なくてよかった、かな。

 エルヴィンが亡くなった後のニルスはあまりにつらそうで哀れだった。いつもはリックやニルスの兄以外だと表情のわからないニルスが、見ていられないほどだったくらいだ。

 できれば今回はお前も幸せになるといいな。

 リックは心から願った。
 ただそうなるとニルスとエルヴィンがめでたくくっつくのがベストだろう。

 まあ、仕方ないね。俺は一番事情を知っているだけに下手なことしちゃったらズルだろし。傍観者でいるかぁ。

 エルヴィンが幸せそうなところを見れるだけで十二分だ、とリックは一人頷いた。
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