59 / 193
59話
しおりを挟む
何度も何度もアメーリアに頼み込み、ようやく教えてもらえた。その後さらに何度も魔力を鍛えさせられ、訓練させられた。
はやく使いたくてもどかしかったが、これもなるべく失敗しないためとリックは一旦終えていたはずの修行よりさらに厳しい修行をこなしていった。
「アメーリア。お世話になりました」
「がんばるんだよ」
いつも何を考えているかわかりにくいアメーリアが優しく微笑み、抱きしめてくれた。アメーリアは一見とても若々しく見える。また、神秘的過ぎて美人だとか綺麗だとかいった俗っぽい言葉さえ似合わない人だ。だがあまりに高位の魔術師は外見年齢を変えられるためはっきりわからないが、多分とても長く生きてきた人だとリックは思っている。
「あなたに出会えてよかった」
抱きしめられ、とてつもなく安心感を覚えながらリックは呟いた。
「私もだよリック。お前に教えられてよかった。上手く遡ることができてもお前の能力はそのままだろう。私が教えることなどもうない。それでもまた私に会いに来てくれるかい?」
「もちろんです。アメーリア、あなたとまた過去で出会える日を楽しみにしています」
「縁が繋がれば、どの時の流れに生まれても、どのような形であれ必ず出会えるものだよ。本当に気をつけてリック。では、また過去で」
別れを告げた後、リックは一人で誰もいない森の中まで移動した。相当な魔力を使っての強力な魔法だけに、万が一誰かを巻き込んでしまうと魔法が失敗するだけでなく巻き込んだ人まで時の狭間をさまよい続けることになる。
さすがにいざ使う時は怖かった。
「二十五歳にもなって怖がりかな、俺は」
自嘲気味に呟いた後で首を振る。
怖がりだ。怖いことだらけだ。家族がおかしなことになり国はどんどん傾いており、アルスラン家はめちゃくちゃになった。怖くて泣けてきそうでさえある。
だからこそ、この魔法は失敗するわけにはいかない。
キッと空を見据え、リックは古語である呪文を一語一句違えることなく正確に詠唱しながら力を解放していった。ゆっくり周りが光り出す。
とりあえずの詠唱が終わる頃には空間が展開されていき、リックは歪んだ異次元の中にいた。自分の体ごと歪みそうで気持ちが悪い。頭蓋骨に守られているはずの脳みそすら誰かに絞られているかのようだ。しかし意識を手放すわけにはいかない。連れて行かれる身ではなく、連れていく身だ。
ゆっくりじわりと潰されそうになる自分の脳をほんのり思いつつ、リックは必死にエルヴィンへ意識を集中した。
自分だけでなくエルヴィンまでをも同時に遡らせようと思ったのは、投獄され絶望の淵で苦しんでいてもなお、悔しがりつつ家族を思って悲しむエルヴィンを目の当たりにしたからだ。最後まで残っていたエルヴィンはきっと遡ったとわかれば無気力になるどころか、未来を変えようと心から努力するに違いない。恨みにとらわれ仕返しをすることしか頭になくなるのではなく、きっとよりよい未来へ向けて努力するであろう姿が浮かぶ。
ただそれならウーヴェでもよかったはずだ。家族を愛し守り抜こうとする気持ちはウーヴェも強かった。
……でもきっと一番乗り越えそうなのはやっぱりエルヴィンだ。多分、だけど……。
それに、今度は幸せそうにしているエルヴィンを見てみたかったのもある。
エルヴィンの時間もリックと同時に戻す際にすべての記憶をそのままにしておこうとしていたが、一つだけ消すことにした。
シュテファンの死だ。
最後の最後に何日も毒で苦しんだ挙句の、ずっと気にかけていた大切な甥の死は、エルヴィンにとってあまりに衝撃的でつらすぎる出来事だっただろう。
身を引き裂かれるような思いで、だが正直に報告へ向かったニルスもかなりショックだっただろう。まさかエルヴィンが目の前で死にいこうとしているとは、と。エルヴィンの死と、そしてそんな状況だというのに追い討ちをかけるようなことをしてしまった自分というつらさを、ニルスはあの後ずっと味わっていた。
せめてそれだけは消してあげたい。百パーセント成功する保証はなくとも、そうしたかった。
リックは最後に残りの呪文を詠唱した。ぐにゃりと歪んだ状態で漂っている感覚が、一気にとてつもないスピードで運ばれているような感覚に変わる。
これらの出来事は実際時間にすればほんの一瞬のことなのだろう。だがあまりに気持ちが悪くて慣れなくて、とても長い時間を過ごした気にさえなる。
エルヴィン……君を救えるのなら救いたい。
このまま留まるならばリックはデニスを倒した上での王となるしかなかっただろう。
基本的に王となり国を治めるには犠牲だって必要かもしれない。だが不要でしかない犠牲の上で立つ王になど、なりたくない。
「っぅ、え」
ふと気づけばベッドの上だった。止まっていた心臓がまるで動き始めたかのような感覚に、リックは息を切らせながら横たえていた体を起こし、何度も深呼吸した。
ようやく息が整うと、ベッドから降りて鏡を見る。
──成功した……!
明らかに子どもの姿になっている自分を目の当たりにし、リックは飛び跳ねて喜びたくなった。だが実際は力が抜けてその場でへたり込む羽目になった。
とりあえず普通に過ごしてみて、自分が七歳になる年に戻ったのだと理解する。誕生日はまだ来ていないから現在は六歳だ。
起きて顔を洗い、着替えと朝食を済ませたところでやって来たニルスも当たり前だが幼い姿に戻っていた。
「やあ、おはようニルス。ちっちゃくなったねえ」
「……昨日から変わっていないけど」
「あはは」
少し話したところで、ニルスには時間を遡る前の記憶は一切ないことを実感した。当たり前ではあるが、少し残念な気もする。
いや……なくてよかった、かな。
エルヴィンが亡くなった後のニルスはあまりにつらそうで哀れだった。いつもはリックやニルスの兄以外だと表情のわからないニルスが、見ていられないほどだったくらいだ。
できれば今回はお前も幸せになるといいな。
リックは心から願った。
ただそうなるとニルスとエルヴィンがめでたくくっつくのがベストだろう。
まあ、仕方ないね。俺は一番事情を知っているだけに下手なことしちゃったらズルだろし。傍観者でいるかぁ。
エルヴィンが幸せそうなところを見れるだけで十二分だ、とリックは一人頷いた。
はやく使いたくてもどかしかったが、これもなるべく失敗しないためとリックは一旦終えていたはずの修行よりさらに厳しい修行をこなしていった。
「アメーリア。お世話になりました」
「がんばるんだよ」
いつも何を考えているかわかりにくいアメーリアが優しく微笑み、抱きしめてくれた。アメーリアは一見とても若々しく見える。また、神秘的過ぎて美人だとか綺麗だとかいった俗っぽい言葉さえ似合わない人だ。だがあまりに高位の魔術師は外見年齢を変えられるためはっきりわからないが、多分とても長く生きてきた人だとリックは思っている。
「あなたに出会えてよかった」
抱きしめられ、とてつもなく安心感を覚えながらリックは呟いた。
「私もだよリック。お前に教えられてよかった。上手く遡ることができてもお前の能力はそのままだろう。私が教えることなどもうない。それでもまた私に会いに来てくれるかい?」
「もちろんです。アメーリア、あなたとまた過去で出会える日を楽しみにしています」
「縁が繋がれば、どの時の流れに生まれても、どのような形であれ必ず出会えるものだよ。本当に気をつけてリック。では、また過去で」
別れを告げた後、リックは一人で誰もいない森の中まで移動した。相当な魔力を使っての強力な魔法だけに、万が一誰かを巻き込んでしまうと魔法が失敗するだけでなく巻き込んだ人まで時の狭間をさまよい続けることになる。
さすがにいざ使う時は怖かった。
「二十五歳にもなって怖がりかな、俺は」
自嘲気味に呟いた後で首を振る。
怖がりだ。怖いことだらけだ。家族がおかしなことになり国はどんどん傾いており、アルスラン家はめちゃくちゃになった。怖くて泣けてきそうでさえある。
だからこそ、この魔法は失敗するわけにはいかない。
キッと空を見据え、リックは古語である呪文を一語一句違えることなく正確に詠唱しながら力を解放していった。ゆっくり周りが光り出す。
とりあえずの詠唱が終わる頃には空間が展開されていき、リックは歪んだ異次元の中にいた。自分の体ごと歪みそうで気持ちが悪い。頭蓋骨に守られているはずの脳みそすら誰かに絞られているかのようだ。しかし意識を手放すわけにはいかない。連れて行かれる身ではなく、連れていく身だ。
ゆっくりじわりと潰されそうになる自分の脳をほんのり思いつつ、リックは必死にエルヴィンへ意識を集中した。
自分だけでなくエルヴィンまでをも同時に遡らせようと思ったのは、投獄され絶望の淵で苦しんでいてもなお、悔しがりつつ家族を思って悲しむエルヴィンを目の当たりにしたからだ。最後まで残っていたエルヴィンはきっと遡ったとわかれば無気力になるどころか、未来を変えようと心から努力するに違いない。恨みにとらわれ仕返しをすることしか頭になくなるのではなく、きっとよりよい未来へ向けて努力するであろう姿が浮かぶ。
ただそれならウーヴェでもよかったはずだ。家族を愛し守り抜こうとする気持ちはウーヴェも強かった。
……でもきっと一番乗り越えそうなのはやっぱりエルヴィンだ。多分、だけど……。
それに、今度は幸せそうにしているエルヴィンを見てみたかったのもある。
エルヴィンの時間もリックと同時に戻す際にすべての記憶をそのままにしておこうとしていたが、一つだけ消すことにした。
シュテファンの死だ。
最後の最後に何日も毒で苦しんだ挙句の、ずっと気にかけていた大切な甥の死は、エルヴィンにとってあまりに衝撃的でつらすぎる出来事だっただろう。
身を引き裂かれるような思いで、だが正直に報告へ向かったニルスもかなりショックだっただろう。まさかエルヴィンが目の前で死にいこうとしているとは、と。エルヴィンの死と、そしてそんな状況だというのに追い討ちをかけるようなことをしてしまった自分というつらさを、ニルスはあの後ずっと味わっていた。
せめてそれだけは消してあげたい。百パーセント成功する保証はなくとも、そうしたかった。
リックは最後に残りの呪文を詠唱した。ぐにゃりと歪んだ状態で漂っている感覚が、一気にとてつもないスピードで運ばれているような感覚に変わる。
これらの出来事は実際時間にすればほんの一瞬のことなのだろう。だがあまりに気持ちが悪くて慣れなくて、とても長い時間を過ごした気にさえなる。
エルヴィン……君を救えるのなら救いたい。
このまま留まるならばリックはデニスを倒した上での王となるしかなかっただろう。
基本的に王となり国を治めるには犠牲だって必要かもしれない。だが不要でしかない犠牲の上で立つ王になど、なりたくない。
「っぅ、え」
ふと気づけばベッドの上だった。止まっていた心臓がまるで動き始めたかのような感覚に、リックは息を切らせながら横たえていた体を起こし、何度も深呼吸した。
ようやく息が整うと、ベッドから降りて鏡を見る。
──成功した……!
明らかに子どもの姿になっている自分を目の当たりにし、リックは飛び跳ねて喜びたくなった。だが実際は力が抜けてその場でへたり込む羽目になった。
とりあえず普通に過ごしてみて、自分が七歳になる年に戻ったのだと理解する。誕生日はまだ来ていないから現在は六歳だ。
起きて顔を洗い、着替えと朝食を済ませたところでやって来たニルスも当たり前だが幼い姿に戻っていた。
「やあ、おはようニルス。ちっちゃくなったねえ」
「……昨日から変わっていないけど」
「あはは」
少し話したところで、ニルスには時間を遡る前の記憶は一切ないことを実感した。当たり前ではあるが、少し残念な気もする。
いや……なくてよかった、かな。
エルヴィンが亡くなった後のニルスはあまりにつらそうで哀れだった。いつもはリックやニルスの兄以外だと表情のわからないニルスが、見ていられないほどだったくらいだ。
できれば今回はお前も幸せになるといいな。
リックは心から願った。
ただそうなるとニルスとエルヴィンがめでたくくっつくのがベストだろう。
まあ、仕方ないね。俺は一番事情を知っているだけに下手なことしちゃったらズルだろし。傍観者でいるかぁ。
エルヴィンが幸せそうなところを見れるだけで十二分だ、とリックは一人頷いた。
7
お気に入りに追加
498
あなたにおすすめの小説
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
できそこないの幸せ
さくら/黒桜
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され
***
現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。
父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。
ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。
音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。
★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★
高校3年生の物語を収録しています。
▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻
(kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。
冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。
※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です
視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです
※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。
A Caged Bird ――籠の鳥【改訂版】
夏生青波(なついあおば)
BL
因習に囚われた一族の当主に目をつけられた高遠遥は背に刺青を施された後、逃亡した。
再び捕まった遥は当主加賀谷隆人の調教を受け、男に抱かれることに慣らされていく。隆人にはそうすべき目的があった。
青年と男が出会い、周囲の人間模様も含めて、重ねられていく時の流れを書き続けている作品です。
この作品は自サイト「Katharsis」で公開しています。また、fujossy・エブリスタとも同一です。
※投稿サイトでは、主人公高遠遥視点の作品のみアップします。他の人物の視点作品は自サイト「Katharsis」に置いてあります。
※表紙絵は、松本コウ様の作品です。(2021/07/22)
※タイトル英語部分を、全角から半角に変更しました。(2021/07/22)
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
ドMで淫乱な王太子に買われた平民ご主人様
ミクリ21
BL
親の借金に頭を悩ませていたイリアは、ある日王太子のラファエルに買われた。
ラファエルの個人財産から借金を代わりに支払うので、イリアにはラファエルの奴隷になってもらったのだ。
奴隷ということで、どんな目にあうのか恐怖していたイリアは、ラファエルのご主人様になることを強制されてしまった。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる