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47話
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次に目が覚めた時には少し楽になっていた。エルヴィンはぼんやりと辺りを見る。
……ここは……どこ、だ?
一瞬また別の夢かと緊張しそうになったが、体が少し楽になったからだろう、そこまで悲観的というか慄く気持ちは湧いてこなかった。
とはいえまだ少し頭がぐらぐらする。聞こえてきたドアのノックもどこか違う世界からされたノックのような音に聞こえた。
「起きておられたんですね。後で主を呼んでまいります。ですが先にタオルを変えますね。……あら、横に落ちてるのね」
主? タオル? 横に?
エルヴィンに話しかけてきた言葉があまり浸透してこないままぼんやりしていると、メイド服を着た女性が冷たいタオルをエルヴィンの額辺りに置いてきた。それでようやく理解する。主はまだ誰のことかわからないが、メイドが熱のあるエルヴィンの額を冷やしていたタオルを変えにきてくれたのだと。横に落ちているというのは多分ベッドに横たわっているエルヴィンの額からずれて落ちたタオルのことを言っていたのだろう。
「……あり、が……」
とりあえず礼を言おうとしたが、声がしわがれて上手く出ない。ただ、メイドは気づいてくれたようで朗らかな声で「お礼なんてよしてください、閣下」と言ってくれた。
「ではカイセルヘルム卿を呼んでまいりますね。ですが眠かったら遠慮なくお休みになっていてくださいね」
カイセルヘルム卿。ここはニルスの屋敷ということだろうか。
少ししてドアが閉まる音がした。メイドが出ていったのだろう。エルヴィンは小さくため息をついた。
正直状況がよくわからない。ハンノに付き添われて休憩室へ向かったところまでは覚えているが、その後のことがいまいちはっきりしない。夢と現実が入り混じって頭の中でごちゃごちゃしている感じというのだろうか。
少し目にかかっているタオルをむしろもう少し目に当てた。冷たくて気持ちがいいし、目にじんわりとしみてくる感じがする。
とにかく、俺は熱を出したんだろうな。
心当たりは別にない。昨夜眠る時も熱があったように思えない。ただ、最近急に寒くなってきたのもあり、いつの間にか体調を崩していたのかもしれない。そういえば昨夜布団に入った時も妙に寒気を感じた気がする。
悪寒や熱のせいだろうな、あとは過去のことを思い返したりしたせいか。で、あんな夢見て余計具合悪くなったのかもしれないな。
そう、あれは夢だ。少なくともエルヴィンの記憶にはニルスがシュテファンの遺体を抱えていた記憶などない。だから勝手に見てしまった夢だ。
じゃないと……シュテファンまで殺されてしまっていたら……あの子の人生は……本当に、何だったんだって──
エルヴィンは目に当てたタオルをぎゅっと押さえた。熱のせいでまだ弱っているようだった。
しばらくするとノックが聞こえ、エルヴィンはハッとなった。どうやらまた少しうとうとしていたらしい。部屋に誰かが入ってくる気配がして、とりあえず額や目にかかっているタオルを取った。
「……ニルス」
ニルスの屋敷にも何度か来ているもののさすがに寝室に入ったことはないため全然ピンとこなかったが、やはりここはニルスの屋敷なのだろう。少し寛いだ感じの服を着たニルスが近づいてくるところだった。
「寝ていたのか。すまない、起こしてしまって……」
「いや、いいよ。それよりもニルスが俺を連れてきてくれたのか? ごめん、ちょっと経緯とかわかってなくて。熱で混乱してるんだろな」
「……休憩室でのやり取りは覚えてないの、か?」
「やり取り? ああ、うん。ハンノに付き添ってもらってあの部屋で休もうとしたことならはっきり覚えてるんだけど、その後はどうも、な」
「……そう、か」
そうか、と言うニルスの表情はいつもの通りほぼ「無」なのでわからないが、何となくホッとしているような、がっかりしているような、不思議な感じがしないでもない。
「何かあったのか?」
「……いや、ああ、うん、その……すまない」
わからない。
「えっと、何があったのかわからないけど、多分謝るなら俺だろうな。熱のせいとはいえ、寝ぼけたことしてそうだ。迷惑かけてないといいんだけど」
「お前は悪くない」
即答されて、エルヴィンは力ないまま微笑んだ。
「そ、か。ありがとう。とにかく、介抱してくれて感謝するよ。熱もだいぶ下がった気がする」
するとニルスがさらにおずおずといった様子で近づき「失礼」と、そっとエルヴィンの額に触れてきた。
「……多分まだ結構ある、と思う。ここへ連れてきてから医師に診てもらったのは覚えてるか? 薬も飲んだのだが」
「マジか。全然」
エルヴィンが答えると、心配そうだったニルスがほんの少しだけふっと笑った気がした。そしてその唇を見て、何故かあり得ない光景がエルヴィンの頭をよぎる。
「……っはあっ?」
「っ? ど、どうした」
「えっ? あっ、いや、その、な、何でもない。何でもないんだ、うん、何でもない……!」
「何でもないという感じじゃないぞ……いや、エルヴィンはたまにこんな、か……?」
たまにこんなだと思われても仕方がない言動を過去に取ってきた自覚は悲しいかな、ある。
「だ、大丈夫。気、気のせいだ。うん! 気にしないで。ほんと。な?」
気にしないでと言ってもニルスは少しおろおろしたようにまたエルヴィンの額に手を置いてきた。一気に熱が上がったと思われたか、正気を失ったとでも思われたのだろうか。
ただ、ニルスに触れられてエルヴィンは妙に緊張が走るというか、落ち着かない気持ちになった。
……ここは……どこ、だ?
一瞬また別の夢かと緊張しそうになったが、体が少し楽になったからだろう、そこまで悲観的というか慄く気持ちは湧いてこなかった。
とはいえまだ少し頭がぐらぐらする。聞こえてきたドアのノックもどこか違う世界からされたノックのような音に聞こえた。
「起きておられたんですね。後で主を呼んでまいります。ですが先にタオルを変えますね。……あら、横に落ちてるのね」
主? タオル? 横に?
エルヴィンに話しかけてきた言葉があまり浸透してこないままぼんやりしていると、メイド服を着た女性が冷たいタオルをエルヴィンの額辺りに置いてきた。それでようやく理解する。主はまだ誰のことかわからないが、メイドが熱のあるエルヴィンの額を冷やしていたタオルを変えにきてくれたのだと。横に落ちているというのは多分ベッドに横たわっているエルヴィンの額からずれて落ちたタオルのことを言っていたのだろう。
「……あり、が……」
とりあえず礼を言おうとしたが、声がしわがれて上手く出ない。ただ、メイドは気づいてくれたようで朗らかな声で「お礼なんてよしてください、閣下」と言ってくれた。
「ではカイセルヘルム卿を呼んでまいりますね。ですが眠かったら遠慮なくお休みになっていてくださいね」
カイセルヘルム卿。ここはニルスの屋敷ということだろうか。
少ししてドアが閉まる音がした。メイドが出ていったのだろう。エルヴィンは小さくため息をついた。
正直状況がよくわからない。ハンノに付き添われて休憩室へ向かったところまでは覚えているが、その後のことがいまいちはっきりしない。夢と現実が入り混じって頭の中でごちゃごちゃしている感じというのだろうか。
少し目にかかっているタオルをむしろもう少し目に当てた。冷たくて気持ちがいいし、目にじんわりとしみてくる感じがする。
とにかく、俺は熱を出したんだろうな。
心当たりは別にない。昨夜眠る時も熱があったように思えない。ただ、最近急に寒くなってきたのもあり、いつの間にか体調を崩していたのかもしれない。そういえば昨夜布団に入った時も妙に寒気を感じた気がする。
悪寒や熱のせいだろうな、あとは過去のことを思い返したりしたせいか。で、あんな夢見て余計具合悪くなったのかもしれないな。
そう、あれは夢だ。少なくともエルヴィンの記憶にはニルスがシュテファンの遺体を抱えていた記憶などない。だから勝手に見てしまった夢だ。
じゃないと……シュテファンまで殺されてしまっていたら……あの子の人生は……本当に、何だったんだって──
エルヴィンは目に当てたタオルをぎゅっと押さえた。熱のせいでまだ弱っているようだった。
しばらくするとノックが聞こえ、エルヴィンはハッとなった。どうやらまた少しうとうとしていたらしい。部屋に誰かが入ってくる気配がして、とりあえず額や目にかかっているタオルを取った。
「……ニルス」
ニルスの屋敷にも何度か来ているもののさすがに寝室に入ったことはないため全然ピンとこなかったが、やはりここはニルスの屋敷なのだろう。少し寛いだ感じの服を着たニルスが近づいてくるところだった。
「寝ていたのか。すまない、起こしてしまって……」
「いや、いいよ。それよりもニルスが俺を連れてきてくれたのか? ごめん、ちょっと経緯とかわかってなくて。熱で混乱してるんだろな」
「……休憩室でのやり取りは覚えてないの、か?」
「やり取り? ああ、うん。ハンノに付き添ってもらってあの部屋で休もうとしたことならはっきり覚えてるんだけど、その後はどうも、な」
「……そう、か」
そうか、と言うニルスの表情はいつもの通りほぼ「無」なのでわからないが、何となくホッとしているような、がっかりしているような、不思議な感じがしないでもない。
「何かあったのか?」
「……いや、ああ、うん、その……すまない」
わからない。
「えっと、何があったのかわからないけど、多分謝るなら俺だろうな。熱のせいとはいえ、寝ぼけたことしてそうだ。迷惑かけてないといいんだけど」
「お前は悪くない」
即答されて、エルヴィンは力ないまま微笑んだ。
「そ、か。ありがとう。とにかく、介抱してくれて感謝するよ。熱もだいぶ下がった気がする」
するとニルスがさらにおずおずといった様子で近づき「失礼」と、そっとエルヴィンの額に触れてきた。
「……多分まだ結構ある、と思う。ここへ連れてきてから医師に診てもらったのは覚えてるか? 薬も飲んだのだが」
「マジか。全然」
エルヴィンが答えると、心配そうだったニルスがほんの少しだけふっと笑った気がした。そしてその唇を見て、何故かあり得ない光景がエルヴィンの頭をよぎる。
「……っはあっ?」
「っ? ど、どうした」
「えっ? あっ、いや、その、な、何でもない。何でもないんだ、うん、何でもない……!」
「何でもないという感じじゃないぞ……いや、エルヴィンはたまにこんな、か……?」
たまにこんなだと思われても仕方がない言動を過去に取ってきた自覚は悲しいかな、ある。
「だ、大丈夫。気、気のせいだ。うん! 気にしないで。ほんと。な?」
気にしないでと言ってもニルスは少しおろおろしたようにまたエルヴィンの額に手を置いてきた。一気に熱が上がったと思われたか、正気を失ったとでも思われたのだろうか。
ただ、ニルスに触れられてエルヴィンは妙に緊張が走るというか、落ち着かない気持ちになった。
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