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23話
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その後デニスの婚約パーティも無事終了し、ニルスはエルヴィンを守れというリックの命以外に火急の仕事はなくなった。基本的にリックに仕えるのがニルスの仕事だけに手持ち無沙汰と言えば手持ち無沙汰だ。
ちなみに少し前からニルスは父親の仕事を手伝っている。
元々リックに仕えている時はリックが予測不能なことをしてくるのもありそれなりに忙しかったため、父親も「自分の仕事をしろ」とニルスには言っていた。だがその仕事の元であるリックがいない今、エルヴィンを守るという仕事にしても実際エルヴィンに何か危険なことや困ったことが起きているわけでもないため、四六時中意味もなく付きまとうわけにもいかない。
俺はそうしてもいいが……あまり不審な行動をとるべきでもないだろうな。
そういった状況のため、父親の仕事を手伝うという名目はニルスにとって悪くない内容だった。手持ち無沙汰が解消されるだけでなく、何より父親であるデトレフは現王の補佐官だ。その仕事を手伝うということは否応なしに王城へ出向くことになる。王に仕える騎士であるエルヴィンも仕事で王城へ出ることが多いため、必然的にニルスは仕事中エルヴィンに出会う可能性が高くなる。
リックが留学している今、デトレフもニルスが自分の仕事を手伝ってくれるのは歓迎のようだ。そもそもデニスに仕えているジェムを手伝っていたのもこの一環だった。
婚約パーティは盛大だった。あまり結婚や婚約に対して興味がなさそうだったデニスがようやく折れたというか、決めた相手は侯爵令嬢で、多分そこそこ綺麗な人なのだろう。
エルヴィンに聞かれるまでニルスは気にも留めていなかった。ニルスが気にしていたことは婚約パーティが滞りなく進められるよう、警備の手配とあと前日に急遽受け持つこととなった宮廷料理の手配だった。
本当ならばジェムを手伝うことになった時は警備の手配とそれに絡む書類対応だけを請け負っていたのだが、宮廷料理長が手配していた食材の中に氷が不足していたのか傷んだ魚があったようで、それを急いで別のところから手配することになったのだが、急すぎてごたごたしていた。そこへたまたま通りかかって知ったニルスが手配することになった。
ニルスも別に料理人の知り合いや漁師の知り合いはいなかったが、少なくともリックの補佐兼幼馴染だ。
『ニルスから連絡取ってくるなんてどうしたの? 珍しいね。まさかエルヴィンに何かあったんじゃないだろうね』
通信機の先でリックがニコニコと聞いてくる。もし本当にエルヴィンに何かあったと思っているならそんなのんびりとした様子は見せてこないだろう。
「あればむしろお前に連絡している暇なんかない」
『ひどいなあ。で、何?』
「デニス殿下の婚約パーティで使用される予定だった魚が傷んだ。だが明日には必要なだけに手配できないようだ」
『俺は魚屋さんじゃないよ?』
「知ってる。だが水属性のお前ならどうにかなるかなと」
別に属性が水だから魚を作り出せるなどと思っていない。それに火属性の魔力を一応持つニルスも鍛冶職人でもなければ温泉を作り出すこともできない。それでもリックならどうにかできると思っている。
子どもの頃、リックを含めた王族のピクニックに付き合わされた時、ニルスが魚を調達する役になってしまった。もちろん子どもだったニルスに本気で全てをゆだねたわけではなかっただろうし、食事はちゃんと準備されていたのだろうと思う。だがその時はそれこそ子どもだけに「俺が魚とれなかったら陛下や殿下たちは食べるものがなくなってしまう」と真剣に思ってしまった。
だが釣りなどしたことがなかったニルスに魚は全然捕まってくれなかった。
終わりだ、自分が仕事を全うできなかったせいでウィスラー家は一家断絶だと内心ぐるぐる考えていたニルスに、リックが笑いかけてきた。
「またどうせ真面目なこと、考えすぎて頭の中うるさいことになってんでしょ」
「……ウィスラー家のとりつぶし……」
「魚が釣れないくらいでよくそこまで考えられるね。尊敬に値するよ」
「……お前はあいかわらずへらへらしながら子どもらしくない口を利く……」
「はは。頭がいいんだよ俺は。あと優しいからね、全くもって取り越し苦労すぎる上で、無駄に悩んでるお前のために魚、俺がとってあげる」
「ど……」
どうやってと言いかけたニルスの前で、リックは大した詠唱もなしに片手を上げた。途端、湖から何匹もの魚が投身自殺でもするかのように、何かの軌道に乗り弧を描いてニルスの足元に落ちてくる。
「え、これ……」
いわゆる魔法なのだろうが、マヴァリージ王国でこれほどの魔法を使える者は著名な魔術師ですらいないくらい、まだ小さかった当時のニルスでも知っていた。
だがまた言いかけるニルスにリックは「しーっ」と人差し指を唇に当てながらウィンクしてきただけだった。
それを覚えているだけに、リックならばどうにかできるのではないかとニルスは思っている。
『で、どんな魚をどれくらいいるの? あとこれは貸しだからね?』
「お前の兄さんの婚約パーティを成功させるためのものだぞ。貸しもへったくれもあるか」
『それとこれとは別でしょ』
「……あとお前は婚約パーティ、来ないのか?」
『明日でしょ。馬車で二週間かかる距離の俺に無茶ぶりそれ以上してこないで。まあ魚だけは明日の朝までに届けたげるよ』
竜馬だと二日もかからない上に前からパーティは知っていただろうに、リックはニコニコとそんなことを言ってきた。
ちなみに少し前からニルスは父親の仕事を手伝っている。
元々リックに仕えている時はリックが予測不能なことをしてくるのもありそれなりに忙しかったため、父親も「自分の仕事をしろ」とニルスには言っていた。だがその仕事の元であるリックがいない今、エルヴィンを守るという仕事にしても実際エルヴィンに何か危険なことや困ったことが起きているわけでもないため、四六時中意味もなく付きまとうわけにもいかない。
俺はそうしてもいいが……あまり不審な行動をとるべきでもないだろうな。
そういった状況のため、父親の仕事を手伝うという名目はニルスにとって悪くない内容だった。手持ち無沙汰が解消されるだけでなく、何より父親であるデトレフは現王の補佐官だ。その仕事を手伝うということは否応なしに王城へ出向くことになる。王に仕える騎士であるエルヴィンも仕事で王城へ出ることが多いため、必然的にニルスは仕事中エルヴィンに出会う可能性が高くなる。
リックが留学している今、デトレフもニルスが自分の仕事を手伝ってくれるのは歓迎のようだ。そもそもデニスに仕えているジェムを手伝っていたのもこの一環だった。
婚約パーティは盛大だった。あまり結婚や婚約に対して興味がなさそうだったデニスがようやく折れたというか、決めた相手は侯爵令嬢で、多分そこそこ綺麗な人なのだろう。
エルヴィンに聞かれるまでニルスは気にも留めていなかった。ニルスが気にしていたことは婚約パーティが滞りなく進められるよう、警備の手配とあと前日に急遽受け持つこととなった宮廷料理の手配だった。
本当ならばジェムを手伝うことになった時は警備の手配とそれに絡む書類対応だけを請け負っていたのだが、宮廷料理長が手配していた食材の中に氷が不足していたのか傷んだ魚があったようで、それを急いで別のところから手配することになったのだが、急すぎてごたごたしていた。そこへたまたま通りかかって知ったニルスが手配することになった。
ニルスも別に料理人の知り合いや漁師の知り合いはいなかったが、少なくともリックの補佐兼幼馴染だ。
『ニルスから連絡取ってくるなんてどうしたの? 珍しいね。まさかエルヴィンに何かあったんじゃないだろうね』
通信機の先でリックがニコニコと聞いてくる。もし本当にエルヴィンに何かあったと思っているならそんなのんびりとした様子は見せてこないだろう。
「あればむしろお前に連絡している暇なんかない」
『ひどいなあ。で、何?』
「デニス殿下の婚約パーティで使用される予定だった魚が傷んだ。だが明日には必要なだけに手配できないようだ」
『俺は魚屋さんじゃないよ?』
「知ってる。だが水属性のお前ならどうにかなるかなと」
別に属性が水だから魚を作り出せるなどと思っていない。それに火属性の魔力を一応持つニルスも鍛冶職人でもなければ温泉を作り出すこともできない。それでもリックならどうにかできると思っている。
子どもの頃、リックを含めた王族のピクニックに付き合わされた時、ニルスが魚を調達する役になってしまった。もちろん子どもだったニルスに本気で全てをゆだねたわけではなかっただろうし、食事はちゃんと準備されていたのだろうと思う。だがその時はそれこそ子どもだけに「俺が魚とれなかったら陛下や殿下たちは食べるものがなくなってしまう」と真剣に思ってしまった。
だが釣りなどしたことがなかったニルスに魚は全然捕まってくれなかった。
終わりだ、自分が仕事を全うできなかったせいでウィスラー家は一家断絶だと内心ぐるぐる考えていたニルスに、リックが笑いかけてきた。
「またどうせ真面目なこと、考えすぎて頭の中うるさいことになってんでしょ」
「……ウィスラー家のとりつぶし……」
「魚が釣れないくらいでよくそこまで考えられるね。尊敬に値するよ」
「……お前はあいかわらずへらへらしながら子どもらしくない口を利く……」
「はは。頭がいいんだよ俺は。あと優しいからね、全くもって取り越し苦労すぎる上で、無駄に悩んでるお前のために魚、俺がとってあげる」
「ど……」
どうやってと言いかけたニルスの前で、リックは大した詠唱もなしに片手を上げた。途端、湖から何匹もの魚が投身自殺でもするかのように、何かの軌道に乗り弧を描いてニルスの足元に落ちてくる。
「え、これ……」
いわゆる魔法なのだろうが、マヴァリージ王国でこれほどの魔法を使える者は著名な魔術師ですらいないくらい、まだ小さかった当時のニルスでも知っていた。
だがまた言いかけるニルスにリックは「しーっ」と人差し指を唇に当てながらウィンクしてきただけだった。
それを覚えているだけに、リックならばどうにかできるのではないかとニルスは思っている。
『で、どんな魚をどれくらいいるの? あとこれは貸しだからね?』
「お前の兄さんの婚約パーティを成功させるためのものだぞ。貸しもへったくれもあるか」
『それとこれとは別でしょ』
「……あとお前は婚約パーティ、来ないのか?」
『明日でしょ。馬車で二週間かかる距離の俺に無茶ぶりそれ以上してこないで。まあ魚だけは明日の朝までに届けたげるよ』
竜馬だと二日もかからない上に前からパーティは知っていただろうに、リックはニコニコとそんなことを言ってきた。
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