銀色の魔物

Guidepost

文字の大きさ
上 下
136 / 137
青の瞳の友

3話(終)

しおりを挟む
 新しい生活を始めたジンは、最初こそ慣れないといった風だった。だが次第にその村に溶け込んでいった。まるで昔からそこに住んでいるかのように周りとも馴染んで楽しそうに過ごしている。
 そんなジンを見ると、心に傷を抱えていたことを知っているだけにとても喜ばしく思う反面、寂しさにも近い妙な感覚をアルゴは覚えていた。それが何かがわからないほど生きてきた年数は短くない。だが意識しないようにした。ようやく普通の人間のように穏やかに楽しげに過ごせているジンを見るとこのままがいいとしか思えなかった。
 別に同性なのが問題ではない。大昔は異性同士が基本だったと聞いたこともあるが、少なくとも現在の人間にもエルフにも特に性別を気にする習慣はない。跡継ぎなどを気にする者はあえて異性を選ぶかもしれないし、中には生産性がない恋愛は意味がないという考えの者もいるが、大抵の者はどちらでも気にしないのが普通だ。
 ただ、ジンは人間でアルゴはエルフだ。友としてそばにいるのと伴侶としてそばにいるのでは意味が違ってくる。大抵のエルフは人間を受け入れないし、人間もまた身近にエルフがいる状況を自然だと捉えないだろう。異種間の恋愛など、避けたほうがいいに決まっている。
 おまけに生を全うする期間があまりにも違い過ぎる。エルフは何百年、下手をすると千年だって生きるかもしれないというのに人間はわずか百年すら生きるのが稀だ。おそらく「生きる」という価値観が全く違う。アルゴは例えジンが年を重ね見た目が驚くほど変わっても気持ちが変わることはないだろう。そして例えジンが生を終えてもその尊さに思いを馳せつつ慈しむことができるだろう。だが人間であるジンは違う。もしアルゴに対して気持ちを向けてくれたとしたら、いつまでもあまり見た目の変わらないアルゴや自分が生を終えようとしていてもまだまだ先を生きるアルゴにおそらく心を痛めるに違いないと思った。

 このままが一番いい。

 出会って最初の頃言ったように、普通に生活し、伴侶を持ち、子を成して幸せになって欲しい。
 エルフであるため、アルゴはあまりジンがいる村に訪れることはなかった。魔法を使って耳を隠すことはできるがそこまでして村に入りたいわけではない。

「何それ。耳にプライドでも詰まってるのか?」

 ジンと会う時はよく森で一緒に狩りをしたり散歩をしたり食事をしたりしていた。その時も小さな湖の近くで座っていたジンはおかしそうに笑う。日中にも会うがその時は月の美しい夜だった。月明かりにもジンの夜の黒に染まった美しい青は映える。

「エルフをよくわからない生き物にするな。プライドは詰まっておらんが誇りには思っている」
「誇りかあ。そういえば触らせてもくれないもんな」
「当たり前だ。エルフの耳に触れるのはその伴侶くらいなものだ」
「そうなんだ。結構神聖なものなんだな」

 お前なら触れても構わない。

 思わずそう言いたくなり、アルゴは座っていた手元にある石をあえてつかむと小さな湖に投げた。石は何度も表面を跳ねた後沈んでいく。

「今の、すごいな。俺もやってみたい」
「お前ならすぐにできるだろうな」

 お前になら何だってやってやりたいし教えてやる。お前が笑ってその美しい瞳が幸せなほどきらきらと揺らぐなら何だってしよう。

 そう言葉にする代わりにアルゴはただそっと微笑んだ。

「好きな人ができたんだ」

 町が滅び親が殺され憎悪と悲しみにゆがんだ目をしていた少年は、あまりに幸せそうに笑う青年になっていた。アルゴの口元が一瞬震える。だがすぐに笑みを浮かべた。

「村の住民か?」
「ああ。見た目も中身もとても綺麗な女性なんだ」
「もう打ち明けたのか」
「まだ」
「お前なら絶対に大丈夫だ。上手くいく。そして嫁となるその人を私に紹介しろ」
「まだ打ち明けてもないのに嫁? っていうか人間嫌いなのに会ってくれるの?」
「お前の家族になる者なら当たり前だろう」
「ならがんばらないとな」

 その人間はジンが言った通り、中身もとても綺麗だった。アルゴに対しても朗らかで優しい笑みを向けてきた。二人が幸せそうな家族となるのに時間はかからなかった。
 アルゴはもちろん心から祝った。痛みを感じないわけではなかったが、ジンが幸せになることを願ったことに嘘偽りはない。だから心から嬉しく思ったのも本当だった。
 祝いの品として、クエンティ王国でのみ現れるクエンティサーペントという魔物の皮を使い、アルゴは二人に腕輪を手作りした。そのレアな魔物の皮は運気が上がると言われている上に、アルゴが魔力を込めた青い魔法石をその加工品に編み込んだ。青にしたのは瞳に合わせてだ。エルフの作るアクセサリーはかなり貴重な上に効力が高い。それに魔法石にはそれぞれに合った魔力を込めた。
 魔力の強い人間が少なくなっていっているのもあり、ジンの腕輪にはあまりに強すぎるジンの魔力を制御する力を込め、結婚相手には幸運を高める力を込めた。それらの腕輪を渡すと二人はとても喜んでくれた。ジンは代わりに親の形見であるペンダントを貰って欲しいと言ってきたがそれは断った。
 だというのに、幸運の力は発揮されなかった。
 望んでいた子も生まれ、これからますます順風満帆だと思われたジンの人生はまたしても奪われた。あれほど幸せそうにきらめいている美しい青がまた陰る出来事に襲われた。
 またしてもというのだろうか、魔物討伐を目論んでいた他の大きな町の政策に追いやられた魔物たちが運悪くその村を襲ったのだ。小さな村は一瞬のうちに跡形もなくなった。丁度ジンが仕事で村を離れていた時の出来事だったとアルゴも後で知った。
 何故ジンばかりがそんな思いをしなければならないのだろう。何故その悲しみを代わりに背負うことができないのだろう。何百年と生きようが大切に思っている者たった一人を、ひたすら幸せに包んでやることすら何故できないのか。
 とはいえ今度は憎悪に青を歪めることはなかった。魔物討伐が原因だったと耳にしたジンはその美しい青をただただ悲しみに曇らせ、森の奥でたった一人ひっそりと暮らすようになった。
 自暴自棄になってはいない。日々一応生きていた。アルゴが訪れると酒を酌み交わしもする。それでもあのきらめいていたあまりに美しい青は曇ったままだった。アルゴにとってはわずかな年数だが、人間であるジンにとってはどれほどとてつもなく長い年数をそうやってただ一応生きているだけだっただろうか。
 そんなジンに心を痛めながら何度も思ったことがある。「共に生きよう」と。
 だがそれは何の解決にもならないことをそれこそ何百年と生きていたアルゴはわかっていた。
 時は心を癒しなどしない。だが精神力の強いジンはなんとか自分の中の苦しみと折り合いをつけているようだった。アルゴはただ、いつだってそばにいられるようにした。
 気づけば老い、美しい青は年のせいで白みを帯びてきていたある日。
 ジンが小さな小さな生き物を拾ったと知った──



 閉じていた目に片手を置いた。もう片方の手で首もとにあるジンのペンダントにそっと触れる。浮かべていた笑みはそのままに、アルゴはそっと指で目頭を拭った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林
BL
「やっと見つけたましたよ。私の姫」  暗闇でよく見えない中、ふに、と柔らかい何かが太陽の口を塞いだ。    この至近距離。  え?俺、今こいつにキスされてるの? 「うわぁぁぁ!何すんだ、この野郎!」  太陽(男)はドンと思いきり相手(男)を突き飛ばした。 「うわぁぁぁー!落ちるー!」 「姫!私の手を掴んで!」 「誰が掴むかよ!この変態!」  このままだと死んじゃう!誰か助けて! ***  男とはぐれて辿り着いた場所は瘴気が蔓延し滅びに向かっている異世界だった。しかも女神の怒りを買って女性が激減した世界。  俺、男なのに…。姫なんて…。  人違いが過ぎるよ!  元の世界に帰る為、謎の男を探す太陽。その中で少年は自分の運命に巡り合うー。 《全七章構成》最終話まで執筆済。投稿ペースはまったりです。 ※注意※固定CPですが、それ以外のキャラとの絡みも出て来ます。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。第四章からこちらが先行公開になります。

処理中です...