132 / 137
131話
しおりを挟む
ラーザからクラフォンへ向かう時はいつも通る道があった。カジャックの家へ向かう際にも枝分かれして近くに流れている川がそこでは道を遮るように流れていた。おそらく元々ある湖がかなり大きいか深いのだろう、流れが早いだけでなく上流ながらに少し深く、サファルは必ず小さな橋を渡っていた。クエンティ王国もまた川を渡らないと行けないとは思われる。ただ、クエンティ王国はクラフォンとは逆側にある。いくつか枝分かれしているその川も方向的に海へ向けての下流だろう。深さはさておき、かなり広くなっているだろうし橋くらいはあるであろうと踏んで、遠回りになるクラフォン側の橋へは向かわなかった。
ただそちら側のルークの森には足を踏み入れたことがなく、予想外というか出会う予定ではなかった魔物に遭遇してしまった。クエンティまでは徒歩だと二、三日かかる。丁度あまりに身軽なカジャックが今夜野宿をする場所を決めるのに周りの様子を窺いに出向いており、待っている間に狩りでもしようかと思っている時だった。
目の前には猪と言うにはあまりに大きく禍々しい生き物が、今にもサファルに襲いかかろうと構えている。
サファルは少し既視感を覚えた。そういえば、カジャックと初めて出会った時に襲われていたのは目の前にいる魔物と同じタイプではなかっただろうか。
あの時は魔物などちゃんと見たことすらなくて、真っ青になりながらその場に固まるしか出来なかった。体が動かなくなり、手にしていた弓はただ握っているだけだった。リゼにも「ルークの森にはあまり深く入っちゃダメだからね。入っても絶対奥まで行かないこと」などとよく言われていた頃だ。
動けないまま「もう駄目だ」と、魔物が襲いかかってきた時には目をぎゅっと閉じるしか出来なかった。そこへカジャックが現れ、助けてくれた。
懐かしいなと思いながら、サファルは弓に手をやる。魔物がこちらへ襲いかかってきたとたん、素早く弓を射った。矢は的確な場所へ刺さる。だが大きな魔物は一瞬怯みはしたもののまた向かってきた。
当時、もし弓を射る勇気が持てたとしても魔法も剣も使えなかった俺はどのみち危険な状態に変わりなかったってことか。
そう思いながら、サファルは流れるように言葉を唱えた。あっという間にサファルから鋭利に尖った氷の柱が光のように現れ、魔物めがけて放たれていく。
「あ、お帰りなさいカジャック」
カジャックが戻ってきた頃には綺麗に肉を捌き終えているところだった。
「……猪?」
「みたいな魔物です。食べられるやつですよね。カジャックと出会った時に食べさせてもらった気がします」
ほんの少しの間の後に、カジャックは「ああ」と思い出したように口元を綻ばせた。
「瞬間冷却仕様ですからね、きっと肉も新鮮な味わいですよ」
ニコニコとサファルが言えば少し苦笑されたが「懐かしいな」とカジャックも呟いてきた。
初めてカジャックを見た時はとてつもなく怖かったことも思い出す。それほど目付きが怖かったのもあるが、多分カジャックが人を完全に拒否していたからというのもあるのかもしれない。現に今は警戒されることはあるもののカジャックを見て当時のサファルのように恐れている初対面の人のほうが少ない気がしていた。
その後なんとか橋も見つけ、二人はようやくクエンティ王国に着いた。自国の王国でありながら初めて中に入る。雰囲気はサファルもよく知るクラフォンをもっと大規模にした感じだろうか。三大王国の他二国と同じくとても賑わっているが、どこか馴染みやすいのはやはり自分の国だからだろうなとサファルは思った。フィートの明るさとはまた違った明るさにおおらかな人々。色んなタイプが入り交じって出来上がったかのような雰囲気というのだろうか。サファルは改めて自国が好きだと実感する。
あの側近とは教えてもらっていた店で会った。例の商人の店だ。
「本当に全く同じ顔してる……ねぇ、ほんとにフィートかイントの人じゃないの?」
「違うな」
商人は楽しそうに笑った。三人とも見た目は全く同じだ。全員紳士に見えるしどの人もサファルは好きだが、このクエンティの商人は他の二人に比べてさばさばとした性格をしているように思えた。
「しっかりとした船を用意しました。船員は少数ですが皆信用に足る者ばかりです。仕事もして頂く訳ですので、それに伴う資金も用意しています。後はあなた方の采配でしょうか」
側近はにっこりと告げてきた。
「仕事なら頻繁に戻らないとじゃないの」
「いえ、それは結構です。遠国でしっかりとしたルートを築き上げてください」
「……会議の結果が出たのだろう? 別に内容は知りたくないが、それによってこの国の町や村が危うくなるようなことがないのかどうかだけは知りたい」
ふとカジャックが側近に問いを投げかけた。それを聞いてサファルは「えっ?」と二人を見る。リゼや村を守りたいからこそだというのに、危険があるのでは意味がない。
「その点はご安心ください。ある意味国は一旦落ち着いています。ただ、権力を得ようとしている者は変わらず爪を研ぎ続けていると思われます……。気をつけないといけないのは少なくとも今のところあなた方お二人です。あと、私からだと漏れないルートでサファルさん、あなたのご家族は見守らせて頂きます」
「よ、よかった……、ありがとうございます」
「目立たないよう、宿屋はご用意してないんです。お疲れのところ誠に申し訳ないのですが、深夜までここで寛いでいただいてから深夜、船へ乗り込んでください。私は付き添えません。だがこの者が船までご案内しますし船員にも紹介してくれます」
「よろしく、サファル。カジャック」
店主がにっこりと笑った。
ただそちら側のルークの森には足を踏み入れたことがなく、予想外というか出会う予定ではなかった魔物に遭遇してしまった。クエンティまでは徒歩だと二、三日かかる。丁度あまりに身軽なカジャックが今夜野宿をする場所を決めるのに周りの様子を窺いに出向いており、待っている間に狩りでもしようかと思っている時だった。
目の前には猪と言うにはあまりに大きく禍々しい生き物が、今にもサファルに襲いかかろうと構えている。
サファルは少し既視感を覚えた。そういえば、カジャックと初めて出会った時に襲われていたのは目の前にいる魔物と同じタイプではなかっただろうか。
あの時は魔物などちゃんと見たことすらなくて、真っ青になりながらその場に固まるしか出来なかった。体が動かなくなり、手にしていた弓はただ握っているだけだった。リゼにも「ルークの森にはあまり深く入っちゃダメだからね。入っても絶対奥まで行かないこと」などとよく言われていた頃だ。
動けないまま「もう駄目だ」と、魔物が襲いかかってきた時には目をぎゅっと閉じるしか出来なかった。そこへカジャックが現れ、助けてくれた。
懐かしいなと思いながら、サファルは弓に手をやる。魔物がこちらへ襲いかかってきたとたん、素早く弓を射った。矢は的確な場所へ刺さる。だが大きな魔物は一瞬怯みはしたもののまた向かってきた。
当時、もし弓を射る勇気が持てたとしても魔法も剣も使えなかった俺はどのみち危険な状態に変わりなかったってことか。
そう思いながら、サファルは流れるように言葉を唱えた。あっという間にサファルから鋭利に尖った氷の柱が光のように現れ、魔物めがけて放たれていく。
「あ、お帰りなさいカジャック」
カジャックが戻ってきた頃には綺麗に肉を捌き終えているところだった。
「……猪?」
「みたいな魔物です。食べられるやつですよね。カジャックと出会った時に食べさせてもらった気がします」
ほんの少しの間の後に、カジャックは「ああ」と思い出したように口元を綻ばせた。
「瞬間冷却仕様ですからね、きっと肉も新鮮な味わいですよ」
ニコニコとサファルが言えば少し苦笑されたが「懐かしいな」とカジャックも呟いてきた。
初めてカジャックを見た時はとてつもなく怖かったことも思い出す。それほど目付きが怖かったのもあるが、多分カジャックが人を完全に拒否していたからというのもあるのかもしれない。現に今は警戒されることはあるもののカジャックを見て当時のサファルのように恐れている初対面の人のほうが少ない気がしていた。
その後なんとか橋も見つけ、二人はようやくクエンティ王国に着いた。自国の王国でありながら初めて中に入る。雰囲気はサファルもよく知るクラフォンをもっと大規模にした感じだろうか。三大王国の他二国と同じくとても賑わっているが、どこか馴染みやすいのはやはり自分の国だからだろうなとサファルは思った。フィートの明るさとはまた違った明るさにおおらかな人々。色んなタイプが入り交じって出来上がったかのような雰囲気というのだろうか。サファルは改めて自国が好きだと実感する。
あの側近とは教えてもらっていた店で会った。例の商人の店だ。
「本当に全く同じ顔してる……ねぇ、ほんとにフィートかイントの人じゃないの?」
「違うな」
商人は楽しそうに笑った。三人とも見た目は全く同じだ。全員紳士に見えるしどの人もサファルは好きだが、このクエンティの商人は他の二人に比べてさばさばとした性格をしているように思えた。
「しっかりとした船を用意しました。船員は少数ですが皆信用に足る者ばかりです。仕事もして頂く訳ですので、それに伴う資金も用意しています。後はあなた方の采配でしょうか」
側近はにっこりと告げてきた。
「仕事なら頻繁に戻らないとじゃないの」
「いえ、それは結構です。遠国でしっかりとしたルートを築き上げてください」
「……会議の結果が出たのだろう? 別に内容は知りたくないが、それによってこの国の町や村が危うくなるようなことがないのかどうかだけは知りたい」
ふとカジャックが側近に問いを投げかけた。それを聞いてサファルは「えっ?」と二人を見る。リゼや村を守りたいからこそだというのに、危険があるのでは意味がない。
「その点はご安心ください。ある意味国は一旦落ち着いています。ただ、権力を得ようとしている者は変わらず爪を研ぎ続けていると思われます……。気をつけないといけないのは少なくとも今のところあなた方お二人です。あと、私からだと漏れないルートでサファルさん、あなたのご家族は見守らせて頂きます」
「よ、よかった……、ありがとうございます」
「目立たないよう、宿屋はご用意してないんです。お疲れのところ誠に申し訳ないのですが、深夜までここで寛いでいただいてから深夜、船へ乗り込んでください。私は付き添えません。だがこの者が船までご案内しますし船員にも紹介してくれます」
「よろしく、サファル。カジャック」
店主がにっこりと笑った。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
主神の祝福
かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。
神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。
ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。
美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!!
https://www.pixiv.net/users/131210
https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy
誠に有難うございました♡♡
本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。
(「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています)
脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。
冒頭に本編カプのラブシーンあり。
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる