銀色の魔物

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82話

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 信じられないような光景に、サファルは為す術もなく立ち尽くしていた。
 魔物が押し掛けるように襲ってきていても全壊まではいっていなかった村の建物は、あっという間に崩れていく。というよりも竜の放った炎で辺りは一気に火の海となっていた。

「っ、カジャック……それにアルゴさんは……っ」

 だがすぐにハッとなり、炎のせいでよく見えない辺りを何とか見渡す。するとホッとすることに炎の中、二人とも無事だった。咄嗟に防御して何とか衝撃や熱を避けたといったところだろうか。
 サファルたちがいるところだけは、結界のおかげなのか炎を免れていた。どれだけ強い結界を張ってくれているのだろうと思いつつ、ただこのせいでもしかしてアルゴの魔力は半減しないだろうかとサファルは心配になる。

「危ない……!」

 二人を見守っていた皆が叫んだ。激しい炎を吐き出したというのに力を回復する必要性すらないのか、竜は即座にまた炎を二人目掛けて吐き出していた。結界で守られているとはいえ、ここまで凄まじい炎の熱が伝わってくる。
 カジャックとアルゴはそれぞれ協力し合って合体魔法を繰り出したり、片方が防護するための魔法円を魔力で作り出し片方がそこから魔法で攻撃したりといった風に戦ってはいるが、竜は怯むことすらない。時折アルゴが何やら竜へ呼び掛けのようなこともしているが、それも全く届いていないようだった。
 二人の魔力は恐らく相当強い魔物ですらすぐに倒れる勢いに思えるし、竜も全く効いていない訳ではないように思われる。しかし我を忘れたような暴走を、竜は止める様子はなさそうだ。おまけに恐らく二人は竜を殺すつもりで戦っていない。神格化されている竜を、何とか我に返そうとしているに過ぎないように見えた。
 相当素早く動けるカジャックが基本おとりになって竜を気を引き付けてはいるようだが、サファルとしてはそれがまた、生きた心地がしない要因の一つにもなっている。
 とはいえ、これほど力のある大きな竜に対して自分に出来ることなどないのも分かる。二人の魔力ですら止められない竜の暴走を、サファルの矢で止められると思うほど浅はかではない。かといって、やはりこのままここで見ているだけというのは耐え難かった。

 何か、せめて何か少しでも役に立てれば。

 必死になって、我を忘れて暴れる竜を見ていて、サファルはふと気づいた。たまたまだった。恐らく誰もじっと竜に目を凝らす者などいなかったのかもしれないし、気づかれなかったのかもしれない。しかも目に付きにくい。サファルはたまたま必死になって竜の何か弱点なり、暴れる原因なりがないか食い入るように見ていたのと、偶然が重なった。

「カジャック! アルゴさん!」

 それを二人に告げたいのだが、気づいてもらえない。外の音は聞こえにくいものの入ってはくる。だがここの声はどうやら外にもっと届きにくいか、全く聞こえていないかのようだ。
 サファルは中の様子を伺った。混乱はどうしても多少起きてはいるが、この状況を思えば落ち着いているほうだと思われる。今のところ、結界のおかげで危険もない。
 どのみちカジャックとアルゴがやられてしまうと、ここも間違いなくもたない。そう思っていた時、とうとう竜の炎がカジャックの全身を包んだ。

「……っ」

 既に掠れていたサファルの声はもう出なかった。アルゴがすぐに炎を消し、カジャック自身にも何やら魔法をかけているようだが、当然だろう、カジャックはかなり参っている様子だった。

「……ルー……カ……、ス」
「サファル?」
「……ルーカス、ごめん。あと、頼む」
「はっ?」
「竜が何故暴れているのか分かった気がする。それを二人に伝えたい」
「何言って……っ、ここから出るのは」
「分かってる! 危ないのは分かってるけど……どのみちあの二人が危険だと俺らも危ないんだ」
「そう、だが……よし、俺に話せ。俺が伝えに行く」
「駄目、ルーカスは駄目」
「何で……」
「ここを守るやつもいるだろ、それは俺じゃ力不足だ」
「だが……!」
「他の誰にも頼めないだろ? だから、俺が行く……!」

 何も言わず飛び出すのだけは避けた。しかしそれでもルーカスやリゼに心配をかけることは分かっている。でもこれ以上はどうしようもなかった。
 あとルーカスには頼めない。中を守って欲しいのは本当だし、実を言うと私欲も混じっている。もしサファルに何かあっても、せめてリゼとルーカスが無事ならばサファルは十分だし出来れば二人に一緒になって欲しい。
 背後からサファルの名前を呼ぶ声が聞こえていたが、やはり結界を恐らく出た辺りから聞こえなくなった。人間であるサファルには皆の姿だけは辛うじて見えるが、中の音は聞こえてこないようだ。

「っ、熱……」

 外は思っていた以上に熱かった。炎に当たっていなくとも熱気に溶かされてしまいそうだ。

「アルゴ……アルゴさん……っ」
 炎を直接食らっているカジャックの気を紛れさせることはしたくなく、サファルはアルゴを必死になって呼んだ。とはいえわざわざ竜に気づかれたくはないのであまり声を張り上げられない。

「何故出てきた……」

 だがカジャックがまずサファルに気づいた。ショックを受けたような顔をしている。アルゴもサファルに気づくと最初は顔をしかめたが、すぐに笑みを見せてきた。

「ごめんなさい……でもあまりゆっくり謝ってられません! 竜が何故暴れているか、多分分かりました、竜の背です、背の、こぶみたいにせり上がってる隙間に何かが刺さって……」

 言いかけている時にはもう、竜は炎を吹き出していた。アルゴが何か言っている。カジャックはサファルのほうへ駆け出していた。
 それはまるでスローモーションだった。
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