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80話
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村は普段でものどかとはいえ、もちろん無防備な訳ではない。盗賊や魔物がほぼ出ない場所だが、警戒を怠ることはしない。非戦闘員しかいない村にも守衛はいる。町などに比べると大した仕事はないが、それでも何もしない訳ではない。
今回も見張りをしていていち早く異変に気づいたのだという。そこからは素早かった。鐘を鳴らし、全員が声を掛け合い、ルーカスの家へ集合した。クエンティ王国へは緊急時にやり取りを行っている伝書鳩を飛ばしているはずだ。ラーザ村からクエンティ国までは馬車でも一日はかかるが、伝書鳩なら三時間ほどで着く。そうでなくとも王国にも今回の騒ぎは届いている可能性は高い。いずれ戦闘員が村へやって来てくれるとは思われる。ただ、戦闘員がここへ到着するまでにはどうしても時間がかかるので、それまで持ちこたえられるかという話にはなる。
村の住民は普段から特に避難訓練をしてはいないものの、こういった時の避難先はルーカスの家と決まっていた。ただ、いくら村人が多くないとはいえ、さすがに家の中や庭にひしめき合っている。
「めったに起こるもんじゃねぇからなぁ。一瞬忘れてたわ」
「やっぱり集会所を作るべきじゃないかねえ」
「でも建物だけじゃなくてここみてぇな広いスペースも必要になんだろよ」
まだ誰も被害に合っていないからだろうか、あっけにとられるほど皆呑気だ。
「あの、さ。そんな呑気にしてるけど、あんたらの家……結構なことになってんぞ」
サファルがおずおず言えば「知ってるよ」「さすがに気づくわ」などと返ってきた。
「そりゃショックじゃねえとは言わねぇけどさ、誰も今のところ怪我すらしてねーんだ。呑気なことでも言いたくなるだろ」
ははは、と笑う何人かにサファルもようやく口元が綻んだ。
「とはいえ、このままやりすごせるかどうかは分からないよな」
ルーカスのこの言葉に反応したのはカジャックだった。
「……俺とアルゴが魔物たちは何とかする」
「カジャック。ありがたいが、それなら俺も」
「いや、ルーカスはここを守っていてくれ。二人だと手薄にはどうしてもなるから、この場所に気づく魔物も出るかもしれない」
「結界はそんなに強くはないしなぁ」
サファルは気づけなかったが、カジャックとルーカスの会話でようやく、ここに結界が張られていたことを知った。だから魔物たちは今のところ襲ってこないのかと感心しつつ、サファルはカジャックの腕をつかんだ。
「カジャック、俺も行きます。魔法が駄目でも弓が──」
「サファルは村の皆に、アルゴの話を説明してくれないか」
「でも」
「きっと皆、何があってどうなるのか知りたいはずだ」
真顔のカジャックにじっと見られ、サファルは頷くしか出来なかった。
「全く。何故私までもが」
ぶつぶつと言いつつも、アルゴは村で結界魔法を何とか使えた者の弱い結界を張り直してくれた。その後カジャックと共に出て行ったアルゴを皆がポカンと口を開けて見ている。
二人が出て行くと、早速皆がサファルに聞いてきた。
「あの人ってエルフじゃ……?」
「誰よあの美形……」
「サファルの知り合いなのか」
「え、あ、いや、えっと……」
アルゴをどう説明したらいいのか分からないとサファルは戸惑った。その内カジャックについても何人かが聞いてきた。
「それに、もう一人も誰?」
「小柄だけど雰囲気あったよな」
「ああ。つか、目付きやべぇ」
「フード被ってて見えなかったけど、いい声してたよ」
「私、見えた……確かに目付き怖い人だったけど、わりと好みかも」
最後が特に聞き捨てならなかった。
「ちょ、ちょっと待って駄目だよあの人、俺の恋人だから! 俺のだからな! カジャックは俺の!」
「……サファル、落ち着いて」
気づけばむきになっているサファルに、リゼが困った顔をしながら笑っている。ふと見ればリゼの近くにはよくリゼと遊んでいる子がいたが、心なしかショックを受けたかのような青い顔色をしている。リゼはそっと彼女の背中を撫でているようだ。
ああ、そりゃそうだよな、魔物が襲ってきてるんだ、しかも何故なのか分からないとなれば余計怖いよなとサファルの気持ちも落ち着いてきた。
「ごめん、落ち着く……。カジャックとアルゴのことは後でまた話すよ……とりあえず今は先に何が起こってるのか言うから……みんな聞いて」
一度深呼吸をしながら、サファルはどう説明したものか考えた。竜の話をすれば混乱を巻き起こしてしまうかもしれない。
──いや、でも言わなきゃだよな……魔物はどうにか出来ても……竜までもこっちに来ないとは限らないもん、な……。
改めてもう一度深呼吸をすると、サファルはアルゴから聞いた話をそのまま、なるべく淡々と説明した。
「竜……?」
「ドラゴンだって?」
「魔物だけでもまずいのに」
「とりあえず一旦落ち着こう。焦っても危険が増すだけだ」
ルーカスがそれこそ落ち着いた声で諭すように言う。その声に、周りは実際落ち着きを見せ始めた。さすがルーカスだなと頼もしく思いながら、サファルはルーカスに聞いた。
「アルゴの結界ってやっぱり強いのか?」
「ああ、さすがだな。多分これなら普通の魔物程度はやり過ごせる気がする」
「なぁ、見ろよ! さっき出ていった二人、すげーぞ」
ルーカスの保証があるからか、誰かの声に皆はまた呑気にも庭から外を伺う。
とはいえサファルも気になる。リゼに「リゼはなるべく家の中にいろよ」などと言いながらカジャックを目で追いに庭へ出た。
今回も見張りをしていていち早く異変に気づいたのだという。そこからは素早かった。鐘を鳴らし、全員が声を掛け合い、ルーカスの家へ集合した。クエンティ王国へは緊急時にやり取りを行っている伝書鳩を飛ばしているはずだ。ラーザ村からクエンティ国までは馬車でも一日はかかるが、伝書鳩なら三時間ほどで着く。そうでなくとも王国にも今回の騒ぎは届いている可能性は高い。いずれ戦闘員が村へやって来てくれるとは思われる。ただ、戦闘員がここへ到着するまでにはどうしても時間がかかるので、それまで持ちこたえられるかという話にはなる。
村の住民は普段から特に避難訓練をしてはいないものの、こういった時の避難先はルーカスの家と決まっていた。ただ、いくら村人が多くないとはいえ、さすがに家の中や庭にひしめき合っている。
「めったに起こるもんじゃねぇからなぁ。一瞬忘れてたわ」
「やっぱり集会所を作るべきじゃないかねえ」
「でも建物だけじゃなくてここみてぇな広いスペースも必要になんだろよ」
まだ誰も被害に合っていないからだろうか、あっけにとられるほど皆呑気だ。
「あの、さ。そんな呑気にしてるけど、あんたらの家……結構なことになってんぞ」
サファルがおずおず言えば「知ってるよ」「さすがに気づくわ」などと返ってきた。
「そりゃショックじゃねえとは言わねぇけどさ、誰も今のところ怪我すらしてねーんだ。呑気なことでも言いたくなるだろ」
ははは、と笑う何人かにサファルもようやく口元が綻んだ。
「とはいえ、このままやりすごせるかどうかは分からないよな」
ルーカスのこの言葉に反応したのはカジャックだった。
「……俺とアルゴが魔物たちは何とかする」
「カジャック。ありがたいが、それなら俺も」
「いや、ルーカスはここを守っていてくれ。二人だと手薄にはどうしてもなるから、この場所に気づく魔物も出るかもしれない」
「結界はそんなに強くはないしなぁ」
サファルは気づけなかったが、カジャックとルーカスの会話でようやく、ここに結界が張られていたことを知った。だから魔物たちは今のところ襲ってこないのかと感心しつつ、サファルはカジャックの腕をつかんだ。
「カジャック、俺も行きます。魔法が駄目でも弓が──」
「サファルは村の皆に、アルゴの話を説明してくれないか」
「でも」
「きっと皆、何があってどうなるのか知りたいはずだ」
真顔のカジャックにじっと見られ、サファルは頷くしか出来なかった。
「全く。何故私までもが」
ぶつぶつと言いつつも、アルゴは村で結界魔法を何とか使えた者の弱い結界を張り直してくれた。その後カジャックと共に出て行ったアルゴを皆がポカンと口を開けて見ている。
二人が出て行くと、早速皆がサファルに聞いてきた。
「あの人ってエルフじゃ……?」
「誰よあの美形……」
「サファルの知り合いなのか」
「え、あ、いや、えっと……」
アルゴをどう説明したらいいのか分からないとサファルは戸惑った。その内カジャックについても何人かが聞いてきた。
「それに、もう一人も誰?」
「小柄だけど雰囲気あったよな」
「ああ。つか、目付きやべぇ」
「フード被ってて見えなかったけど、いい声してたよ」
「私、見えた……確かに目付き怖い人だったけど、わりと好みかも」
最後が特に聞き捨てならなかった。
「ちょ、ちょっと待って駄目だよあの人、俺の恋人だから! 俺のだからな! カジャックは俺の!」
「……サファル、落ち着いて」
気づけばむきになっているサファルに、リゼが困った顔をしながら笑っている。ふと見ればリゼの近くにはよくリゼと遊んでいる子がいたが、心なしかショックを受けたかのような青い顔色をしている。リゼはそっと彼女の背中を撫でているようだ。
ああ、そりゃそうだよな、魔物が襲ってきてるんだ、しかも何故なのか分からないとなれば余計怖いよなとサファルの気持ちも落ち着いてきた。
「ごめん、落ち着く……。カジャックとアルゴのことは後でまた話すよ……とりあえず今は先に何が起こってるのか言うから……みんな聞いて」
一度深呼吸をしながら、サファルはどう説明したものか考えた。竜の話をすれば混乱を巻き起こしてしまうかもしれない。
──いや、でも言わなきゃだよな……魔物はどうにか出来ても……竜までもこっちに来ないとは限らないもん、な……。
改めてもう一度深呼吸をすると、サファルはアルゴから聞いた話をそのまま、なるべく淡々と説明した。
「竜……?」
「ドラゴンだって?」
「魔物だけでもまずいのに」
「とりあえず一旦落ち着こう。焦っても危険が増すだけだ」
ルーカスがそれこそ落ち着いた声で諭すように言う。その声に、周りは実際落ち着きを見せ始めた。さすがルーカスだなと頼もしく思いながら、サファルはルーカスに聞いた。
「アルゴの結界ってやっぱり強いのか?」
「ああ、さすがだな。多分これなら普通の魔物程度はやり過ごせる気がする」
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ルーカスの保証があるからか、誰かの声に皆はまた呑気にも庭から外を伺う。
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