42 / 137
41話
しおりを挟む
アルゴがどのくらい滞在するかを聞いていなかったサファルは、念のためなるべく日を空けてからカジャックのところへ向かった。
その間は仕事に精を出した。いつもより売り上げもよかったので、幸先のいい夏を過ごせそうだ。夏から秋にかけてもしっかり稼ぎ、冬の備えに勤しみたい。
そんなことを向かっている途中に考え、腕を上げて普段から肌身離さずつけているブレスレットにキスをした。
親の形見であるこのブレスレットはリゼと揃いで、赤と茶の色をした革を編んで作られたものだ。青い石が編み込まれているが、何の石かは知らない。宗教心のないサファルの、ある意味信仰している物になるのだろうか。お守りだ。時折思い出したようにキスをしては両親に対してなのかブレスレットそのものに対してなのかもはやわからずに、願いを込めたり祈ったりしている。今まで外したことはない。
だが、初めてそのブレスレットを外しておけばよかったと、カジャックの家の前に来て今、心底思っていた。
「これは一体どうやって手に入れた」
家が見えてきて、浮き足だっていたサファルの前に突然現れたのがアルゴだった。家から出てきたことすら気づかなかった。
というか、まだいたのっ? とサファルがストレートに驚いていると「ようやく来たのか。待ちくたびれたぞ」と、どう見ても忌々しそうに言われた。だがその後にじっとサファルを見てからアルゴまで驚いた顔をしてくる。何だろうと思っていると、突然とてつもなく近くまで寄ってきて「お前は誰なのだ」と言われた。
「サ、サファルです……この間、カジャックと一緒にいた……」
「そんなことは聞いていない。というか私を痴呆のように扱うな。それくらい覚えておるわ!」
「でも、じゃあ……」
「お前の気配……」
「は?」
それこそ一体何なのだとサファルがドキドキしながら混乱していると、今度は腕を凄い勢いで捕まれた。そして聞かれたのだ。これはどうやって手に入れたのかと。
そのまま捻り潰されそうな勢いに、サファルは怯えを通り越して警戒心が湧いてきた。何とか腕を離させ逃げたほうがいいのだろうかと思った。
このブレスレット自体には多分大して価値はない。いや、幸運を呼ぶとも言われている珍しい革で出来ているので、多少の価値はあるかもしれないが。ただサファルやリゼにとっては自分の命のように大切なものだ。
とはいえ、アルゴはカジャックの身内に近い存在だ。カジャックも受け入れてそうだった。そんな相手が妙なことをするはずもないとも思う。
「さ、さっきから何なのですか……挨拶もなしにいきなり……」
エルフに対して無条件で畏怖さえ感じてしまっているが、何とか勇気を振り絞って言えば、アルゴは威圧的な眼差しではあるが手を離してきた。少しホッとしているとアルゴが「……中へ入れ」と渋々言ってくる。
というか、あんたの家じゃないよね?
まさか一緒に住むことにしたのかとサファルが内心またドキドキしていると、さっさと入れとまた言われてしまった。
家の中にカジャックはいなかった。誰が見てもがっかりしているのが分かる様子でいたようで、少し笑われた。
エルフも笑うんだ……。
「子どもというより犬か」
「……えぇ?」
「とりあえず座れ。この私がじきじきに飲み物を入れてやる」
恐らく親切で言ってくれているのだろう。いちいち偉そうだなと内心苦笑しつつもサファルは言われた通りにした。
出てきたものを飲むと酒だった。
「もう酒ですか」
「構わんだろう。さて、では質問に答えてもらうぞ」
「……その前に、カジャックは?」
「あやつは今、狩りに出ている。日課なのだろう」
「あの……アルゴさんはここへ住むことに……したんですか?」
「住まぬ」
「で、でもずっといらっしゃいますよね」
「お前を待っていたのだ、たわけが」
たわけ。
サファルが微妙な気持ちでいると、「で、その腕輪はどうしたのだ」とまた聞かれた。
「……親の形見です」
「形見? ではお前の親はもういないのか」
「はい」
「親はその腕輪をどうしたと?」
何故そんなに気にしてくるのだろうと疑問に思いながらも、腕をつかまれてブレスレットを奪取されそうな勢いよりはいいかとサファルは答えた。
「はっきり分かりませんが、やはり親の形見だと……」
「……。それは二つなかったか?」
「えっ? 何で……はい」
「……うむ」
アルゴがどこか納得したような顔をした。
「えっと、もうひとつは妹が持ってます」
「妹? 妹だと? 妹がいるのか」
「は、はい……」
「お前に似ているのか?」
「は? まぁ、そう言われます、けど……」
言わないほうがよかったのだろうか。サファルはリゼが心配になった。だが次の言葉で青くなる。
「だとしたら……カジャックにはこやつの妹を嫁に……」
「は、はあっ? な、何言ってんですか! 駄目、絶対駄目です!」
「何故だ。お前もカジャックと親しいなら分かるだろう。カジャックはいい男だと」
苦しいほど分かってるよ……!
「リ、リゼは好きな人がいるんです。俺はリゼにはその人と幸せになってもらいたい。それに……」
「何だ」
ちらりとアルゴを見るも、相変わらず尊大な雰囲気しかないようなエルフだ。そしてただでさえ相手の身内みたいな存在にはっきり言うのは緊張する上にその相手は生産性を求めすぎ案件なのだ。勇気がいるなんてものではなかった。
「そ、それっ、それ、に」
「……」
しかも、どうにも駄目なやつだと思われてそうな気がサファルにはしていた。だが今言わなければ、と本気で勇気を奮い立たせる。
「それに、俺! カジャックが好きなんです! すみません、俺、女じゃないけど、でもカジャックが好きなんです。だから妹は駄目です……!」
「ほぉ……?」
やっぱり怖い……!
少し泣きそうな気持ちになっていると、サファルはアルゴに肩をやんわりとつかまれた。
「……?」
「分かった。ではサファル。お前、女にならないか?」
「は、はい?」
その間は仕事に精を出した。いつもより売り上げもよかったので、幸先のいい夏を過ごせそうだ。夏から秋にかけてもしっかり稼ぎ、冬の備えに勤しみたい。
そんなことを向かっている途中に考え、腕を上げて普段から肌身離さずつけているブレスレットにキスをした。
親の形見であるこのブレスレットはリゼと揃いで、赤と茶の色をした革を編んで作られたものだ。青い石が編み込まれているが、何の石かは知らない。宗教心のないサファルの、ある意味信仰している物になるのだろうか。お守りだ。時折思い出したようにキスをしては両親に対してなのかブレスレットそのものに対してなのかもはやわからずに、願いを込めたり祈ったりしている。今まで外したことはない。
だが、初めてそのブレスレットを外しておけばよかったと、カジャックの家の前に来て今、心底思っていた。
「これは一体どうやって手に入れた」
家が見えてきて、浮き足だっていたサファルの前に突然現れたのがアルゴだった。家から出てきたことすら気づかなかった。
というか、まだいたのっ? とサファルがストレートに驚いていると「ようやく来たのか。待ちくたびれたぞ」と、どう見ても忌々しそうに言われた。だがその後にじっとサファルを見てからアルゴまで驚いた顔をしてくる。何だろうと思っていると、突然とてつもなく近くまで寄ってきて「お前は誰なのだ」と言われた。
「サ、サファルです……この間、カジャックと一緒にいた……」
「そんなことは聞いていない。というか私を痴呆のように扱うな。それくらい覚えておるわ!」
「でも、じゃあ……」
「お前の気配……」
「は?」
それこそ一体何なのだとサファルがドキドキしながら混乱していると、今度は腕を凄い勢いで捕まれた。そして聞かれたのだ。これはどうやって手に入れたのかと。
そのまま捻り潰されそうな勢いに、サファルは怯えを通り越して警戒心が湧いてきた。何とか腕を離させ逃げたほうがいいのだろうかと思った。
このブレスレット自体には多分大して価値はない。いや、幸運を呼ぶとも言われている珍しい革で出来ているので、多少の価値はあるかもしれないが。ただサファルやリゼにとっては自分の命のように大切なものだ。
とはいえ、アルゴはカジャックの身内に近い存在だ。カジャックも受け入れてそうだった。そんな相手が妙なことをするはずもないとも思う。
「さ、さっきから何なのですか……挨拶もなしにいきなり……」
エルフに対して無条件で畏怖さえ感じてしまっているが、何とか勇気を振り絞って言えば、アルゴは威圧的な眼差しではあるが手を離してきた。少しホッとしているとアルゴが「……中へ入れ」と渋々言ってくる。
というか、あんたの家じゃないよね?
まさか一緒に住むことにしたのかとサファルが内心またドキドキしていると、さっさと入れとまた言われてしまった。
家の中にカジャックはいなかった。誰が見てもがっかりしているのが分かる様子でいたようで、少し笑われた。
エルフも笑うんだ……。
「子どもというより犬か」
「……えぇ?」
「とりあえず座れ。この私がじきじきに飲み物を入れてやる」
恐らく親切で言ってくれているのだろう。いちいち偉そうだなと内心苦笑しつつもサファルは言われた通りにした。
出てきたものを飲むと酒だった。
「もう酒ですか」
「構わんだろう。さて、では質問に答えてもらうぞ」
「……その前に、カジャックは?」
「あやつは今、狩りに出ている。日課なのだろう」
「あの……アルゴさんはここへ住むことに……したんですか?」
「住まぬ」
「で、でもずっといらっしゃいますよね」
「お前を待っていたのだ、たわけが」
たわけ。
サファルが微妙な気持ちでいると、「で、その腕輪はどうしたのだ」とまた聞かれた。
「……親の形見です」
「形見? ではお前の親はもういないのか」
「はい」
「親はその腕輪をどうしたと?」
何故そんなに気にしてくるのだろうと疑問に思いながらも、腕をつかまれてブレスレットを奪取されそうな勢いよりはいいかとサファルは答えた。
「はっきり分かりませんが、やはり親の形見だと……」
「……。それは二つなかったか?」
「えっ? 何で……はい」
「……うむ」
アルゴがどこか納得したような顔をした。
「えっと、もうひとつは妹が持ってます」
「妹? 妹だと? 妹がいるのか」
「は、はい……」
「お前に似ているのか?」
「は? まぁ、そう言われます、けど……」
言わないほうがよかったのだろうか。サファルはリゼが心配になった。だが次の言葉で青くなる。
「だとしたら……カジャックにはこやつの妹を嫁に……」
「は、はあっ? な、何言ってんですか! 駄目、絶対駄目です!」
「何故だ。お前もカジャックと親しいなら分かるだろう。カジャックはいい男だと」
苦しいほど分かってるよ……!
「リ、リゼは好きな人がいるんです。俺はリゼにはその人と幸せになってもらいたい。それに……」
「何だ」
ちらりとアルゴを見るも、相変わらず尊大な雰囲気しかないようなエルフだ。そしてただでさえ相手の身内みたいな存在にはっきり言うのは緊張する上にその相手は生産性を求めすぎ案件なのだ。勇気がいるなんてものではなかった。
「そ、それっ、それ、に」
「……」
しかも、どうにも駄目なやつだと思われてそうな気がサファルにはしていた。だが今言わなければ、と本気で勇気を奮い立たせる。
「それに、俺! カジャックが好きなんです! すみません、俺、女じゃないけど、でもカジャックが好きなんです。だから妹は駄目です……!」
「ほぉ……?」
やっぱり怖い……!
少し泣きそうな気持ちになっていると、サファルはアルゴに肩をやんわりとつかまれた。
「……?」
「分かった。ではサファル。お前、女にならないか?」
「は、はい?」
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
主神の祝福
かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。
神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。
ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。
美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!!
https://www.pixiv.net/users/131210
https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy
誠に有難うございました♡♡
本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。
(「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています)
脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。
冒頭に本編カプのラブシーンあり。
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました
あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。
一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。
21.03.10
ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。
21.05.06
なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。
21.05.19
最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。
最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。
最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。
23.08.16
適当な表紙をつけました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる