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1話
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嘘だろ……。
サファルは真っ青になりながらその場に固まった。あまりのことに体が動かない。手にしていた弓はただかろうじて握っているだけだった。
「サファル、ルークの森にはあまり深く入っちゃダメだからね。入っても絶対奥まで行かないこと」
三歳も下の妹によくそう言われていた。
「分かってるよ。もう聞き飽きた。だいたい俺らの村もルークの森ん中にあるよーなもんだろ……。っていうかそれこそ何度も言うけど、リゼは俺のことはお兄ちゃんって呼ぶべきだし扱うべきだと思う」
「サファルがもっとしっかりしてくれてたらね」
「……これじゃあどちらが上か分からないだろ」
「いいから手を洗ってきて。もうすぐご飯だから」
そんなやりとりがまるで走馬灯のようにサファルの中を流れていった。
……いやいや……走馬灯とか……縁起でもない……!
だがピンチには違いない。
そこまで奥に入り込んでいたつもりはなかった。いつの間に奥まで来ていたのか。
目の前には猪と言うにはあまりに大きく禍々しい生き物が、今にもサファルに襲いかかろうと構えているところだった。もう、駄目だとしか思えなかった。本当に体は言うことを聞かないし、一歩たりとも動けない。
と、魔物がサファルめがけて一直線に走ってきた。
ああ、リゼ、ごめん……!
ルーカス、リゼを頼む……!
目をぎゅっと閉じたところで自分の前に影が出来た。そして短い詠唱が聞こえた。一体何が、と思ったところで気力が切れたらしい。サファルはそのまま意識を手放した。
サファルが住むラーザ村はクエンティ王国から少し離れたところにあるのどかなところで、人口もさほど多くない。皆が顔見知りといった村だった。
だが小さな村でも、もちろん魔法を扱える者は普通に存在する。そもそも魔力は皆、生まれた時から備わっている。ただその才能があるかないかは人によって違った。
サファルは十八歳となった今でも魔力の才能がなさすぎて魔法は全く使えない。この国では十六歳で成人となるのだが、それまでに発揮出来なければその後も魔法が使えることはないと言われている。
魔力には属性がある。エレメント、いわゆる四元素と言われる火・水・地・風だけでなく雷属性の者もいる。サファルより一つ年上の、幼馴染であり親友のルーカスがその雷属性だ。ルーカスは決して魔力は低くないだけでなく剣術に秀でており、雷の魔力もそのまま使うよりは剣に乗せて使うタイプだったりする。
ちなみにサファルは才能こそないが、一応水属性だ。しかし、だからどうなのだと自分に問いかけたい程何も出来ない。
魔法が駄目ならせめて剣術に特化しようと決めた頃もあった。何故かというと、ただ単純に格好がいい。様になる。ルーカスが剣を握っているところなどは圧巻で、幼馴染みであり親友のサファルからしても惚れ惚れする有り様だ。
だが剣を扱うサファルに対し、ルーカスから「頼むから止めてくれ」と何度も説得されて渋々諦めた。
「何でそんなに止めろ止めろ言うんだよ」
「……お前の剣使いが危なっかし過ぎて見てられんからだ」
じゃあ見るなよ、とは言えなかった。小さな頃からルーカスは面倒見がよく、助けられたりもしたし大事な親友だった。妹と二人で生活する上でよく世話にもなっていた。
それに「怪我でもしてみろ。リゼが怖いぞ」と言われると言う通りにするしかない。リゼは本当に怖いし、そして心配してくれる。可愛い妹を悲しませるのだけは絶対避けたい。
そう、避けたいはずなのに──
ハッと目を覚ますと、サファルは知らないところにいた。とりあえず誰かの家なのだろうなくらいしか分からない。
板の間に直接敷かれてある、今まで自分が横たわっていたらしい布団をぼんやり見たあとにサファルは警戒しながら辺りを窺った。
ほとんど家具と言えるものはない、狭い空間だ。誰の気配もないが、囲炉裏というものなのだろう、そこでは鍋が火にくべられているので少なくともつい今しがたまで誰かいたのかもしれない。
……っていうか俺、猪もどきの魔物に襲われそうになってたはず……?
もしかしたらここへ運んでくれた人が助けてくれたのだろうか。そして情けなくも気を失ってしまったサファルを寝かせてくれたのかもしれない。そう思うと警戒心が薄れてきた。
その誰かが戻ってきたら大いに礼を述べようと考えていると出入口らしいところに掛けられている布がめくられ、フードを被った誰かが入ってきた。黒いコートのフードを深く被っており、男か女かも分からないが、小柄に見える。服装がスリムだから余計そう見えるのだろうか。背は女なら小さくはないだろうが、男なら小さい気がする。
……ってことは女かな。女の人でも戦闘タイプの人ほんと強いもんな……。俺運ぶくらい、しちゃいそうだ。だいたいあんな魔物倒すような人なら男だとしたらもっとこう、背、高いよな?
ルーカスがそもそも高身長だからか、強い男というのはどうしても背が高いイメージがある。
俺は身長、中の上ってところだけど多分俺よりは結構低い気がする。
いや、でも、とサファルは小さく頭を振った。魔法を使うのなら小柄な男というパターンもある。
まぁ、どっちでもいいか。とにかく礼を言おう。
フードの人物が入ってきてから巡らせていた考えがそこへ至るまで恐らく五秒もかかっていない。
「あの、あなたが助けてくれたんですよね? ありがとうございます。俺、サファルって言います」
こちらへやってくる相手にニコニコと手を差し伸べると、フードの人物がそのフード越しにこちらを見てきた。
男……っつか顔、いや、目ぇぇぇ、こえぇぇぇぇっ!
何?
あの、怒ってる?
怒ってるんですか?
もしかして誰かが勝手に俺をこの家に置いていきましたっ?
え、あ、それとも助けてくれた人じゃなくてもしかして別の殺人犯か何かですかっ?
物凄い目付きで睨んでくる相手に、差し出した手の行き場を無くしながらサファルはまたその場で固まってしまった。
サファルは真っ青になりながらその場に固まった。あまりのことに体が動かない。手にしていた弓はただかろうじて握っているだけだった。
「サファル、ルークの森にはあまり深く入っちゃダメだからね。入っても絶対奥まで行かないこと」
三歳も下の妹によくそう言われていた。
「分かってるよ。もう聞き飽きた。だいたい俺らの村もルークの森ん中にあるよーなもんだろ……。っていうかそれこそ何度も言うけど、リゼは俺のことはお兄ちゃんって呼ぶべきだし扱うべきだと思う」
「サファルがもっとしっかりしてくれてたらね」
「……これじゃあどちらが上か分からないだろ」
「いいから手を洗ってきて。もうすぐご飯だから」
そんなやりとりがまるで走馬灯のようにサファルの中を流れていった。
……いやいや……走馬灯とか……縁起でもない……!
だがピンチには違いない。
そこまで奥に入り込んでいたつもりはなかった。いつの間に奥まで来ていたのか。
目の前には猪と言うにはあまりに大きく禍々しい生き物が、今にもサファルに襲いかかろうと構えているところだった。もう、駄目だとしか思えなかった。本当に体は言うことを聞かないし、一歩たりとも動けない。
と、魔物がサファルめがけて一直線に走ってきた。
ああ、リゼ、ごめん……!
ルーカス、リゼを頼む……!
目をぎゅっと閉じたところで自分の前に影が出来た。そして短い詠唱が聞こえた。一体何が、と思ったところで気力が切れたらしい。サファルはそのまま意識を手放した。
サファルが住むラーザ村はクエンティ王国から少し離れたところにあるのどかなところで、人口もさほど多くない。皆が顔見知りといった村だった。
だが小さな村でも、もちろん魔法を扱える者は普通に存在する。そもそも魔力は皆、生まれた時から備わっている。ただその才能があるかないかは人によって違った。
サファルは十八歳となった今でも魔力の才能がなさすぎて魔法は全く使えない。この国では十六歳で成人となるのだが、それまでに発揮出来なければその後も魔法が使えることはないと言われている。
魔力には属性がある。エレメント、いわゆる四元素と言われる火・水・地・風だけでなく雷属性の者もいる。サファルより一つ年上の、幼馴染であり親友のルーカスがその雷属性だ。ルーカスは決して魔力は低くないだけでなく剣術に秀でており、雷の魔力もそのまま使うよりは剣に乗せて使うタイプだったりする。
ちなみにサファルは才能こそないが、一応水属性だ。しかし、だからどうなのだと自分に問いかけたい程何も出来ない。
魔法が駄目ならせめて剣術に特化しようと決めた頃もあった。何故かというと、ただ単純に格好がいい。様になる。ルーカスが剣を握っているところなどは圧巻で、幼馴染みであり親友のサファルからしても惚れ惚れする有り様だ。
だが剣を扱うサファルに対し、ルーカスから「頼むから止めてくれ」と何度も説得されて渋々諦めた。
「何でそんなに止めろ止めろ言うんだよ」
「……お前の剣使いが危なっかし過ぎて見てられんからだ」
じゃあ見るなよ、とは言えなかった。小さな頃からルーカスは面倒見がよく、助けられたりもしたし大事な親友だった。妹と二人で生活する上でよく世話にもなっていた。
それに「怪我でもしてみろ。リゼが怖いぞ」と言われると言う通りにするしかない。リゼは本当に怖いし、そして心配してくれる。可愛い妹を悲しませるのだけは絶対避けたい。
そう、避けたいはずなのに──
ハッと目を覚ますと、サファルは知らないところにいた。とりあえず誰かの家なのだろうなくらいしか分からない。
板の間に直接敷かれてある、今まで自分が横たわっていたらしい布団をぼんやり見たあとにサファルは警戒しながら辺りを窺った。
ほとんど家具と言えるものはない、狭い空間だ。誰の気配もないが、囲炉裏というものなのだろう、そこでは鍋が火にくべられているので少なくともつい今しがたまで誰かいたのかもしれない。
……っていうか俺、猪もどきの魔物に襲われそうになってたはず……?
もしかしたらここへ運んでくれた人が助けてくれたのだろうか。そして情けなくも気を失ってしまったサファルを寝かせてくれたのかもしれない。そう思うと警戒心が薄れてきた。
その誰かが戻ってきたら大いに礼を述べようと考えていると出入口らしいところに掛けられている布がめくられ、フードを被った誰かが入ってきた。黒いコートのフードを深く被っており、男か女かも分からないが、小柄に見える。服装がスリムだから余計そう見えるのだろうか。背は女なら小さくはないだろうが、男なら小さい気がする。
……ってことは女かな。女の人でも戦闘タイプの人ほんと強いもんな……。俺運ぶくらい、しちゃいそうだ。だいたいあんな魔物倒すような人なら男だとしたらもっとこう、背、高いよな?
ルーカスがそもそも高身長だからか、強い男というのはどうしても背が高いイメージがある。
俺は身長、中の上ってところだけど多分俺よりは結構低い気がする。
いや、でも、とサファルは小さく頭を振った。魔法を使うのなら小柄な男というパターンもある。
まぁ、どっちでもいいか。とにかく礼を言おう。
フードの人物が入ってきてから巡らせていた考えがそこへ至るまで恐らく五秒もかかっていない。
「あの、あなたが助けてくれたんですよね? ありがとうございます。俺、サファルって言います」
こちらへやってくる相手にニコニコと手を差し伸べると、フードの人物がそのフード越しにこちらを見てきた。
男……っつか顔、いや、目ぇぇぇ、こえぇぇぇぇっ!
何?
あの、怒ってる?
怒ってるんですか?
もしかして誰かが勝手に俺をこの家に置いていきましたっ?
え、あ、それとも助けてくれた人じゃなくてもしかして別の殺人犯か何かですかっ?
物凄い目付きで睨んでくる相手に、差し出した手の行き場を無くしながらサファルはまたその場で固まってしまった。
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