満月の夜

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89話

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 大晦日はゆっくり家族と過ごした後に、海翔は昌希たちと待ち合わせて初詣へ向かった。もちろん月時も居る。

「なんで俺と二人きりじゃねーの」
「先に悠音に誘われたから」

 今更ながらにまだブーブーと言っている月時に淡々と答えていると二人がやってきた。

「寒いな」
「ほんと」
「痛いくらい」

 割と久しぶりに会った気がするのだが、三人ともが淡々とそんなことを言っていると月時が微妙な顔をしてくる。

「なんていうかもっと『久しぶり!』『会えて良かった!』とか元気な挨拶はないのっ?」

 文句を言っていた癖にやたら熱いことを言ってきたが、そもそも月時以外に煩いタイプがこの中に居ない。今も昌希に「はいはい」と適当にいなされていた。
 この辺には特に何もないがそこそこ大きな神社はある。初詣参拝客もそれなりの神社であり、いつもは考えられない程の賑わいを見せている。その為出店も多く出ていて、月時は参拝よりもどうやらそちらが目当てのようだ。まだ境内にも上がっていないというのに既にいくつかの店で何やら買っている。その度に足止めを喰らいつつ海翔や昌希、悠音もたこ焼きには抗えなくて、月時が一人で一皿食べている間に三人で大きめの皿を買い、分けて食べた。

「にしても食べ過ぎじゃない?」

 悠音が月時に言っているが、海翔からすれば恐らくまだまだ食べたりないのだろうなと思っている。

「え、全然そんなことないよ? 初詣した後は臨時でやってたさっきの店、入るよね? 俺そこでちゃんと食べるつもりだよー?」

 案の定、けろりとした様子でニコニコと月時は悠音に笑いかけている。

「は? お前晩飯食ってねーのか?」

 昌希が聞くと「え、もちろん食べたよ」と月時はむしろポカンとしている。

「夜ご飯食べた後、年変わる前にソバも食べたよ」
「前から食うヤツだとは思ってたけど……」
「にしてもそれだけ食べても太らないのってやっぱり走ってるからなのかしら」

 二人とも、そこまで月時がひたすら食べるとはさすがに知らなかったようで唖然としている。

「うーんとね、育ちざかりだからだよー!」
「俺ら皆同じ歳だろが」

 そんな話をしつつ、境内に近づくにつれどんどん増えてくる沢山の参拝客にもみくちゃにされながらもようやく拝むことが出来た。今年は受験の年でもあるので、本当だったら海翔はそれについて拝んでいたかもしれない。だが魔物である月時と仮契約を行い、いずれ人ではなくなる海翔がとりあえず拝殿の大前でいざ拝んだ時に浮かんだのは、ただ家族の幸せのことだった。

 ……どうか家族が平穏無事で幸せでありますよう……。

 拝み終えた後、混み合っているその場から一旦離れた時に妙な視線を感じた。違和感を覚えて海翔がそちらを見るも、当たり前だが海翔をじっと見ている者はいない。怪訝に思いながらも月時たちを探しているとまた感じた。ついなんだろうと思い、そちらの方に向かおうとしていると「こっち!」と月時に腕をつかまれた。

「え? あ……」

 月時の顔を見て何故か妙にホッとしていると月時が小さな声で言ってきた。

「ダメだよあっちは」
「どういう、意味?」
「見えてなかった? あっちの暗い方には低能な魔物が居る。行かない方がいいし、見ない方がいい」

 海翔の腕をまだつかんだまま、月時はさくさくと歩き進む。

「ま、もの? じゃ、じゃあ仲間、ってこと?」
「……ううん。前にも言ったように、人間界の空気にやられてしまった霊だと思う」
「れ、霊?」

 魔物じゃなくて? と海翔は少しポカンとしたように繰り返した。

「うん。大丈夫、見えない人間に悪さはしないと思う。一応、人の沢山の願いの力のおこぼれを貰いにきてるんだと思うよ。でも油断したら襲うくらいはしてくる。大抵の人は襲われないだろうけど」
「そう、なのか」
「中には邪なものを抱えてる人だっているかもでしょ。そういう人を見つけたら取り込もうとはしてくる場合あるよ」
「でも俺は別にそんな邪なことは……」
「うん。ただね、ひろは魔物が見えるでしょ。今も見えなくてもなにか感じたんでしょ?」
「し、視線、を」

 真面目な表情の月時に、海翔はおずおずと頷く。

「低能な霊や魔物は隙があれば襲ってくる。それは邪なものを抱えている人間だけじゃなくって、ひろみたいに姿が見えたり感じたりする場合もね、可能性にかけてくるよ」
「可能性?」
「お前ら、見つけた!」

 見つけた、という声に海翔が思わずビクリとしていると、人をかき分けるようにして昌希と悠音が近づいてきた。

「ったく、ここらはほんっと人、凄いな。とりあえずここから移動しよう」

 なんでもなかったように、月時は「うん」とニッコリ笑いかける。普段嘘がとてつもなく下手だが、こういった切り替えはとても慣れているようだった。こうして、普段からやり過ごしてきたのだろう。海翔のほうはすぐに気持ちが切り替わらなくて「あ、ああ」と、とりあえず頷いたものの、先ほど視線を感じた方がやはりどうしても気になり、チラリと見てしまった。
 すると灯りのない真っ暗な筈のその辺りから、更に暗い燻りが見えた。暗くて見えない筈なのに、と思っているとその燻りがゆらゆらと動く。ただの燻りだというのに、何故か妙に重苦しく悲しい感情に捕らわれる。声が聞こえる訳ではない。なにか見える訳でもない。音すら聞こえない、ただゆらり、ゆらりと蠢く燻りからなにかとても負の感情が漂ってきた。

 飲み込まれる……。
 いや、飲み、込まれ、ない。

 重く苦しいものを心臓の周りから振り落とすかのように海翔は歯を食いしばるとその方向を睨みつけた。途端、体が軽くなる。

「ひろ……」

 少し前を歩いていた月時が海翔が隣に居ないことに気づいて振り返ってきた。そしてなにか言いたげな顔を見せてきたがハッとなったように海翔の側へやってきて手を握る。

「もー、ダメだよひろ! 迷子になっちゃうよ」
「ごめん」

 明るく言ってきた月時に、海翔もただ謝るとそのまま手を引かれ、昌希たちに追いついた。
 境内を出ると四人はまた出店を見たり食べたり遊んだりしながら、最後に月時が言っていた、臨時で正月営業している駅前の食堂に入る。そこで月時は明け方近くだというのにハンバーグを食べ、三人はコーヒーを飲んだ。

「じゃあ、良いお年を」
「もう明けてるけどな、海翔」
「そうよね。明けましておめでと」
「関さん、今頃……? でもおめでとー!」

 そんなことを言い合いながら、海翔と月時は二人と別れた。二人は臨時で動いている電車へ乗るべく、ホームに消えていく。

「……ひろ、見ない方がいいっつったのに、見たんでしょ」

 二人をニコニコと見送っていた月時が少し低い声でぼそりと聞いてきた。

 あ、これ、怒ってる?

 そういえば月時が海翔に対して怒るなんて、普段はない気がした。

「ご、ごめん」
「ひろ、誘惑に弱いんだか強いんだか分かんない。とりあえず俺、今ちょっと怒ってるから」
「ほんと、ごめん。どうしたら許してくれる?」

 謝りながら月時をじっと見た。

「……っ、なんかずるい」
「え? なにが」
「……もう。いいけどね、どうせ俺、ひろに怒りなんて持続しない。でも心配凄いするんだから」
「うん」

 しおらしく頷いた後に海翔は「なあ」と月時の腕の服を引っ張った。

「さっきの霊? なんかよく分からないし、聞きたいんだけど」
「いいけど、眠くないの?」
「……じゃあひと眠りしてから」
「いいよ。俺ん家くる?」
「……なにもしないなら」
「信用ないな! ちゃんと家族いる時はしないってば! ね?」
「違う、あんたの家ではしない、だ。とりあえず、分かった」
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