満月の夜

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68話

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「ひろ、本当にごめんね」

 月凪が申し訳なさそうに謝っている。それに対して海翔は「もういい、けどあれは、ない」と言い返していた。

「限度ってものがあると思う」
「だよね。今度もしひろを抱いたり可愛がってあげることがあればその時は優しくするね」
「ないから」
「そうだよないよ! なに言ってんのユーキ!」

 淡々と呆れたように言い返す海翔に続いて月時は思い切りムッとしながら抗議した。

「トキまだ居たの? 後は俺がひろを治しておくからもう下に降りてていいよ?」
「ダメ。ユーキ変なことひろにしないよう、俺ここに居るから」
「信用ないなあ」
「ある訳ねーだろ」

 楽しげに笑ってくる月凪に、月時は口を尖らせながら言い返す。すると益々楽しそうにニッコリと笑みを浮かべると、月凪はおもむろに海翔の首筋に顔を近づけ、痣になっているところに唇を這わせた。

「ユーキ!」

 ハッとなった月時が引きはがそうと近寄ると「治して欲しいんでしょ」と一旦首筋から顔を上げて月凪がニコニコとしている。

「ルリが怪我とか治すのにそんなやり方してんの見たことない!」
「ルリと俺の治し方は違うよ。トキだって呪文唱える時、俺とやり方違うでしょ」

 そう返されるとなんとも言えず、月時はグッと喉を詰まらせたように言葉を飲み込んだ。

「おい……もうなんでもいいから早く痣消して終わらせてくれ」
「さすがひろ。男前だね、カッコいい」

 ニッコリと微笑む月凪に対して月時は「ひろぉ」と情けない顔を海翔に向けた。

「トキ、別にこれは治すだけだろ」
「ひろ、そーなんだけど、でも」
「じゃあ気にするな。俺が好きなのはトキなんだし」
「ああもうひろ、ほんとカッコいい!」

 思わず胸がキュンといいそうになりながら月時が赤くなると海翔に生ぬるい目で見られた。

「じゃあトキはそこで指咥えて見てて」
「ユーキはいちいち腹立つな?」

 実際わざとなのだろうとは分かっているが軽率に月時は月凪の言葉に踊らされる。ムッとしながらも仕方ないのでとりあえずは大人しく座った。すると月凪が再開してくる。
 確かに唇を這わせていると痣が消えていっているのが月時にも見える。見える、けれどもやはり落ち着かない。

「……ん」

 おまけに海翔が吐息のような声を少し漏らしてくるから余計に落ち着かない。

 わーん、もうほんっとなにこの図……!

 目の前で大好きな恋人の首筋に唇を這わせている兄弟ってどんな図だよと月時は内心泣きそうになりながらも必死に堪えていた。絶対ゆっくりやってるだろと月凪に文句を言いたいのもなんとか堪えていると「うん、綺麗になったよ」と月凪が海翔から離れた。その際に手首に気づいたようで「またえらく強く噛まれちゃって。というか手首に噛みついたんだね。首か肩かなってなんとなく思ってた」と楽しそうに海翔の手首を手にとっている。

「別にどこって決まってる訳じゃないの?」

 海翔が聞くと「そうだね」と頷く。

「どこでもいいよ。ほっぺでも。ひろのほっぺってそういえば美味しそうだね」
「……ユウキは本当に基本的に意味の分からないやつだな」
「お褒めに預かり」
「褒めてない」

 月凪と海翔のそんなやり取りを月時は恨めしそうに眺める。今は別に変なことをしている訳でもないのだが、なんというか月凪だけに落ち着かないのかもしれない。
 そう思っていると月凪が海翔の手の甲にキスをする。月時が思わず口をパクパクとさせていると海翔が「なにしてんの……」と月凪に対してまた淡々と呆れている。

「ん? ああ、そうそう。この手首の傷も消そうか?」

 そういえば手首、自分が傷つけてしまったんだったと月時はしゅんとなる。だがなんとなくその傷を月凪に消されるのは嫌だなと思いつつもそれは言えないなと黙っていた。

「これ? いや、これは隠そうと思えば隠せるし。最近寒いしな。夏だったら目立ってたかもだけど」
「隠さなくても消せばいいのに」
「うん……でもこれは自然に消えるのでいいよ」
「痕残るかもだよ?」
「それならそれでいい」

 手首の傷を見ながら海翔が静かに笑みを浮かべる。それを聞いて月時は鼻の奥がツンとしてきた。

「そう」

 月凪は優しげな笑みを浮かべ、海翔の頭を撫でる。

「じゃあ、そろそろ皆帰ってくるころだし下、行こうか」

 月凪の言葉に月時もようやく同意した。



 海翔のことを打ち明けると、家族全員がやはりというかとても驚いていた。特に月梨は信じられないといった風で、まるで馬鹿になったかのように唖然とした顔をしている。だが海翔がさすがに少々恥ずかしそうに胸の印を見せると、動揺しつつもすぐに皆歓迎した。月梨や月侑太だけでなく月時の両親にまで抱きしめられ、海翔はさすがに戸惑っていたが嬉しそうだった。

「トキの迂闊な行動のせいでひろくんに大変な迷惑をかけてしまって本当に申し訳ない」

 父親が心底申し訳なさそうに代表して謝ってきたが、それでも「本当に仮契約をして良かったのか」とは誰も聞いてこない。
 契約をしない、イコール「死」であることは海翔を含めたここに居る誰もが暗黙の了解として理解している。だというのに「契約をして良かったのか」とわざとらしく聞く者が居る筈もなかった。

「おじさん、謝らないでください。俺はちゃんと考えた上でやはり迷うことなんてなかったし仮契約した今もこれで良かったって思ってます」
「……いい子だよな、トキには勿体ないくらい」
「父さんそれどーゆー意味だよ!」

 しみじみと呟く父親に月時は思い切り唇を尖らせながら抗議したが、母親から「トキは文句言える立場じゃないでしょ」とばっさり言われる。

「ぅう。はい」
「ほんとトキってなんかやらかすわよね。ひろくんにバレたって最初聞いた時は心臓止まるかと思ったわよ」

 月梨がため息を吐いてくる。どうやらなんだかんだで海翔のことをそれなりに気に入っているらしく、海翔が仮契約をしたとその後で聞いた時は本当にホッとしているのが月時にも伝わってきていた。ずっと純血を守りたいと思ってきた筈だろうに、本当に歓迎してくれている様が分かり、余計に月時は嬉しかった。
 同じく月侑太もその時は「ひーちゃん、良かった、良かったよね」と思い切り海翔を抱きしめていた。その際はさすがに月時も「俺のひろに」とは言わず、月侑太のしたいようにさせていた。
 だが今また「ひーちゃんいい子」とぎゅっと抱きしめに行く月侑太に関しては遠慮なく邪魔をする。

「トキ、なんで邪魔すんの」
「ムータ抱きつき過ぎ。ひろは俺のひろなんだからな」
「ぎゅっくらいしちゃだめ?」

 月侑太が悲しそうに聞いてくる。これが月凪なら「絶対ダメ」と即答するのだが、純粋な月侑太にはあまり強く出られない。

「ぅ」
「……いや、この場合俺に聞いてくれ」

 少し向こうで海翔が微妙な顔で言っている。すると月侑太がもし耳を出してたらピンと立てる勢いで嬉しそうに海翔の元に一気に近づいた。

「ぎゅってしていい?」

 そして言われた通り海翔に聞いている。本当に来るとは、といった表情をした後で海翔はちらりと月時を見てきた。月時はどんな顔をすればいいか分からなくてつい変な顔をしてしまった。すると海翔がふっと笑う。それに思わずびっくりしつつも赤くなっていると「ムウタ、ぎゅっ、はたまにちょっとだけね。今はさっきやったから、もう終わり」と海翔が月侑太の頭を撫でていて、思わず嬉しくて泣きそうになった。
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