満月の夜

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55話

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 付き合ってくれるだけでなく、信じられないことに好きになってもらえて有頂天なんてものではなかったが、月時は改めて気持ちが少々落ち込みそうになった。せっかく海翔が家に、そして月時の部屋に来てくれているのにと思うが仕方がない。
 海翔は基本的に隠し事はしないし気持ちに素直だ。嫌だと思えば嫌だとちゃんと言ってくる。楽しい、嬉しいと思うことも、たまに何故か照れていることはあるがちゃんと伝えてくる。
 だがあくまでもそれは対面的なことで、内面で考えたりしていることはあまりさらけ出してくれない。それが海翔なのだと分かってはいるが、少し切ない。
 普段でも多分色々と海翔なりの考えがあった上で結論だけを形にしたり口にしてくるので、たまに「えっ?」っと戸惑うこともある。
 ある時も昼休みが終わるという時に急におもむろにバナナを取り出し口に含んだかと思うともごもごとなにやら動かしている。

「なっ、なに、してんの……?」

 海翔に限って間違いなく絶対に変な意味じゃないと分かりつつも、本当に突然そんなことをしてきて照れたらいいのかぎょっとすればいいのか分からずに月時がドキドキとしながら聞けば「効果?」と本当に意味が分からない。

 なんの効果……っ?

 やはりドキドキすればいいのか微妙になればいいのか分からずに「な、に……の? つかなんでそんな……えっと、もそもそした感じ、なの?」と聞けば海翔は怪訝そうな顔で月時を見てきた。
 怪訝そうな顔をしたいのはこちらだと思いながらもバナナを口に咥えたままの海翔に変に興奮してしまう未熟な自分を月時はそっと内心であざ笑う。

「いや、バナナあまり好きじゃないから……」
「へ? だったら食べなければよくね? ひろ、ほんとあの……」
「んー」

 月時の言葉に海翔は口に含んでいたバナナを離し、ため息をついた後であろうことか月時の口に放り込んできた。

「っ?」

 ひろの口に含まれていたバナナが俺の口に……っ?

 思わず馬鹿みたいにテンションが上がりそうになって、月時はだが我に返る。一応口の中に入った部分はもぐもぐと美味しく頂きながらも皮の部分を持ち、口から離した。

「ひろ……」
「運動する三十分くらい前にバナナ食べたら素早くエネルギーに代わって燃焼効果高めてくれるってあったからさ」
「う、ん?」
「五時間目、体育だろ」
「うん」
「だから」
「……っえ? ごめん、意味やっぱ分からないよっ?」

 うんうんと聞いていた月時は突如説明が終わる海翔に突っ込む。基本的にいつも月時のほうが海翔に呆れられることが多いのだが逆もこうして、ある。

「? 俺、あんたみたいに運動がそんなに出来る訳じゃないから、こうしてバナナ食べたら少しは効果出るのかなって」
「……? あ、いや、待って? なんの効果……? あの、ひろ。確かに運動前にバナナはいいんだけどさ、それ普通に運動する時に脂肪燃焼高めてくれるダイエット効果だと思うんだけど……!」

 不思議に思いながらわたわたと説明すると海翔がポカンとした後に「へえ」と頷いてきた。

「運動がしやすくなるとかそういうんじゃないんだな。っていうかトキはなんだかんだで頭いいよな。物知りだ」
「え? え、えへへ。そ、そっかなー…………、っていうかひろがちょっとズレてる気がする」

 海翔に褒められることはあまりないだけにデレデレとした後で月時は微妙になった。

「そうか?」
「あと、そこに至る考えとかなにも言わずにいきなりしてくるから一体ひろ、どうしちゃったのっ? って思っちゃうんだからね?」
「そうか」

 怪訝そうにした後で月時の言葉を聞いて今度はふっと笑いながら海翔は頷いてきた。それを見て、月時はバナナを忘れて海翔に抱き着いていた。
 普段からたまにそうやってボケて……いや、内面での考えを口にすることなくいきなり行動し出すことがある。なので今のように何か思うことがあって悲しげな顔をしていても確かにいつもの海翔だ。
 バナナくらいならいい。というかあれはあまり説明をしない海翔という状況の中でも楽しい思い出ではある。
 だがそんな顔をすることに関してはどうか自分にも話してくれないだろうか、と月時は落ち込んでしまうのだ。頼りにしてくれない、あえて言う程じゃないと思われていると、本気で思っている訳ではない。海翔の性格だからだろうなと分かっては、いる。それでもやはり寂しいし切ないなあと思ってしまう。
 つい、いつもと違ってそんな切ない気持ちをぶつけてしまった。だがそのおかげなのか海翔が言い辛そうにしながらも、とつとつと話してきた。
 それを聞いていると今度は落ち込んでいた気持ちがぐんと上昇してくる。海翔の話はまるで寿命の異なる状態が悲しくて寂しいと言っているようだった。ちっとも甘えてくれない海翔が、まるでどこか甘えてくれているようにさえ感じられる。
 月時は寿命のことを特に意識したことが無かった。というか意識しようとしなかったとも言う。人間とワーウルフでは生きる長さが圧倒的に違うことくらい月時は分かっている。自分の正体がバレないよう深い付き合いは避けてきたが、だからといって臆病になって人間と接しないという発想は月時には無かった。それは海翔に対しても同じで、好きになってしまったものを、寿命が違うからと避ける意味は分からない。正体がバレての対処に関しては悩みしかないが、寿命で思い悩んだことはない。
 自分が見送る側だからだろうか。
 後に残して逝くことが基本的にほぼあり得ないからだろうか。見送る側だと少なくとも悲しい思いをさせることがないと思っていた。
 深く考えたことは無かったのだが、正体がバレたことに関してをあえてスルーし、この先もずっともし海翔と付き合えるのなら、海翔が嫌にならない限りずっと傍に居られたらとだけ思っていた。
 例えもうすぐ成長が止まる自分に対し海翔がどんどんと老けていっても、そしていずれ海翔が土に還ることになっても、自分はそれを受け入れ海翔を思っていけると思っていた。
 姿が変わらなくなる為もありあまり長期滞在は出来ないので、いずれ引っ越すにしても魔界に戻るにしても、時折海翔の眠る墓を抱きしめに行こうとさえ思っていた。
 もちろん大切な相手を失くした後もまだまだ続く生を思うと寂しくはある。決して夢を見ている訳ではない。ワーウルフとヒトという種族をそれぞれ小さな頃から理解してきたからこそ、歓迎している訳ではないがスムーズに、というかそうなるものだとそれなりに自然に思っていた。
 だがそんな世界を受け入れられても実感したことはなかったであろう海翔にとってはやはりどこか切ないことなのかもしれない。それなりに自分のことを好いてくれているのかな、と月時は嬉しく思った。愛おしくて海翔をギュッと何度も抱きしめた。
 だがふと思う。
 結局は正体がバレたことは避けられない問題なのだろうな、と。
 自分たちの正体を知っている海翔と、今後どれほどずっと付き合っていけるのだろうか。
 そう思ってしまったせいで、気づけば会話は月時としては流れて欲しくないほうに流れてしまった。これまた全部自分のせいだ。

「? なんだよ、歯切れ悪いな? 俺がワーウルフの正体分かってるのバレた場合、殺される以外に方法、あるの?」

 聞かれても「ない」と言えばいいのかもしれない。だが嘘は吐きたくない。
 嘘を吐くことで誰かの救いになる嘘ならいい。だがここで月時が「他にはない」と言っても誰も救われない。強いて言うなら月時が言わずに済んで楽なだけだ。
 だから嘘は吐けなかった。

「……え? ほんとにあるの?」
「…………うん」
「それ、教えて」

 海翔ならそう言うだろうと月時には分かっていた。言わずに済むなら言いたくなかったが、月時が言わないままのほうが良かったのか言ったほうが良かったのか結局判断するのは海翔だ。
 とはいえ、殺されるのも嫌だろうが、契約だってとても嫌だろう。
 月時と契約をし、自ら魔物として生きることになる。そうすることで口封じの為に殺されるどころか、仲間と見なされることになる。おまけに海翔が切なそうにしている問題も片付く。月時とともに、人間では想像もつかない年月を生きるのだ。

 人間ではなくなるから。
 ねえひろ、人間止めて俺と生きて。

 だがそんなこと、言える筈がなかった。
 自分のアイデンティティを、そして家族や友達の何もかもを捨てろと言うことなのだ。
 もちろん選ぶのは海翔だ。自分のせいで、海翔はどちらも最悪であろう選択を下手をすればいずれ選ぶことになる。
 寿命なんかは昔から分かり過ぎていて気にしたことが無い。だがこの選択を持ち掛けること自体をひたすら先延ばしにしたくて月時はずっと黙っていた。

「……あの、ね」
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