満月の夜

Guidepost

文字の大きさ
上 下
49 / 128

48話

しおりを挟む
 今度は海翔が月時を抱きしめながら首に顔を埋めると、一瞬身を強張らせた後に「って、えっ? 腹立つの……っ?」という言葉が返ってきた。

「違う、あんたが腹立つんじゃない。トキと居て気づかなかった自分に腹立つ。あんたが居なくなったとなって初めて気づくような自分がなんかどんくさくて」
「なにそれ、カッコいい……!」
「は?」

 なにを言い出すんだと怪訝な顔をして首筋に埋めていた顔を上げると、月時が海翔を少し自分から離してきた。そして嬉しそうに笑いかけてくる。

「俺のこと、好きだと思うことが腹立つのかなって思っちゃったら、自分に腹立ててるなんて。そんなのきっとひろぐらいだよ」

 そしてそのまま唇を重ねてきた。軽くちゅっちゅ、と啄むとまた少し離してきて、じっと海翔を見てくる。その目がだんだん潤んできた。

「ひろ……ほんと?」
「なにが?」
「俺のこと、恋人として好きなの?」

 潤んでいる目からは今にもポロリと雫が落ちそうだった。多分、笑っても驚いても、なにをしても次の瞬間には落ちるんだろうなと海翔は思わず少し笑う。

「な、なんで笑うの?」
「いや、悪い。だってほら、今にも涙、零れそうで。ほんとトキって感情、豊かだな。そういうところも含めて、うん、俺、トキが好きだよ」
「……っ」

 ポロリと落ちるなんてものじゃなかった。好きだと言った途端、月時の目からはどうしたと言いたくなるくらい、ボロボロと涙が落ちてきた。

「好き、俺も、大好き。ひろ、大好き。ありがとう、ひろ……大好きだよ」

 泣かれておろおろするどころか、暖かいものが喉の奥からみぞおちの奥にまで流れてきた。海翔は微笑むと「うん……」とそんな月時を抱きしめた。
 月時が好きと自覚しても、自分に対して実際憤りはすれども動揺や嫌悪感といったマイナス感情は全くなかった。男に興味がないとか言っておきながら、と少々微妙にはなるが好きだと気づけば、ただ「好き」だと思うだけだ。
 抱きしめた月時の濡れた頬に唇をそっと這わせると「っひ、ろ?」と素っ頓狂な声がする。

「なに」
「な、なにって、その、あの、今、あの」
「……? 涙、濡れてたから」

 何故月時が動揺してくるのか分からなくて海翔は少々怪訝そうに眉をひそめながら言う。焦られる意味が分からない。月時自身、海翔が好きだといつも言いながら「やめろ」と言ってもひたすらキスをしてきていた。そんなヤツに動揺される謂れは無いと海翔は思う。

「あ、そ、そっか!」

 そうかと言いながらも月時はまだポカンとしている。あれ程キスをしてきていたくらいなのにとまた不思議に思いながら海翔は月時の唇にも軽く唇を合わせた。

「ひろ、ちょ、ほんっとにひろ?」
「なんだそれ。俺以外誰だって言うの」
「そ、そりゃそうなんだけど」

 改めて月時の顔を見ると、真っ赤にしていた。
 照れているのだろうか? と思いながらも少し可愛いなとも思えて海翔はそっと笑った。

「ほ、ほら! なんかこう、ひろの反応じゃない!」
「……俺は普段どんなヤツなんだよ。笑っても俺じゃないの?」

 呆れたように言えば、月時はハッとなりながらぶんぶんと頭を振ってきた。

「ううん。ひろはひろだね。でもなんかひろからちゅーしてくれたりとか軽率に笑ってくれたりとか、あまりに贈り物過ぎて俺、どうしたらいいか」
「そうなの? じゃあ仕方ないからキスとか自分からはしないように――」

 あまり自分からはしないほうがいいんだなと思いながら言いかけると、とてつもない勢いで肩をつかまれた。言いかけていた声も止まり、反応を返す暇もない。

「してっ? すっごいして! ちょっとさっきから嬉し過ぎて色々メーター振り切ってるだけだから! すっごい嬉しいし、凄くして!」

 そう言うと今度は月時がまた何度も唇を啄んできた後にぎゅっと抱きしめてきた。なんだこのキスと抱擁の応酬は、と海翔は内心少しおかしく思う。
 とりあえず基本的には自分からするほうが好きというか落ち着くのだろうかなと、そして月時に抱きしめられながら思ってみる。実際海翔も、元々は異性相手にする側だった訳なのでもしそうなら気持ちは分かる。
 主導権があるほうがなんというかむしろ恥ずかしくないし、好きな相手をどうこうしたいと思うこと自体が自然だったりする。される側は、こうして好きだと自覚してもやはり少々落ち着かないものだとは思う。自覚する前よりは気持ちが分かっているので受け入れやすい為、その落ち着きのなさはかなり薄れてはいるが。
 受け入れるという感覚も案外悪くないとも思える。
 いざとなれば頼りにもなる月時の、こうした普段の甘えは可愛らしいとさえ思える。その可愛らしさを受け止めるのはむしろ気持ちが穏やかになるというのだろうか。

「……これが母性?」
「なんの話……っ?」

 思わず口に出ていたらしく、月時がぎょっとしている。確かに「凄くして」と言われながらキスをされた後に呟く内容としてはいきなりなんだと唖然とするだろうなと海翔も他人事のように思った。

「いや、なんでもない」
「え、でも母性とか……」
「……いや、気のせいじゃないか? それともトキは俺がママっぽいとか思うのか?」

 説明するのが面倒くさいので適当にはぐらかすように言うと「そ、そんなこ、ことは」と何故か更に動揺された。

「なんで動揺してんだよ」
「し、してないよ。母性とか聞いてその、なんとなくひろがエロいとか思ってない!」

 思ってんじゃないか、と内心微妙になったが一応スルーしておくことにした。
 とりあえず授業をサボっていた為、一応一時間目だけはやり過ごした後で二人は教室へ戻った。戻る時間が早かったのか、授業をしていた先生と鉢合わせしてしまったが「長月はもう大丈夫なのか? にしても水白は保健室連れてったら戻ってこい。全く」と月時に注意しただけでそのまま廊下を歩いていった。
 怪訝に思いつつ席に着くと悠音が「あんたが泣き出したのもあって、水白くんがあんたを保健室に連れていったことになってたわよ」と教えてくれる。

「なるほど」
「なるほど、じゃないわよ。なにしてんの」

 呆れたように言う悠音に、月時が「ご、ごめんね関さん。俺が悪くって」と謝っている。そんな月時をじっと見た後で悠音はため息を吐いた。

「二人のことは分からないからなんとも言えないけど、私に謝る必要なんてないわよ、水白くん」
「そっか。とりあえず教えてくれてありがとう」

 月時は素直に受け止め、ニッコリと笑いながら自分の席へ戻っていった。そんな月時が可愛いなと思ったので海翔もそっと笑っていると、それを見た悠音に気持ち悪そうな顔をされた。

「なんでそんな顔で俺を見るの」
「だってあんたがちょっと異質だったから」
「……トキにもそこまでは言われてないけど。でも俺、そんな普段笑わないのか?」
「別にそこまで笑わないなんて言ってないわよ。ただ今笑うところ、なかったでしょ」

 じっと海翔を見ながら言ってくる悠音に海翔は苦笑する。

「俺にはあったの」
「……へぇ?」

 あと、変に勘働かせてくるから怖い。
 別に昌希や悠音になら付き合ってることくらいはバレてもいいような気はするものの、悠音の勘の良さには少々海翔は怯えすら感じて微妙な顔をしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

欲情列車

ソラ
BL
無理やり、脅迫などの描写があります。 1話1話が短い為、1日に5話ずつの公開です。

恋のヤンキー闇日記

あらき奏多
BL
幼なじみの忠犬が、本当は狂犬だった。 大型わんこな変態オタクに蹂躙される、強気元ヤン“みーちゃん“のお話。 ▼変態オタクわんこ(高身長)×元ヤン強気男前(低身長) ──今までずっと“そういう目”で見ていたのか? もう普通の幼なじみには戻れないのか? 悩んで泣いて殴って衝突しまくって、突き詰めて出した答えは……。 ※多少の血&嘔吐表現あり。 ※受けは可哀想なくらいずっと拒みます。 ※紆余曲折ありますがハピエン主義です。 【登場人物】 ▼遠山 兼嗣(とおやま かねつぐ)攻 ・189センチ。19歳。タレ目のでかいオタク。 ・人畜無害そうな見た目。根っこは真面目で何でも凝り性だけど、あんまり無害ではない。 ・漫画もアニメもゲームも好き。格闘系もエロゲもする。手先が器用で猫背でよく絵を描いている。多趣味。“日記”も立派な趣味のひとつです。 ▼朝日 美夜飛(あさひ みやび)受 ・自称170センチ。19歳。一応ちゃんと筋肉あるけど食生活が狂ってるので華奢。 ・中学生のころは結構やんちゃしてた。今はだいぶ落ちついているが、口が悪いのはなかなか抜けない。足癖はめちゃくちゃ悪い。行儀はギリギリ悪い。良識は人並みか中の下。思考はまともなほう。 ・兼嗣のことを昔から家来だと思ってる節がある。 ▼花岡 裕太(はなおか ゆうた) ・176センチ。無害な平凡。 ・兼嗣と同室 ・ヤンキーっぽい美夜飛が少し苦手 ▼廣瀬 翔(ひろせ かける) ・182センチ。面倒見のイイただのイケメン ・美夜飛と同室 ・根っからのいい奴。年の離れた弟妹がいる。 ※全員、工業系専門学校の寮生活。 部屋割りは兼嗣&花岡、美夜飛&廣瀬 ▼花岡裕太・廣瀬翔:風也さま └名付け親企画へのご参加、どうもありがとうございました。 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

俺の魔力は甘いらしい

真魚
BL
〜俺の魔力って甘くて、触れた相手の性的快感をメチャクチャ高めてしまうらしい〜  【執着ノンケ騎士×臆病ビッチ魔術師】 親友ルイへの叶わぬ想いを諦めて、隣国に逃げていたサシャは、母国からの使節団の一員として現れたルイと再会してしまう。「……なんでお前がここにいる……」サシャは呆然としつつも、ルイのことをなんとか避けようと頑張るが、男を好きであるとも、セフレがいることもバレてしまう。 ルイはそんなサシャのことを嫌悪するようなことはなかったが、「友人とセックスするなら、親友としたっていいじゃないか」とか言い出してきた。 ヤバい。大事な親友が俺の魔力にあたって正気を失っている……  逃げ腰なサシャと、無自覚に執着してくるルイのもだもだストーリーです。前半ドM展開多めです。8話完結。最終話にR18描写あります。 ムーンライトノベルズにも掲載しています。

永遠の快楽

桜小路勇人/舘石奈々
BL
万引きをしたのが見つかってしまい脅された「僕」がされた事は・・・・・ ※タイトル変更しました※ 全11話毎日22時に続話更新予定です

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

まだ、言えない

怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL XXXXXXXXX あらすじ 高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。 “TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。 吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。 「まだ、言えない」気持ちが交差する。 “全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか” 注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m 注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)

平凡リーマンが下心満載のスケベ社長と食事に行ったら、セクハラ三昧された挙句犯されてしまう話

すれすれ
BL
【全6話】 受けのことを密かに気に入ってたド変態エロおじ社長×純情童貞平凡ノンケ(だが身体はドスケベ)リーマンの話です。 社長が変態エロ爺で、受けにセクハラ質問責めしたりオナニー強要したりします。 そして快感に激弱な受けが流されに流され、セックスまでしちゃってめでたくちんぽ堕ちします。 【含まれるもの】 オナニー強要&鑑賞、乳首責め、飲精&飲尿(どちらもグラスに注いで飲む)、アナル舐め、寸止め、前立腺責め、結腸責め、おもらし、快楽堕ち、中出しetc

処理中です...