満月の夜

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43話

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 唇が合わさっている部分が少し暖かいなと、海翔はぼんやり考えていた。
 何故、いつ自分のことが好きなのかと聞いた割に、こういう時に改めて自覚しただのこういうところが好きだと言われると妙に落ち着かなかった。
 ただ、月時から学食よりも好きだと言いつつ一緒に昼食を食べたいと言われるとやはり嬉しくない訳はない。沢山食べる、食べることがすごく好きそうな月時だけに余計かもしれない。
 そんな風に思われ、言われたら自分も歩み寄らなければならないと思ってしまう。

 いや、違うな。

 ちゅ、っと小さなリップ音を少し遠いところで感じながら海翔は思った。しなければならないのではなく、したいなと自然に思えた。
 騒がしい学食は実際落ち着かないのであまり好きではないが、月時が喜ぶなら一緒に付き合うくらい大したことではない気がした。

「もー、ひろ! ちゅーしてるのに他のこと考えてる?」

 重なっていた唇が少し離れ、月時が少し不満そうに言ってくる。考え事、という程ではないので「いや……」と否定しかけると「嘘だ、だって全然無反応なんだもん」と唇を尖らせてくる。
 付き合っていると分かっているので言うつもりはないが、そもそも男同士のキスにまずノリノリになれないだろと心の中で思った後に海翔は少し笑った。

「な、なに?」
「いや……。どのみち考えてたのはあんたのことだ」

 口元を綻ばせたまま言うと、月時がポカンとした表情で海翔を見てきた。あまり明るくないので顔色は見えないが、心なしか赤くなっているように感じる。
 今の言葉に赤くなるものか? と今度は海翔が怪訝そうに月時を見ると「ひろってタラシなの?」と意味の分からないことを言ってくる。

「は?」
「は、ってなに」
「いや、だって意味が分からない」
「なんで! だってひろのこと好きだって言ってる俺に、俺のこと考えてたとか普通そんなカッコいい顔して言う?」
「は?」
「いや、でもカッコいい顔っつーより俺からしたら凄い綺麗な顔? 違うか、可愛い顔かな、いや全部? どう思う?」
「っ知らない……」

 呆れ、引いたように月時に答えると「冷たい」などと言ってくる。
 自分の顔のことで乗り気で答えられる訳がないだろうと海翔は更に呆れた。そもそも自分の顔のレベルは並みくらいはあるだろうかというくらいしか認識がない。

「でも嬉しーな。明日はとりあえず俺がパン買ってくね。そーだ、せっかくだし教室じゃなくて屋上で食べよ?」

 気を取り直したのか、月時がまた軽くちゅっと啄むようなキスをしながら言ってくる。

「なんで? 別に、教室でいー、んじゃ……」
 喋っている間も啄んでくる為、話しにくいことこの上ない。

「っちょ、喋っ、て帰ろうっつ、ったの、あんただ、ろ」
「おしゃべりもちゅーもどっちもしたい。屋上は二人きりになれるから行きたい」

 なんだよそれ、と言おうとした海翔の口の中にぬるり、と舌が入ってくる。腹が減っていて、このまま食べられるのではないかというくらいに貪られている感じがして、海翔はそれに飲み込まれそうになる。
 相変わらず苦しくて、今までも辛うじて多少キスの経験はしたことがあるというのにこんなに苦しいと思った記憶がない。

「ちゅーでだって、漏れそうなら声、漏らして。俺、聞きたい」
「っは……、なに、言っ」

 喋ろうとしたらまた続けられる。今度は舌を嬲られるように月時の舌で愛撫され、結局何を言え、というか漏らせと言っているのか分からないまま聞けない。
 暫くそのままキスされ続け、月時が少し体ごと離してきた時は乱れた息を整えることも忘れていた。ついこの間までキスどころか誰かを好きになったことすら初めてだと言っていた癖に、なんだってこんな風にまるで食べ物をがっつくかのように貪欲なんだと海翔は霞むような目で月時を睨む。

「そんな涙目で煽ってきたらダメだよ、ひろ」
「そ、んなこと、してない……。っは、ぁ。苦しいっつってんのに、は、ぁ。なんで止めないんだよ」
「ひろ、苦しいのって息が出来ないからとかじゃないと思う」

 ムッとしたように言えば、何故か苦笑された。それが苛立たしいので「わんこの癖に生意気」だと言えば、今度は月時が「犬じゃねーし」とムッとしてくる。

「生意気じゃねーし、それに。むしろひろのこと、好きだってさ、出来るだけ抑えながら表現してんのに酷い」
「抑え? あれが?」

 めちゃくちゃ貪られた気、しかしない。

「だって前にも言わなかった? 俺、もっと色んなとこに顔擦りつけたりいっぱい舐めたり甘噛みしたりしたいんだよ。それ、抑えて唇へのちゅーだけに留めてる」

 だからむしろあんなにがっついてくるのか、と海翔は微妙な気持ちになった。微妙な顔をしながらも「ふざけんな」、ではなく一応礼を言っておいた。

「うん……抑えてくれてありがとう」
「ひろ、なんか疲れてる? もう帰る……?」
「まぁ、腹減ったし、うん」

 心配そうに聞いてくる月時に、海翔は遠慮なく頷いた。月時は「もう帰るの?」とも「まだ嫌だ」とも言わず、快く立ち上がる。

「……結局なんだったんだよ。なんか喋ったっけ」

 公園を今度は出ながら海翔が呟くと「いっぱい喋ったよ」と嬉しそうに月時は答えてくる。

「いっぱい? 俺の記憶に障害でも発生してるのか?」
「もー、ひろったらたまに嫌味だよな! 大袈裟だよ」
「それくらい、あんまり喋った記憶、ないけど」

 普段存在そのものが大袈裟っぽい月時に言われたくないとばかりに睨みかがら海翔が言うと、月時がギュッと手を握ってきた。

「たくさんちゅーしたよ」
「キスだろそれ。喋ってない」
「ちゅーだって俺にとっては喋るのと同じくらい沢山ひろを知れるよ」
「あんたは詩人なの」
「シジン?」
「いや、いい。まあ、あんたがたくさん喋ったっていうなら、それでいいし」

 ため息を吐きながら言い、さり気に繋いだ手を離そうとしたが離れない。むしろ更に指を絡めてこられた。その指の感触やしっかりとした握力に少し落ち着かないと思ったが、すぐにそうではなくて外でそうされることが落ち着かないんだろと自分自身に言う。

「離して」
「なんで?」
「なんでって……そりゃまあ付き合ってるっていうなら手くらい握るものなんだろうけど、ここ、外だから」
「外じゃ手も握れないの?」
「目立つだろ」
「そんなことないよ。それにだいたい今、誰も歩いてねーじゃん」

 ああ言えばこう言う、と海翔が月時を見ると「それはひろも同じ!」と返ってくる。
 またため息を吐き、海翔は諦めた。そのまま手を繋いで少し黙って歩いていると、月時の家がある方向にまた山の存在を感じる。目を向けるとこの間よりも周りが暗い分、更に何もかも飲み込みそうな暗闇に見えた。
 一瞬ふるり、と震えが走ると「ひろ? どうかした? 大丈夫?」と月時が聞いてくる。

「大丈夫。……あっちの山がさ、なんか」

 真っ暗で怖い、と言いかけて口を噤む。怖いと言うのがなんとなく情けない気がした。
 いつもなら「なになに? 言いかけてやめるなよー」と言うだろう月時は、え? といった表情をした後になにも聞いてこなかった。珍しいなと思いつつ、分かれ道が過ぎてもずっと手を握ったまま歩き続ける月時に、また海翔の家まで送る気なのだと気づいた。

「送らなくていいから」
「送りたいの」
「そんなことに気を使わなくていい。俺も男なんだよ?」

 先ほど「怖い」と言いかけたのもあって少々ムッとしつつ呆れたように言うと、月時が更にわざと手をギュッと握ってきた。その強さに顔をしかめると「ひろ」と月時が呼びかけてくる。

「ひろが男だから云々は関係ない。俺はひろが好きだからじゃれたいし甘えたいし甘やかせたいし心配したいし送りたい。送るのだって心配もあるけどだいたいはそばにいる時間増やしたいだけだし、むしろ俺は俺の欲に素直なだけだから気を使ってるんじゃない。俺がしたいの」

 あまりにはっきりと言ってくる月時に、海翔は唖然としながらもただ「……そうか」としか言えなかった。
 また少し黙って歩いた後に月時は「ひろ」とまた呼びかけてくる。

「なに」
「ひろが俺を好きになればいいな」
「あー……」
「あともし万が一男好きになれたとしてもユーキ好きになっちゃヤだよ。あーでもムータもヤだし、あ! まさもヤだなあ」
「いや、俺も嫌だよ」

 微妙な気持ちで答えると「そっか」と笑ってきた。
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