満月の夜

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15話

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「……初めまして」

 月侑太が入ってきて一気に賑やかになり、ついでに海翔がいくつかに対し反応に困っているともう一人後から入って来た。
 月梨という綺麗な人で、そして何故か警戒するかのように海翔を見てきた上で堅苦しく挨拶された。

「は、初めまして」

 ついつられるように言い返していると月凪がまた「ルリも俺らと同じ歳なんだ」とおかしそうに言ってくる。
 大人っぽい月梨と一見穏やかそうな月凪を見ていると同じ歳でも頷けるが、月時と月侑太とも同じなのかと思うと少し唖然となる。

 いや、それよりも。

「え、じゃ、じゃあ四つ子って本当だったのか」
「そーだよ、俺ら仲良しでしょう?」

 海翔の言葉に月侑太がニコニコと嬉しそうに抱き着いてくる。
 ああ、ここの兄弟も人に抱き着くのが当たり前なんだな、と海翔が微妙な顔で大人しくしみじみ思っていると月時が「ムータ! ひろは俺のだからダメ」と月侑太を海翔から引き離す。

「そうなの?」
「そんなことないよ、ムータ」
「ほんと?」
「うん」
「待って! なんでユーキがニコニコ答えてんだよ」

 実際ニコニコと言い合っている月侑太と月凪に対し、月時がむうっとした様子で突っ込んでいる。
 俺の、というのは「俺のクラスメイトだから駄目」という意味だろうが、なにが駄目なんだと海翔がぼんやり考えていると「……そうなの?」と月梨が聞いてくる。

「はい?」

 また自分はぼんやりしていたせいで人の話を聞いていなかったのだろうかと少し焦りながら海翔が月梨を見ると「あなたはトキのものなの?」と再度聞いてきた。

「は?」

 なんだろう、意味が分からない。いきなり「あなたはトキのものなの?」って。このお姉さん、いや、同じ歳だからお姉さんじゃないが、とてもしっかりしていそうなのに電波系なのだろうか。

 真顔でそんなことを考えていると「質問の意味、分かってる?」と少しイラついた様子で更に聞かれた。

「あ、ルリ! ひろはねー、人の話たまに聞いてないし興味あることしかあまり反応してくんないよ」

 今まで頬を膨らませていた月時が今度は「あはは」と笑いながら月梨を見る。
 確かに昌希や悠音からもそんな風なことを言われることもあるが、そうもあっけらかんと言われるとただの変人にしか聞こえない。

「待て。俺を変なヤツみたいに言うな。いや、確かにあまり聞いてないこともあるけど、今のは多分聞いてた」
「多分なんだ」

 月時に言い返していると月侑太が今度はおかしそうに笑ってきた。

「あなたはトキのものなの、だろ? いきなりそんなこと聞かれたんでちょっと意味が分からなくてどう返事したらいいのかなって思ってた」

 とりあえず聞いてはいたんだと伝えるつもりで言うと月梨が呆れたように見てくる。何故だと海翔が思っていたら月凪がおかしそうに笑いかけてきた。

「いきなりじゃないよ、ひろ。その前にトキが『ひろは俺のだから』って言ってたでしょ」
「え、ああ! 言ってた、けどあれって俺のクラスメイトだからって意味じゃ……」

 その時月凪以外の全員が声をそろえて「え?」っと言ってきたのでなんとなく四つ子って凄いなと海翔はしみじみ思った。

「まあ、今のでなんか分かったわよ。改めていらっしゃい、えっとひろくん? ゆっくりしていってね」

 ため息を吐いた後に何故か月梨がニッコリと海翔に微笑みかけてくる。

「は、はあ」
「参考書とかノート開いてるトキなんてレアよね。ほらムータもユーキも出なさい。勉強してたんでしょ、邪魔しちゃ駄目。あとトキ? お茶淹れるのだけ手伝いなさい」
「はーい」
「ルリ、分かりやすすぎ」
「煩いわよユーキ」

 よく分からないまま三人が出ていく。月時も仕方なくといった風に立ち上がった。

「ルリに言われたからちょっと手伝ってくんね」
「ああ、うん。いってらっしゃい」

 分からないとはいえ、兄弟の間では伝わるものもあるのだろう。そういうことってあるだろうしなと勝手に納得すると海翔は手を振った後に先ほどまで解いていた問題に向き合った。



 皆が出ていった少し後に部屋を出た月時はすぐ勉強のほうに集中し出した海翔をチラリと見て苦笑しながら落ち込む。本当に月時に対して意識を全然していないのが手に取るように分かる。

 こういう場合はどうやって皆振り向いてもらうんだろうな。

 正直童貞どころか好きになるのすら初めてのことでどうしていいか分からない。でも、と一階に向かいながら月時はヘラリと笑みを浮かべた。

 ちゅー、しちゃった。

 思い返すと顔がどんどん熱くなる。月凪が来たせいでなんだかうやむやになった気もしないではないが、とりあえず嬉しい。唇を合わせる行為があんなに気持ちのいいものだとは思わなかった。やり方なんて全然分からなかったしひたすら夢中だったが、凄く気持ちが良かった。すればするほど愛しいという気持ちで一杯になった。

「ちょっと、なにだらしない顔してんの」

 いつの間にか台所に着いていたようで、気づけば月梨が呆れた顔で月時を見ている。月凪は居なかったが月侑太が月梨の側で白い棒状の何かを齧っていた。

「だ、だらしなくねーよ?」
「……ほら、カップ用意して」
「ああ、うん」

 とりあえず言われた通りに動いていたら「トキ、あの子は友達でいいのよね」と月梨に聞かれた。

「え?」
「ひろくん。ただのクラスメイトでいいのよね」

 じっと見上げてくる月梨に、月時はああ、と月梨が聞きたいことを理解した。

「ごめん。違う。いや、半分だけ、違う、かな? ひろは俺のこと、クラスメイトとしか思ってないよ。でも俺は違う。ひろが好き」

 いつものように騒ぐでもなく月時もじっと月梨を見返す。月梨は一瞬だけ目を見開き、少しの間黙って月時を見ていた後にため息をついてきた。

「トキ、分かってるんだよね?」
「……うん。ずっと一緒に居られないかもしれないし、ずっと隠さなきゃなんないし、そして万が一正体がバレたらひろをしま……、っどうにかしなきゃいけなくなる」

 分かってはいても、口にする度に気持ちが落ち込む。

「……。ああ、そういえば茶菓子がない。さすがに骨出す訳にいかないものね」

 また少し黙った後に、月梨は何事もなかったかのように貯蔵庫を見ている。

「あ、俺いーの持ってるよ! 待ってて」

 今まで黙って月梨と月時を見ていた月侑太がニコニコと自分の部屋に駆けていったかと思うとすぐに戻ってきた。

「俺ね、ひーちゃん好きだよ。なんかいい子だよね」

 はい、と月梨に菓子の袋を渡しながら月侑太は月時を見てくる。

「うん」

 月侑太の無邪気な言葉に癒されるような気持になり、月時は嬉しげに頷いた。

「ルリ、あの……」
「早くお茶、持ってって。冷めちゃう。ああそうだ、ご飯、食べてくかな。だったらお母さんたちにも連絡しとくけど」
「……うん! えっと、聞いてくるね」

 とりあえずは何も言うつもりないという意思表示を月梨が示してきたのが分かり、月時は改めてニッコリと笑った。軽い足取りで二階の自室に戻ると「お待たせ、休憩しよ」とトレーを一旦床に置いた。

「ああ、うん。ありがとう」

 二人で勉強道具を置いていた小さいコーヒーテーブルの上を退けるとトレーを置きなおす。月侑太が持ってきた菓子はクッキーだったようで、一応皿の上に少しと、後は袋のままトレーに乗せられていた。

「いただきます」

 海翔が「紅茶、美味いな」と紅茶に口を付けた後でクッキーに手を伸ばす。

「……?」
「ひろ、どーかした?」

 だがクッキーを食べた後に妙な顔をしてきたので首を傾げながら月時は海翔を見た。

「……いや? ……なんでだろ、味が分かんない」
「え?」

 どうしたのかなと思いながら月時もクッキーに手を伸ばした。そして本当に小麦粉のような味しかしなくて微妙な顔になる。
おかしいなと思い、月時は袋を見た。そして速攻で袋を叩きつけるかのようにしてパッケージを隠した。

「トキ?」
「えっと、いや。おかしいよね! とりあえず古いのかも、ごめん」

 微妙な顔で笑いつつ、月時は皿の上にある残りのクッキーを入れる為、渋々もう一度袋をパッケージが海翔に見えないように手にした。
 パッケージには「ミルクカルシウム入り」と書かれた横で犬がじっとこちらを見ている画像が載っていた。
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