満月の夜

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12話

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 月凪に言われたことで、結局月時は肉を味付けしようが生肉だろうが分からないだろう上の空状態で腹に入れていた。月梨に怪訝そうにされながらも月時はとりあえず食べ、風呂に入り、そしてまた自室に引きこもる。
 自分でもちゃんと気づいてなかった。だが海翔だけは他の人間に比べてもやたら「大事にしなければ」といった感じに近い何かを抱いていたのは好きだからなのか、と改めてショックを受ける。
 月凪によって自覚させられたからなのか、とりあえずいつ、なにがきっかけで好きになっていたのかさっぱり分からない。アスレチックの時も楽しかったが、そんなつもりは全然なかった筈だ。
 分かるのはとりあえずショックだということだ。人間を好きになってしまった、孕んでくれないらしい男を好きになってしまった。
 ショックを覚える理由はいくつかあるのかもしれないが、とりあえずダントツでショックだと思っていることがある。なにが一番かというと、相手がただ人間であるというだけでなく「正体がバレそうになった人間」、ということだ。
 バレたら海翔を処分しなければならない。他にも方法はないこともないが、それを海翔に勧めることも出来ない。
 自分のせいで海翔自身を脅かすことになるということは、海翔をもう少しでちゃんと助けられないところだった日中の出来事以上に月時の心を抉ってくる。
 絶対にバレてはいけない。
 だけれども好きになってしまったら自分のことだからきっと海翔を避けるなんて出来ないだろうと思われた。
 その上同性だ。
 魔界では悪魔たちが子作りを必要としていないせいか、あまり雄雌の概念はなさそうだ。自分たち魔物も、滅多に子どもが出来ないからかさほど拘りはないかもしれない。そのせいでむしろ月時は男が孕まないということを意識さえしていなかった。
 だが人間は違うようだ。男が孕まないと知った後に改めて周りを見てみると友達たちは確かに男女で付き合っている。ということは海翔も男には興味ないような気がする。

 ……童貞どころか下手をすれば初恋もまだだった気がするってのに何この突然の難関。

 どうせなら月梨みたいにせめて同じ種族を好きになれば良かったのにと月時はベッドにダイブした。今までは別に誰も好きな相手が居なかったからか、ワーウルフだとか人間だとかさえむしろ気にもしていなかった。
 実際好きになってしまうとこんなにたくさんの「どうしよう」「怖い」という感情が発生するものだとは思わなかった。相手が人間だからそうなのだろうかと月時はため息をつく。それでもきっと自分の性格だと気持ちを堪えることなんて出来ないんだろうなと思い「ひろ……ごめん」と思わず呟いた。
 翌日学校で海翔を見るとまず心配だった気持ちが一気に膨らんだ。

「痛いとことか、ない? 平気?」

 何度も聞いてしまい、海翔に案の定微妙な顔をされた。顔の傷のことを逆に聞かれた時は月梨に誤魔化した時よりも少しだけぎこちなくなってしまった。そのせいか、それともやはり落ちたせいでどこか悪くしているのか海翔がなにか考え込むようにも似た妙な顔つきになった。それが気になり月時はまた「ほんとに、大丈夫……?」と海翔を見る。

「大丈夫だって。でもちょっと高いとこ苦手になったかも」

 わざと軽い感じで言ってきたが、高いところが苦手になったということはやはりショックを受けたということだ。実際怪我をしていなくても、恐怖を味わって内面が傷ついているのかもしれない。
 本来、月時からすれば屋上から落ちるくらい、どうとでもなる。だが人間の体は月時たちとは違う。それは昔から何度も言い聞かされてきた。だから無茶をしてはいけないどころか、壊れ物を扱うくらいがちょうどいいくらいなのだ、と。
 ましてや、あの時点では自覚はしていなかったとはいえ海翔は月時の好きな相手なのだ。だから心配で仕方がなかった。

「あんたって変に心配性なんだな」

 海翔が月時に笑いかけてきた。ただでさえ好きなのだと自覚したてな上に普段そんなに笑っているところを見ることがないだけに、その笑顔は月時にとって堪らないものだった。気づけばギュッと抱き締めていた。

 ああ、俺、この人が好きだ。
 それも、ただの好きじゃない、大好きだ。

 ぎゅうっと抱き締めると、だが背中をぽんぽんと軽く叩かれた。まるで月梨が月時を扱う時のような反応に、一気に脱力してしまう。
 ただ、自分も自覚したばかりなのだ。海翔が全然意識してくれていなくても仕方のないことだろう、と内心ため息を吐きながら自分に言い聞かせる。

「だってひろだもん、心配するよ」
「だって俺だからってのがよく分からないんだけど。でも、ありがとう。大丈夫」

 また微笑みながら言った後、海翔は月時から離れた。好きだからだろうか、アスレチックの時は気づかなかったが海翔は月時にとってとてもいい匂いがする。それもあって、離れられると寂しさを感じた。

「そ、そーいえばもーすぐテストだよね」

 離れられた上に実際どこかに行かれるのが嫌で気づけばどうでもいいようなことを言っていた。

「あー、うん」

 海翔からも微妙な反応が返ってくる。ですよねー、と思っているとため息を吐かれた。

 やっぱりつまらなかった?
 それともどこか痛んだりして具合が悪い……?

 月時がどう続けようかと思っていると「そいやそうだったよな……。全然勉強してなかった。まずい」と海翔がまたため息を吐きながら言ってくる。予想外の返答に「おお」と妙な感動を覚えながら、月時は「じゃ、じゃあさ」と海翔に詰め寄った。ポカンとしている海翔に笑いかける。

「一緒に勉強、しよ?」
「え」
「俺もしなきゃだから。ね?」
「一緒にだと捗らなくないか?」
「そんなことないよ、お互いサボらないよーに出来るし、分からないとこあればすぐ聞けるし。ね、決定! どっちの家でする? ひろの家?」

 どうせなら海翔の家に行ってみたいなと思いながら強引に話を進める。自分の家でも駄目ではないが、ボロを出さないに越したことはない。

 ……っつっても出すなら俺かムータだよな。

 そう思って少し微妙な気持ちになっていると、海翔が少し考えるような顔をしているのに気づいた。強引に進めたが、断られてしまうのかなと思っているとそうではなかった。

「するなら、あんたの家のがいいかな」

 海翔の言葉に一気にテンションが上がる。一緒に居られるならこの際自分の家だろうが物置だろうが構わない。

「うん! じゃあさ、部活がね、明日からテスト休みになるから、明日はどう?」
「構わない」
「ほんと? じゃあ明日、一緒に帰ろ?」
「分かった」

 コクリと頷く海翔にまたぎゅっと抱きつきたくなったが、それでもし「やっぱりやめる」と言われたら嫌だなと思い月時は我慢した。だが顔が緩んでいたようで、後でクラスメイトに「なにニヤついてんの」と言われてしまった。
 でも仕方がない。嬉しいものは仕方がない。
 その日家に帰ると月凪に「今日、なんかあったの」と聞かれた。

「え、なんで?」
「だってトキ、朝はずっとひろの心配してたのに、今は気持ち悪いくらいニヤニヤしてる」
「気持ち悪くないし! ……ユーキ、怒らない?」
「……内容によるけど」
「……じゃあ、言わない」

 そう言ったものの、明日海翔が家に来れば嫌でも分かるだろうとすぐに気づく。むしろ言って協力を仰ぐほうがよほどいい、と。なにか企むかのような笑顔を見せてきた月凪に、月時は慌てて言い直す。

「嘘。えっとね、明日、ひろと一緒にここで勉強することになった」
「は?」

 おずおずと言ったものの、やはり嬉しくてニタリと笑ってしまう月時に、月凪がとてつもなく微妙な顔を向けてきた。
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