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42.熱くなる蛇
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千景は自分でも理解できないほど焦っていた。これほど電車が遅く感じられたこともない。
優史があれほど幼馴染として、そして親友として長年慕っている男が優史に無茶をするわけないとは思う。
優史が嫌がることは。
でも優史が嫌がらなかったら?
千景を好きだと、大好きだとあれほど嬉しそうに言ってくれた優史を思う。そしてまた表現し難い胸の痛みを覚える。
無条件で全てを投げ出してくれていた優史を、千景は弄んだようなものだ。傷ついた優史が、優しくしてくれる親友に目を向けないと、どうして言えるのか。
全部自分がまいた種だ。咎める権利も怒る権利も何もない。だがようやく駆けつけた優史の家で、優史のベッドで、二人が寄り添っているのを見るとあり得ないほどの怒りが湧いた。
千景は学校では穏やかだと言われている。実際怒ることなど今まで特になかった。
「何が好きだってっ?」
だが今の千景に抑える事などできなかった。好きだと言い合っている二人を見るのが耐えがたい。許し難い。
善高がゆっくり優史の体を起こしている。そして優史は驚いたように千景を見てきた。
「どういう……? ち、か……げ……?」
「どういうこと、て俺が言いたいね。何なのあんた。どういうつもりだよ」
静かに言ったつもりだが、怒りが全然抑えられていないのが自分でもわかる。千景は近づき、自分よりも背の高い善高のシャツの襟首を締めあげた。
元々暴力主義ではない。あえて言うなら頭脳主義である千景はけっして暴力に慣れてはいない。だが頭よりも手が先に出ていた。
「っちょ、ち、千景っ? 何して……やめろよ!」
そんな千景にますます驚きながら優史が止めに入ってきた。善高ではなく千景を止めようとする優史にも、千景はイラついた。
その優史に言いかけた千景より先に、一瞬苦しそうにした善高が何とか千景の手を離し、ニヤリと笑ってきた。
「君こそどういうつもりだ? 何で駆けつけてきた? 俺の優を捨てたんじゃないのか?」
「……捨ててないし、あんたのものじゃない」
穏やかに言ってくるのがなおさら腹立たしい。千景は普段けっして出さないような低い声で睨んだ。
「へえ? でも優はきっと君に一生懸命連絡取ろうとしたと思うんだが? だが君は出なかった。どういうつもりだ? それなのに俺が出てきたら惜しくなったのか?」
「違う!」
「何が違う? どこが違う?」
千景は睨みつけるように善高を見るが、善高はどこか嘲笑するような表情を浮かべている。
「善高も何言って……? やめようよ、何か俺さっきからさっぱりわからないんだけど本当にやめようよ……! どうしたって言うんだ? ね、ほんと……」
善高と千景が電話でやりとりをしていたのを知らない優史は、当然全く状況を把握できていなかった。
「ごめんな、優。何でもないから。大丈夫だよ」
善高が優しげに笑いかける。
「あんたが言うなよ! くそ、あんたが言うなよムカつく!」
途端また千景は怒りを込めた目で善高を睨みつけた。優史はポカンと千景を見てくる。相当珍しく思っているのだろう。
そして千景もいつもならそんな優史を楽しみながら皮肉の一つでも言いそうなものだが、今はそれどころではなかった。
「ムカつくとか言われても。だいたい何で腹を立てているんだ? さっき聞いた『何が違う?』ていうのも答えてくれてないようだが」
いつもの冷静な千景ならそのあからさまに誘導してこようとしている善高の言い方にすぐ気づいただろう。だが今は頭に血が上ってしまっていた。
そんなこと自体滅多にないのもあり、自分でもどうしたらいいのかどう対応すればいいのかわからないまま、勝手に言葉が先に出る。
「ムカつくからムカつくって言ってんだよ、何なの? あんたのじゃねーつってんだろ? 俺のなんだよ……! この人俺のなんだよ!」
そう言った途端善高がそっと笑い、優史が息を飲んだのだが、それすらわからないまま続ける。
「あんたがどんだけ昔から思ってんのか知んないけどな、この人俺のだから。優史だからこっちも戸惑ってんだよ! 俺だって大事にしたいと思ってんだよ! 捨ててなんかない、ざけんな」
そこまで言うと、優史が千景に触れてきた。
「……ほん、と……、に……? ほんとに? 千景、ほんと、に……?」
「……っ」
それでようやく少し冷静になる。
今俺は何を言った?
どんな様を見せてしまった?
何をしているんだ?
「っち」
思わず舌打ちが出る。
優史にみっともないところを見せた。
善高にみっともないところを見られた。
「そこで舌打ちかよ。やっぱ千景くん、大人っぽそうに見えて高校生だな」
「は? 何だと?」
「何だ? 俺は別に悪いこと言ってないぞ? むしろ羨ましいんだから。……高校の頃に戻れるなら、俺も戻りたいね……」
ふと善高が切なそうな表情を浮かべる。だがすぐに笑顔で千景を見てきた。
「君の気持ちはわかったよ。どうやら俺、お邪魔らしいし帰るわ。悪いな、優。一緒に食事はまた今度な」
「は……?」
千景は唖然として善高を見た。
「え? でも」
「いいから。用意した料理は千景くんと食え。冷めても美味いぞ!」
「待って……善……」
優史は慌てて善高を呼びとめながら後を追う。だが「見送りいらないから千景くんとちゃんと話せ」などと言われ戸惑っている内に善高は出て行ってしまった。
千景はその様子を突っ立ったまま見ていた。
「……やられた」
今さらながらに善高の仕組んだ事だとわかった。
「……食えない大人だな……」
そう呟く。善高の大人さに嫉妬にも近い苛立ちを感じた。
善高が優史を好きで、そしてその上で優史の思いを優先させてきたのはわかる。だが同情はしない。
……優史の鈍さには同情するけどね……。
それを選択したのは善高であって千景が強要したものでもない。同情はしない。
ただまだまだ自分が子どもなのだと思い知らされた気がしてむしろ腹立たしかった。
「……礼なんて言うつもりないからね……」
ため息をついていると、優史がまだ怪訝な表情をしたまま千景の方へ恐る恐る戻ってきた。
……礼は言わないけど、してくれたことに対しての礼は尽くす。
「……優史。俺はあなたが好きだ」
優史があれほど幼馴染として、そして親友として長年慕っている男が優史に無茶をするわけないとは思う。
優史が嫌がることは。
でも優史が嫌がらなかったら?
千景を好きだと、大好きだとあれほど嬉しそうに言ってくれた優史を思う。そしてまた表現し難い胸の痛みを覚える。
無条件で全てを投げ出してくれていた優史を、千景は弄んだようなものだ。傷ついた優史が、優しくしてくれる親友に目を向けないと、どうして言えるのか。
全部自分がまいた種だ。咎める権利も怒る権利も何もない。だがようやく駆けつけた優史の家で、優史のベッドで、二人が寄り添っているのを見るとあり得ないほどの怒りが湧いた。
千景は学校では穏やかだと言われている。実際怒ることなど今まで特になかった。
「何が好きだってっ?」
だが今の千景に抑える事などできなかった。好きだと言い合っている二人を見るのが耐えがたい。許し難い。
善高がゆっくり優史の体を起こしている。そして優史は驚いたように千景を見てきた。
「どういう……? ち、か……げ……?」
「どういうこと、て俺が言いたいね。何なのあんた。どういうつもりだよ」
静かに言ったつもりだが、怒りが全然抑えられていないのが自分でもわかる。千景は近づき、自分よりも背の高い善高のシャツの襟首を締めあげた。
元々暴力主義ではない。あえて言うなら頭脳主義である千景はけっして暴力に慣れてはいない。だが頭よりも手が先に出ていた。
「っちょ、ち、千景っ? 何して……やめろよ!」
そんな千景にますます驚きながら優史が止めに入ってきた。善高ではなく千景を止めようとする優史にも、千景はイラついた。
その優史に言いかけた千景より先に、一瞬苦しそうにした善高が何とか千景の手を離し、ニヤリと笑ってきた。
「君こそどういうつもりだ? 何で駆けつけてきた? 俺の優を捨てたんじゃないのか?」
「……捨ててないし、あんたのものじゃない」
穏やかに言ってくるのがなおさら腹立たしい。千景は普段けっして出さないような低い声で睨んだ。
「へえ? でも優はきっと君に一生懸命連絡取ろうとしたと思うんだが? だが君は出なかった。どういうつもりだ? それなのに俺が出てきたら惜しくなったのか?」
「違う!」
「何が違う? どこが違う?」
千景は睨みつけるように善高を見るが、善高はどこか嘲笑するような表情を浮かべている。
「善高も何言って……? やめようよ、何か俺さっきからさっぱりわからないんだけど本当にやめようよ……! どうしたって言うんだ? ね、ほんと……」
善高と千景が電話でやりとりをしていたのを知らない優史は、当然全く状況を把握できていなかった。
「ごめんな、優。何でもないから。大丈夫だよ」
善高が優しげに笑いかける。
「あんたが言うなよ! くそ、あんたが言うなよムカつく!」
途端また千景は怒りを込めた目で善高を睨みつけた。優史はポカンと千景を見てくる。相当珍しく思っているのだろう。
そして千景もいつもならそんな優史を楽しみながら皮肉の一つでも言いそうなものだが、今はそれどころではなかった。
「ムカつくとか言われても。だいたい何で腹を立てているんだ? さっき聞いた『何が違う?』ていうのも答えてくれてないようだが」
いつもの冷静な千景ならそのあからさまに誘導してこようとしている善高の言い方にすぐ気づいただろう。だが今は頭に血が上ってしまっていた。
そんなこと自体滅多にないのもあり、自分でもどうしたらいいのかどう対応すればいいのかわからないまま、勝手に言葉が先に出る。
「ムカつくからムカつくって言ってんだよ、何なの? あんたのじゃねーつってんだろ? 俺のなんだよ……! この人俺のなんだよ!」
そう言った途端善高がそっと笑い、優史が息を飲んだのだが、それすらわからないまま続ける。
「あんたがどんだけ昔から思ってんのか知んないけどな、この人俺のだから。優史だからこっちも戸惑ってんだよ! 俺だって大事にしたいと思ってんだよ! 捨ててなんかない、ざけんな」
そこまで言うと、優史が千景に触れてきた。
「……ほん、と……、に……? ほんとに? 千景、ほんと、に……?」
「……っ」
それでようやく少し冷静になる。
今俺は何を言った?
どんな様を見せてしまった?
何をしているんだ?
「っち」
思わず舌打ちが出る。
優史にみっともないところを見せた。
善高にみっともないところを見られた。
「そこで舌打ちかよ。やっぱ千景くん、大人っぽそうに見えて高校生だな」
「は? 何だと?」
「何だ? 俺は別に悪いこと言ってないぞ? むしろ羨ましいんだから。……高校の頃に戻れるなら、俺も戻りたいね……」
ふと善高が切なそうな表情を浮かべる。だがすぐに笑顔で千景を見てきた。
「君の気持ちはわかったよ。どうやら俺、お邪魔らしいし帰るわ。悪いな、優。一緒に食事はまた今度な」
「は……?」
千景は唖然として善高を見た。
「え? でも」
「いいから。用意した料理は千景くんと食え。冷めても美味いぞ!」
「待って……善……」
優史は慌てて善高を呼びとめながら後を追う。だが「見送りいらないから千景くんとちゃんと話せ」などと言われ戸惑っている内に善高は出て行ってしまった。
千景はその様子を突っ立ったまま見ていた。
「……やられた」
今さらながらに善高の仕組んだ事だとわかった。
「……食えない大人だな……」
そう呟く。善高の大人さに嫉妬にも近い苛立ちを感じた。
善高が優史を好きで、そしてその上で優史の思いを優先させてきたのはわかる。だが同情はしない。
……優史の鈍さには同情するけどね……。
それを選択したのは善高であって千景が強要したものでもない。同情はしない。
ただまだまだ自分が子どもなのだと思い知らされた気がしてむしろ腹立たしかった。
「……礼なんて言うつもりないからね……」
ため息をついていると、優史がまだ怪訝な表情をしたまま千景の方へ恐る恐る戻ってきた。
……礼は言わないけど、してくれたことに対しての礼は尽くす。
「……優史。俺はあなたが好きだ」
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