蛇 と 兎

Guidepost

文字の大きさ
上 下
41 / 44

42.熱くなる蛇

しおりを挟む
 千景は自分でも理解できないほど焦っていた。これほど電車が遅く感じられたこともない。
 優史があれほど幼馴染として、そして親友として長年慕っている男が優史に無茶をするわけないとは思う。

 優史が嫌がることは。
 でも優史が嫌がらなかったら?

 千景を好きだと、大好きだとあれほど嬉しそうに言ってくれた優史を思う。そしてまた表現し難い胸の痛みを覚える。
 無条件で全てを投げ出してくれていた優史を、千景は弄んだようなものだ。傷ついた優史が、優しくしてくれる親友に目を向けないと、どうして言えるのか。
 全部自分がまいた種だ。咎める権利も怒る権利も何もない。だがようやく駆けつけた優史の家で、優史のベッドで、二人が寄り添っているのを見るとあり得ないほどの怒りが湧いた。
 千景は学校では穏やかだと言われている。実際怒ることなど今まで特になかった。

「何が好きだってっ?」

 だが今の千景に抑える事などできなかった。好きだと言い合っている二人を見るのが耐えがたい。許し難い。
 善高がゆっくり優史の体を起こしている。そして優史は驚いたように千景を見てきた。

「どういう……? ち、か……げ……?」
「どういうこと、て俺が言いたいね。何なのあんた。どういうつもりだよ」

 静かに言ったつもりだが、怒りが全然抑えられていないのが自分でもわかる。千景は近づき、自分よりも背の高い善高のシャツの襟首を締めあげた。
 元々暴力主義ではない。あえて言うなら頭脳主義である千景はけっして暴力に慣れてはいない。だが頭よりも手が先に出ていた。

「っちょ、ち、千景っ? 何して……やめろよ!」

 そんな千景にますます驚きながら優史が止めに入ってきた。善高ではなく千景を止めようとする優史にも、千景はイラついた。
 その優史に言いかけた千景より先に、一瞬苦しそうにした善高が何とか千景の手を離し、ニヤリと笑ってきた。

「君こそどういうつもりだ? 何で駆けつけてきた? 俺の優を捨てたんじゃないのか?」
「……捨ててないし、あんたのものじゃない」

 穏やかに言ってくるのがなおさら腹立たしい。千景は普段けっして出さないような低い声で睨んだ。

「へえ? でも優はきっと君に一生懸命連絡取ろうとしたと思うんだが? だが君は出なかった。どういうつもりだ? それなのに俺が出てきたら惜しくなったのか?」
「違う!」
「何が違う? どこが違う?」

 千景は睨みつけるように善高を見るが、善高はどこか嘲笑するような表情を浮かべている。

「善高も何言って……? やめようよ、何か俺さっきからさっぱりわからないんだけど本当にやめようよ……! どうしたって言うんだ? ね、ほんと……」

 善高と千景が電話でやりとりをしていたのを知らない優史は、当然全く状況を把握できていなかった。

「ごめんな、優。何でもないから。大丈夫だよ」

 善高が優しげに笑いかける。

「あんたが言うなよ! くそ、あんたが言うなよムカつく!」

 途端また千景は怒りを込めた目で善高を睨みつけた。優史はポカンと千景を見てくる。相当珍しく思っているのだろう。
 そして千景もいつもならそんな優史を楽しみながら皮肉の一つでも言いそうなものだが、今はそれどころではなかった。

「ムカつくとか言われても。だいたい何で腹を立てているんだ? さっき聞いた『何が違う?』ていうのも答えてくれてないようだが」

 いつもの冷静な千景ならそのあからさまに誘導してこようとしている善高の言い方にすぐ気づいただろう。だが今は頭に血が上ってしまっていた。
 そんなこと自体滅多にないのもあり、自分でもどうしたらいいのかどう対応すればいいのかわからないまま、勝手に言葉が先に出る。

「ムカつくからムカつくって言ってんだよ、何なの? あんたのじゃねーつってんだろ? 俺のなんだよ……! この人俺のなんだよ!」

 そう言った途端善高がそっと笑い、優史が息を飲んだのだが、それすらわからないまま続ける。

「あんたがどんだけ昔から思ってんのか知んないけどな、この人俺のだから。優史だからこっちも戸惑ってんだよ! 俺だって大事にしたいと思ってんだよ! 捨ててなんかない、ざけんな」

 そこまで言うと、優史が千景に触れてきた。

「……ほん、と……、に……? ほんとに? 千景、ほんと、に……?」
「……っ」

 それでようやく少し冷静になる。

 今俺は何を言った?
 どんな様を見せてしまった?
 何をしているんだ?

「っち」

 思わず舌打ちが出る。

 優史にみっともないところを見せた。
 善高にみっともないところを見られた。

「そこで舌打ちかよ。やっぱ千景くん、大人っぽそうに見えて高校生だな」
「は? 何だと?」
「何だ? 俺は別に悪いこと言ってないぞ? むしろ羨ましいんだから。……高校の頃に戻れるなら、俺も戻りたいね……」

 ふと善高が切なそうな表情を浮かべる。だがすぐに笑顔で千景を見てきた。

「君の気持ちはわかったよ。どうやら俺、お邪魔らしいし帰るわ。悪いな、優。一緒に食事はまた今度な」
「は……?」

 千景は唖然として善高を見た。

「え? でも」
「いいから。用意した料理は千景くんと食え。冷めても美味いぞ!」
「待って……善……」

 優史は慌てて善高を呼びとめながら後を追う。だが「見送りいらないから千景くんとちゃんと話せ」などと言われ戸惑っている内に善高は出て行ってしまった。
 千景はその様子を突っ立ったまま見ていた。

「……やられた」

今さらながらに善高の仕組んだ事だとわかった。

「……食えない大人だな……」

 そう呟く。善高の大人さに嫉妬にも近い苛立ちを感じた。
 善高が優史を好きで、そしてその上で優史の思いを優先させてきたのはわかる。だが同情はしない。

 ……優史の鈍さには同情するけどね……。

 それを選択したのは善高であって千景が強要したものでもない。同情はしない。
 ただまだまだ自分が子どもなのだと思い知らされた気がしてむしろ腹立たしかった。

「……礼なんて言うつもりないからね……」

 ため息をついていると、優史がまだ怪訝な表情をしたまま千景の方へ恐る恐る戻ってきた。

 ……礼は言わないけど、してくれたことに対しての礼は尽くす。

「……優史。俺はあなたが好きだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

r18短編集

ノノ
恋愛
R18系の短編集 過激なのもあるので読む際はご注意ください

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

処理中です...