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40.動く蛇
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今まで生きてきている中で、当然恋愛の一つや二つなど味わってきている。体の関係だけでなく、ちゃんと好きになって付き合った事もあるはずだ。
千景は頬杖をしながらカフェテラスに座り外を見ていた。
「ケーキちゃんと何かあったの?」
あの日優史に会いに行ったのを知っていた兄が、泊まらず帰ってきた千景に聞いてきた。色々と勘のいい優人をジロリと見ながら「別に」と答えていた千景だが、その後も会っていないどころか連絡すらとっていないのを優人は見逃してくれなかった。しつこく聞かれ閉口した千景は簡単に「もう楽しくなくなったから」とだけ言う。
「楽しくないって、何それ。ワケわかんないこと言ってないでさっさと優史に連絡しなよ」
「放っておいてよ。だいたい兄貴だって適当にやってるよね?」
「……言っとくけど俺がお前なら優史に対して適当なことなんてしないね。俺はいくら相手をいたぶろうが、相手がもし大事な人なら俺なりに真摯に付き合うよ。お前ってほんと案外ガキだよね。バカじゃないの」
優人はいつもの様子とは違って千景が少しポカンとするほど真面目な顔をして言ってきた。
「……うるさいな。だから放っておいて」
「もったいない、ほんともったいない。あんないい人いないのにね。あんなにお前を大事に思ってくれてる人によくそんな態度とれるよ。お前がそこまでガキだとはさすがに思わなかったな。だいたい恋愛が楽しいだけのはず、ないだろ」
別に恋愛が楽しいだけとは俺も思ってないさ。
千景は優人に言われたことをまた思い出しながらアイスコーヒーを飲んだ。
優人はあれ以来何も言ってはこない。恋愛が楽しいだけとは思っていないけれども、自分は楽しいことが好きで、ただそれを楽しみたいだけだ。
楽しめないのならなぜ続ける必要がある?
そう思いながらもずっとすっきりしなくて千景はイライラしていた。気分転換に手っ取り早く誰かをひっかけて遊ぼうかと思ったりもしたが、結局していない。そんな気になれない自分がまた腹立たしかった。
「お待たせぇーって、何やチカ。お前珍しく機嫌悪そうやな」
「何か、あったの……?」
待ち合わせの相手、詩也と三弥がやってきたが千景を見た途端そう言われた。
「あー、ごめんね。出してないつもりだったんだけど」
千景が苦笑すると席についた詩也がやってきたウェイターに三弥の分も注文してから「どないしたんや。言うてみ」と笑いかけてきた。三弥は心配そうに千景を見てくる。
「いやまあ別に大したことじゃないよ」
そう言ったものの、二人は千景が言ってくるのを待っているようだった。ため息をついてから千景は簡単に説明する。
「は? どういう意味や。お前がめっちゃ気に入ってた人と、俺がムカつく勢いでラブラブしとったくせに、さんざん相手焦らした挙句ようやく手を出したものの、おもんなくなったってことか」
詩也が呆れたように妙な風に要約してきた。横で三弥は違う意味で困ったような表情を浮かべている。
「……そう聞かされるとすごく俺嫌なヤツに聞こえるんだけど」
「あんま変らんやろ。いやまあ違うのはあれか。お前の気持ちか」
「は?」
千景は言われた意味がわからなく首を傾げる。
「いやほら、別にヤったからもう飽きたおもんない、てゆー理由ちゃうやろ、お前のんは」
「……」
「何で逃げんねん。俺はその意味がわからんだけや」
「別に逃げてないよ」
飲み物が運ばれてきたので詩也と千景は一旦黙る。詩也は目の前にあるアイスコーヒーを見ただけだが、三弥はとりあえずアイスミルクティーを手に持つと一口飲んだ。
「逃げてへんかったら何や。お前あれやろ。今までまともに人好きになったことないやろ」
「失礼だね、詩也は」
そう言いながらも千景は少し笑った。兄から言われると何となく腹立たしかったが、詩也にこうもはっきり言われるとどこか楽しくもあった。歯に布着せぬ詩也の言い方は嫌いじゃない。
「失礼やって思うんやったらちゃんとしぃ」
「ちゃんと、て、何」
「お前のことやからその相手の人に、未だに全く連絡すらしてへんねやろ。もやもやした気持ちがすっきりせぇへんってだけで。チカが相手をどう思おうとな、相手のことも考えたれ」
そう言われて千景は頬杖をついたまま意味もなく置かれているアイスコーヒーを見る。
相手のことを。
……優史、泣いているだろうな……。きっと何も言わない俺を恨むどころか、一体自分は何をしてしまったんだろうとか悩みながら、泣いているんだろうな……。
そう思うとまた胸が締めつけられた。連絡すら絶ってからも結局頭からも心からも抜けてくれない。自分のしていることの意味とは、と思わざるを得ない。
『何で逃げんねん』
そう、逃げてないとは言ったものの千景もわかっていた。
俺は逃げている。
優史の気持ちは最初から知っている。とても真摯でとても大きな思いだ。
今まで優史を捨てた女をバカになんてできないな、と千景は思った。
俺も同じようなものじゃない。
いや、同じですら、ない。彼女たちはきちんと優史に「別れ」を告げた。自分はそれすらもできずに逃げている。
「チカ……あの……。あの、好きな人にはちゃんと好きって言わなきゃ、駄目だよ……」
三弥が遠慮気味に言ってきた。
「ミヤ……」
千景が三弥を見ると、アイスティーぎゅっと握りしめるようにして持ちながら、何とかまっすぐな目で千景を見てきた。いつも詩也と千景のやりとりをただ黙って聞いているだけの三弥が、と何やらグッとくるものがある。
好きな、人……か。
胸が締めつけられる理由を、千景は優史に会わなくなってから実際のところ自覚してはいた。
真摯で一途な優史を思えば思うほど心臓が締めつけられる。年上の大人でありながらかわいい優史が愛おしいと思う。そして大事にしたい大切にしたいと思う。
だが自分の性癖は変えられない。今まで自覚してない時なら平気だった。優史をいたぶり優史を泣かせるのはむしろ楽しくてならなかった。
勝手な言い分だとは思う。自分が大切だと思えば思うほど生じるギャップが忌々しい。
多分千景はこれからもいたぶるのを止められない。そして優史が泣くのを楽しげに見てしまうだろう。
その上で大事な相手を泣かせるほどいたぶることで、今まで味わうことのなかった罪悪感と胸苦しさを覚えるのだろう。
そしてとてつもなく深い優史の思いを感じ、それに十分に答えられそうにないがために切なく胸苦しく思うのだろう。
そんな楽しくない思いをしなければならないのならいっそいらない。そう思ったつもりだった。だがこうして結局ひたすらモヤモヤしている。
「……ありがとうね、ミヤ」
微笑んでそう言った千景を、三弥はだが相変わらず心配そうに見ていた。
その後三弥が彼氏と会う約束をしているというので、途中まで詩也と一緒に送って行った。その帰りにまたその辺の店に詩也と入ってぼんやりと通りゆく人達を見る。
「あんま難しく考えなや。向こうはお前が好き。そしてお前も相手が好き。それでええやん」
「ん……、まあ、ね」
その時千景のスマートフォンが振動した。見れば優史からだった。ずっと連絡を絶っていたせいでここ数日は優史からは電話もメールもなかった。
「出んと俺怒るで」
そういう詩也にわざと変な顔をしてから仕方なく千景は通話ボタンを押す。
とは言え何を言えば……。
そう思っていると聞こえてきた声は優史じゃなかった。
「君、千景くん?」
「……あんた誰」
「ああごめん。優の親友て言えばわかるかな? 正野だけど」
「……あんたが何で優史の電話を」
「優は今シャワー浴びてるんだ。あ、今、優の家なんだけどな。その間に使わせてもらった。あまり優を泣かせないで欲しいな」
「……」
「……悪いけど、今から優、俺が貰うから」
「っは? っておい! ちょ……」
貰うと言った後で、善高と名乗る相手は電話を切った。慌てて掛け直すも電源を切られてしまった。
「ど、どないしてん」
詩也がポカンとして聞いてくる。
「悪い、ちょっと説明してる暇ない。ごめん、また今度」
千景はそう言うと既にもう駆けだしていた。
千景は頬杖をしながらカフェテラスに座り外を見ていた。
「ケーキちゃんと何かあったの?」
あの日優史に会いに行ったのを知っていた兄が、泊まらず帰ってきた千景に聞いてきた。色々と勘のいい優人をジロリと見ながら「別に」と答えていた千景だが、その後も会っていないどころか連絡すらとっていないのを優人は見逃してくれなかった。しつこく聞かれ閉口した千景は簡単に「もう楽しくなくなったから」とだけ言う。
「楽しくないって、何それ。ワケわかんないこと言ってないでさっさと優史に連絡しなよ」
「放っておいてよ。だいたい兄貴だって適当にやってるよね?」
「……言っとくけど俺がお前なら優史に対して適当なことなんてしないね。俺はいくら相手をいたぶろうが、相手がもし大事な人なら俺なりに真摯に付き合うよ。お前ってほんと案外ガキだよね。バカじゃないの」
優人はいつもの様子とは違って千景が少しポカンとするほど真面目な顔をして言ってきた。
「……うるさいな。だから放っておいて」
「もったいない、ほんともったいない。あんないい人いないのにね。あんなにお前を大事に思ってくれてる人によくそんな態度とれるよ。お前がそこまでガキだとはさすがに思わなかったな。だいたい恋愛が楽しいだけのはず、ないだろ」
別に恋愛が楽しいだけとは俺も思ってないさ。
千景は優人に言われたことをまた思い出しながらアイスコーヒーを飲んだ。
優人はあれ以来何も言ってはこない。恋愛が楽しいだけとは思っていないけれども、自分は楽しいことが好きで、ただそれを楽しみたいだけだ。
楽しめないのならなぜ続ける必要がある?
そう思いながらもずっとすっきりしなくて千景はイライラしていた。気分転換に手っ取り早く誰かをひっかけて遊ぼうかと思ったりもしたが、結局していない。そんな気になれない自分がまた腹立たしかった。
「お待たせぇーって、何やチカ。お前珍しく機嫌悪そうやな」
「何か、あったの……?」
待ち合わせの相手、詩也と三弥がやってきたが千景を見た途端そう言われた。
「あー、ごめんね。出してないつもりだったんだけど」
千景が苦笑すると席についた詩也がやってきたウェイターに三弥の分も注文してから「どないしたんや。言うてみ」と笑いかけてきた。三弥は心配そうに千景を見てくる。
「いやまあ別に大したことじゃないよ」
そう言ったものの、二人は千景が言ってくるのを待っているようだった。ため息をついてから千景は簡単に説明する。
「は? どういう意味や。お前がめっちゃ気に入ってた人と、俺がムカつく勢いでラブラブしとったくせに、さんざん相手焦らした挙句ようやく手を出したものの、おもんなくなったってことか」
詩也が呆れたように妙な風に要約してきた。横で三弥は違う意味で困ったような表情を浮かべている。
「……そう聞かされるとすごく俺嫌なヤツに聞こえるんだけど」
「あんま変らんやろ。いやまあ違うのはあれか。お前の気持ちか」
「は?」
千景は言われた意味がわからなく首を傾げる。
「いやほら、別にヤったからもう飽きたおもんない、てゆー理由ちゃうやろ、お前のんは」
「……」
「何で逃げんねん。俺はその意味がわからんだけや」
「別に逃げてないよ」
飲み物が運ばれてきたので詩也と千景は一旦黙る。詩也は目の前にあるアイスコーヒーを見ただけだが、三弥はとりあえずアイスミルクティーを手に持つと一口飲んだ。
「逃げてへんかったら何や。お前あれやろ。今までまともに人好きになったことないやろ」
「失礼だね、詩也は」
そう言いながらも千景は少し笑った。兄から言われると何となく腹立たしかったが、詩也にこうもはっきり言われるとどこか楽しくもあった。歯に布着せぬ詩也の言い方は嫌いじゃない。
「失礼やって思うんやったらちゃんとしぃ」
「ちゃんと、て、何」
「お前のことやからその相手の人に、未だに全く連絡すらしてへんねやろ。もやもやした気持ちがすっきりせぇへんってだけで。チカが相手をどう思おうとな、相手のことも考えたれ」
そう言われて千景は頬杖をついたまま意味もなく置かれているアイスコーヒーを見る。
相手のことを。
……優史、泣いているだろうな……。きっと何も言わない俺を恨むどころか、一体自分は何をしてしまったんだろうとか悩みながら、泣いているんだろうな……。
そう思うとまた胸が締めつけられた。連絡すら絶ってからも結局頭からも心からも抜けてくれない。自分のしていることの意味とは、と思わざるを得ない。
『何で逃げんねん』
そう、逃げてないとは言ったものの千景もわかっていた。
俺は逃げている。
優史の気持ちは最初から知っている。とても真摯でとても大きな思いだ。
今まで優史を捨てた女をバカになんてできないな、と千景は思った。
俺も同じようなものじゃない。
いや、同じですら、ない。彼女たちはきちんと優史に「別れ」を告げた。自分はそれすらもできずに逃げている。
「チカ……あの……。あの、好きな人にはちゃんと好きって言わなきゃ、駄目だよ……」
三弥が遠慮気味に言ってきた。
「ミヤ……」
千景が三弥を見ると、アイスティーぎゅっと握りしめるようにして持ちながら、何とかまっすぐな目で千景を見てきた。いつも詩也と千景のやりとりをただ黙って聞いているだけの三弥が、と何やらグッとくるものがある。
好きな、人……か。
胸が締めつけられる理由を、千景は優史に会わなくなってから実際のところ自覚してはいた。
真摯で一途な優史を思えば思うほど心臓が締めつけられる。年上の大人でありながらかわいい優史が愛おしいと思う。そして大事にしたい大切にしたいと思う。
だが自分の性癖は変えられない。今まで自覚してない時なら平気だった。優史をいたぶり優史を泣かせるのはむしろ楽しくてならなかった。
勝手な言い分だとは思う。自分が大切だと思えば思うほど生じるギャップが忌々しい。
多分千景はこれからもいたぶるのを止められない。そして優史が泣くのを楽しげに見てしまうだろう。
その上で大事な相手を泣かせるほどいたぶることで、今まで味わうことのなかった罪悪感と胸苦しさを覚えるのだろう。
そしてとてつもなく深い優史の思いを感じ、それに十分に答えられそうにないがために切なく胸苦しく思うのだろう。
そんな楽しくない思いをしなければならないのならいっそいらない。そう思ったつもりだった。だがこうして結局ひたすらモヤモヤしている。
「……ありがとうね、ミヤ」
微笑んでそう言った千景を、三弥はだが相変わらず心配そうに見ていた。
その後三弥が彼氏と会う約束をしているというので、途中まで詩也と一緒に送って行った。その帰りにまたその辺の店に詩也と入ってぼんやりと通りゆく人達を見る。
「あんま難しく考えなや。向こうはお前が好き。そしてお前も相手が好き。それでええやん」
「ん……、まあ、ね」
その時千景のスマートフォンが振動した。見れば優史からだった。ずっと連絡を絶っていたせいでここ数日は優史からは電話もメールもなかった。
「出んと俺怒るで」
そういう詩也にわざと変な顔をしてから仕方なく千景は通話ボタンを押す。
とは言え何を言えば……。
そう思っていると聞こえてきた声は優史じゃなかった。
「君、千景くん?」
「……あんた誰」
「ああごめん。優の親友て言えばわかるかな? 正野だけど」
「……あんたが何で優史の電話を」
「優は今シャワー浴びてるんだ。あ、今、優の家なんだけどな。その間に使わせてもらった。あまり優を泣かせないで欲しいな」
「……」
「……悪いけど、今から優、俺が貰うから」
「っは? っておい! ちょ……」
貰うと言った後で、善高と名乗る相手は電話を切った。慌てて掛け直すも電源を切られてしまった。
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