蛇 と 兎

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13.思い返す兎

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「江口先生、どうかされたんですか?」

 となりの席の教師が聞いてきた。優史はハッとなってからそちらを見、ニッコリ笑って首を振る。

「いえ……。大丈夫です、ありがとうございます」
「それならよかった。ぼんやりなさってたから。あれですか、彼女の事でも考えてたんです?」
「え? ち、違いますよ」

 優史は赤くなって首をまた振った。好きな相手の事は考えていたけれども、と内心ではソッと思う。
 千景が高校生とわかって、優史は相当落ち込んだ。もう二度と会ってはいけないとさえ思ったというのに、だがそんな事、できるはずもなかった。



 結局問題はなし崩しのまま、優史はあの後何度も達した。学生相手云々を抜いても、高校三年なら多分七歳は年下であろう相手に翻弄されている自分が情けない。それでもやはり好きだという気持ちはどうしようもない。
 ようやく解放された後「ちょっと待ってて」と千景は少しの間家を出て行ってしまった。でも制服のカーディガンを置いたままだったので優史は心配しなかった。
 しばらくして帰ってきた千景は下にあるコンビニの袋を提げていた。

「お腹、空かない? サンドイッチとか買ってきた。一緒に食べようよ」
「うん。でも言ってくれたら何か作るのに」
「また今度作ってよ」
「……うん! あ、お金……」
「いい。ほら、食べよう。あ、まだ動き辛い?」
「……ん……、少しだけ。よかったらベッドで一緒に横になって食べ、ない?」

 一緒に食べようと思ってくれた事が嬉しくて、また今度があるという事が嬉しくて、優史はニッコリしながら言った。

「こぼしちゃうよ?」
「いいよ、その時はその時だし……」
「へぇ? 優史って真面目でお堅いのかと思ったら案外適当なんだ?」
「千景こそ……、自由な感じだと思ったら案外きちんとしてると思う」

 そしてニッコリ笑い合いながらベッドでダラダラ食べた。そういった時間が、優史はとても幸せだった。
 その後一緒に浴びたシャワーの時にまたイかされた。優史も口で奉仕した。
 千景はそのまま、この間のように泊まっていってくれた。この間のようにさすがに無条件では喜べなかったが。

「あの、勝手に泊まって、その、親御さんとか、は……」
「っぶ。ちょ、やめてよ急に。ほんっと優史、真面目だねぇ」

 だって高校生だから。

 その事実はまだ未だに心の中を大きく占めている。痴漢されていた事も本当なら相当酷い事だと憤慨したり落ち込んだりするはずなのだろうが、千景が高校生だったという事が優史にとってあまりにもショック過ぎたようだ。むしろ痴漢など、どうでもいいとさえ思える。



 そんな事を思って、どうやらぼんやりしていたらしい。

「ほんとですか? 怪しいなぁ」
「何々、何の話ー?」
「江口先生が彼女の事を思ってぼんやりしてるって話よ」
「えーほんと? 江口先生ったら」
「ちょ、あの、違いますって」

 優史は困ったように、また首を振る。

「ふふ、江口先生って、なんかからかいたくなるんですよね」
「あ、それわかるー」
「えっ? そんな……やめてくださいよ……」

 女性同僚二人にそんな事を言われてさらに困っていると、そこに優史が受け持っているクラスの、隣のクラスの担任がやってきて肩をポンと叩いてきた。

「その反応がついからかいたくなるんだって!」

 その反応と言われても。

 優史は「ほんとなんで」とため息をついた。

「気にするなよ江口先生! まあ、あれだ。生徒に悩まされるよりよっぽどいいじゃねぇの。彼女、今度見せてくれよ」
「だから違うってば。ていうか生徒に悩まされてるのか?」

赤くなって否定した後で、ふと気になって優史は聞いた。

「あーいやまあ悩んではねぇけど。ただ困ってはいるな」
「どうしたんだ?」
「今に始まった事じゃないよ。ほら、理事長の息子だよ。まったく。理事長にまた告げ口してやる」
「あー」

 優史は隣のクラスにいる理事長の息子を思い出して苦笑した。二年になった時から相変わらず今もなお、「嫁がいるから」とたまに授業を下の学年に受けに行く変わった生徒だった。
 基本普段の態度は全く悪くないどころか優等生でもあるし成績はトップクラスだけに扱いに困っているようである。
 でも、と優史はふと思った。そうやって無茶な事をするくらい相手が好きで、そしてそのことに対して堂々としているところは凄いかもしれない。
 今までは男同士の恋愛についてまったく興味がなかっただけにそんな風に思った事はなかった。

「堂々と、か……」

二十五歳教師が、堂々と男子高校生を好きだと宣言。

「……まるで週刊誌ネタだな……」
「え、何が? 理事長に告げ口が?」
「いや、まさか」

 仕事を終えて家に帰ると、優史は千景との事を思い出して一人赤くなった。着替えてからシャワーを浴び、久しぶりに自炊する。彼女と別れてからはコンビニなどで弁当やパン、おにぎりを買って済ませることが多かった。人に作るのは好きなのだが、自分だけだとどうもやる気が出ない。

 人に、作る。

 昔から誰かに何かをするのが凄く好きだった。家事も一通りできる。ただ、今まで付き合ってきた彼女に喜ばれるのは最初だけであって、最終的にはいつも多分それが主な原因で別れていたかもしれない。

「私の出る幕がない」
「かえって疲れる」
「愛が重い」

 千景にもそんな風に言われる可能性はあるだろうかと優史は思った。ただ、その前に付き合っているとすら言えない状態ではある。
 年下に言われるのはとてつもなく微妙ではあるが千景はよく「かわいい」とは言ってくれる。だが「好きだ」とも「付き合おう」とも言われたことがないのは優史も気づいていた。それでも今はよかった。また会えるだけで。話せるだけで。そして体を……。
 相手が高校生であるということが、多分ひたすら悩み、そしてついてまわる事実なのであろうが。
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