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18話

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 そういえば身分をあえて明かしていなかったというのに実際にお礼をされてしまうとバレてしまうなとフィンリーは気づいた。せっかく親しくなれたのに公爵家子息だと分かれば遠慮されてしまうかもしれない。それをジェイクに言えば「もちろん、後で早速お礼の使いを出します」とむしろ笑顔で言われた。やはり可愛くない成長しかしていない。
 次に会いに行けば気を使われたり壁を作られたりされるかもしれない。せっかく気軽な友だちができたかもしれないと思ったのにとフィンリーはがっかりする。とはいえアートも攻略対象だ。本当なら警戒すべき相手である。

 ……でもあいつどう考えても女好きだろうし、ほんといいやつそうなんだよなー軽いけど。

 夜、ベッドに入るとフィンリーはベラムを取り出した。
 アート・トラウトン。年齢も外見特徴もやはり間違いなかった。そして商家の息子であるのも間違いない。
 ゲームではヒロインがメアリと一緒に町へ買い物に来た時に出会うキャラクターだった。他にもお付きの者はいたのだが、運悪く二人でいるところをガラの悪い連中に絡まれていたのをアートが助けてくれるという流れだ。今日の出来事に心当たりしかなさ過ぎてフィンリーは頭を抱えたくなった。多分メアリと一緒にというのが頭の片隅にあってうっかりしていたのだろう。全ての内容を、それも前世でほぼ妹に聞かされただけの内容を明確に空で覚えきることはやはり難しいようだ。営業マンだったのもあり数字や名前や顔を覚えるのは前世で得意だったが、さすがに二次元の世界までは無理だった。特にアートは妹もまだ完全攻略までは終えていなかったキャラクターだけに余計ちゃんと覚えていなかったのかもしれない。前世のことを思い出した時にとりあえずメモをしていてよかったと思う。
 ゲームの内容に戻るが、助けてくれたアートの気取らない雰囲気や言動にヒロインは目を奪われる。軟派で軽率な様子に反発も覚えるが、すぐに打ち解けてくる温かくてにこやかなところにはホッとできた。家での辛い現状につい逃げたくもなるヒロインは定期的にこっそりアートに会いに行くようになる。そしてとても気の休まる相手にいつしか好意を寄せるようになっていた。アートも素直で真っ直ぐなヒロインに同じく好意を寄せるようになる。
 ただでさえ身分が違う上に軽薄そうでしかないアートにメアリやジェイクは大反対だったが、リースはずっと妹のように思っているヒロインが最近明るい表情を見せるようになっていたことを思い、ヒロインと一緒に町まで出向き、アートと会う。そして人となりを判断した上で後押しをしてくれる。
 その後のハッピーエンドはまだ桃も見ていなくてネタバレの話を聞かされたわけだが、ヒロインは家を出てアートの元へ向かい、二人は結ばれる。このルートでもシューリス家はリースが養子に入ることで問題なしとなったはずだった。
 ちなみにアートルートへの選択肢は、デイリールート分岐点でまず発生する。王子との関係を勝手に嫉妬した義妹からの嫌がらせに悲しむヒロインに、デイリーが声をかけるところだ。「デイリーを頼る」でデイリールートへ行き、「妹をそれでも信じる」で一旦王子ルートへ戻るもののその後出てくる「誰も選ばない」でアートルートへの分岐が発生する。デイリールートをこの間読んでいた時に誰も選ばない分岐もあった気がしたのはこれだ。アートルートは多分もう発生することもないだろうと高を括っていたせいで昔自分で書いたもののすっかり忘れていたのだと思う。この「誰も選ばない」でわかれて初めて、メアリと息抜きに町へ出かけた際にイベントが発生する。
 それが今日だよ、とフィンリーはベラムに顔を埋めて小さく唸った。ゲーム通りの選択肢などなくても発生する可能性を考慮していなかった迂闊な自分を叱咤したい。とはいえ、アートは何となく安心できる気がする。油断とかヒロイン特有の鈍感さとかそういうのを発揮しているのではなく、むしろ前世での営業職サラリーマンとしての力を発揮しているのだと思いたい。

 ……後日、やっぱりアートに会いに行ってみよう。それでどう思うかで判断すればいい。それに俺の身分もバレてるだろし、もしかしたら乙女ゲー展開関係なくても気を使ってくるか媚を売ってくるかかもしれないじゃないか。それならそれでもう会わなければいいだけだろ。

 正直、純粋な男友だちに飢えていた。他の貴族たちもいいやつは結構いるが、どうしても家柄や派閥がちらついてしまうのは仕方がないし、とても親しいはずのリースやジェイクは確かに親しいのだが身内という感覚が強く男友だちとは違う。その上リースはとても優しい従兄だが束縛気味なブラコンが少々過ぎる気がするし、ジェイクは身内でいて親友のつもりでもあったが、向こうは仕える者として敬語なのは抜けないし最近はどうにもおかしな言動も増えた気がする。気のせいだと思いたいが油断大敵だと昔から自分に言い聞かせてきたのもあり、気を付けるに越したことはない。親しいと言えるのかわからないが、カリッドやデイリーは立場や存在を思うとそもそも友だちになり得ない。
 よし、と頷くとフィンリーはベラムをしまい、満足して眠りについた。
 後日、ジェイクに外せない用事を押し付けると、フィンリーは一人で町へ向かった。馬車の御者は「おひとりで大丈夫ですか」と心配してきたが「俺が格闘術も得意なの知ってるでしょ。大丈夫。二時間後に戻ってくるからそれまであなたは休憩していて」と笑って安心させてからフィンリーはトラウトン商会へ向かった。
 トラウトン商会では「フィンリーと申しますが」と名前だけを名乗っただけですぐに「シューリス様、ようこそおいでくださいました」と丁重に迎えられた。間違いなくジェイクは速攻で礼を送ったのだろう。微妙な顔になりながらも案内されるまま応接室へフィンリーは向かった。

「会長をではすぐに呼んでまいります。あの、今日はどういった?」
「ああ、トラウトンさんを呼ばれなくて結構です。仕事絡みではないんです。申し訳ない。ここのご子息とこの間知り合いまして。アートは今日、こちらにいらっしゃいますか」
「坊ちゃんとですか! えぇと、すぐに呼んでまいります! お待ちくださいませ」

 慌てて出ていった後ろ姿を見ながら、従業員たちに「坊ちゃん」と呼ばれている軽薄そうなアートを思い浮かべフィンリーはそっと笑った。
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