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3章 騎士編 光の救世主
93話
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ルビーの話とともにセオからの手紙を読んだ皆はなんということだと頭を抱えた。
モールザ王国では恐れていた以上のことが起きていた。光の神殿が狙われているとなれば事態は相当深刻だった。
通常ならば魔族がいくら光の神殿を壊そうと目論んでも、実行は不可能だっただろう。それほどにかの神殿の力は強固だった。だがここ数年から来年の儀式を終えるまでの間はどうしてもじわじわとゆっくり神殿の力も弱まっていく。それを儀式によってまた強固なものにするのだが、魔族はその機会をずっと狙っていたのだろう。
とはいえ魔族の闇魔法の力がいくら強力であったとしても普通ならば多少弱まった神殿であろうが難攻不落だったはずだ。正確にわかってはいないが、魔族の数は人間の数よりもはるかに少ないと言われている。
だからこそのモールザ王国というわけだ。ゆっくり時間をかけて国そのものを乗っ取り、国を挙げて神殿を攻め入れば、ただでさえ力の弱まってきている神殿ならば落ちてしまう可能性はかなり高まる。
光の救世主をその上で倒せていればさらにことは楽に運べたかもしれないが、失敗したとしても最終目的は神殿だから問題はなかった。だからディルアン事件でもその他の状況でも魔族たちは流輝と琉生に関して深追いしてこなかったのだろう。
ルビーは結婚して一般の貴族となったものの、今でもモールザ王国の第一王女としての威厳は残っていた。だがそんなものなどどうでもいいとばかりに集まった者たちに深く頭を下げる。
「どうか光の神殿を守っていただきたい。人間として一国の王女として、セオだけでなく私からもお願いいたします。ですが……ですがわが兄弟たちや母たちを、私は見捨てることなど……できません。セオは自分たちで何とかするので優先すべきことを、と申しておりました、が……厚かましいと承知の上、どうかモールザ王国をも……助けていただけないでしょうか……」
気丈にもルビーは涙の一つもこぼさなかった。だがその手と声が震えるのはどうすることもできないようだ。
そこにいるどの国の王たちも、ローガン王と違い聡明な王子や王女たちを救えるなら救いたいと思わせられた。確かにモールザ王国はもう駄目かもしれない。だが王子や王女が無事であればいずれ必ず立て直せるのではないだろうか。
流輝も同じように考えていた。それにローガンは救いがたいとしても以前会ったセオやロニー、それに幼いジェス、また目の前の元王女ルビーを見る限り、間違いなく腹違いの兄弟仲は良好であり、おそらくは血の繋がりがない正妃や他の妃たちとの関係も悪くはないのだろう。
後でルビーに聞いた話だが、連絡鳥で事情を知ったのち、セオからの手紙を手渡し、国外へ手引きする上で竜馬を用意してくれたのはルビーとは血の繋がりのないセオの母親、正妃ネイだったらしい。
我が子ですら自分の利益の道具として考えていたローガンとはほとんど話したこともないまま、やはり道具として貴族の元へ嫁がされた。嫁ぎ先の夫は貴族の中では珍しく優しい人だったのは幸いだったし、あの国であっても家族として愛情を注ぎ、注がれたのは五人の母と兄弟たちだったとルビーは教えてくれた。
とりあえず精神的にも体力的にも疲れ切っているであろうルビーはニューラウラ王ノアの指示により王の護衛騎士によって用意された部屋へ案内されていった。そこで休んでいて欲しいとルビーには言ったものの、結果がわかるまでおそらくは休むこともできないだろうとは誰もが思っていた。
「モールザ王国の王族をどうにか助けられないでしょうか」
光の神殿を守ることは何よりも重要だとしても、王子や王女を見捨てることはできそうにないと琉生が進言する。周りもそう思ってはいるが、光の神殿の状況が深刻なだけにモールザ王国へ人員を割くのは難しいこともわかっている。
「なぁ。……じゃなくてあの、発言いいですか」
考えごとをしていたため、思わずいつもの調子で呼びかけていたことに気づき、流輝は慌てて言い直しながら手を上げた。ノアに頷かれ、流輝は改めて口を開いた。
「モールザ王国の闘技奴隷を利用することはできないでしょうか」
「奴隷を?」
周りがまた少々ざわつく。
「聞いた話でしかないわけですが、でも間違いなくあの国では奴隷を取り扱ってるんでしょう。そして奴隷たちは魔族はもちろんのこと、貴族や王族に対してもいい感情はないでしょう。とはいえ現状のままでいいなんて思う者は誰一人いないはず。誰もが脱出したい、奴隷から解放されたいと願ってるはずだ。そこをその、利用って言ったら聞こえ悪いですけど、解放を条件、っつーか本当なら無条件で解放してあげたいけど、どのみちモールザ王国が完全に魔族のものになればそれも不可能なわけでしょう。それを話し、彼らを使うことでこっちから向かう人数を大幅に減らすことはできるんじゃないかなと」
流輝の話に、周りからは様々な肯定否定の声が聞こえてくる。
「悪くはないが、そもそも王族に不信であろう彼らが我々の話を聞くかどうか、まずそこから不明瞭過ぎる」
ノアが言ったところで「そ、それなら……それなら大丈夫です……!」と会議室を出ていったはずのルビーが飛び込んできた。やはりゆっくり休んでなどいられなかったのだろう。多分扉の外で聞いていたのだろうなと流輝は内心苦笑した。
モールザ王国では恐れていた以上のことが起きていた。光の神殿が狙われているとなれば事態は相当深刻だった。
通常ならば魔族がいくら光の神殿を壊そうと目論んでも、実行は不可能だっただろう。それほどにかの神殿の力は強固だった。だがここ数年から来年の儀式を終えるまでの間はどうしてもじわじわとゆっくり神殿の力も弱まっていく。それを儀式によってまた強固なものにするのだが、魔族はその機会をずっと狙っていたのだろう。
とはいえ魔族の闇魔法の力がいくら強力であったとしても普通ならば多少弱まった神殿であろうが難攻不落だったはずだ。正確にわかってはいないが、魔族の数は人間の数よりもはるかに少ないと言われている。
だからこそのモールザ王国というわけだ。ゆっくり時間をかけて国そのものを乗っ取り、国を挙げて神殿を攻め入れば、ただでさえ力の弱まってきている神殿ならば落ちてしまう可能性はかなり高まる。
光の救世主をその上で倒せていればさらにことは楽に運べたかもしれないが、失敗したとしても最終目的は神殿だから問題はなかった。だからディルアン事件でもその他の状況でも魔族たちは流輝と琉生に関して深追いしてこなかったのだろう。
ルビーは結婚して一般の貴族となったものの、今でもモールザ王国の第一王女としての威厳は残っていた。だがそんなものなどどうでもいいとばかりに集まった者たちに深く頭を下げる。
「どうか光の神殿を守っていただきたい。人間として一国の王女として、セオだけでなく私からもお願いいたします。ですが……ですがわが兄弟たちや母たちを、私は見捨てることなど……できません。セオは自分たちで何とかするので優先すべきことを、と申しておりました、が……厚かましいと承知の上、どうかモールザ王国をも……助けていただけないでしょうか……」
気丈にもルビーは涙の一つもこぼさなかった。だがその手と声が震えるのはどうすることもできないようだ。
そこにいるどの国の王たちも、ローガン王と違い聡明な王子や王女たちを救えるなら救いたいと思わせられた。確かにモールザ王国はもう駄目かもしれない。だが王子や王女が無事であればいずれ必ず立て直せるのではないだろうか。
流輝も同じように考えていた。それにローガンは救いがたいとしても以前会ったセオやロニー、それに幼いジェス、また目の前の元王女ルビーを見る限り、間違いなく腹違いの兄弟仲は良好であり、おそらくは血の繋がりがない正妃や他の妃たちとの関係も悪くはないのだろう。
後でルビーに聞いた話だが、連絡鳥で事情を知ったのち、セオからの手紙を手渡し、国外へ手引きする上で竜馬を用意してくれたのはルビーとは血の繋がりのないセオの母親、正妃ネイだったらしい。
我が子ですら自分の利益の道具として考えていたローガンとはほとんど話したこともないまま、やはり道具として貴族の元へ嫁がされた。嫁ぎ先の夫は貴族の中では珍しく優しい人だったのは幸いだったし、あの国であっても家族として愛情を注ぎ、注がれたのは五人の母と兄弟たちだったとルビーは教えてくれた。
とりあえず精神的にも体力的にも疲れ切っているであろうルビーはニューラウラ王ノアの指示により王の護衛騎士によって用意された部屋へ案内されていった。そこで休んでいて欲しいとルビーには言ったものの、結果がわかるまでおそらくは休むこともできないだろうとは誰もが思っていた。
「モールザ王国の王族をどうにか助けられないでしょうか」
光の神殿を守ることは何よりも重要だとしても、王子や王女を見捨てることはできそうにないと琉生が進言する。周りもそう思ってはいるが、光の神殿の状況が深刻なだけにモールザ王国へ人員を割くのは難しいこともわかっている。
「なぁ。……じゃなくてあの、発言いいですか」
考えごとをしていたため、思わずいつもの調子で呼びかけていたことに気づき、流輝は慌てて言い直しながら手を上げた。ノアに頷かれ、流輝は改めて口を開いた。
「モールザ王国の闘技奴隷を利用することはできないでしょうか」
「奴隷を?」
周りがまた少々ざわつく。
「聞いた話でしかないわけですが、でも間違いなくあの国では奴隷を取り扱ってるんでしょう。そして奴隷たちは魔族はもちろんのこと、貴族や王族に対してもいい感情はないでしょう。とはいえ現状のままでいいなんて思う者は誰一人いないはず。誰もが脱出したい、奴隷から解放されたいと願ってるはずだ。そこをその、利用って言ったら聞こえ悪いですけど、解放を条件、っつーか本当なら無条件で解放してあげたいけど、どのみちモールザ王国が完全に魔族のものになればそれも不可能なわけでしょう。それを話し、彼らを使うことでこっちから向かう人数を大幅に減らすことはできるんじゃないかなと」
流輝の話に、周りからは様々な肯定否定の声が聞こえてくる。
「悪くはないが、そもそも王族に不信であろう彼らが我々の話を聞くかどうか、まずそこから不明瞭過ぎる」
ノアが言ったところで「そ、それなら……それなら大丈夫です……!」と会議室を出ていったはずのルビーが飛び込んできた。やはりゆっくり休んでなどいられなかったのだろう。多分扉の外で聞いていたのだろうなと流輝は内心苦笑した。
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