上 下
94 / 120
3章 騎士編 光の救世主

93話

しおりを挟む
 ルビーの話とともにセオからの手紙を読んだ皆はなんということだと頭を抱えた。
 モールザ王国では恐れていた以上のことが起きていた。光の神殿が狙われているとなれば事態は相当深刻だった。
 通常ならば魔族がいくら光の神殿を壊そうと目論んでも、実行は不可能だっただろう。それほどにかの神殿の力は強固だった。だがここ数年から来年の儀式を終えるまでの間はどうしてもじわじわとゆっくり神殿の力も弱まっていく。それを儀式によってまた強固なものにするのだが、魔族はその機会をずっと狙っていたのだろう。
 とはいえ魔族の闇魔法の力がいくら強力であったとしても普通ならば多少弱まった神殿であろうが難攻不落だったはずだ。正確にわかってはいないが、魔族の数は人間の数よりもはるかに少ないと言われている。
 だからこそのモールザ王国というわけだ。ゆっくり時間をかけて国そのものを乗っ取り、国を挙げて神殿を攻め入れば、ただでさえ力の弱まってきている神殿ならば落ちてしまう可能性はかなり高まる。
 光の救世主をその上で倒せていればさらにことは楽に運べたかもしれないが、失敗したとしても最終目的は神殿だから問題はなかった。だからディルアン事件でもその他の状況でも魔族たちは流輝と琉生に関して深追いしてこなかったのだろう。
 ルビーは結婚して一般の貴族となったものの、今でもモールザ王国の第一王女としての威厳は残っていた。だがそんなものなどどうでもいいとばかりに集まった者たちに深く頭を下げる。

「どうか光の神殿を守っていただきたい。人間として一国の王女として、セオだけでなく私からもお願いいたします。ですが……ですがわが兄弟たちや母たちを、私は見捨てることなど……できません。セオは自分たちで何とかするので優先すべきことを、と申しておりました、が……厚かましいと承知の上、どうかモールザ王国をも……助けていただけないでしょうか……」

 気丈にもルビーは涙の一つもこぼさなかった。だがその手と声が震えるのはどうすることもできないようだ。
 そこにいるどの国の王たちも、ローガン王と違い聡明な王子や王女たちを救えるなら救いたいと思わせられた。確かにモールザ王国はもう駄目かもしれない。だが王子や王女が無事であればいずれ必ず立て直せるのではないだろうか。
 流輝も同じように考えていた。それにローガンは救いがたいとしても以前会ったセオやロニー、それに幼いジェス、また目の前の元王女ルビーを見る限り、間違いなく腹違いの兄弟仲は良好であり、おそらくは血の繋がりがない正妃や他の妃たちとの関係も悪くはないのだろう。
 後でルビーに聞いた話だが、連絡鳥で事情を知ったのち、セオからの手紙を手渡し、国外へ手引きする上で竜馬を用意してくれたのはルビーとは血の繋がりのないセオの母親、正妃ネイだったらしい。
 我が子ですら自分の利益の道具として考えていたローガンとはほとんど話したこともないまま、やはり道具として貴族の元へ嫁がされた。嫁ぎ先の夫は貴族の中では珍しく優しい人だったのは幸いだったし、あの国であっても家族として愛情を注ぎ、注がれたのは五人の母と兄弟たちだったとルビーは教えてくれた。
 とりあえず精神的にも体力的にも疲れ切っているであろうルビーはニューラウラ王ノアの指示により王の護衛騎士によって用意された部屋へ案内されていった。そこで休んでいて欲しいとルビーには言ったものの、結果がわかるまでおそらくは休むこともできないだろうとは誰もが思っていた。

「モールザ王国の王族をどうにか助けられないでしょうか」

 光の神殿を守ることは何よりも重要だとしても、王子や王女を見捨てることはできそうにないと琉生が進言する。周りもそう思ってはいるが、光の神殿の状況が深刻なだけにモールザ王国へ人員を割くのは難しいこともわかっている。

「なぁ。……じゃなくてあの、発言いいですか」

 考えごとをしていたため、思わずいつもの調子で呼びかけていたことに気づき、流輝は慌てて言い直しながら手を上げた。ノアに頷かれ、流輝は改めて口を開いた。

「モールザ王国の闘技奴隷を利用することはできないでしょうか」
「奴隷を?」

 周りがまた少々ざわつく。

「聞いた話でしかないわけですが、でも間違いなくあの国では奴隷を取り扱ってるんでしょう。そして奴隷たちは魔族はもちろんのこと、貴族や王族に対してもいい感情はないでしょう。とはいえ現状のままでいいなんて思う者は誰一人いないはず。誰もが脱出したい、奴隷から解放されたいと願ってるはずだ。そこをその、利用って言ったら聞こえ悪いですけど、解放を条件、っつーか本当なら無条件で解放してあげたいけど、どのみちモールザ王国が完全に魔族のものになればそれも不可能なわけでしょう。それを話し、彼らを使うことでこっちから向かう人数を大幅に減らすことはできるんじゃないかなと」

 流輝の話に、周りからは様々な肯定否定の声が聞こえてくる。

「悪くはないが、そもそも王族に不信であろう彼らが我々の話を聞くかどうか、まずそこから不明瞭過ぎる」

 ノアが言ったところで「そ、それなら……それなら大丈夫です……!」と会議室を出ていったはずのルビーが飛び込んできた。やはりゆっくり休んでなどいられなかったのだろう。多分扉の外で聞いていたのだろうなと流輝は内心苦笑した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...