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第二章 サイケデリック革命ラバーズ
笑うローザは、薔薇だった
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いまのローザは、あまりにも全てが優しい。
その身体は、ほんのりと赤く発熱している。熱がこちらまで伝わってくるくらいだ。透過魔法で隠しているはずの羽は、ぼんやりと輝きはじめている。そちらの魔法にまで気がいかないのだろうか、それとも単なる時間切れか、あるいは、あえてか。
オレは目を閉じたかった。ちょっと閉じて。でも、開いた。
おまえは……どうして。
そうやって、ずっとずっと、輝きを増していくんだよ。
オレなんか……オレなんか。
「だから、私たちがいるんじゃない?」
どうして、
「妖精は善良を本質とする。そうでしょう? ――レオンハルト?」
どうして――。
「……オレは人間たちなんか、」
「私は、一日いじめられたくらいで諦めないもん」
そうやって笑うローザは――いつもの、というか、女児モードのローザだった。すっかり。
いまのまるで母親みたいなローザは幻覚だったのかと思うくらい。
だから、オレも、なるべくいつも通りみたいな態度をしてやるのだ。
「じゃあ、なんでさっき、ひとりですんすん泣いてたんだよ?」
「そ、それはっ……」
ローザはかあっとさきほどとは違うなにかで顔を赤くし、むぅ、と唇を尖らせると、カーテンから抜け出てオレの隣にしゃがみ込んだ。
「……レ、レオンにいっぱい愚痴、聴いてもらおうと思ったのに、あんた帰って来ないんだもんっ。連絡しようにも、人間界は広すぎてテレパスもできないし。……このまま帰って来なかったらもうどうしようかと思った」
「だっておまえそんなんスマホがあんだろ――」
ローザの恨めしげな上目づかいで、ハッと気がついた。
――そういや、オレ、こいつにスマホの使いかた教えてやってない。意地悪でそうしたんじゃなく、今日の出発前までまじで気づかなかったんだ。スマホを使えないとかむしろオレの想定外すぎてな。そのチョコレートみたいな飴細工みたいなレオンのおもちゃ、本当に人間界では使えるの? どう使うの? と怪訝そうなローザに、後で教えてやるよ、なんて返事を繰り返し――おもにソシャゲのアバターづくりに夢中だったオレは、なにひとつ、ローザに教えてやらなかったのだ。
妖精界はいつだってテレパスが通じる。人間たちは、テレパスは使えないだろうけどほとんどがスマホや携帯電話を持っている。
どこともなにとも連絡ができずに日が暮れていく初日だなんて、それは――。
「……レオン?」
「――あー。ローザ。ごめん」
オレは、片腕で目を覆い隠した。全てをごまかすかのように。
その勢いのままで、ぽすん、とローザの肩にもたれる。
……やわらかい。
「どうしたのよ、いきなり、甘えちゃって。なにがよ。どれに対して謝ってんのよ?」
「そんないきなり優等生モードになんなよ。どれもだよ。ごめんってば」
「なによ、珍しく殊勝ね。あんなに怒ってたのに、レオンってほんと、変よね」
ローザが呆れて、ふふっ、と笑う気配がした。
同じ妖精であるはずなのに、オレの身体なんかよりずっとずっと、ローザの身体は肩だけだってすごく柔らかいとわかるし、なんだかふわふわと熱をもってなめらかで、べつの生きものみたいなんだよな。
妖精は湖から生まれ出る存在であって、子どもをつくる行為なんかいらない、できないはずなのに、どうしてオレたちの身体の形というのはこうも、違うのだろう。別に分ける必要もない。おんなじでいい。おんなじならよかった。身体の形がローザとおんなじなら、もしかしたらオレは、こんなに苦しまなくってもよかった。
「……あ。レオン。あれって」
「あれって、どれ」
「あれ」
仕方がないので身体を起こす。
ローザが示していたのは――オレが、秋葉原から持ち帰ってきた戦利品だった。
「あれって、くま? くまのぬいぐるみ?」
オレが秋葉原のゲーセンのUFOキャッチャーで、ゲットした。抱きかかえるのにはちょうどいいサイズのくまの抱き枕だ。野郎が夜な夜な想像したくないような感じになったりならなかったり美少女キャラモノと違う。女の子がくまの柄の抱き枕を抱きしめて眠ると考えると、絵面はたちまちほんのりとしたパステルカラーになる。
サイケデリックな色合いから、パステルカラーになる。
ローザは立ち上がり、袋から中身を出した。
細長い抱き枕。きょとんとしているようなくまの顔。瞳もつぶら。
「ああ……抱き枕だよ。やるよ」
「えっ、ほんとーっ? ……でも、いいの? あなただってほしいんじゃ……」
「いらねえよ、そんな、少女趣味なの」
オレは意地悪そうに笑ってみせた。
さあ、怒ってくれ、おまえのことをいつだってそうやって馬鹿にしてからかうオレに、いつもみたいに、怒って拗ねて頬を膨らませて、そういうことばっかりしてくれよ。おまえにふさわしくないオレはこれからもずっと、こうやって、演じていればそれでいい。
人生はロールプレイングゲームだから。
しかし、ローザは、くまをぎゅっと抱きしめて、花が咲くように笑った。
「ありがとう、レオン! ……あなたってなんだかんだこういうところ、すてきなのよ、私……」
言葉は続かなかったけど。続きなんか、かえって、聞かないほうがよかったのかもしれない。この時点で既にこれでは、その言葉が甘くとろけてもっと続いてしまったら、オレは理性を保てたもんかどうか怪しい。
笑うローザは、薔薇だった。
たぶん、ローザはそのままでいいんだと――思う。
その身体は、ほんのりと赤く発熱している。熱がこちらまで伝わってくるくらいだ。透過魔法で隠しているはずの羽は、ぼんやりと輝きはじめている。そちらの魔法にまで気がいかないのだろうか、それとも単なる時間切れか、あるいは、あえてか。
オレは目を閉じたかった。ちょっと閉じて。でも、開いた。
おまえは……どうして。
そうやって、ずっとずっと、輝きを増していくんだよ。
オレなんか……オレなんか。
「だから、私たちがいるんじゃない?」
どうして、
「妖精は善良を本質とする。そうでしょう? ――レオンハルト?」
どうして――。
「……オレは人間たちなんか、」
「私は、一日いじめられたくらいで諦めないもん」
そうやって笑うローザは――いつもの、というか、女児モードのローザだった。すっかり。
いまのまるで母親みたいなローザは幻覚だったのかと思うくらい。
だから、オレも、なるべくいつも通りみたいな態度をしてやるのだ。
「じゃあ、なんでさっき、ひとりですんすん泣いてたんだよ?」
「そ、それはっ……」
ローザはかあっとさきほどとは違うなにかで顔を赤くし、むぅ、と唇を尖らせると、カーテンから抜け出てオレの隣にしゃがみ込んだ。
「……レ、レオンにいっぱい愚痴、聴いてもらおうと思ったのに、あんた帰って来ないんだもんっ。連絡しようにも、人間界は広すぎてテレパスもできないし。……このまま帰って来なかったらもうどうしようかと思った」
「だっておまえそんなんスマホがあんだろ――」
ローザの恨めしげな上目づかいで、ハッと気がついた。
――そういや、オレ、こいつにスマホの使いかた教えてやってない。意地悪でそうしたんじゃなく、今日の出発前までまじで気づかなかったんだ。スマホを使えないとかむしろオレの想定外すぎてな。そのチョコレートみたいな飴細工みたいなレオンのおもちゃ、本当に人間界では使えるの? どう使うの? と怪訝そうなローザに、後で教えてやるよ、なんて返事を繰り返し――おもにソシャゲのアバターづくりに夢中だったオレは、なにひとつ、ローザに教えてやらなかったのだ。
妖精界はいつだってテレパスが通じる。人間たちは、テレパスは使えないだろうけどほとんどがスマホや携帯電話を持っている。
どこともなにとも連絡ができずに日が暮れていく初日だなんて、それは――。
「……レオン?」
「――あー。ローザ。ごめん」
オレは、片腕で目を覆い隠した。全てをごまかすかのように。
その勢いのままで、ぽすん、とローザの肩にもたれる。
……やわらかい。
「どうしたのよ、いきなり、甘えちゃって。なにがよ。どれに対して謝ってんのよ?」
「そんないきなり優等生モードになんなよ。どれもだよ。ごめんってば」
「なによ、珍しく殊勝ね。あんなに怒ってたのに、レオンってほんと、変よね」
ローザが呆れて、ふふっ、と笑う気配がした。
同じ妖精であるはずなのに、オレの身体なんかよりずっとずっと、ローザの身体は肩だけだってすごく柔らかいとわかるし、なんだかふわふわと熱をもってなめらかで、べつの生きものみたいなんだよな。
妖精は湖から生まれ出る存在であって、子どもをつくる行為なんかいらない、できないはずなのに、どうしてオレたちの身体の形というのはこうも、違うのだろう。別に分ける必要もない。おんなじでいい。おんなじならよかった。身体の形がローザとおんなじなら、もしかしたらオレは、こんなに苦しまなくってもよかった。
「……あ。レオン。あれって」
「あれって、どれ」
「あれ」
仕方がないので身体を起こす。
ローザが示していたのは――オレが、秋葉原から持ち帰ってきた戦利品だった。
「あれって、くま? くまのぬいぐるみ?」
オレが秋葉原のゲーセンのUFOキャッチャーで、ゲットした。抱きかかえるのにはちょうどいいサイズのくまの抱き枕だ。野郎が夜な夜な想像したくないような感じになったりならなかったり美少女キャラモノと違う。女の子がくまの柄の抱き枕を抱きしめて眠ると考えると、絵面はたちまちほんのりとしたパステルカラーになる。
サイケデリックな色合いから、パステルカラーになる。
ローザは立ち上がり、袋から中身を出した。
細長い抱き枕。きょとんとしているようなくまの顔。瞳もつぶら。
「ああ……抱き枕だよ。やるよ」
「えっ、ほんとーっ? ……でも、いいの? あなただってほしいんじゃ……」
「いらねえよ、そんな、少女趣味なの」
オレは意地悪そうに笑ってみせた。
さあ、怒ってくれ、おまえのことをいつだってそうやって馬鹿にしてからかうオレに、いつもみたいに、怒って拗ねて頬を膨らませて、そういうことばっかりしてくれよ。おまえにふさわしくないオレはこれからもずっと、こうやって、演じていればそれでいい。
人生はロールプレイングゲームだから。
しかし、ローザは、くまをぎゅっと抱きしめて、花が咲くように笑った。
「ありがとう、レオン! ……あなたってなんだかんだこういうところ、すてきなのよ、私……」
言葉は続かなかったけど。続きなんか、かえって、聞かないほうがよかったのかもしれない。この時点で既にこれでは、その言葉が甘くとろけてもっと続いてしまったら、オレは理性を保てたもんかどうか怪しい。
笑うローザは、薔薇だった。
たぶん、ローザはそのままでいいんだと――思う。
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