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第二章 サイケデリック革命ラバーズ

秋葉原に、寄り道

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 こんな日でも、夕暮れは別にセンチメンタルでもなかった。人間界の現実はことごとく、ゲームやアニメのようにはいかないようだ。

 オレはひとりで夕暮れの秋葉原の大通りを歩いている。JR秋葉原駅から、末広町の方面に向かって。人間界に留学して……中学生としての最初の寄り道は、秋葉原なのだと決めていた。

 平日の夕方、しかも新学期。いつにもまして制服すがたの学生が目立っていた。複数人で来ているやつらもいるが、どちらかというとひとりで黙々と目的を達成しに来てるっぽいやつのほうが多い。今日は月曜だから、多くのやつらが新学期を迎えたのだろう。


 妖精界からも、秋葉原には週一で来ていた。けれどもオレはいまはじめて、早足で大通りを歩いていく学生たちと、ほんのわずかだけ、なにかがつながったような気がした。いままではただモブキャラのようにして風景として眺め、ときどきかわいいレイヤーがいればおっと振り向くくらいなもんだったのに。
 オレは限りなく人間に近い妖精だと、自分のことをそう思っていた。


 でも実際は、くるくると、ふらふらと、秋葉原の街をただただ踊り回るだけの、善良にして愚直、愉快だけれども愚直というより愚かなだけの、そういうおめでたい妖精であっただけなのだろう。


 歩く、歩く、大通りを、……それでもまだあがいて澄まして人間のふりをして。


 東京、秋葉原。あまりにも有名なこの街は、おっちゃんに通してもらったゲートから何度も来ていた。ゲートは電気街口の広場方面の、高架下をくぐってさらにちょっと行ったところのどこかがらんとした裏道の、その裏道からさらに細い路地の、それこそシリアス特殊能力系アニメでバトルでもしそうなありふれた裏路地から、オレはいつも人間界に出没していた。その裏路地にはメイド喫茶、というか、もしかしてもしかしたらアダルト向けなんじゃねえか? とオレがひそかに思っているメイド喫茶っぽい店があって、変に思われないようささ まあ、いつもゲートを通ってきていた……といったって、つい数日前までの妖精界での生活の話なわけだけど。そう、今日、今日はまだ人間界への留学初日。信じられないが、昨日はあの馬鹿みたいにメルヘンな世界樹の、人間界でいえば子ども向けのパステルカラーのプレイルームのような大広間で、ローザとともに壮行式を開いてもらったのだ。ローザはない胸をこれでもかってほどに張って誇らしげだったし、オレはどうでもいいような不機嫌さみたいな感じを装いつつも、先輩妖精たちにも年少の妖精たちにも、何人かの大妖精たちにも、頑張れ頑張れと、妖精界の期待の星のようにして扱われ、色とりどりのクラッカーを鳴らしてもらったのはそう悪い気分でもなかったのだ。長老さまはその場にこそいらっしゃらなかったが、短くとも心のこもったお手紙が届いていて、数百歳の先輩妖精が朗々とその文面を読み上げるあいだ、ローザは涙ぐんでいた。そこまでかー? とローザの脇を小突きつつも、オレだって、決して悪い気持ちはしなかった。オレだって、照れていた。

 そもそも人間界への留学だって、いまならはっきり認めるけど、すごく期待していた。人間界の中学生のやつらとゲームの情報交換もできるな、って。週一の数時間程度ではチュートリアルから毛が生えた程度がせいぜいなソシャゲのこともいろいろ質問したいと思っていたし、フレンド登録もできる、マルチクエストもできる、なーんていろいろ思うとわくわくしてしまって寝つくのが大変で。

 オレたちは盛大な壮行会の翌日、三日前にこっちのアパートに引っ越してきた。どういうからくりか知らないが、アパートは、人間界接触機関の妖精たちが手続きをしておいてくれたらしい。
 オレは荷造りもそっちのけでソシャゲやってたから、すぐ隣の部屋のローザがたびたび怒鳴り込みに来てオレの荷物も勝手にほどいてしまっていた。でもローザもぶつくさと文句を言いながらも、表情がふだんよりもさらに華やいでいた。オレもいつも通りにどうでもよさそうな態度を貫こうとしたけれど、やっぱり、人間ってのはこういう生きものなんだよオレは人間文化に日常茶飯事でふれてるから知ってんだけど、みたいなわけ知り顔の講釈を垂れてしまうくらいには、たぶん、舞い上がってはしゃいでいたのだと、思う。

 準備期間の三日間でオレが一番頭を悩ませたのは、難しい人間関係とかややこしいクラスとかではなく、各ゲームのアバターをどれだけかっこよくできるかということだった。


 ……どれもけっこう、かっこよく仕上がったんだけどな、アバター。


 そうだよな、オレ、もともと、自分が人間だったらどれだけよかったかって思っていたわけだし。
 なんだかもう、遠い昔のことのように思えるけど。


 翌日にこんなことになっているなんて、まあ予測するのは無理だった。ローザも……まさかそうは、思ってはいなかっただろう。あるいは、妖精のみんなだって。……こんなことになるとわかっていてオレたちを送り込むわけがないのだ。妖精は、善良を本質とするわけだから。



 歩く、歩く、いつものように裏路地には入っていかずに、あくまでも大通りを今日は歩くことにした。
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